第15話 自動機械人形の掃討

「それで葵。まずはどうするの?」


 室長室を出て研究所の外に出た葵たちは活動を開始する前に軽いミーティングを行う。とはいっても簡単な方針を話し合うだけの簡易的なものではあるが。


「さっき言った通りお前には俺とアンを運んで貰う。目的地は神原市の端にある電波塔。道は分かるか?」

「ピザ配達のバイトもしてるから神原市の地図はある程度覚えてるわ。だから問題なし」

「よし、なら移動は任せた。アンには、お前に搭載されてるレーダー機能を使って自動機械人形の位置を割り出してナナに伝える役目を頼みたい」

「了解しました」

「まぁそんな感じかな。俺はインカムで研究所の自動機械人形を指揮するよ」

「分かったわ。それじゃアンタたちのこと持ち上げるから動かないでね」


 そう言ってナナは葵とアンを両脇に抱えた。


「……って重!! アンちょっとアンタ重すぎじゃない!?」


 以前、葵が機材でアンのことを調べた際に出た結果、アンの体重は八十五キロだということが分かった。一般的な女性と比べればとんでもなく重いが、アンは人間ではなく自動機械人形だ。人間より重いのは当然である。


「獣人のナナなら私の重さ如きは問題にならないと思ったのですが、無理でしょうか?」

「んな訳ないでしょ! 『獣化』すればアンタなんて携帯電話と同じ重さよ!」


 ナナはその場で『獣化』した。それによりナナの顔や腕、脚などに黒い縞模様が少しだけ入る。


「その縞模様……ナナ、お前は虎の獣人なのか?」

「そうよ。『獣化』したあたしの腕力は並の『獣化』した獣人を上回るし、一度のジャンプで十メートルぐらいは跳べるようになるわね」

「頼もしいねぇ。そんじゃ、よろしく頼むぜ!」

「しっかり掴まってなさいアンタたち!!」


 ナナは葵とアンを担いだまま電波塔に向かって走り出した。

 最初に現れたリヴァーレの自動機械人形たちが好き勝手に暴れたせいで、いくつかの建物はミサイルや機関銃で破壊されている。その光景はまさに惨状と言えるものだった。唯一の救いは、いまだ死人を見かけていないことだろうか。

 その後に現れた民間の自動機械人形はリヴァーレの自動機械人形を止めようとしていたのか、両者は戦い始めた。しかし、両者とも周りを気にしていないのだと理解できる。

 何故なら、葵たちが両者の戦いを映像で見た時、流れ弾は周囲の建物を破壊していたからだ。これではリヴァーレの自動機械人形の攻撃を止めたとしても町の破壊は増すばかり。まさに本末転倒だと言えよう。


(つまりは、民間の自動機械人形の目的はリヴァーレを止めることじゃねぇってことだよな。だったら何が目的なんだ?)


 警察の自動機械人形が介入してから少しは町の被害が減ったようだが、葛西からの通信によれば、リヴァーレ側と民間側は何故か協力して警察の自動機械人形を攻撃し始めたらしい。その結果を見た葛西は、リヴァーレ側と民間側が裏で繋がっているのではないかという可能性を考え始めたと言う。

 だが、仮に手を組んだのなら何が目的だと言うのか。その答えは、まだ分からない。


「ナナ、前方百七十メートル地点で複数の自動機械人形が戦闘行為をしています。さらに右前方二百メートル地点では三機の自動機械人形が戦闘を開始しました」

「了解したわ。なら左から行きましょう」


 アンのレーダーを使ったナビゲートのおかげで葵たちはこれまで自動機械人形と鉢合わせしていない。

 アンのレーダーの効果範囲は半径約三百メートルらしい。だが、アンが自身のレーダーで探知できるのは人間と自動機械人形のみであり、動物や自動機械人形以外の無機物は探知できないとのことだ。

 だが、今はそれだけでも問題ない。必要なのは自動機械人形の位置だけなのだから。

 そして驚くべきはアンのレーダーだけでなく、ナナの身体能力もだろう。

 ナナは先程から時速六十キロくらいで走っているし、並外れたジャンプ力を持っている。なので、障害物があろうと飛び越えることができるようだ。

 研究所から電波塔までは約三十キロの距離があり、そこに行くまでは大通りではなく複雑な道を通る必要がある。だから電波塔に辿り着くには早くても四十分は必要だと考えていたのだが、この分だと十五分程度で着きそうだ。


