DEMドール ―デウス・エキス・マキナ―

佐藤山田

第1話 プロローグ

『こちらモスクワ支部! メインサーバーは完全に破壊されました! 生き残っているのは数名の研究員だけです!』

『北京支部です! 研究所は完全に破壊され、データも全て完全消去されました!』

『聞こえていますか!? ベルリン支部です! もうこの研究所はダメです! 生き残りは数名、動力炉も破壊されました!』

『カリフォルニア支部、完全に敵の手に落ちました……! もう残っているものはありません!』


 この日、世界中を震撼させた一つのテロ事件があった。

 それは世界中にある三十ヵ所以上の研究所が同時に襲撃を受け、壊滅したというもの。勿論、それらの研究所にあったデータは全て消去され、研究員はほんの僅かしか生き残っていない。

 そして、それらの研究所の中で最も大きかった研究所は、ギリシャのアテネにあった。



『何者かが研究所に侵入した! 各自持ち場を離れず、発見次第侵入者を排除せよ! 繰り返す! 何者かが――』


 アテネ研究所に何者かが侵入したことで研究所内に警報が鳴り響く。


「さっきからうるせぇなー。しっかしよ、侵入者がいるのは確かだってのに正体が分からないってのはどういうことだ? しかもここ以外の組織の研究所も襲われてるらしいじゃん。同じ敵なんかね?」


 頑丈そうな扉の前には、二人の男が立っていた。そのうちの一人が愚痴を言う。


「分からん。だが、ここは俺たち組織の研究所の中で最も高いセキュリティがあるんだ。たとえ相手が誰だろうとここに入っちまったらもう勝てねぇさ」


 男の隣に立つもう一人の男が答えた。彼らはヘルメットやプロテクター、防弾チョッキを着ていて、手には軍用ライフルを持っている。

 ここはアテネにある巨大な研究所。このアテネ研究所には最新のセキュリティシステムが適用されていて、アリ一匹入れないとされているらしい。

 赤外線や熱、重さで作動するレーザートラップがいくつも設置されており、各部屋にあるシャッターや壁は多少の攻撃では傷一つ付かないとのことだ。それに、もう一つ規格外の兵器が男たちの横にあった。


「ま、ここにはこいつがあるんだし、仮に俺たちが勝てないような奴が来てもコイツに任せりゃ一発だろ!」


 男の横に待機しているのは最新の銃火器を複数搭載した人型機械兵器だ。人間を超越した運動能力に、人間には扱い切れない銃火器を扱える能力。確かに、この一体だけで何十人もの人間を殺せるだろう。

 男たちの後ろにある扉は、アテネ研究所のメインサーバーが置かれている部屋の入口だ。つまり、彼らは重要な部屋の見張りであると言える。


「ん?」


 男たちは部屋の前で会話をしていた。しかし気配を感じたのか、男たちは会話を止めて叫んだ。


「おい! そこにいんのは誰だ!?」


 どうやら、居場所がバレてしまったらしい。なので、少年は男たちの前に進んだ。


「血だらけのガキが一人……?」

「おい、あいつ金髪で、左目は赤いけど右目は青いぞ。それにこんなくそ暑い季節にマフラーなんて巻いてやがるぜ」


 男たちは何故こんなところに自分のような十二歳ぐらいの子供がいるのか分からなかったのだろう。二人とも困惑の表情をしている。


「おい! あいつ、銃とナイフを持ってやがる! 侵入者ってあいつじゃねぇのか!?」


 男たちは少年の正体に気付いたようだ。まぁ侵入者ということがバレただけであるが。


「おいガキ! テメェ、ここに攻め込んだ奴の仲間だな! 可愛そうだがこんなことしたんじゃぁ死ぬしかねぇよなぁ! おいタロス01、あのガキを殺せ!!」


 男は傍らに立つ人型機械兵器に命令を下した。少年を殺せと。

 命令を受けた人型機械兵器――タロス01は装備された銃火器の銃口を少年に向けた。それを見た少年は壁を走りながら銃を撃ちつつ、タロス01に向かう。

 タロス01に装備されている銃火器は人間に扱い切れないものばかりに見えた。それは重量の問題だったり、反動の問題だったりと様々だが、それを補って余りある威力があるものばかりだ。つまりはリスクがある分、それに見合ったリターンがあるという訳である。しかし、それは人間が使った場合の話であり、機械が使えばそんなリスクは一つとして存在しないだろう。


