第2話 授業

 世界にはいくつもの超常が存在する。魔法、物理法則、心霊現象、UMAなどがそれに該当するだろう。他にも、この世にはまだ知られていない超常がいくつも存在しているに違いない。

 その超常の一つとして、科学というものがこの世に存在している。機械に付いているボタンを押すだけで、お湯が沸き、電気が点き、電磁波だって出せる物体が存在しているのだから、超常と呼ぶに相応しい。

 現代において、科学の結晶と呼ばれている機械がある。それは自動機械人形と呼ばれている機械だ。自動機械人形は科学の特異点と呼ばれた百年前の大戦争において初めて運用された科学兵器。いくつかのマンマシンインターフェースを搭載した機械の人形である。

 その特徴は自我を持つことで人間と円滑なコミュニケーションを取れることと、自己進化すること。そして、どんなことがあろうとも登録されたマスター自身と、マスターの命令を守ることにある。

 全てはマスターの為に。それが自動機械人形の存在理由だ。

 百年前に使われた自動機械人形は人型のみであり、人間の代わりとして多くの戦場で使用された。人型以外の自動機械人形はその当時にはなかったのだが、その理由は分かっていない。当時を知る科学者たちでさえその理由は分からなかったと言う。

 そして西暦二一〇五年の今も、人型の自動機械人形のみが開発され続け、高性能で戦闘能力の高い自動機械人形は軍や警察組織で使われている。そして性能は低いが人間の助けになると判断された自動機械人形は人々の生活の一部として溶け込んでいるのだ。

 ではここで、一つの誤解を解いておこう。

 人型の自動機械人形は人間を模して作られているというだけで、外見が人間そっくりという訳ではない。シルエットが人間そっくりなだけで、外見上はロボットと同じだ。

 自動機械人形とロボットの違いは外見にはなく、その違いは内面的なマンマシンインターフェースや使われている技術だけにあると言えるだろう。


「――という訳だ。理解したか?」


 塔野葵(とうのあおい)は授業の一環として、自分の知識を次々と口にしていった。


「ねーねー質問! マンマシンインターフェースって何?」

「それはあれだよ。人間と機械との間で何かしらのやり取りをする時に情報を仲介するプログラムだ。たとえば、テレビのチャンネル変える時にリモコンのボタン押すだろ? そのボタンがマンマシンインターフェースだよ。簡単に言えば機械に何かさせようとする時に使う部品とかプログラムのことだ。マンマシンインターフェースの例を挙げると、レバー、ボタン、ハンドル、指紋とか音とかの認証機器とかだな。機械と人間を繋ぐ物だという言い方もあるぞ」


 質問をされたからしっかりと答えた訳だが、その答えを聞いた少年少女たちはつまらなそうにしている。


「てゆーか歴史とか自動機械人形とかどうでもいいー。もっと面白い話してよー」

「そうですよー。これじゃ楽しくないでーす」


 教壇に立つ少年へのブーイングが教室中に響き始める。

 ここは平凡な公立小学校の教室の一つであり、ブーイングをしているのは勿論、小学生たちだ。しかし、教壇に立っているのはこのクラスの担任どころか教師ですらない。


「うるせえなぁ。この俺が直々にお前らに特別授業してやってんだぞ? それに自動機械人形は俺の専門だ。科学人形技師(クリエイター)に専門以外の説明を求めんな」


 葵はこの学校の人間ではなく、今日だけの特別授業をしに研究所から来た研究員だ。その中でも自動機械人形を専門としている研究員なので、自動機械人形以外の話は詳しくない。


「でもお兄さん科学人形技師の割には若くない? 僕がテレビで見る科学人形技師はおっさんとかじいちゃんばっかだったよ?」

「まあ自動機械人形ってのはただの機械よりも複雑だからな。マンマシンインターフェースの一つである人工知能……AIつった方が分かりやすいか? ともかく、そのAIが搭載されてるコア、細部のパーツ、神経部品とかを神経ケーブルで繋いで、尚且つAIが考えた通りに全てのパーツが動くように調整しなくちゃならない。つーかそもそもAI作ること自体すげぇ難しいことだしな。だから科学人形技師ってのはなることすら難しい職業なんだ。俺はそこそこ優秀だからこの若さで科学人形技師になれたんだけどな」


