第6話 特別な存在

 葬儀の後は眠れなかった。粗末な毛布に頭からくるまり身を縮めていた。同じ小屋で横になっている男たちからも、小さな話し声が聞こえ続けていた。


 けれど村人たちは翌朝には何事もなかったかのような様子になっていた。平然と笑い、普段の作業をしていた。美緒も黙々と針を動かしていた。でも、俺には我慢ならなかった。

 鍬を持たされた時、とうとう叫んだ。

「俺は特別になるためにこの世界に召喚されたのに!」


 周りから返ってきたのは冷めた視線だった。

「特別ってのは、具体的に何だね?」

 年取った男が疲れたように言った。

「勇者とか伝説の剣士とか! 他のやつらと違って特別な――誰もやったことないことを、やれるような!」


「剣士と言ってもね。お前は剣の心得があるのかね?」

「なっ、ないけどっ!」

 ため息が聞こえた。みんな畑仕事を始める。年取った男だけが俺のそばに残った。


「八年ほど前だったか、剣道有段者だった者が剣士になって、村を出ていったことがあった」

 俺は目を輝かせた。

「その人は今どうしてる、有名な剣士になったんだよね?!」


「いいや」

 男はゆるく首を横に振る。

「一年もしないうちに、死んだと伝わってきた。獣に食い殺されたんだそうだよ」

 顎を引いた俺に、男は続けた。


「大方のことは、この黄肌村の歴史の中で試されている。その結果としての、今の村の暮らしだ」

 だが俺は食い下がった。

「試してないことはないの?! た、例えば、そうだ鍛冶は?! 刀鍛冶とか!」


 特別になれるのなら何でもいい。しかし、

「十五年前には村にもいたな。大した物は作れていなかった」

「作物の品種改良とか!」

「農業試験場に勤めていたやつがやっているが、設備もなくて苦労している」

「漁業改革とか!」

「この近くには小さな川しかない。海辺の港まで行こうにも、石を投げられ追い返されるだろう」

 王都入り口での出来事を思い出し、俺の身がすくむ。


「……諦めろ」

 年取った男は短く言って、俺に背を向けようとした。それでも俺は諦められなかった。

「今まで誰もやってないことって、本当にないのか?!」

 ちらっと男が振り向いた。口を開きかけて、だが閉じてしまう。


「なあ、ないのか? 教えてくれ、頼む」

 必死に俺は懇願した。しばらく間があった。鍬が土を掘り返す音だけが響いていた。


 やっと、男が言った。

「元の世界に帰れた者だけは、黄肌村の歴史の中で、いやこの世界に迷い込んだ者全ての中で、一人もいないな」

 それっきり男は口をつぐみ、畑に向かった。


「おい英汰! さっさと仕事を始めろ!」

 怒声が飛んでくる。ワンテンポ遅れて俺は体を動かし歩き出す。けれど頭の中はいっぱいだった。

 元の世界に還れれば特別になれる。どうやったら、還れる?



