第46話/率直な感想
第46話
正午すぎ。男子寮に戻った俺は、樋口に「憑々谷、昼飯作ってやるよ」と呼び止められたものの、死にもの狂いで断った。
「いやぁー! 最高のデートだったねー!」
「そうですね。予想以上に楽しめました」
「……………………………………………………………………………」
男子寮の前では大層ご満悦そうな様子のアリスとトピアが待っていた。
しかし俺は彼女達の感想に返答できないまま、白目を剝いていた。
(あぁ……あぁ、それはもう地獄だったな。男と男が手を繋いで長時間遊んでたんだからな……)
しかも俺が転びそうになる度に樋口は抱き留めてくれたし、他の客とぶつかりそうになる度に俺の手を引いて壁になってくれた。
アイツの彼女になった気分だった……(白目)。
「ではアリス。憑々谷君との約束通り、大会に出るんですね?」
「気乗りしないけどねー。でもトピアの部屋にいてもつまんないしぃー? 別に協力してあげてもいいかなぁって」
「そうですか。良かったですね、憑々谷君?」
「…………………………………………。おう」
瀕死の状態にさせられて大会もクソもあるか、と思うわけだが、あとはアリスの努力のみだ。俺が大会優勝に向けて苦労するハメにはならないはず。最初で最後の投資だったと考えればまだ生きる気力も湧いてくるというものだ。ぐぅぅぅ~! と俺の腹も活動エネルギーが欲しいとアピールしていた。
「そんなにお腹が減っていたなら、ご馳走になればよかったじゃないですか」
また異能力で盗聴したのだろう。トピアが俺の腹の虫を耳にして訊ねてくる。
俺は反射的に首を横に振ると、
「今の俺の気分はアボカド弁当なんだ。学園のコンビニで売ってるあれだよあれ。一昨日、奇姫のせいで食い損ねてたし、今度こそ食ってみたいんだ」
「そんなのいつでもできるじゃないですか。はぁ……信じられません。せっかく彼の手料理に舌鼓を打つチャンスでしたのに」
「どうしてお前が落胆してるんだよ……?」
げんなりした。そんなに樋口の手料理を俺に食わせたかったのか。
うーむ、BL好きの気持ちがさっぱり理解できない……。
「やったー、じゃあこれからコンビニ行くんでしょ? トピアお菓子買ってー! 買って買ってー!」
「嫌です。隙あれば食べ散らかして部屋を汚すじゃないですか」
トピアがムッとした顔つきになる。
アリスに怒っているというよりは不満をぶつけている感じだった。
「うー……。だって型崩れしやすいお菓子ばっかりなんだもん……」
「お菓子とは元々そういうものです。どうしても綺麗に食べられないのなら、諦めてもらうしかありません。それとも自分できちんと後始末しますか?」
「えー、掃除はトピアがやってよぉー」
とんでもないワガママ神様だった。
居候させてもらってるくせにその程度のこともしないとは。
(コイツにはお菓子どころか食い物を一切与えるべきじゃないな。いっそ部屋から追い出してしまえばいい)
「心の声が聞こえてるよ、ツっきん? 大会、出なくていいってことだよね?」
「! あー分かった分かった、お菓子は俺が買ってやる! 俺の部屋で食えばいいだろ?」
我ながら積極的に提案してしまって悔しいのだが、さっきのデートが徒労に終わるのだけは避けたかった。
「あいあい! てやんでい、べらぼうめぃ!」
「……、よし。取引成立だな」
アリスは納得してくれたようだった。
言葉自体は『バカなの? 死ぬの?』って意味に等しいが、ヨダレを垂らしているので間違いない。
本当にバカなのはアリスで、彼女は間違った覚え方をしているとみた。
「憑々谷君、アリスを甘やかさないでください。後悔しますよ」
「仕方ないだろ。これも大会で優勝するためだ」
俺はトピアの反対を退けると、コンビニに向けて歩き出す。
二人もすぐ後ろをついてきた。
「ですが君の部屋にアリスを遊びに行かせるなんて……。何だか嫌な予感がしてならないんです」
「トピアも一緒に来ればいいだろ?」
「無理です。婚約者を愛していますので」
…………だからこの設定、おかしくないか?
