異世界召喚さえされれば上手くいく

良前 収

序章 召喚

第1話 召喚された勇者

「異世界転生とか異世界召喚とかされねーかなあ」

「はあ? なに寝ぼけたこと言ってんのよ、英汰えいた

 自転車を走らせ登校中、前を行く美緒みおは振り向きもせず返してきた。長いポニーテールが冷たく揺れている。しかし俺はそれしきでめげない。


「だって異世界行ったら、それだけでめっちゃ特別になれるじゃん」

「あほくさ。そんなことより部活どこ入るか決めた?」

「うちの高校で部活なんてどこ入ろうが普通の平凡で終わるじゃん」

 これは少し正しくない言い方だった。俺と美緒が入学したばかりの高校は、あらゆる意味で三流の学校だった。しかしその三流の中で俺は抜きんでられなかった。三流の中でなら特別になれると思ったのに。


「平凡がいいって言って高校選んだんじゃなかったの?」

「今俺はモーレツに後悔してんだよ」

 学業でもスポーツでも、特別と呼ばれるヤツら、才能を持ってるヤツらは全然別にいた。甘かった、失敗した。ただの普通で過ごさなければならないこの先の三年間が、俺は途方もなく憂鬱だった。


「だからって入学一週間目で遅刻とかシャレになんないでしょ。急ぐわよ!」

 美緒が自転車のスピードを上げて交差点に突入する。それを慌てて追いかけ並びながら俺はなおも言った。

「異世界召喚さえされれば上手くいくのになぁ」


 と、急に左後方から音と圧力を感じた。

「え?」

 振り向いて見えたのは間近すぎる巨大トラックの顔。

「キャア――!」

 美緒の悲鳴。衝撃。

 そして暗転。



「英汰! 英汰!」

 声が聞こえた。美緒、泣いてる? 小学校からの腐れ縁でいつも勝ち気で強気でしっかり者の美緒が泣いてる? 何事が起きたかと俺はまぶたを開ける。


 目に飛び込んできたのは俺をのぞき込む美緒のくしゃくしゃの顔と、その背景の、

「ラベンダー色……?」

 不思議な色の空だった。


「気がついたのね!」

 彼女はへたりこむように腰を下ろした。俺は体を起こして辺りを見回す。

 周囲は草がまばらに生えた原っぱだった。遠くに森のような緑が見えた。さらにはるか向こうに山。

「……ここどこだ?!」

「分かんない……」

 美緒は両手で顔を覆った。ここまで動揺している彼女は初めてだった。


 空を見上げてみる。やっぱりそれはラベンダー色だった。ただしぽっかり浮かぶ雲は見慣れた白色だ。夕方なのかとも思ったが、照りつける太陽の高さと輝きは真昼のものだった。


「まさか天国……いや違う、そうか、そうだよ!」

 俺はガバッと身を乗り出し美緒の肩をがっしり掴んだ。

「俺たち異世界召喚されたんだ!!」

 異世界のやさしい風が俺たちをなでた。


「……は?」

 美緒が顔から手を離した。あれ、泣いてると思ったのに泣いてない。

「何寝ぼけたこと言ってんのよ!」

「いやだって見ろよ空の色! 変だろラベンダー色の空なんて!」

「だからってなんで異世界召喚なのよ、天国のほうがまだ説得力があるわ!」

「天国ってのは神様や天使がうようよいるもんだろっ。でもどこにもいねえじゃん、そんなもん!」

 俺は力強く立ち上がった。拳を固く握り、高々と突き上げる。

「俺はこの異世界に喚ばれたんだ! だから必ずこの世界を救ってみせる!」

 よし、決まった。


 しかしやはり立った美緒にパシッと頭をはたかれた。

「寝言は寝て言いなさい!」

「んだよ、世界を救う勇者に向かって」

「何が勇者よ、あんた魔法とか使えるわけ?」

 ふむ、ならば使ってみせよう!


