第3話 警視庁

 着信は、中瀬一佐からのものだった。朝から、3回入っている。

 折り返すと、すぐに中瀬一佐がこたえた。

「中瀬だ。急にすまない・・・テレビのニュースは見たか?」

「いいえ、ずっとお寺にいましたから」

「そうか、電話が通じないから、そうだろうと思っていた。休暇中にたびたび悪いが、かなり困ったことになっている。時間を作って、こちらに顔を出してくれないか」

 中瀬一佐の頼みなら、断るわけにはいかなかった。それに、長年のつきあいで、中瀬一佐がどれくらい困っているかは声の調子でわかるようになっていた。

「どこへ行けばいいんですか?」

「警視庁だ。君が無理やり持っていった車のナンバーと、君のIDを知らせおくから、ここへ着いたら刑事部捜査一課へ知らせくれ。どれくらいかかる?」

 かぐやは東京までのルートを思い浮かべ、所要時間を概算した。

「高速を使って、渋滞がなければ1時間以内に着きます」

「わかった。来てくれるな」

「すぐに向かいます。途中で止められないように、高速交通警察隊に話を通しておいてください」

「わかった、すぐに手配しよう」

 通話を終え、かぐやはランエボで走り出した。

 一般車両を巻き込まないように細心の注意を払いながら、次々と追い抜きをかけていく。 

 ランエボの真紅の車体をバックミラーで確認すると、ほとんどの車が走行車線にけていったが、頑固に譲らない車は内側から瞬時に抜いていった。形相ぎょうそうを変えて追いかけようとする車もいたが、3キロもしないうちに振り切られた。

 途中、都内へ入る手前で流れの悪いところがあったものの、40分足らずでランエボは千代田区霞が関にある警視庁本庁舎に滑りこんだ。

 ランエボから降り立ったかぐやは、容姿に目を奪われている警備員を促し、中瀬一佐を呼び出した。

 しばらく待つと、20代後半の男が迎えに現れた。中肉中背、焦げ茶色のジャケットに細身のズボン、うっすらと無精髭ぶしょうひげを伸ばした顔は、頬の骨が突き出ていて大阪道頓堀で有名なビリケンを思わせた。

「中園自衛官ですか?刑事部捜査一課の漆間うるま巡査部長です」

「中園です。防衛省の中瀬一佐から、こちらへ来るように指令を受けました」

「こちらへどうぞ。車はお預かりしますので、キーをお願いします」

 かぐやはランエボのキーを先ほどの警備員に渡し、漆間の後に続いた。

 漆間はかぐやをエレベーターに乗せ、わざと複雑にしてある廊下を何回も回ってから、ようやく窓のない部屋へ案内した。

 漆間がノックしてドアを開けると、白いテーブルが4脚、ロの字形に並べられ、中瀬一佐と、かぐやの知らない男が一人、それぞれノートパソコンを前に座っていた。

 男は立ち上がって、かぐやに会釈した。

「捜査一課、特殊犯捜査第5係、今泉警部補です」

 よく陽に焼けた髭の濃い顔立ちだった。精悍といっていい。年の頃は伊波師夫と同じぐらいに見えた。

「自衛官の中園三尉です」

 通常は、身分や氏名を名乗ることはないが、中瀬一佐が同席しているなら構わないだろうとかぐやは判断した。

 下の警備員と同じようにかぐやに見とれている今泉の隣で、中瀬一佐がかぐやを呼んだ。

「こっちにきて、これを見てくれないか」

 かぐやは机を回って、中瀬一佐が机上に開いているノートパソコンの画面をのぞきこんだ。

 画面は、ユーチューブの動画であった。

 中瀬一佐がスタートボタンをクリックし、再生が始まった。

 般若面を被り、全身黒ずくめの人物が、1メートルほどの高さに燃え上がる火の前でしきりに体と手足を動かしている。

 その人物の隣には、中型の液晶テレビが置かれ、国会中継を映し出していた。

 男の手が一つかみの木片を火の中に投げ込み、火の勢いが一気に増す。同時に煙が立ち上って男に周りに漂って、徐々に消えていった。

 かぐやには、なにかの儀式のように見えた。

「これは、護摩ごま木というものらしい。知り合いに調べてもらったところ、護摩はものを焼くという意味で、炎を口と考え、文字などの書かれた木を供物として食べてもらう儀式だそうだ。もっとも、こんな異様な衣装で行うものではないそうだが」

 画面の男の口が何かを叫んだ。すると、叫び声に合わせるかのように、液晶画面に映っている岸部総理大臣がハンカチで額の汗を拭いた。

 2度、3度と叫び声と汗を拭く動作が、ぴたりと整合した。

 ただの偶然とは思えない。遠隔操作をしているようだった。

 さらに、男は何やら意味不明の言葉をつぶやきながら、護摩木を大量に炎に投げ込んだ。

 燃え上がる炎に向けて、男のひときわ大きな叫び声・・・テレビ画面の中では、岸部総理がよろめき、前かがみになって床に倒れこんだ。

 かぐやは驚いて、中瀬一佐に顔を向けた。

「一佐、いったいこれは・・・」

 動画を見る限り、岸部総理は、般若面の男に完全に操られているように見えた。

 事実、動画の右上には、Puppet Master(人形使い)の文字がずっと表示されている。

「わからない。合成されたものかどうか、科捜研やうちの情報部が分析をしているところだ。今、確かなのは、これがユーチューブに投稿され、全世界で再生され続けているということだ。削除依頼は出したが、すぐに削除される可能性は低い。そして、君も見ただろう。最後のテロップを」

「はい。英語でThis is just the beginning.と」

「これは始まりに過ぎない、つまり、何かとんでもないことを起こすという予告だ」

「いたずらの可能性は?」

「ない。・・・現実に、とんでもない事態が起きている。われわれが呼ばれた理由もそこにある」

 中瀬一佐が、両手を机の上で組み合わせた。心を落ち着かせようとする時の、いつもの癖である。

「わたしたちが呼ばれる理由とは、何ですか?」

「朝から、速報が出ているが、まだ聞いていないらしいな」

「ここへ来る途中でラジオをつけたのですが、あいにく何もわかりませんでした」

「細かい話は、これからだからな・・・もう、今頃は記者会見の準備が整っている頃だろうが・・・現職の大臣が、殺害された。山梨県出身の副島文部科学大臣・・・しかも、ひとりだけじゃない、一緒にいた女性も殺されている」

「奥さんですか?」

 かぐやの脳裏に、父と母を襲った惨劇が浮かび上がった。

「いや、違う。それが、また困った問題なのだ・・・日本中が大騒ぎになる」

 苦り切った表情で、中瀬一佐は小泉の方を向いた。

「ここからは、この事件を直接担当する、今泉警部補にお願いしよう」

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