「クソ! 何であのガキに当たってねぇんだ!」


 男の言う通り、タロス01の放つ銃弾は少年には直撃していない。だが、その理由はとても単純。

 少年は最初からタロス01の持つ全ての銃火器の発射口だけを狙い撃っている。それにより機械が測定する弾道を少しだけズラすことに成功しているので、少年はいまだ致命傷は受けていないという訳だ。

 この場合、一発でも外せば少年に銃弾が直撃するが、少年にそのようなミスはありえない。少年には一発も外さない自信があるからだ。

 とはいえ、致命傷を受けていないだけで、タロス01が放った銃弾は少年の肉を少しずつ抉っている。当たり前だろう。少年は銃弾を避けているのではなく、弾道を少しだけズラしているだけなのだから。

 普通に避けようとしたならば今頃少年は穴だらけになっていたに違いない。肉を切らせて骨を断つ。致命傷を避ける為には、弾道をズラすのが少年に選べる数少ない選択肢の一つだったのだ。

 それでも。それでも少年は止まらない。血を流し、肉を抉られても。たとえ自分の手を汚してでも。自分には果たさねばならない目的があるのだから。


「ヤバくねぇか? あのガキこっちに近付いて来るぞ! 俺らも撃たねぇと!!」

「おい! やめろそんなことしたら……!」


 男の一人が少年に銃を向けた瞬間、タロス01が男の方を向き、銃口を向ける。


「バカ野郎! 早く銃を下ろせ!」

「う、うわああああああああ!!」


 男はもう一人の男の忠告を聞かず、パニック状態になりタロス01に向かって発砲する。だが、タロス01の機械の鎧はかなり丈夫だったようで、傷一つ付いていない。そしてタロス01は発砲した男を敵と認識したのか、自分を撃った男を機関銃で撃った。それにより男は死亡したようだ。


「バカ野郎が! タロス01を始めとする支給された自動機械人形(オートマタ)は武器を向ける人間全員を殺すようプログラムされているって前に何度も言ったろうが……!」


 男は後悔しているようだが、そんなことは少年にしてみればどうでもいいことだ。むしろ、敵が一人自滅してくれたのだから都合がいい。


「……本当だな。バカが相手だと楽でいい」

「しまっ……!」

「死ね」


 一瞬のスキを見て男の背後まで迫っていた少年は躊躇なく男の首をナイフで斬った。それにより、主を失ったタロス01は一時的に動きを止めて待機状態に入ったようだ。


「……さっき俺のことを襲撃犯の仲間って言ったな。訂正しておくよ。ここに俺の仲間はいねぇ。一人で来たんだから」


 男が死んだこととタロス01が確かに待機状態になったかどうかを確認した少年は、電子ロックが掛かった扉に手を当て、扉に向かっていくつかの質問を投げ掛けた。


「お前はどこをいじれば分解できるんだ? 大丈夫。お前のことは必ず俺が有効活用する。無駄にはしない。……うん。……ありがとう」


 そして少年は腰に巻いているウエストポーチからいくつもの工具を取り出し、扉を分解し始める。その扉は少年の手により、たった三分でただの機械部品の集まりになった。


「ここがサーバールーム……」


 少年は開いた扉から、アテネ研究所の全てのサーバーが設置してあるサーバールームへと入る。


「ここを壊したら次は……ん? 通信か」


 少年は腕に巻いた腕時計型の通信機のダイヤルを合わせ、通信を繋げる。


『コチラローマ。現状報告ヲ始メマス。現在、計三十ノ研究所ヲ完全ニ制圧シ、全テノサーバー、動力、オートマタヲ破壊シ、データモ全テ削除シマシタ。マスターノイルアテネガ最後デス』

