第14話 決意
「お待たせー!!」
室長室のドアが勢いよく開けられ、フードを被って耳を隠したナナが部屋に入って来る。電話が切れてからナナが現れるまでものの数十秒。普通はどんなに頑張って走っても研究所の入口から室長室へは三分以上掛かるのだが、獣人の力を持つナナの速度は人間の常識には当て嵌まらないのだろう。
「は!? き、君は誰だ? もしかして葵が言ってた子か?」
「あーどうも初めまして。夏野紅花です。長いからナナでいいですよー」
「ナナ! よく来てくれた!」
「葵、取り敢えず来たけどアンタ何かする気なの?」
「その通りだ。取り敢えず簡単に今町で何が起きてるのか説明しよう」
葵は町で起きている事態をナナにかいつまんで説明した。伝聞情報である為に葵の知らない事実も多かったので途中で葛西の補足も入ったが、そのおかげでナナは完璧に状況を理解できたようだ。情報の整理をする手間が省けたので、一石二鳥と言える。
「とんでもないことが起きてんのね。それで葵、あたしに手伝って欲しいことって何?」
「それを言う前にまずは俺の話を聞いてくれ。この事態の首謀者がいるであろう場所と解決法が思い浮かんだんだ。まだ確定ではないけど、九十パーセント間違いない」
葵は室長室の脇にあるホワイトボードを運び、自分の考えを話し出した。
「まず、首謀者の居場所からだ。室長の話を聞いた限り、暴れているリヴァーレの自動機械人形も民間の自動機械人形も高度なAIは積んでいない。映像を見て分かったんだが、どう見ても一つの物事にしか集中してないからな」
高度なAIの特徴の一つは、複数の命令や処理を同時に行えることだ。つまり、優秀でないAIは一度に一つのことしかできないということ。
葵は自動機械人形たちが戦っている映像を見た時、一対一で戦っていた二体の自動機械人形たちが後ろから現れた三体目の自動機械人形に反応せず、そのまま三体目に撃たれた瞬間を見た。それはつまり、彼らは目の前の相手を倒すことしか考えてなかったということになる。
「一つの命令しか聞かない人形たちが今も戦い続けているってことは、命令は常に更新され続けているってことになる。つまりは、その命令の発生源を特定すれば犯人の居場所が分かるってことだ!」
「……葵、それはさっきからずっとやってるんだよ。だがそれでも犯人の居場所は見つからない。相手は中々優秀なハッカーでもあるみたいでな。自動機械人形が町に現れたと同時に、研究所と警察の全コンピュータがハッキングを受けてるんだ。おかげで犯人の居場所の特定ができない」
「うっそ、マジで!?」
「葵が思いつく程度のことは他の人間にだって思いつくでしょってことね」
「そこうるせぇ! あぁーくそ。いい案だと思ったのに……」
「葵。ハッキングならば私に任せて頂けないでしょうか」
「……そうか! アンなら!!」
「はい。たとえ百の機械や百の人間が相手でも完全勝利してご覧に入れましょう。私は優秀ですから」
「よし、俺とアンがいれば五分でハッキング止めてやるぜ!」
「おい、葵! まさかお前もハッキングする気か!?」
「当たり前ですよ室長。アンだけにやらせる訳にはいかねぇです」
「だが、お前ハッキングに技術はないし、お前にしかやれないは方法は危険すぎる!」
「俺を止めないでください。これは俺にとって大事なことなんです」
葛西は葵の表情から葵の意思をくみ取ってくれたのか、もう、葵を止めようとはしなかった。葵にとって、葛西の信頼はありがたい。
「……分かった。ただしヤバそうならすぐに止める。いいな?」
「はい」
葵とアンは室長室にあるコンピュータの前まで歩く。そこでアンは自分の体にケーブルを刺して繋ぎ、葵はそのコンピュータのカバーを外してCPU(コンピュータの頭脳)に触れ、目を閉じる。
「それじゃアン、始めるぞ」
「了解しました葵。では、アクセスを開始します」
ここから先は常人には理解できない領域に入る。
葵は機械と会話する時、必ず質問や会話内容を口に出す。これは葵が現実世界から離れていかない為にしている防護策である。もし会話内容を口にせずに心の中で機械と会話しようとしたならば、葵は機械と同調してしまうのだ。
機械と同調するということは、機械の心理や考え方を理解してしまうということ。それはつまり、人間でなくなるということに他ならない。
だが、この事態の首謀者もしくは関係者であるハッカーの居場所を突き止めるには、機械と同調し、無数にある選択肢の中から正解を選ばなくてはならないのだ。
勿論、葵はアンのことを信頼しているし、必ずやり遂げてくれると思っている。だが、それでも保険は必要だ。どんな時だってことが思うように運ぶと思ってはならない。想定外を想定して行動に移さなければ、いざという時に負けてしまう。
もう負けるのは嫌だ。もう失うのは嫌だ。
ならば葵は自分にすべきことをするしかない。機械と同調し、ハッカーのアクセスルートを見つけること。つまり、保険を用意しておくことが今の葵にできることだ。
「完了しました」
「はぁ、はぁ……俺もだ! ゲッホ、ゲッホ!」
葵とアンが自らの仕事を全うしたことを告げたのはほぼ同時だった。アンは涼しい顔をしているが、葵はかなり疲れている。
「二人ともよくやった! ほら葵、水飲め水!」
葵は葛西からミネラルウォーターのペットボトルを受け取る。
