第13話 事件発生

 ナナが塔尾家で居候を初めてもう一週間経つ。ナナは一ヶ月ぐらい塔尾家にいさせて欲しいと言ったが、特に断る理由もないので塔尾家の人間はそれを快諾した。しかしただ飯食らいは許さないので、葵はナナにはアルバイトをさせた。修士は構わないと言ったが、それぐらいの筋は通して貰う。まぁ、ナナも最初からそのつもりだったようで、既にバイトは決まっていたようだ。

 アンは常に葵の傍にいたいと希望したので、葵は所長と室長に頼み込んでアンを葵の助手にしたいと進言した。所長は葛西と同じく気前がよく、深く物事を考えない人間である。それ故か、頼み込んだその日にアンの就職口が決まったのだ。

 そして今日、葵とアンは研究所に向かった


「アン、四番のシリンダーと五番のケーブル持って来てくれ」

「葵。五番のケーブルには赤いものと青いものがありますが、どちらでしょう?」

「赤いヤツを頼む」


 葵は、自分が先導する研究所の研究は進めずに自分の研究を進めることにした。何故なら、チームメンバーである研究員の半分以上が風邪をひいて寝込んでいるからだ。

 原因は知らないが、性質の悪い感染症やインフルエンザなどではないので、数日で完治するらしい。おそらく、研究室で風邪のウイルスが広まったのだろう。葵が感染しなかったのはこれまでに接種した多くのワクチンや、多数の予防接種のおかげなのだろうか。

 ともかく、そんな訳で葵とアンの二人は数日の間、葵の研究に専念できるのだ。葵の研究は特殊すぎて一部の人間にしか手伝えなかったのだが、高度な演算処理システムと情報処理システムを持つアンならば問題なく葵を手伝える。