「ありがとう、お前たち。あとは俺に任せろ。お前たちはもう充分に頑張ってくれた」

『任務完了。コレニテ、我々ARSシリーズハソノ機能ヲ停止シ、自爆シマス。マスター、ゴ武運ヲ』


 通信はその一言を最後に途切れた。少年の通信相手は現在世界中に散らばっている少年をマスターとする自動機械人形の内の一体だ。彼らの仕事は世界中にある研究所を壊滅させること。

 戦闘用とはいえ、そんなことができる人工知能を持つ自動機械人形は世界に百体もいないだろう。だが、少年は自分の手で自動機械人形の心臓でもあり脳でもあるコアを作り、機械と心を通わせることでそれを可能にした。

 いくら強力な武器を持っていたとしても頭が悪ければ宝の持ち腐れ。逆に、頭が良ければ武器が弱くとも強者に勝つことはできる。少年の味方をした自動機械人形たちが勝利できたのは、少年の高度な技術があったからに他ならない。

 だがいくら優秀な自動機械人形であろうと、数という魔物には勝てないのだ。その為、目的を果たした瞬間の少年を主とする自動機械人形たちは機能停止寸前だった。故に少年の味方であった自動機械人形たちはその機能を停止し、自爆したのである。

 もう動けないから。もう戦えないから。鹵獲されて少年の敵になるように改造されるくらいなら壊れた方がいいから。それが少年を主とする自動機械人形たち全員の思いであったことを、少年は知っている。


「いずれ……ちゃんとお前らのことを回収して、また作り直してやるからな……!」


 少年は自分の自動機械人形たちを家族だと思っていたし、同時に仲間でもあった。自動機械人形たちも同じことを思っていただろう。だからこそ少年は、自分の味方をしてくれた自動機械人形たちの思いを無駄にする訳にはいかない。。