(まったく、獣人はすげぇなぁ。そのうちしっかりと獣人を調べるのもアリかもしれねぇな)


 ナナに担がれている間、葵は耳につけたインカムから研究所の自動機械人形たちに指示を送る。


「こちら葵。Aチームは一丁目の三番地に行って来てくれ。二丁目の五番地にDチーム、Eチームは二丁目の二番地に行って欲しい。基本的には相手の自滅を狙いつつ多人数で一気に攻めることを忘れずに」

『『『了解シマシタ』』』

「BチームとCチームは待機。三丁目の状況が分かり次第動いて貰うことになるから、準備だけはしておいて」

『Bチーム了解シマシタ』

『Cチーム了解シマシタ』


 研究所の自動機械人形たちは四体一組になって行動している。研究所の自動機械人形は最新型なので警察のものよりも高性能であるが、葵は安全の為に四体一組で動くように命令した。単体での戦いに慣れている訳でもない自動機械人形たちにとっては、その方が状況を判断しやすいだろうからと考えたからだ。

 葵はアンのレーダーで発見した敵の位置を研究所の自動機械人形たちへと報告し、そこで挟み撃ちをするように敵を攻撃しろと言った。それが一番簡単で有効な手段だからだ。

 そして十五分後、葵たちは電波塔の前に辿り着いた。そこに辿り着くまでに敵の自動機械人形に会わなかったのはアンのレーダーが高性能だからだろう。

 そして葵たちが電波塔の前に到着したと同時に、神原市で暴れていたリヴァーレと民間の自動機械人形は全て停止したという報告を葛西から聞いた。葵はすぐさま指揮権を葛西に渡し、葛西は研究所の自動機械人形たちに警察と協力して治安維持に努めるように言ったようだ。

 これで事態は多少マシになったと思ったが、障害が全て取り除かれた訳ではない。電波塔の前にある広場には十体の自動機械人形が徘徊していて、周囲を警戒していたのだ。


「やっぱいたか。まぁそりゃそうだよな。重要施設を厳重に警備させるのは当たり前か」


 葵たちは電波塔前の広場の入口から自動機械人形たちの様子を見つつ、これからどうするのかを話す。


「で、どうすんのよ葵。流石のあたしも一度に三体までしか相手できないわよ?」

「一度に三体は相手できんだな」

「んなこといいから。何か作戦とかあるんでしょ? 早く言いなさいよ葵」

「ない」

「はぁ!?」

「いや、ないって言うかお前らにはここで待機していて貰いたいって意味だよ。俺が何とかするからここで見ててくれ」

「え? アンタ一人でやる気?」

「ああ」

「できる訳ないでしょ! アンタはあたしと違ってただの人間なのよ!? あんなの一体相手にしただけでも死んじゃうわ!!」

「舐めんな。俺は自動機械人形との戦いに慣れてるし、その対処法もいくつか知ってる」

「……どうする気なの? あ、もしかして研究所の自動機械人形を集めるのかしら?」

「仮に集めてもあいつらがここに来るまでは最低でも二十分は掛かる。時間がねぇ訳だしそれまで待てねぇよ。いいからそこで見てろ。絶対に出てくんなよ」


 葵は自動機械人形たちの元へと進んでいく。ナナはそのまま葵を追おうとしたようだが、アンがそれを止めてくれたようだ。


「アン!?」

「葵は私たちにここで待機しろと言いました。絶対に出て来るな、とも。ですから、私たちはここで葵の勝利を待つだけです」

「……アンタ、葵が十体の自動機械人形を相手にして勝てると思ってんの?」

「葵は無責任なことは言いません。葵ができると言ったならば、それは葵にとって可能なことである、ということです」

「……信頼してんのね」

「はい。私の愛するマスターですから」


 アンたちはそのまま広場の入口から葵の戦いを見ることに決めてくれたようだ。なので葵はそのまま走る。

 葵の接近に気付いた自動機械人形たちは一斉に葵を銃撃するが、狙いがハッキリしているおかげで簡単に避けられた。


「ははは! お前らはやっぱ頭が悪いみてぇだな! そんなんじゃ俺は殺せないぜぇ!」


 葵は手に持った銃とナイフを使って一体の自動機械人形の装甲を剥がすことに決めた。銃で装甲を固定しているパーツを弾き飛ばし、ナイフで装甲と機体内部の境目を切り裂くことにより、装甲は簡単に剥がせるのだ。