「勇者英汰の名において、湧き起これ暗雲、地へ突き立ていかずち!」

 俺の詠唱に従って見る間に空に黒い群雲が――あれ、出てこない。

 パシッとまた頭がはたかれた。

「ほら使えないじゃない!」

「おっかしーなー……そうか剣だ! 救世の剣がきっと近くに!」

 俺は周りを見回した。さらに走り出してぐるっと探した。しかし俺たちがいた場所の近くには、ただ風にそよぐやせた草と石ころの目立つ地面があるばかりだった。


「バカなことやってないで、どこかに移動しましょう」

 冷静な声で美緒が言う。お前さっき泣きそうになってたはずなのに。

「ここにいたまま夜になったらまずいわ。村か街か、人の住んでる所へ行かないと」

「そっか、そこに賢者か魔法使いがいて導いてくれるんだな!」

 美緒は俺の言葉をスルーして遠くを指さす。

「あっちにあるの、道しるべに見えない?」


 なるほど周囲の原っぱから突き出している石柱っぽい物があった。

 よっしゃと二人で駆け出す。石柱のそばまで来てみると、一定の幅で地面に草がなかった。きっと道だ、これは道しるべだと期待して俺たちは柱をのぞき込んだ。


「へ?」

「何、これ?」

 俺と美緒の口から同時に声が出た。

 石柱の表面にあったのは、ノミか何かで刻まれた何本かの線。以前歴史番組で見た楔形文字に少し似ていた。当然、見ても意味なんて分からない、はずなんだが。

「小川村?」

「そう読めるわね……」


 読めるというか、文字の読み方とか意味とかはさっぱりなんだが、全体を眺めるとなぜか「小川村」という単語が頭に浮かんでくる。

「反対側は?」

 気づいたように美緒が裏に回り込む。俺も見てみるとそっちには「東山町」と書いてある、ように脳裏に感じられた。


「何だこれ、文字そのものは分かんないけど書いてあることは分かるのか?」

「みたいね……信じがたいけど」

 美緒が大きな息を吐く。

「たぶん、そっちの方向に進むと東山町で、こっちが小川村なんだと思うわ」


「ううむ、とすると」

 さて救世の勇者としてはどちらへ向かうべきか。あごに手をやった時、馬のいななきが聞こえた。俺たちは振り向く。

 荷馬車が木立の陰から出てきたのが見えた。一人だけ乗っている男、目をまん丸にした彼を見て俺も目を丸くした。

「き、き……黄肌人きはだびとだーっ!」

 甲高い声で叫んだ男の顔と手は異様にどぎつい赤色だった。興奮して顔が真っ赤とかのレベルじゃない、深紅の絵の具で塗りつぶしたような赤い肌。


「赤……鬼?」

 美緒の呟きに俺も無意識にうなずいていた。まさにそんなイメージだ。だが男は角も生えてなければ虎皮を着ているわけでもなく、昔のヨーロッパの田舎者みたいな服装だった。そして彼は突然ものすごい勢いで馬に鞭を当て、こちらへ荷馬車を突進させてきた。俺たちの真横で急停止して、馬が悲鳴を上げる。


「お、お前たち、黄肌人か?」

 息せききって尋ねられ、俺と美緒は顔を見合わせる。何だ黄肌人って?

「黄色人種ってことなら、そうですけど……」

 美緒が言った途端、男は手綱と鞭を放り出し両手を掲げた。狂喜の表情。

「黄肌人だ! おらたちの村に黄肌人が来た! おらたちは助かる!」


 俺は息を呑み、ついで一気に顔がほころんだ。やっぱりだ、そうこなくっちゃ!

「俺が来たからにはもう大丈夫だ、安心しろ!」

「ああ一安心だ、これでおらたちは救われる」

 今度は男は荷馬車から飛び降り、地面に這いつくばって俺たちに土下座し始めた。


「ちょっ、やめてください!」

 焦った美緒が止めようとするが、男は額を大地にすりつけたまま上げようとしない。

がみ様が来てくれた。ありがたや、ありがたや……」

 俺の中に自尊心がむくむくと湧いてきた。美緒はしゃがんで男の顔を上げさせようとしているが、俺は傲然とその場に立っていた。

 そう、俺は異世界召喚された、勇者なんだ!

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