第5話 リュウとの電話
ブロッサム・インの部屋で、かぐやは、久しぶりにリュウと電話で話をしていた。
「姐さん、そっちは寒いですか?」
「雪がちらつくし、沖縄育ちのリュウには堪えるかもな。わたしはもう慣れたけど」
「こっちへはまだ帰らないのですか?佐知さんも寂しがってますよ」
「なかなか、そういうわけにはいかない事情があってな」
「帰ってきてくださいよ。二人きりだと、修業にも何か熱が入らなくて」
「それじゃ、ダメだろう・・・二人きりって、師夫はどうしたんだ?」
「中国へ行ってます」
「中国?・・・そうか」
たしかドバイで、
「一応、スマホを持たせたんですけど、全然通話もメールもなくて、佐知さんもやきもきしてますよ」
「まぁ、そうだろうな」
「むしろ、曹さんの方が師夫のスマホを使って、あれこれ伝えてくれるんです。結構、おもしろい人ですね。日本語もむちゃくちゃ上手いし」
「武術も超一流だ」
「ええ、だから、師夫をなかなか帰してくれないんですよ。最高の武術家と手合わせをして、自分を磨きたいとか言って。独り占めはずるいですよね、俺たちだって教えてもらいたいのに」
「ずいぶん熱心じゃないか」
「俺、ようやく夢が持てたんです。東雲流をしっかり修業して、道場を開きたいんです。俺みたいに将来に絶望して、やけくそになっている連中とか集めて、きちんと生き方を学ばせたい。どこまでできるかわからないけど、今は、目標のある生活が楽しい。もちろん、伊波師夫には最高師範としてどんと構えていてほしいし、姐さんにもすごい技をみんなに見せてほしいんです」
「おまえ、変わったな」
「姐さんのおかげです。あの時、フェリーで声かけてよかった。ちょっと怖い思いもしたけど・・・出会いって大切ですよね」
「またそれを言うか・・・ただのナンパだったくせに」
「いや・・・何かのお導きじゃなかったかと、最近思うんですよ」
誰かとの出会いで、生き方が変わる。
確かに、リュウだけじゃない、わたしも変わった。
「とにかく、師夫も姐さんもいないのは困るんです。早く来てくださいよ」
「師夫の方が早く帰れるだろう」
「いや、どうですかね。曹さんの話だと、
「何だ、それ?」
「どうしようかな・・・やっぱり、言わないほうがいいかな・・・」
「何だ、もったいぶらないで言え」
「それじゃ、まぁ、言いますけど・・・師夫って、渋い、いい男じゃないですか。どこか陰があって、遠くを見るような眼をして・・・いつも穏やかなのに、近づくと凄いエネルギーを感じさせる。それって、女性にはたまらない魅力なんですよね」
「女の話か?・・・師夫は修行に専念していると思うが・・・」
声の調子で、自分がどぎまぎしているのをリュウに悟られないか、かぐやは心配になった。
「師夫がそのつもりでも、相手がほおっておきませんよ。曹さんによると、中国で知り合った八頭身の凄い美人が師夫に夢中らしいんですよ。良家の出で、えらく積極的だと言うし、姐さん、心配ですよね」
「何言ってるんだ。わたしには、関係ない話だろ」
「またまた、無理しちゃって・・・いいんですか、中国美女に師夫を盗られても?師夫だって男ですから、チャイナ服のセクシーな美女に言い寄られたら、ぐらっときますよ」
思い描きたくもないチャイナ服の美女のイメージが浮かんで、かぐやはむっとした。
「いやらしい妄想をするな。もう、切るぞ」
「やっぱり心配ですよね。だから、いつまでも横浜にいちゃダメですよ」
「そういわれてもな・・・」
帰るに帰れない、ジレンマに襲われかけたかぐやだったが、もう一台のスマートフォンが着信を伝えているのに気づいた。「悪い、仕事の電話が入った。また、今度話そう」
中瀬一佐、今泉警部補たちとの連絡用のスマートフォンを、かぐやは手に取った。
「はい、中園です」
「今泉です。今、電話よろしいですか?」
「ええ、かまいません」
「第2の殺人が起きました。また、現職の大臣です」
かぐやは瞬時に、身が引き締まるような緊張感に包まれた。
チャイナ服のセクシー美女に、やきもきしている暇は無さそうだった。
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