 そうして装甲を剥がしていけば、自ずとその機体のコアパーツが露呈することになる。破壊せずに自動機械人形を止める手段の一つは、コアを機体から外すこと。心臓でもあり脳でもあるパーツを外せば機体が止まるのは道理だろう。

 勿論、葵という敵がいる以上は他の九体の自動機械人形たちも黙ってはいない筈だ。彼らは葵に狙いを付けて機関銃やミサイルなどの銃火器を使用した。しかし、それらの攻撃は葵に当たらない。

 それは自動機械人形たちのAIがそこまで優秀ではなく、一度に一つのことしか考えられないからこそ起きる現象である。

 彼らが放つ銃火器は確かに葵を狙っていたのだが、その射線上に仲間がいたとしても彼らは躊躇なく撃つ。それにより葵を狙った銃弾やミサイルは葵に当たる前に、葵と銃を撃った自動機械人形の間にいた機体に当たるのだ。故に、葵が直接手を下さずとも敵の数を減らすことができる。

 それを何度も繰り返すうちに、その場にいた十体の行動可能な自動機械人形の数は四体にまで減っていた。そしてたった今、葵の手で四体目の機体が停止させられる。


「あと三体……俺だって機械をこの手で強制停止なんてさせたくはねぇが、お前らを倒して先に進まねぇともっと犠牲がでるんだ。だから……ここで止まっててくれ。この戦いが終わるまで」


 そこからは葵の独壇場だったと言える。高度なAIを持った自動機械人形との戦いに慣れている葵には、目の前の自動機械人形たちの戦闘行動が児戯にしか見えないからだ。

 相手の攻撃パターンはたった数種類しかないようだし、武装の種類もたったの四種類である。だからこそ葵は計算するまでもなく、相手の機体の次の行動を全て読むことができる。そんな風に行動を完全に読まれた存在の勝敗がどうなるのか。それは、敗北以外にありえないだろう。


「お前で最後だ。でも、安心しろよ。この戦いが終わったらお前らは俺が貰う。んで今度はテロなんかに使われないように改造でもするかな。勿論、お前らが望むなら自動機械人形として俺が完成させてやる。だからさ……安心して眠れよ」


 葵は最後に残った自動機械人形のコアパーツに触れ、コアパーツを外して機体のすぐ横に置く。


「ふぅ。終わったぞお前らー! もう来てもいいぞー!!」


 葵は広場の入口に置いて来たアンとナナを呼んだ。葵の声を聞いた二人は葵の元へと走って来る。


「やるじゃない葵! 見直したわよ!」

「流石は私のマスターです」

「いやぁそれ程でもあるなぁ。さて、あとは電波塔に入って犯人とっちめるだけだな」


 葵は目の前にある電波塔を見上げて言った。神原市の電波塔はタワーのような形ではなく直方体であり、ビルのような形をしている。葵が聞いた話だとタワーでは脆弱すぎるからという理由らしいが、政治家が無理矢理その形にしたなどの俗説は絶えず、ビルのような形をしている理由は明らかになっていない。


「それじゃ行こうか――」


 葵が一歩踏み出そうとした瞬間、突然巨大な地震が起こる。その揺れは尋常ではなく、まるで地面が掘り起こされそうな程の揺れであった。間違いなく震度七はあっただろう。

 葵たちはその場に立っていられなくなり、地面に手をついて体を固定させる。


「何よこれ! こんなタイミングで地震なんて……!」

「クソ! しかもこれかなりデカいじゃねぇか! この感じだと地面割れたりしそうだな……! ヤベェかも……」

「葵、正体不明の巨大な自動機械人形が接近中です。あと十秒で私たちのいるこの地点に到達すると考えられます」

「「はぁ!?」」


 葵とナナの叫びが綺麗に重なる。それ程までにアンの口に出した情報は驚くべきものだったのだ。


「ちょっと待てアン! 正体不明の巨大自動機械人形ってどっからだ!?」

「下からです」

「地面ってことか!?」

「はい……来ます」

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