 それから四日後、王都から和夫と花枝が村へやってきたと聞いて、俺は二人のところへ飛んでいった。彼らは村外れで、死んだ昭彦老人の墓に花を手向けていた。


「和夫! 聞きたいことがあるんだ!」

 魔法使いは驚いた顔で振り返った。

「やあ元気そうだね、安心した」

「元気なんかじゃねーよ!」

 考えごとのしすぎで頭痛もするし、不注意が続いてあちこち怪我もしていた。


「俺、元の世界に戻りたいんだ。そういう魔法ってないのか?!」

 和夫は花枝と顔を見合わせる。彼の顔が見る見る曇っていくのがはっきり分かった。


「残念ながら……現在の魔法では不可能だ」

 ひゅっと俺の喉が鳴った。だがそれは予想された回答だった。

「そんなこと言ったって、俺たちがこの世界に来た逆をやればいいだけだろ?」

「逆と言ってもね、そもそも君たちがどうしてここに来たのかもよく分かっていない。竜に関係していると推測されているだけだ」


「竜が使う魔法は?」

「竜は魔法を使わない。使った例は確認されていない」

 俺は気づいたら地団駄を踏んでいた。

「黄肌人だけ使える魔法とかないのか?」

「黄肌人が魔法を使えた例もない。過去何度も試されたらしいけど」

 地面をどんどんと踏み鳴らす。この世界の大地は俺の足を拒否して、痛みを返してきた。


「俺が試したらできるかもしれないじゃないか!」

「いやそれは……どうだろう」

「俺は!」

 絶叫した。のどから血が噴き出そうだった。

「どうしても、元の世界に還りたいんだ!」

 どうしても特別になりたいんだ。ここで平凡な普通の生き方に埋没して死にたくなんかないんだ。


 と、それまで押し黙っていた花枝が急に口を開いた。

「和夫、現在の魔法にはないって言ったわね?」

 魔法使いは女剣士の方を見る。

「じゃあ古代魔法はどうなの?」


 俺も和夫も虚を突かれた顔になった。

「ええと、それは……」

 和夫は眉を寄せて腕を組む。

「古代魔法は一般に現代魔法より高度で広範囲だったから。世界の境界を越えるための魔法が、あった可能性はあるけれど……」


「じゃあそれでいけるじゃん!」

 俺は勢い込んで一歩踏み出した。

「だけど古代の魔法の知識は多くが散逸していて、だからこそ現代魔法と区別されているわけで……」


「古文書とかないのかよ!」

「それがあるのよ」

 花枝が割り込んだ。

「完全に廃墟になってた古い寺院で最近、隠し書庫が見つかったの」


 和夫も手をポンと叩いた。

「ああ、あれか! あの人手不足で全然解析が進んでない古文書の山だね?」

「あんたたち黄肌人って、文字が何とか読めるんでしょ?」

 俺は渾身の力で首を縦に振る。すると魔法使いが慌てた。

「おいおい、古代の書物は僕らでも読み解くのが難しいんだ、黄肌人に読めるとは――」


「完全には読めなくてもいいのよ、大体の内容さえ分かれば」

 俺にも話が分かってきた。

「魔法書かどうか、しかも世界境界に関係してる魔法かどうかさえ分かれば、あとは和夫さんか誰かに熟読してもらえば!」


 花枝はうなずく。

「他には歴史書とか宗教、神話関係の本も混じってるみたいなんだけど、あんたでもそれくらい区別はつくんじゃない?」


 あーと和夫は天を仰いだ。

「ええと、古文書はまだ動かされていないはずだから……あの寺院、ここからでも歩いて行けるじゃないか」

「立ち入り許可なら和夫の紹介でもらえるでしょ? どうせただの廃墟なんだし」

「うん、そうだね。整理と簡易分類のための人員として申請して……うんいける」


 和夫は笑顔になって俺へ言った。

「あとは黄肌村の人たちの許しだね。君みたいな若い男性は働き手として大事だろうから」

「それは何としても何とかする!」


 俺はそのまま走って村に戻ろうとしたが、

「ちょっと待って、英汰」

 花枝がにこりともせず俺を止めた。


「言い出しっぺのあたしが言うのも何だけどね、あの寺院の古文書の中にあんたが探してる魔法がある保証はまったくない。しかも隠し書庫にあったのはとんでもない量だって聞いてる」

 それでもやる? と彼女は訊いてきた。けれど俺の答えなんか決まっていた。


「やる、やってみせる!」

 特別になるためならば!

 真っ暗闇の中で、俺の前にやっと道が見えた。俺は努力は得意だった。中学のころずっと努力していたのだから。あの努力は無駄に終わってしまったけれど、でも今見えている道の先は、これまでの人生で初めてなくらいの明るい光に満ちていた。あの光につながっていくのが分かってる努力なら――そんなの簡単だ!

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