 自動機械人形はただの機械ではなく、人間で言う脳と心臓を併せ持つコアと呼ばれるパーツを持っている。だからこそ自ら考え成長することができる訳だが、体を構成する全ての部品に神経部品が繋がっていなければ満足に動けないのだ。

 自動機械人形が原因で起こる事故のほとんどはいくつかの部品に神経部品が繋がっていないからこそ起こっている。たとえば、重要である脚部分の神経部品が正しく繋がっていなかったり外れていたりすれば、自動機械人形は満足に移動することが出来ない。事故が起きるのも仕方ないと言えるだろう。


「ねぇねぇお兄さん質問質問! ロボットと自動機械人形の違いって何?」

「おお、いい質問だな。その答えは結構簡単なんだが、それを答える為にはロボット三原則を知らんといけない。知ってっか?」

「「「知らない」」」

「うし分かった。そんじゃ一つずつ言ってくぞ。一つ目は『人間に危害を加えちゃならねぇし、人間への危険を見過ごしてもいけねぇ』、二つ目は『人間の命令には絶対服従。ただし人間を殺せって命令は無視しなきゃならねぇ』、んで三つめは『一個目と二個目を守った上で、自分自身も守らなきゃならねぇ』の三つだ。覚えたか?」

「「「はーい!」」」

「オーケー。それでロボットと自動機械人形の違いだがな、一定以上の機能を持つロボットは三原則を守らなきゃならねぇが、自動機械人形はそれを守る必要がない。自動機械人形が守らなきゃならないのは自分のマスターの安全と、マスターの命令だけだ。あとは……」


 葵が続きを話そうとした時、小学生の一人が手を挙げているのが見えた。それを無視する訳にもいかないので、話を中断して少年の質問を聞く。


「そこの少年、質問あんだろ? 言ってみ?」

「……三原則を守らない自動機械人形ってフレーム問題起こるのかなって思って」

「おー、難しいこと知ってんなぁ」


 フレーム問題というのは人工知能が抱える問題の一つである。

 人工知能は機械を人間と同じように思考させる為のプログラムだ。しかし、忘却と思考放棄という機能のない機械は人間と違って考え過ぎてしまう。それが何故問題なのかと言うと、人工知能は無限に思考してしまうので、処理が追いつかなくなって壊れてしまうからだ。

 これを回避する為には、機械の思考能力に条件や制限を付ける必要がある。だからこそ、現在稼働しているロボットは○○専用だったり、限定された空間だけで使われたりするものが大半を占めているのだ。


「残念ながら人工知能である以上は自動機械人形にもフレーム問題は存在する。というかな、より高い自由度を求める自動機械人形の方にこそフレーム問題は顕著に現れるんだ。だから俺らは今もフレーム問題解決に向けて研究中だよ」

「そうなんですか。ありがとうございます」

「おう。んでまぁ話は戻るけど、ロボットと自動機械人形には決定的な違いがある。その違いってのはな、互いの目指すゴールだ。ロボット工学の科学者が作ろうとしてるのは人間の助けになる、人間の能力や機能を持った機械だ。対して、俺が作ろうとしてるのは機械の能力や機能を持った人間なんだよ。俺はな、人を作ろうとしてんだ」

「「「おおーーーー!!」」」

「ま、全員が俺と同じ意見を持ってる訳じゃねぇから一概には言えないけどな。これはあくまで俺の考えだ。全員が全員、同じこと考えてるとは思わねぇこと。いいな?」

「「「はーい!」」」

「聞き分けのいい子はいいねぇ」

「……あの、塔野さん。そろそろ授業に戻って頂いてもよろしいでしょうか?」


 教壇の横にある大きなオフィスデスクに座る若い女性が葵に話し掛ける。彼女はこのクラスの担任であり、特別教室を開くうえで葵を指名した張本人でもある。


(研究所に貰った研究員のリストの中で唯一若い男の子がいたから指名したけど……失敗だったかなぁ? でも子供たちのウケはいいしなぁ)