「あ、ありがとう室長……。はぁ、久々にやったから疲れたわ……しばらくはやりたくねぇな……」
「葵、私は頼りにはなりませんでしたか?」
アンは無表情だが、彼女の声は不安というべき感情を内包していた。葵がアンを頼りにしていないからこそ、葵もハッキングをしたとでも思っているのだろう。
「そんなことねぇさ。お前は世界一頼りになる俺の自慢だ。でもな、自分にできることがあるのにやらないってのは耐えられないんだよ。だから俺がハッキングをしたのはお前が頼りにならないからじゃなくて、ただの自己満だ」
「……そうですか」
アンは無表情で返事をした。だが、たとえアンが自身の感情を表情に出さずとも、葵にはアンの気持ちが彼女の声のトーンで理解できる。アンは間違いなく、葵の言葉で安心していた。
「で、葵。ハッキングした奴はどこにいたんだ?」
「ハッキングしてたのは一人の人間。場所は神原市の端にある電波塔ですよ室長」
「でかした! なら早速研究所の自動機械人形を出動させよう! まだ出動していなかった残りの警察が所持する自動機械人形は治安維持で動かせないだろうからな。一時的なマスターは取り敢えず俺の部下にでもやらせて……」
「なぁ室長。ちょっと相談なんですけど、俺を指揮官にしてくれませんか? 戦い慣れてない自動機械人形に好きにやらせるよりかは俺がそいつらを指揮した方がマシでしょう? それにさ、俺には銃があるしアンとナナもいる」
「はい」
「え、ちょっ、あたしも数に入ってんの!?」
「そりゃそうだろうよ。だって協力してくれんだろ?」
「いや流石にスケールとか危険度が大きくなってきたから帰りたいんだけど……。てゆーかあたしに何させる気なのよ? そろそろ話してくれたっていいんじゃない?」
葵は少しだけ深呼吸して言った。
「……お前には俺とアンを犯人のいる電波塔まで運んで貰いたい」
ナナは口を大きく開けた。驚いているのだろうか。
「で、やってくれるか?」
「……ええええええええええええ!?」
ナナの突然の絶叫に葵は驚いて一歩下がる。その声はまさに獣の方向の如き音量であり、葵の耳は少しだけその機能を失った。
「ちょ、葵アンタ……何考えてんのよ!?」
「……え? 今なんか言った? ……あぁやっと耳治った。まったく、いきなりそんなデスボイス聞かせるなんてひでぇぜ。おかげで鼓膜破れたかと思ったっつーの」
「本当に鼓膜ぶち破ってあげちゃおうかしら?」
ナナはニッコリと微笑んで葵に近付いて来る。
「ちょっと待て! 落ち着けって!」
「これが落ち着いていられるかぁぁぁぁぁ! アンタあたしになんてことさせる気だったのよ! リヴァーレと民間と警察っていう三種類の自動機械人形が暴れてる中で運び屋やれっての!?」
「うん」
「うんじゃないわよぉぉぉぉ! いくらあたしがアンタに恩あるからって調子に乗りすぎでしょうがぁ!」
「いやだからちゃんとそれなりの報酬払うって。何がいい? 宿か? 金か?」
「……あたしが欲しい物は情報よ。ちょっと知りたいことがあってね。取り敢えずダメもとで聞くけど……アンタさ、このリストの中に知り合いとか話を聞けそうな人いる?」
ナナはポケットから一枚のメモ用紙を取り出して葵に見せた。葵はそのメモ用紙に目を通して答える。
「何人かは知ってるし、会いたいなら会わせてやるけど……それが報酬でいいのか?」
「ホントッ!? ……コホン。じゃぁ、その中の誰かに会わせてくれるならそれでいいわよ。どうせあたし一人じゃ何したって会えないような人ばかりだからね」
ナナのリストに書かれていた人間は全て相当な地位や権力を持つ存在だった。それこそ、並の人間では一目見ることすらもできない程の。
「それじゃ契約成立だ。よろしく頼むぜナナ」
「任せなさい。アンタとアンの両名、きっちり運んだげるわ」
葵とナナはその場で握手を交わした。その様子を見ていた葛西は葵に問い掛ける。
「なー葵。さっきから気になってたんだけど、その子は何なんだ? お前とアンちゃんを運ぶとか言ってたが、装甲車でも持ってんのか?」
「そんなもんよか頼りになるよ、ナナは」
「当たり前じゃない。それじゃ葵、サッサと行きましょう?」
「ああ! それじゃ室長、行って来る!」
「おい待て葵。俺はまだ、何故お前とアンちゃんが犯人を捕まえに行く必要があるのかを聞いてない。そんなもんは警察に任せるべきだろ? だってそれは研究者の仕事じゃないんだから」
「……でもな室長、警察がまともに動けるまで時間が掛かるだろうし、警察が対応しきれなくなって軍が来たりなんてしちまったら人も機械も町だってボロボロになる。それをさせないようにするには早期解決が望ましい。俺はその為に行くんだ」
「お前はまだガキだ。ガキ一人でどうにかなると思ってんのか?」
「一人じゃないさ。アンもナナもいる。どんなことが起きても対応できるさ」
「……死なないって約束できるな?」
「ああ、勿論」
「本当なら俺だってお前らみたいな子供にこんなこと任せたくはない。だけど、俺が他の解決策を思いつけないような無能である以上、お前らに頼るしかないんだろうな」
「アンタは無能じゃないさ。アンタがいなければ俺は……今の今まで生きてはいられなかっただろうよ」
「……頼んだぞ、三人共」
葵、アン、ナナの三人は、ほぼ同時に頷いた。
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