第4話 新宿の惨劇

 小泉警部補は、自分の前のノートパソコンを操作して、かぐやに見せた。

「現場で撮影された被害者の写真です。新宿の高級クラブに、2年前銀座から移ってきた33歳の女性。源氏名は梓、本名は鈴木玲香、副島文部科学大臣とはかなり親密な関係であったと思われます。女性の体内に残留していた体液が副島氏のものであると、DNAの鑑定で判明しています」

 画面には、血に染まったベッドの上に、あおむけの状態で、全裸の女性が写っていた。かつて男を魅了したであろう形のよい乳房が上を向き、その乳房と乳房の間から下半身の濃い茂みにまで、血が流れこんでいる。

 かぐやは、女性の顔と胸の傷に特徴があることに気づいた。

「両目と心臓に刃傷が見えますね」

「ええ、両目は水平に切り裂かれ、心臓は深々と刺し貫かれています」

 無慈悲で、かなり特異な殺し方だった。

 殺害だけが目的なら、こんな回りくどい方法はとらない。殺してしまう相手の視力を奪っても意味がないし、心臓は筋肉の塊であり、即死させるのは難しい。何か他に、理由があるはずだった。

「切り口の分析から、凶器は鋭利な片刃かたばの刃物、日本刀などが推定されています・・・そして、これが副島文部科学大臣の死体です」

 画像が、切り替わった。

 全裸の副島大臣が脚を開いて座り、ベッドの背もたれに寄りかかって姿勢を保っている。背もたれに引っかかるようになっている頭部は斜め下を向き、喉元から上半身にかけて、大量の血に覆われていた。

 目をそむけたくなるような凄惨な死骸だったが、かぐやは鮮明な画像から傷の状況を読み取っていった。

「喉が切り裂かれていますね・・・心臓も、女性と同じように刺されている・・・それにしても、この胸の傷は何でしょう?」

 左胸のところだけが、何かで拭きとられたかのようにきれいになっており、心臓に達する切り口の上に奇妙な模様が刻まれていた。出血がほとんどみられないところから、死後に彫られたものと思われる。

「左胸を拡大したのが、この画像です」

 2本の縦線の上の部分が左に丸く弧を描いている。

左側の縦線にのみ、上の弧のすぐ下に斜めに交差するように大きな弧が重なっている。右に傾けたひらがなの「し」のような形である。

「月」という漢字を崩したものと見えなくもない。

「今の時点では、まったく不明です。事件の性格上、被害者に関わる情報は外へ出さないようにしなければいけませんから、慎重に調べを進めているところです」

 中瀬一佐が話を引き継いだ。

「この切り口の鮮やかさ、心臓の上にある胸骨をものともせず刺し貫く技、しかも意図的に太い血管を傷つけて大量の出血をもたらしている。相手は、プロ中のプロ、殺し屋の可能性が高い」

「わたしたちが呼ばれた理由はそれですか」

「本来は、まるで管轄外だが、政府幹部がプロの殺し屋に刺殺されるとなると、個人や政権与党だけの危機ではすまされない。まして、総理大臣を病気に陥れるかのようなさっきの動画、これは国家存亡に関わる重大事案になるかもしれない」

「国家を脅かす政治テロだから、われわれの出番というわけですか」

「他の工作員はすべて海外に出払っている。しかも、ミッション遂行中だ」

「残りは、わたしだけですか」

「そうだ、最高の特殊工作員が残っていた」

 中瀬一佐ばかりではない、小泉警部補も彼の部下の漆間刑事も、じっとかぐやを見つめていた。

 とても、断れる雰囲気ではなかった。

 かぐやは、沖縄の紺碧こんぺきの空と海が遠のいていくのを感じた。

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