 研究所のリストに載っていたのは三十代から四十代の研究員ばかりだ。その中に子供と一番波長が合う十代の若者がいれば、指名してしまうのも仕方ないと言えるだろう。ただ彼女が言うように先程から何度も脱線しているのは確かなので、葵は謝罪した。


「す、すみません、先生! ……大分脱線しちまったかな。で、どこまで話したっけか? 百年前の戦争だっけ?」

「そうでーす。ところで戦争の相手って誰だったの?」

「ああそれか。百年前の戦争の相手は獣人たちだ。つまり人間バーサス獣人だったって訳だな。知ってっか? 獣人のこと」

「「「知らなーい」」」


 子供たちは全員声をそろえて葵に言う。だが知らないなんてことはありえない。何故なら、獣人の存在はこの世界において常識だからだ。これは所謂、生徒たちからの授業を円滑に進める為のサービスのような物だろうか。


「よし、なら獣人についても教えてやろう。つっても俺の専門じゃねぇからよくは知らないけどな。という訳で昨日知り合いたちから聞いた話をまとめたもんを聞かせてやろう」


 獣人とは大昔、突然変異により生まれた元人間だ。彼らは人間であることに加えて動物の能力も持っている。見た目では獣人と人間を見分けることが出来ないのも特徴の一つであると言えるだろう。さらに、獣人と人間の内面的な違いもあまりないと言える。

 獣人の力には段階が存在し、『同化』と呼ばれる一段回目の状態になった獣人は筋力が上がり、人間よりも五感が鋭くなるのだ。

 それだけならば人間より少し強いだけなのだが、『獣化』と呼ばれる二段階目の状態になった獣人は獣の特出した力を発現させることができるようになる。肉食獣ベースの獣人なら爪や牙を生やし、腕力などが格段に上がるらしく、草食獣ベースの獣人ならば五感が以上に鋭くなったりと、ベースになった動物によって視野が広くなったり、時速六十キロで走ったりと様々なことができるのだ。

 『獣化』した獣人は人間が敵う存在ではなく、武器を使っても勝てないことの方が多かったことは、歴史が証明している。


「俺の知り合いにウサギの獣人がいてな。『獣化』するとすげぇ耳がよくなるんだよ、そいつ。本気を出すと三百メートル離れた場所の音も聞こえるらしい。まあ、それ以外は普通の人間と変わんねえな」

「でも、獣人って怖いんでしょ? 教科書にも凶暴で出会った瞬間に殺されるって……」


 実際、現在使われている歴史の教科書には獣人のことを良く言っているものはない。中高生の教科書も大学生の教科書にも獣人は野蛮で凶暴と書かれている場合がほとんどだ。


「てゆーか獣人と僕らのいるところには壁あるから獣人と会えないじゃん。お兄さんどうやって会ったの?」

「んー、まぁ昔に色々あってな。会う機会が結構あったんだよ」


 葵は自分がつい口を滑らせてしまったことを後悔して、半ば強引だがすぐにでもこの話を終わらせようと考えた。


「まぁ俺の話はいいじゃねえか。何か質問はあるか?」

「はいはい! 質問質問!!」


 教室の真ん中に座る少年が元気よく手を上げる。


「はい、キミ。質問をどうぞ?」

「獣人には動物の耳とか尻尾とか生えてるってホント!?」

「ああー、みんなそこ結構気になんのね……。獣人に会ったことあるって言ったらほぼ全員その質問して来るんだよなー。まぁ答えは簡単だ。能力使うと生えて来るよ。つまり普段は生えてない」

