第2話 村での歓待

 それから俺たちは男の荷馬車に乗せられ運ばれた。原っぱを抜け、ひょろひょろのたぶん作物が植わった畑を通り過ぎて、石とワラでできた家が並んだあまり豊かそうでない村に着いた。小川村だそうだが、全然人のいる気配がない。

「え、ここって……」


 しかし美緒の言葉を遮るように男が叫ぶ。

「みんなーっ! 黄肌人が、生き神様がおらたちの村に来たぞーっ!」

 するといきなり家々の戸が一斉に開いた。男と同じような赤い肌で昔風の服装の人たちが飛び出してくる。


「黄肌人だって?!」

「言い伝えは本当だったんだ!」

「村長を呼んでこい!」

 どこにいたんだというほど大勢がわっと荷馬車を取り囲んでくる。赤鬼のような肌色の人々に押し寄せられて正直ちょっとビビった。


 が、おびえたところなど見せてはならない! 俺は荷馬車の上で立ち上がった。

「俺こそが黄肌人の英汰だ! 俺が世界を救ってみせる!」

 おおーっという歓声が圧倒的なまでに起こった。

「生き神様! 生き神様!」

「救いの神が来てくれた!」

 悠然と手を振ってみせれば、どよめきはさらに大きくなる。と、美緒が俺の制服の裾を引っ張った。

「何調子乗ってんのよ!」

 しかし彼女の声は村人たちの大声でほとんど聞き取れない。俺はにやっとだけ笑い返した。


 そこへ人垣をかきわけるようにして一人の老人が近寄ってきた。その老人は地面にひざまずき、深々と頭を下げる。

「黄肌人の方々、ようこそおいでくださいました。小川村の村長として厚く御礼申し上げます」

 周囲の村人たちも次々とひざまずいていった。

「我らはあなた様方を生き神様としてお迎えいたします。どうぞこの小川村にご滞在くださいませ」

「お願いいたします、生き神様!」

「おらたちを救ってくだせえ!」


 俺は辞を低くした人々を見下ろし、ゆったりうなずいてみせた。

「もちろんだ、そのために俺はこの世界に喚ばれたのだから!」

 どっと沸きたつ村人たち。村長も大きな声を上げた。

「生き神様方をわしの家へ! 歓迎の宴だ、総出で支度をしろ!」

 わあっと人々は走り出す。最初の男がまた荷馬車を動かした。すぐに村で一番大きな家の前に横付けされる。


「生き神様、さあどうぞ中へ」

 荷馬車の脇に立ったのは長い髪を三つ編みにした少女だった。肌がこんなに赤くなければすごく俺のタイプだった。いや赤い肌でも充分かわいい。

「ありがとう」

 俺はにっこり笑って彼女の差し出す手を取り荷馬車から降りた。少女は恥じらうように顔を伏せる。そんな仕草もかわいい。導かれるままに家に入りながらちらっと振り向くと、美緒も若い男に手を取られて後ろについてきていた。美緒の顔はむくれていたが、いかんせん頬が染まっている。俺はさらににやにやした。


 そんな俺たちの周囲を村人が駆け回り、広い部屋にソファのような物が用意され俺と美緒は並んで腰掛けた。ワラか何かに布をかぶせた物みたいだが、なかなかの座り心地だ。

 すぐにテーブルが前に置かれ、食べ物や飲み物が運ばれてくる。俺の腹がグウと鳴った。


「心尽くしのおもてなしでございます。どうぞお召し上がりください」

 脇に立った三つ編みの少女が言う。スプーンはあったがフォークがなく、どうやら手づかみで食べる流儀らしい。戸惑っている美緒をよそに俺は鳥肉を焼いた物っぽい料理を鷲掴み、かぶりつく。ちょっと固いが、なかなかうまかった。


 さらに料理は運ばれてくる。笛や太鼓を持った人たちも入ってきて、祭り囃子のような音楽が流れ始めた。木でできたコップの中身をおそるおそる飲んだ美緒が、思わずといったように「おいしい」と呟く。


「喉がお乾きでしたでしょう、もっとお飲みください」

 水差しを掲げた少女がコップにそそぐのに、美緒は礼を言ってさらに飲んでいる。俺もコップの中身を飲んでみた。あれ、これってもしかして酒? いや異世界だからいいのか?


 今度は華やかな衣装を来た女性たちが踊り始めた。裸足でリズムを刻み、手に持った布がひらひらと舞う。

 完全な宴会、豪勢な歓待だった。気がつけば俺も美緒もすっかりくつろいで、ひたすらに食べて飲んだ。


 そしてもう食べられないとなったところで、また違う広い部屋に案内された。大きな寝台が二つ並んでいた。満腹と疲れで眠くなっていた俺たちはすぐ倒れ込む。ふかふかの寝心地は文句の言いようもなかった。


 眠りに落ちていく意識の中で俺は思った。やっぱり異世界召喚さえされれば上手くいくんだ。

 世の中、持って生まれた才能で全部決まっちまう。どんなに努力したってそれは覆らないって、俺は中学のころ勉強でもスポーツでも思い知った。

 だけど異世界召喚されれば話は全てひっくり返る。俺だって特別になれたんだ。これで何でも、上手くいく――。俺は希望に満ちた夢の中に落ちていった。

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