「ああじゃあこうしよう。俺とお前、一日交代でアリスを居候させるんだ。アリスの身柄は俺とお前が会った時に直接引き渡す。どうだ? このルールならアリスがアクシデントを起こす心配も少ないだろ?」
「分かりました。それでいきましょう。お菓子も二日に一回。理想的です」
「あたしなんか問題児っぽく扱われてるんだけどぉ!?」
泣き叫ぶようなアリスだったが、今更無自覚はありえないので無視した。
それにいいかげん腹が減りすぎて辛かった。今日は朝飯を抜いていたのだ。
(これから樋口にデートのお誘いをするのかと思うと、胃が全く受け付けなかったんだよな)
そんなこんなでコンビニに到着し、アリスに隠れるよう指示してから入店する。
平日よりは空いており、授業がないからだろう、私服の生徒が大半だった。
だからすぐに気づけた。
「…………げ」
「おーっほっほっほ! 幸せのラスい~ち~♪」
奇姫だ。いつものように制服をきっちり着込んでいて、何やら嬉しそうにレジ待ち列の最後尾に移動していた。
(……んん? アイツが今手に持ってるのは―――まさか!?)
「俺のアボカド弁当!?」
「え? つ、憑々谷子童!?」
奇姫がギョッとして俺を見たが、すぐに笑みを張り付けて言う。
「って、なーにがあんたのアボカド弁当よ! 今回は完全にあたしのものでしょーが!」
「……はは……はは。不幸だ……」
「ちょ、ちょっと!?」
俺は奇姫の前で膝を折った。今日もアボカド弁当が食べられないのだと分かると、一気に全身の力が抜けてしまったのだ。
「うぅ……俺はなんて不幸な人間なんだ。ラス一を連続で逃すとか……。しかもよりによって前回と同じ相手に……」
「……、」
「俺さ、ここのアボカド弁当を食べてみたいから、その強い気持ちがあったから午前中を乗り切れたんだぞ……? なのに食べられないってあんまりだろ……」
「……、」
「はぁ、誰かアボカド弁当譲ってくれないかなぁ……。確か前回は俺が譲ったはずなんだけどなぁ……?」
チラッ。
「―――いえ。温めは不要です」
「この人でなしイイイイイィィィィッ!!」
俺はレジ店員に渡りかけていたアボカド弁当を引っ掴んだ。そのまま横取りしようと試みたが、奇姫はまだアボカド弁当の容器を掴んだままだった。
「え、ええい! その手を放しなさい憑々谷子童! こんなみっともないことして恥ずかしくないの!?」
「恥ずかしいのは恩を仇で返そうとしてるお前だろ! このアボカド弁当は俺のモンだ!」
俺と奇姫はアボカド弁当の取り合いを始めた。
何だ何だ? と野次馬が集まってくるが、俺達はお構いなしだった。
どちらかがアボカド弁当を諦めるまで、絶対に終えられない戦いだった。
だが程なくして。
入店からずっと押し黙っていたトピアが、
「ラブラブですね」
とだけ感想を溢した。
すると次の瞬間、またもや前回ように「……うっ!?」と耳まで真っ赤にした奇姫がアボカド弁当を手放した。
そして俺も宿命のように後ろに倒れて尻を強打してしまった(泣)。
「と、とととトピア!? あなたもそんなこと言い出すなんて、何を企んでいるのよッ!?」
「別に企んでなどいません。率直な感想です」
「つぅ!?」
「ラブラブでお弁当も一つしかないのなら、仲良く分け合って食べればいいと思います。なぜそれができないんですか?」
甚だ疑問です、とトピアの顔が主張していた。
「で、できるわけないでしょう!? そもそも憑々谷子童とはラブラブじゃないんだし!」
「ではこれを機にラブラブになればいいじゃないですかラブラブ。あーんしたりあーんさせたり。オススメしますよ。まぁ……憑々谷君のことを好きだったなら、ですけど」
「好きじゃないから反発してんでしょーがー!?」
奇姫は涙目になりながら声を荒げると、尻餅をついたままの俺をキッと睨み下ろし、
「お、覚えておきなさい~! あたしのファーストキスだったんだからあぁぁぁ~!」
よほど根に思っているのか、前回とそっくりそのままの捨て台詞を吐いて店内を飛び出して行ったのだった。
「……またこうなるのかよ。というかどこまで残念キャラに徹するつもりなんだ、アイツは」
「憑々谷君のせいですよ。君の知らない憑々谷君があの子を狂わせたのです」
「えっ……。何があったんだ?」
「ひとまず、買い物を終わらせましょう。話はそれからです」
俺はトピアに頷いた。他の生徒が俺達に注目している。前みたいに声をかけられるかもしれないし、ここは早いとこ退散するのが吉だろう。
(にしても……トピアは他人の恋愛も大好物なのか。BLほどではないが驚いたな)
しかもあろうことか俺と奇姫がくっ付けばいいと思っていそうだ。
……
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