「すげー!!」

「見てみたい!」

「ほらほら授業進めんぞー。静かにしろー」


 葵は教壇を軽く叩いて子供たちの興奮を静めようとした。その音を聞いて子供たちはすぐに静かになる。


「じゃあ早速、続きを……」

「あとは知ってるからいいよー。終わりだけ教えてー」

「そうそう、先週授業でやったばっかだからいらないー」


 生徒たちは葵に百年前の戦争の中身は省いてもいいと言う。確かに、すでに授業でやったならば葵がわざわざ説明する必要もないだろう。


「フム……ならいいか。じゃあ手っ取り早く結末だけ言うぞ。人間の勝利だ。まあ元人間の獣人が相手だった訳だから少し違う言い方があるのかもしれないけどな。それで人間と獣人のトップが話し合った結果、世界の五分の一を獣人の国として獣人たちに渡した訳だ。そしてその領域を囲むように超巨大な壁が建築された。俺も何回か見たことがあるが、あれはすげぇぞ。どんなことしたって壊せる気がしねぇもん。核兵器とか使ってもビクともしねぇらしいぜ」

「どれくらい大きいの?」

「目算だが高さは十キロぐらいあるんじゃねぇかな。つーか正直分からん。だって材質も分かんねぇし、誰がどうやって作ったのかも分かんねぇんだもん」

「頼りにならない先生だなー」

「使えないー」

「んだとコラァ!! あんなもん分かる方がおかしいんだよ!」

「あの、塔野さん。もう少し穏便に……」


 担任教師は少し遠慮がちに葵に声を掛ける。


「す、すみません先生。ちょっと大人げなかったですね……」

「いえ、それは構いませんが……授業はこれで終わりですよね?」

「はい。これで終わりです」

「もう終わりなのー? もうちょっとやってよお兄さん!」

「そうだよ! お兄さん面白いもん!」

「お、お前ら……生意気なガキ共だと思ったら嬉しいこと言いやがって……!」


 子供たちからの思いもよらない言葉に葵は喜んだ。自分はあまり好かれない性質だと思っている葵からすればこれはものすごく嬉しいことである。


「では、ここからは塔野さんへの質問タイムにしましょうか」


 担任教師がこの一言を言った瞬間、子供たち全員の手が勢いよく挙がる。


「ぜ、全員だと!?」


 流石の葵もこれは予想外だったので、少し驚いてしまった。


「え、えーと……お前!」


 取り敢えず生徒の一人を指名した。指名された男の子は興奮気味に席を立ち、葵に対する質問を口に出した。


「お兄さんて外国人なの!? 名前は日本人っぽいけど!」

「ああ、俺はアメリカ人だよ。国籍は日本だけど」


 葵は金髪で青い目をしている。子供たちが外国人だと思うのも当然だろう。


「次は僕!」

「はい、質問どうぞ」

「お兄さん、何で夏なのにマフラーしてるの!? なんで左腕にリボン巻いてるの!?」


 それは葵を見た誰もが疑問に思うことであろう。今は夏だというのに黒いマフラーを巻いているし、左腕には上品な装飾が施してある黒いリボンを巻いているのだから。


「マフラーについては言えない。すまねぇな。だが左腕のことなら答えてやるよ。見ろ。これが答えだ」


 葵は左腕に巻いたリボンを外していった。そこから見えるのは肌色ではなく、黒である。それもその筈。そのリボンは葵の左腕の真実を隠す為の物であるからだ。


「「「え!?」」」


 子供たちはリボンを外した葵の腕を見て驚愕の声を上げた。それは当然の反応だろう。葵に左腕には生身の腕ではなく、黒い義手があるのだから。


「このリボンはこの義手を隠す為に巻いていたって訳だ。正しくは義手であるという事実を隠す為だけどな」

「な、何なのその黒い腕……?」

「へ、変色してるの……?」


 子供たちは葵の腕を見て驚いた表情をしていた。しかしこの様子だと、子供たちは義手という道具の存在を知らないだけなのかもしれない。


「……お前ら、義手を知らないのか? これは義手っていう作り物の腕だ。俺が黒い腕を持って生まれた訳じゃねぇよ」

「つ、作り物の腕?」

「じゃあ、お兄さんの元々の腕は?」

「ああ、色々あって失った。んで代わりとしてこの腕作ってハメたんだ」


 葵の義手は最新の材料と最新の技術で作られており、メンテナンスを欠かしていない。


「い、痛くないの……?」

「痛くねえよ。まぁメンテナンスの時とかに神経パーツ外す時はそれなりに痛いけど。他に質問はあるかー? ないならこれで俺の授業は終わりだ」

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