「アン、あとは俺が書いた全てのソースコード(プログラムの設計図)に目を通して、バグがないかチェックを頼む。それが終わったら機械言語に変換して欲しい。できるか?」

「可能です。しかし、三十分程頂いてもよろしいでしょうか?」

「三十分で完了するならむしろ御の字だよ。それじゃ頼むな」


 葵はアンに自分の書いたソースコードを全て渡し、自分の作業を続けた。

アンは早速、椅子に座り葵の書いたソースコードのチェックを始めたようだ。その後で機械語に変換しなければならない訳だから、かなりの重労働と言えるだろう。

 しかし、それは人間がやった場合の話。高性能な自動機械人形であるアンにとっては造作もないことだと言える。

 そして三十分後。


「葵、チェックと変換が完了いたしました。全てのソースコードにバグはなく、それらを機械語に変換するにあたっての障害は皆無。全て滞りなく完了しました」

「ご苦労さん。さて、キリもいいし今日は帰るか」

「もうよろしいのですか?」

「ああ。あとは帰ってレポートにまとめる。実験は明日でも遅くはねぇさ。それに今日は真夜に早く帰って来いって言われてたろ?」

「はい。記憶しております」

「その理由は多分な、新しい料理に挑戦するから味見して欲しいってことだと思う。前に何回もそういうのあったし」

「そうだったのですか。では、早く帰る必要がありますね」

「まぁ、まだ午後二時だし真夜もこんな早くには帰って来ねぇと思うけど。でもキリがいい時に止めとかねぇと研究は止まんねぇからなぁ」


 葵とアンは帰り支度を始めた。とは言っても持って来ているのはノートパソコンといくつかのファイルのみ。大した手間ではない。


「そういえば真夜は今、学校に行っているんですよね」

「そうだな。まだ午後の二時だし授業中だろうよ」

「私の記憶装置には葵と同じ十六歳の少年少女は学校に行くものだというデータがあるのですが、葵は学校には行かないのですか?」

「まぁ、そうだな。日本の義務教育は中学までだから行かなきゃならないって訳じゃないし。……でも、行ってみたいって気持ちはある。実際、高校生活ってのは憧れるかなぁ」

「憧れているのならば何故行かないのですか? お父さまがいるのですから、金銭面の問題はないでしょう?」

「なんつーか今更遅いっていうか……踏ん切りがつかないっていうか……。それに研究を途中で止める訳にもいかないし……」

「ではアルバイトという形で研究所に属せばいいのではないですか? それだったら研究と学校の両立が可能ですし、問題ないのでは」

「……きっかけがあれば俺も高校に通ってみたいとは思ってるよ」

「私も興味があります。私も学校に行ってみたいです」

「……考えとく。取り敢えず今日は帰るぞ」


 そして荷物をまとめ終えた葵とアンが研究室を出て帰ろうとした瞬間――


『非常事態発生!! 非常事態発生!! 警戒レベル3!! 研究所内の全ての研究員たちは各々の研究室で待機してください!! 繰り返します! 非常事態――』


 研究所内にけたたましい警報と、非常事態宣言が鳴り響いた。


「非常事態発生!? しかもレベル3だと!?」

「葵。何やら焦っているように見えますが、説明を求めます」

「非常事態発生ってのは言葉通りだ! 警戒レベルってのは研究所が定めた危険が及ぶ範囲の目安! んでレベル3相当ってのは、県レベルの範囲だ!」

「つまり県全てを巻き込むような事態が発生したということでしょうか?」

「正解だ! とにかく室長に事情を聞きに行くぞ!」

「研究員は自分の研究室で待機とのことでしたが、よろしいのですか?」

「俺はいいんだよ! ほら、いくぞ!」

「了解しました」



「室長! 入るぞ!」


 葵は室長室の扉を開けてそのまま中に入る。


「まだ許可してないんだけど……まぁいいや。んで何の用だ、葵?」

「決まってんだ! 一体何が起こってんのか、今すぐ教えてくれ!」


 葵は室長室の奥にあるデスクの元まで行って、葛西に問うた。


「葵、敬語忘れてんぞ敬語」

「……教えてくださいお願いします」

「よろしい。目上の人間にはキチンと敬語を使う。これ、社会の常識」

「んなのいいから教えてくださいよ!」

「この単細胞バカめ。敬語は大事なんだぞ?」

「誰がバカじゃぁあああああ!!」

「図星だからって怒んなよ」

「このクソオヤジが……!」


 非常事態だというのに、何を遊んでいるのだろうか。


「葵、少し落ち着きましょう。このままでは正しい判断ができそうにありません」


 アンは葵の背中に抱き着いたようだ。突然の柔らかな感触に少し驚いたが、おかげで落ち着きを取り戻すことが出来た。


「……ありがとうアン。おかげで落ち着いた」

「それはよかったです」

「まったく、やっと落ち着いたか。どんな時でも冷静沈着っていつも言ってるだろー?」

「……すみません。でも警戒レベル3とか言われたら流石に焦るだろ」

「それでもだ。お前よー、実験中に全ての自動機械人形のAIが暴走してお前のこと襲ったらどうするつもりだ? 俺らは即座に破壊するって選択肢を選ぶがだろうが、お前は破壊なんてしないだろ?」

「当たり前だ。機械はその役目を終えて寿命のみで壊れるべきだからな。寿命が来る前に壊すなんてさせねぇよ。意地でも暴走の原因を暴いて停止させてやる」

「なら、いかなる時も冷静でいろ。いいな」

「……ああ」

「よろしい。んじゃー詳しいことを話してやろう。今から三十分前に神原市の至る所に正体不明の自動機械人形が現れた。奴らは市民を襲い、建物を破壊して回っている。一応、警察はそいつらを止める為にもう出動しているという報告を受けた」

「……それだけか? それだけなら警戒レベル2程度だろ。何でレベル3だなんて言ったんだ?」

「その正体不明の自動機械人形には国の認印がない。だが、その代わりとしてリヴァーレのマークである、円の中に歯車とバツ印が書かれたマークが貼られていた」

「リヴァーレだと!?」

「葵、リヴァーレとはなんですか? 説明を求めます」

「リヴァーレってのは三十年前から活動し始めた世界最大のテロ組織だ。目的は機械の根絶。家電、乗り物、ロボット、自動機械人形、それら全てをこの世から消すことにある」

「では、その組織が所有する自動機械人形が現在暴れているということですね?」

「ああそうだ」

「ですが疑問があります。何故、機械を消そうとしている組織が機械である自動機械人形を使うのでしょうか?」

「……機械が便利だからだ。あいつらはその便利さだけは認めてるんだよ。だけど俺はあいつらが機械を使い捨てのゴミみたいに扱うのが気に入らないし、あいつらの機械根絶って目的も気に入らねぇ。それにあいつらは、機械の味方をする人間や獣人も殺す。だからテロ組織なんて呼ばれてるんだ。更に、あいつらは自分たちの使う機械以外の全ての機械を破壊した後、自分たちの所有する機械も全て壊すつもりなんだよ。だから俺はあいつらが大っ嫌いだ」

