第3話 寒村の人々
翌朝、日の光にまぶたをくすぐられる感覚に俺は起こされた。
「う、うーん……」
寝台の上に起き上がって大きく伸びをする。前夜は気づかなかったがそこは家具が寝台しかない、ただだだっ広い部屋だった。唯一目を引いたのは、大きな窓に斜めの格子状にはまった、過剰なくらい華麗な木の彫刻だった。たぶんガラスって物がこの世界にはなくて、その代わりの風よけ兼飾りなんだろう。
「お目覚めになりましたか」
ドアのない入り口から二人のおばさんが入ってきた。水の入ったたらいと服を持っている。俺は彼女たちに手伝われて顔を洗い着替えた。なんだか王侯貴族になった気分だ。救世の勇者なんだから当たり前だけど。
「粗末な服しかご用意できず申し訳ありません」
「いや、着心地いいしこれでいいよ」
実際、服は清潔でいい匂いもしていた。
「ずいぶんと寝坊だったわね、英汰?」
美緒も姿を見せた。彼女も着替えていて、しかも長い髪が複雑に編まれて頭の回りにまとめられていた。
「ではご朝食に致しましょう」
おばさんに言われて昨日の宴会場へ移動すると、すでにテーブルには果物やパンが山盛りになっていた。さっそく笛の演奏が始まり、軽やかながら落ち着いた曲が流れ出す。朝から音楽付きかあ、いい感じだ。俺はご機嫌気分でもりもり飲み食いする。
そしておおよそ出された物を食べ尽くしたころ、村長が顔を見せた。
「生き神様方にはご機嫌麗しく存じます」
またひざまずいて深々と礼をしてくるのに、俺はふんぞり返った。
「うむ、余は満足じゃ」
途端に美緒の手が俺をはたいた。
「いってえな」
「あんたは黙って」
きつい目でこっちをにらんでから、彼女は村長へ向き直る。
「あの、欲しい物があるんですけれども」
「何でございましょう」
美緒はひどく真剣な表情だった。
「この付近の伝説や歴史についての本はありませんか。子供向けの物でもいいんですけれど」
なるほど、文字の意味が分かるなら本というのは名案かもしれない。俺も身を乗り出した。
「魔法の使い方本とか俺も読みたい!」
しかし周囲のおばさんたちの顔が曇っていた。村長も顔を伏せている。
「申し訳ございません、この田舎の村にはお求めのような本はないのです」
「近くの街から手に入れることはできませんか」
美緒は奇妙に食い下がった。おばさんたちは困ったような視線を交わしている。
「かしこまりました、手配いたしますが、時間がかかると思われます」
村長はずいぶん困ってしまったのだろう、顔を上げないまま再び頭を下げた。
それで俺たちは寝室に戻り、俺はまた寝台に寝っころがった。隣の寝台に腰掛けた美緒を見ればしかめ面をしている。
「何が不満なんだよ、本はそのうち読ませてくれるって言ってたじゃん」
「……本当にそうかしら」
押し殺したような低い声。驚いて俺は肘をついて半ば起き上がった。「美緒?」
「あんたが起きる前に私、村の人たちに訊いたのよ。黄肌人が生き神なのはどうしてですか、どんな言い伝えがあるんですかって」
でも、と彼女は首を横に振った。
「全然教えてくれないの。詳しいことは知りません、ともかく黄肌人は生き神様なんですって、その一点張り」
「本当に知らないだけじゃね? 田舎の言い伝えなんてそんなもんでしょ」
「それにしたって、黄肌人が何ができるのかとかも知らないって――」
突然美緒が口をつぐむ。直後に部屋の入り口におばさんが姿を見せた。
「お口汚しではございますが、村の菓子をお持ちしました」
手にしたお盆にクッキーのようなお菓子が山盛りになっていた。
「おお、苦しゅうない」
「英汰!」
美緒は例によって目をつり上げたが、おばさんは気にした様子もなくお盆を俺の寝台の上に載せて去っていった。
「あんた調子に乗りすぎよ、足下すくわれたらどうすんの」
「美緒が心配性すぎなんだよ」
俺はさっそく一つ取ってかじってみる。うん、薄めのクッキー二枚の間にジャムを挟んだ物のようだった。素朴な甘みがおいしい。
「ほらお前も食べてみろよ、けっこううまいぞ」
「まったく……」
ぶつぶつ言いながらも美緒も手を伸ばしてきた。と、カタンと物音が聞こえて俺は反射的に窓へ振り向く。
格子の入った窓の向こうに一瞬何かが見えて消えた。人の頭?
俺はかじりかけのクッキーを持ったまま寝台を降り窓へ歩いた。格子のすきまから下をのぞいてみる。
いかにも子供ですという大きさの頭が三つ並んでいた。しゃがみこんで隠れているつもりなんだろう。
「お前ら、何してんの?」
三つの頭が飛び上がった。
「ごごごごめんなさいっ!」
「おらたち、おらたち……!」
十才にもなっていないぐらいの赤い肌の子供が三人、立ちすくんで逃げ出すこともできないらしい。俺はふふんと鼻で笑ってみせた。
「生き神様の顔を間近で見たかったとかだろ?」
三つの頭がこくこくと縦に振られる。うむ、かわいいやつらだ。
そこへ急にグウという異音が聞こえた。続けてグウ、グウウ。一拍遅れて音の正体に気づいた俺は噴き出した。
「お前ら朝飯食ってないのか?」
そうだと思いついて俺は寝台に取って返し、お盆を持ち上げた。
「生き神様がお菓子を分けてやろう」
子供たちの顔が見るからに輝いた。
格子の間から手を出し、子供それぞれにクッキーを三つずつ渡す。すぐに子供たちはむさぼり食い始めた。
「ねえ、この子たちに……」
振り向くと美緒も後ろに立っていた。こいつらに何だ、と問い返そうとした時、
「あんたたち何やってるの!!」
絶叫が聞こえ、俺は思わず飛びすさった。子供たちの向こう、女の人が一人ものすごい勢いでこちらへ駆けてきていた。
逃げる暇などない、子供たちは拳骨で思い切り頭を殴られる。
「生き神様に対して! なんてことを! なんてことを!」
子供たちがまだ手に持っていたクッキーは奪い取られ、女の人の手で粉々に握りつぶされた。俺は息を呑む。
「ちょ、ちょっと待ってよ」
必死で割り込もうとした。
「そのお菓子は俺があげたんだよ、そんなことするなんて――」
「とんでもないことです!!」
また絶叫。
「生き神様の食べ物に手を出すなんて! あってはならないことです! 申し訳ありませんでした! この子たちには充分な罰を与えますので!」
子供の一人はしくしくと泣き始め、あとの二人は茫然とした表情だった。
「そんな必要ない――」
「失礼いたします! ほら行くよ!」
俺は格子の間から手を伸ばそうとしたが届かず、子供たちは女の人に引っ立てられていった。
「……何か、変……」
美緒が呟いた。が、俺は必死で首を横に振った。
「いやいやいや、厳しいおばさんだなあ。あの子たちに悪いことしたかもなあ」
バリバリとクッキーをかじる。美緒も黙った。
その日はそのまま、前日と同じような豪勢なもてなしが続いた。俺は大満足だった。
そしてまた夕食後に強い眠気に襲われ、俺と美緒は早々に寝台に倒れ込んだ。
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