「だけど、それでも……俺はやらなくちゃいけない。この組織を完全に壊滅させなきゃならないんだ。……すべては機械と人間の幸福の為に」


 少年はサーバールームへと進む。そして少年はサーバールームにあるデータを修復できないように全て削除し、最後に物理的にサーバーとその他の機械を破壊した。

 少年の目的はこれにて完了。あとは脱出するだけである。少年がアテネ研究所のエントランスホールまで辿り着いた瞬間、室内に若い男の声が響く。


「やってくれたねぇ。まさかここまでやってくれるなんて思わなかったよ。組織の研究所を全部壊滅させて、なおかつボスと俺以外の幹部を一人で全員殺しちゃうなんてさぁ」


 若い男はエントランスホールにある研究所の入口に立ち、ニヤニヤと笑いながら少年に話し掛けた。


「幹部が全員ここに集まる今日という日に油断したから全員死んだんだよ。ボスも幹部たちも。それに俺一人でやった訳じゃねぇよ。俺には三百体の仲間がいた」

「まだ機械のことを仲間だとか言ってんの? 機械なんて使い捨て自由なただの道具だろー? 俺らには必要ないじゃん」

「確かに機械は道具だし、お前には必要ないのかもしれねぇよ。だが、断じて使い捨てしていいもんじゃない」

「お兄ちゃんの言うことぐらい聞いて欲しいねぇ。こりゃ育て方間違えたかぁ?」

「いいや感謝してるよ。俺をお前らみたいなクソ共と同じように育てないでくれて。だからこそ、俺はお前らを遠慮なく憎める」

「まったく……少しお仕置きが必要か。五体満足にここから出られたらいいなぁ? 俺の可愛い弟よぉ」

「俺にとっても丁度いい。ここで幹部でもあるお前を殺せば。組織――リヴァーレの幹部は全滅するんだから」

「遊んでやるぜ……来いよ、アリウム」


 少年――アリウムは駆け出す。機械を守る為に。自分の願望を叶える為に。

 そして――


「勝った……俺の勝ちだな」


 戦いに勝利したアリウムは自らの兄の首にナイフを突き立て、心臓と脳を銃で撃ち抜いた。それによりアリウムの兄の心臓は鼓動を止め、静かにその命を散らす。

 炎に包まれているエントランスホールは少し前と同じ場所であったと思えないくらいに損傷がひどく、まるで戦争でも起きたかのような状態だったと言えよう。

 壁や床の一部はまるでその存在を否定されたかのように綺麗に抉られ、それ以外にも焼け跡や大きな刃で斬られた痕、大きな衝撃による破壊痕もある。

 今のエントランスホールの壊れ具合は現代科学によって行われたとは到底思えない程であり、日常では起こりえない破壊痕だと言えよう。

 アリウムはわざとそう形容できるよう部屋を破壊した。その理由は、ここまで破壊してしまえば犯人を特定し辛いというメリットがあるからだ。


「……逃げなきゃ。このままここにいたら……今の俺じゃ誰にも勝てない……。クソ、腕がなくなっちまった……」


 ただでさえ傷だらけだったアリウムは今、瀕死の重傷と言える状態だ。その出血量はどう見ても致死量だろうし、先程まであった左腕も今はなくなっている。


「速く……どこか、遠くに……。腕は、その辺の資材で……適当に作ればいいか……」


 アリウムは傷だらけの体を引きずりながらアテネ研究所を脱出し、少しでもアテネ研究所から離れようと痛みに耐えながらも歩き続けた。その途中で資材を使った義手を作ったりもしたが、アリウムの邪魔をする自動機械人形や研究員がいなかったのは運が良かったからなのだろう。

 アリウムがアテネ研究所を脱出してから、どれくらい経っただろうか。

 アリウムは苦痛を感じながらアテネ研究所から少し離れた場所にある森に入り、そのまま森の奥まで進んだ。森は暗く、辺りには猛獣の気配や何かしらの敵意が溢れている。それでもアリウムは止まる訳にはいかない。今ここで止まれば猛獣に襲われて死んでしまうからだ。

 どこまでもどこまでも。アテのない獣道をアリウムは進んでいく。

 今、アリウムの頭の中にあるのは生き残らなければならないという使命感だ。三百体もの犠牲を出した以上、目的を達成する前に彼は死ねないからである。アリウムが死んでいいのは、リヴァーレの残党を全員殺すか捕まえた後だ。

 普通の人間ならば機械が壊れただけで何を騒ぐのか、とでも言うのだろう。しかしそれはただの一般論。アリウムの常識には当て嵌まらない。

 自分にとって機械とは、仲間であり家族だからだ。


「ここは……」


 辿り着いたのは森の中にある広場のような場所。そこには猛獣の気配もなく、寝床として使えそうな大きな穴がある木が生えていた。


「ここなら大丈夫かな……。これでリヴァーレの中核は全員殺したし、あとは残党でも狩っていけばいい。でも、今は……」


 今のアリウムに必要なのは体力を回復できる場所。つまり、ここは持って来いの場所である。


「……でも、終わってみれば残ったのは俺一人か。やっぱり……機械も人も、俺に付いて来れる奴はいなかったな。これからも……俺は一人でいなきゃならないのかな……?」


 アリウムは朦朧としながら木の根元の穴に入り、そこで意識を失った。



 西暦二一〇〇年七月一日。この日、世界各所にある計三十ヵ所の研究所が壊滅した。犯人はいまだ謎とされ、その証拠も残っていない。現在分かっているのは、このテロ事件に人間は関わっておらず、機械のみでテロを行った可能性が高いということ。

 それ故、後にこのテロ事件はマシン・リベリオンと呼ばれることになる。

 けれど、真実は少しだけ違う。

 テロを起こしたのは約三百体の自動機械人形と、アリウムという名を持つ一人の少年。少年は自らの夢を叶える為に行動を起こしたのだ。

 これは、機械と人間が共に幸せでいられる世界を夢見る一人の少年が、自分の幸せを見つけるまでの物語。

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