第12話 地下で暗躍する者たち

「こ、これで大丈夫なんだな!? こ、これで世界はお、俺の作品たちを、俺の子供たちを評価してくれるんだなっ!?」


 男――西野は問う。


「あらぁ、疑ってるのぉ? 大丈夫よぉ、これで何もかもが上手い具合に進むわぁ」


 答えたのは西野の前にいる一人の女。艶めかしく色気のある声と体に、整ったその顔は誰もが振り向くであろう美の化身と呼べる程に美しい。そして彼女の薄い紫色の髪と紅い目は、妖艶な雰囲気を醸し出している。その女の名は、睡蓮(すいれん)。


「それにしてもぉ、相変わらずここは薄暗いわねぇ。それに少しカビ臭いわぁ。こんなところにずぅっといるからぁ、肌は病的に白くてぇ、体はやせ細っているのよぉ? まぁ、目は死んでないみたいだけどぉ。ねぇ、西野ちゃん?」

「こ、ここはこれでいいんだ。そ、それに、俺の子供たちのた、為なら、これくらいなんでもない!」


 ここはとある町の地下にある研究施設だ。大きさはかなり広く、町一つくらいなら簡単に収められるだろう。それに、ここに置いてある機材や材料は高性能品ばかりだ。これらはただの研究員や一般人が手に入れられるものではないと言えよう。

 そして、この研究施設には最新の機材の他に、大量の自動機械人形もあった。それは大きく分けると二種類に分けられるが、どれも研究所が作ったものではないし、軍や警察が所持するものでもない。

 通常、全ての自動機械人形は完成した後に国の審査を受けなければならないのだ。そこで認められた自動機械人形だけが世に出て使われることになる。そして、国の審査に合格した全ての自動機械人形には認印として、国旗とシリアルナンバーの二つを複製できない特殊インクで書くことが義務付けられているのだ。つまり、国の認印がない自動機械人形は、全て国に認められていない自作品ということになる。


「でもぉ西野ちゃんもよくこんなの作ったわねぇ。これ違法技術使ってるんでしょぉ?」

「い、違法だろうとなんだろうと、こ、これで俺の子供たちはもっと優秀になるんだ。だ、だからこれでいい」

「ふぅん。そうなのぉ」


 睡蓮は適当な調子で答える。あまり西野の自動機械人形や目的に興味がないのだろう。睡蓮の興味は睡蓮自身の目的にしかないのだと、西野は思っていた。


「だが、は、半分はお前が用意したんじゃないか。俺は、そいつらのことは知らないぞ」

「まぁ、私にも色々なツテがあってねぇ? そっちからの依頼とぉ、あなたの目的が同時に片付きそうだったからぁ、丁度よかったのよぉ」


 睡蓮の言う通り、ここにある自動機械人形の半分は睡蓮が用意したものだ。その半分には一切手を触れていないので、西野はそれらについて詳しくは知らない。

 それらにも西野の使ったものとは違う違法技術が使われているようだが、外から見て分かるものではない以上、詳しく知ることは出来なかった。しかし、そんなことはどうでもいい。西野の興味は自分の自動機械人形にしかないのだから。

 西野の作った自動機械人形と睡蓮の用意した自動機械人形の違いは、使われている技術の違いだけではない。もう一つ、明確な違いが存在している。西野の自動機械人形には国の認印が貼られるべき場所に何もないが、睡蓮の用意した全ての自動機械人形にはとあるマークが貼ってあるのだ。

 では、そのマークがどんなものなのかを説明しよう。道路にある駐停車禁止マーク同様、円の中にばってんが書かれている。そして、その円の中には歯車が一つだけ書かれている、と言えば分かるだろうか。もっと簡単に言うと、円の中に歯車が一つあり、その歯車の上からばってんが書かれているのだ。

 睡蓮はそのマークを意味ありげに見つめながら、この研究施設に嫌悪感を示した。


「まぁ、あなたがそれでいいんなら別にいいんだけどぉ? 私としてはお肌に悪そうだからぁ、あんまりここにいたくないわぁ」

「そう言ってくれるな睡蓮くん。西野くんは私たちの目的を達成する為に必要な人材だし、ここも必要な場所だ」


 この場にいる三人目の人間が答える。その男はスーツを着用し、髪もしっかりと整えている。腕に着けている腕時計も五百万円以上はするであろう高級品だ。その姿から、彼は会社員や議員ではないかと推察できる。その男の正体、名前すらも西野は知らないが。


「分かっているわぁ。そんなことよりぃ、あなたはちゃぁんと自分の仕事をしたのぉ?」

「勿論だ。受け取るがいい」


 スーツ姿の男は西野に書類の束を手渡した。その書類に書かれているのは何種類もの自動機械人形のデータだ。


「た、助かる! これで、作戦は上手くいくぞ! 俺の子供たちはこれで日の目を浴びられるんだっ!」

「よかったわねぇ。でもぉ、ちゃぁんと私たちも楽しませてねぇ? それがぁ、協力した私への報酬になるんだからぁ」

「私の目的も忘れて貰っては困るぞ西野くん。だが、君はあまりそれらを気にせずに好きなように動きたまえ。私と睡蓮くんの考案した作戦に従ってさえいれば、高確率で私たちの目的達成に繋がるだろうからな」

「わ、分かっている。そ、それで睡蓮、あの装置は入手できたのか?」

「持ってきたわよぉ。ほらぁ」


 そう言うと睡蓮は部屋の隅にある巨大な機械の塊を指さした。


「あ、あれがそうなのか? で、でかいな」

「そりゃそうよぉ。それにぃ、本来ならあなたや私が手に入れられる代物じゃないのよぉ? でもぉ、今回は特別にあげるって言われたから運がよかったわぁ」

「ああそうだ。我々は運がよかった。何か一つでも欠けていればこの作戦は成り立たなかっただろう。西野くん、それの最終調整が完了するまでどれくらい掛かる?」

「い、五日あれば完璧に仕上げられる。た、ただ、作戦に使えるのはやはり一週間後になるだろう」

「分かった。では当初の予定通り作戦決行は一週間後の午後だ。それでは私はこれで失礼する。仕事があるのでな」


 そう言うと男は部屋を出て行った。それに続くように睡蓮も出口へと歩いて行く。


「私も今日は帰るわぁ。一週間後が楽しみねぇ」


 睡蓮は薄く笑いながら部屋を出た。その笑った顔も仕草も、はたから見れば美しい女性特有のものであるという評価を得られるだろう。だが、彼女を知る者たちにはその笑顔が悪魔の微笑であるようにしか見えなかった。


「ふ、ふふふふ。あ、あと一週間。一週間経てば、俺の子供たちは、俺は……!」


 西野は笑いが止まらない。もう少しで自分の夢が叶うのだから、これは仕方のないことだろう。


「ああ、い、一週間後が楽しみだ……!!」

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