「成程、理解しました。確かにリヴァーレという組織は危険なようです」

「それになーアンちゃん。リヴァーレの技術力は結構なもんでなー? 下手すれば俺らの最新型自動機械人形よりも高性能なやつ持って来たりするんだよ」

「それは私よりも高性能という意味ですか?」


 アンが葛西をじっと見る。いつも通りの無表情だが、気のせいか少し怒っているように見えた。


「い、いやいやいや! そんな訳はない! アンちゃんよりも高性能な自動機械人形なんて見たことないって!」

「そうだぞアン。お前は紛れもなく世界一の自動機械人形で、俺の自慢だ」

「ありがとうございます、葵。それで葵はどうするのですか? リヴァーレの自動機械人形を破壊しに行くのですか? それともここで待機するのですか?」

「決まってるだろ。全部停止させた後にマスター認証リセットさせて俺のにするか分解して新しい機械にする」

「それは私を手放すということですか?」

「そ、そんな訳ないだろ!? ただ単に壊したくないからそうするってだけだ!」

「成程、そうでしたか。少し早とちりしてしまったようです」

(アンの奴、冗談とか言ったりするんだな。それとも嫉妬深いのか?)

 

 突然、室長室に電話の着信音のような音が鳴り響く。これは葛西の携帯端末に新着メッセージが届いた時に鳴る音だというのを葵は思い出した。


「……おい葵。今新しい情報が入って来たんだが、状況は結構複雑になったみたいだぞ」


 葛西は手に持った携帯端末の画面を見てそう言った。心なしか少し焦っているようだ。


「どういうことだよ室長?」

「町中で暴れてるリヴァーレの自動機械人形と戦ってた警察の自動機械人形が全滅した。それにより減少したリヴァーレの戦力はたったの二パーセント」

「ヤベェじゃねぇか!? つーか警察が出動してるって、それ警察の人間じゃなくて、警察の自動機械人形が出動したってことかよ!」

「まだ続きがあるから黙って聞け。警察の自動機械人形が全滅してすぐに正体不明の自動機械人形が数十体出現した。こちらにはリヴァーレのマークも国の認印もない。研究所が作ったもんじゃないし、国の検査を通してない民間の自動機械人形だろう。いくつかの違法技術も使われてるみたいだしな」

「……それで?」

「リヴァーレの自動機械人形と民間自動機械人形が戦いだした」

「……クソ!!」


 葵は即座にその場を離れて出口に向かって走り出した。


「待て葵! どこ行く気だ!?」

「止めるに決まってんだろ! 警察の自動機械人形を守れなかったのは辛いが、機械同士が壊し合ってるなんて知った以上は見過ごせねぇ!!」

「お前に止められると思ってんのか! 相手は百体以上もいるんだぞ!!」

「俺には銃があるし戦う技術もあるんだ! 自動機械人形が相手だろうと戦える!」

「……無傷で止められんのか?」

「ッ!」

「分かってんだろ? お前一人が相手にできる数なんてたかが知れてるってことを。お前だけじゃ何ともならないってことを」

「……だからってこのまま指を咥えて見てろって言うのかよ!」

「そうは言ってない。俺はただ……」


 突然、葵の携帯の着信音が鳴り響く。その携帯の画面にはナナの名前があった。


「……ナナから?」

「早く出てやれよ葵。多分お前のことが心配だったんだろ」


 言われて葵は電話に出た。


『あ、葵!? アンタ無事なの? てゆーかどこにいんの!?』

「俺もアンも無事だ。今は研究所にいる」

『ほっ。無事なら良かったわ。わざわざ研究所まで来る必要もなかったわね』

「今、研究所にいんのか、お前?」

『そうよ。バイトしてるファミレスから近かったし、アンタたちのことが心配だったから来たの。で、ここに到着してから電話での安否確認って手段を思い出したから電話したって訳よ。私としたことが少し焦ってたみたいね』

「……ナナ。お前の力、貸してくれるか?」

『え? どういうこと?』

「詳しいことはこっちで話す。今から研究所の室長室に来てくれ」

『はぁー。まぁアンタには恩があるし力を貸すのはやぶさかじゃないわね。……分かった。今から行くわ』


 ナナは電話を切ったようで、電話口からはもう音がしない。


「おい、葵。ここにお前の知り合い呼んで何する気だ? ここを避難所として使うんなら別に問題ないが……」

「んな訳ねぇだろ。ナナには俺の目的を手伝って貰う」

「!? 正気か葵! 一人増えたところでどうにもならない数が相手なんだぞ!!」

「質より量が常に勝ち続けると誰が決めた。質が勝つことだってある」


 葵は自信満々に言ってのける。その自身はどこから来るのか。そんなものは決まっている。葵の経験と確かな分析からだ。

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