第10話 強盗

「さて、それじゃお前の家具とか生活必需品でも買いに行くか」


 研究所を出た葵とアンは、アンの生活必需品や家具を買う為に商店街に来ていた。


「具体的には何を買うおつもりなのですか?」


 横を歩くアンはいつも通りの無表情で葵に問う。


「んーまぁそうだな……取り敢えず服と、タオルとか歯ブラシとかの洗面用具、あとは簡単な家具か。クローゼットはあるからいいけど、ベッドとか机とかも必要だな」

「葵が買ってくれるのですか?」

「まぁな。俺も働いてる身だし、お前一人を養うだけの蓄えはある。父さんは喜んでお前の為に金を渡すだろうけど、あんま迷惑は掛けられねぇさ。それにお前は俺の自動機械人形だ。俺が面倒見んのは当然だろ?」


 葵が答えると、アンはその場で立ち止まり、葵に頭を下げた。


「申し訳ありません。本来ならば私が葵に奉仕せねばならない立場ですのに……」

「気にすんな。んでさっさと頭上げろ。お前、見た目では十六歳くらいだけど実年齢は一歳にもなってねぇんだ。頭が良かろうと悪かろうと、できることが多かろうと少なかろうと、経験不足なうちはマスターを頼れ」

「……ありがとうございます葵。やっぱり、私はやさしいあなたが好きです。今の葵の言葉、優先度Aで記憶させて頂きます」

「何か照れるな……ありがとうって言うべきか?」


 葵はふと財布の中身が心許ないことを思い出した。


「あ、そうだ。現行で金下ろさなきゃ。三千円しか入ってねぇ」


 三千円では洗面用具しか買えないだろう。アンの服を買うには最低でも五千円ぐらいはなくてはならないだろうし、ベッドや家具も一緒となると数万円は必要だ。


「アン。悪いが銀行に寄るぞ。この近所のコンビニにATMはねぇからな」

「了解しました葵」


 幸いなことに銀行はここから歩いて数分のところにある。まだ夕方だし、混んでいなければいいのだが。

 そうして歩くこと約二分。葵とアンは銀行に辿り着いたのだった。


「ここが銀行だ。金を預けたり引き出したりする場所って認識で構わねぇから覚えとけ」

「了解。記憶装置に書き込みました。優先度はいかが致しますか?」

「……低くていいよ」

「了解しました。優先度はDに設定しておきます」


 葵は早速アンを連れて出口から一番遠いところにあるATMコーナーに向かう。あまり混んでいないようで、一、二分待てば自分の番が来そうだった。

 そして自分の番が来てATMコーナーの前に来た葵は考える。


(いくら引き出せばいいかな……服に家具に洗面用具だろ? んー、十万あれば足りるかな? いや、多く見積もって十五万ぐらい持っとくか)


 葵は合計十五万円下ろし、金を財布にしまって銀行を出ようとした。そして葵が正面口に行こうとしたその瞬間、アンは何かを感じ取ったのか葵を庇うように床に押し倒した。


「へ? アン?」

「葵。そのまま伏せていて下さい」


 葵は何故アンがそのような行動をとったのか分からなかったし、他の客たちもアンと葵のことを怪訝な顔で見ていた。

 だが、一瞬あとで葵はアンの行動の意味を理解する。葵がよく分からないままアンの行動の意味を考え始めたその瞬間、銀行の裏手の壁が突然爆発した。爆発自体は小規模であり、その爆発による怪我人がほとんどいなかったのは不幸中の幸いだろう。


「全員そこを動くな!!」


 突然男の叫び声が聞こえたと思ったら、機関銃の発砲音が聞こえて来る。そしてその発砲音のあと、爆発により生まれた人間大の穴から機関銃を持った男たちが入って来た。


「全員手を挙げて真ん中にかたまれ! おかしな真似すると撃ち殺すぞ!」


 男たちは銀行員たちと客たちに銃を向けてそう叫んだ。

 数分かけて客は銀行の中心へと集められ、銀行員は鞄に金を入れて強盗に渡す為に二人だけカウンターに残された。そして残りの銀行員は今、人質と一緒にいる。


「お前ら動くんじゃねえぞ!!」


 男は人質たちへの威嚇と脅しの為に、所持している機関銃を天井に向かって乱射する。

 機関銃を持った男は合計七人。うち二人は非常口をふさぐようにして立っており、残る五人は人質たちに銃を向けていた。

 リーダー格とみられる男は銀行員に銃口を向けて言う。


「サッサと金を入れろ!! 金庫の中身も全部だ!!」


 ここは商店街から少し離れた場所にある銀行。平日である為に客の数は少ないが、それでも二十人はいるだろう。


「なぁ、アン。人質の誰も傷つけずにあいつら全員を気絶させられるか?」

「成功確率はおよそ五パーセントです。なお、葵一人を守るだけでいいのならば九十三パーセントの確率で敵勢力を全員残らず気絶させられます」

「それじゃ駄目だ。助けられる命はできるだけ助けたい」

「では、如何なさいますか?」

「……スキを見つける。一瞬のスキがあれば何とかできるかも知れねぇ」


 葵はスキを見つけると言ったが、そんなものは簡単に生まれないだろう。


(スキさえあれば……一瞬あれば何とかできる筈だ。だが、失敗すれば……)


 葵が失敗すれば人が死ぬ。

 自分が死ぬだけならばそれは自己責任だ。原因を作ったのが自分であるのならばそれも仕方ないと割り切れるかもしれない。だが、この場にいる他の人間を巻き込む訳にはいかない。だからこそ、行動は慎重に行わなければならないだろう。

 このまま待っているだけで解決するのならばそれでもいい。おそらく銀行員が警察を呼ぶ為の無音ブザーか何かを鳴らしているだろうし、仮にそれが鳴っていなくとも、町中で爆発音や発砲音が鳴ったりしているんだ。通行人が通報していると考えてもいい筈だ。

 しかし、警察がすべて解決してくれるのかと聞かれれば必ずしもそうではないというのが現実である。最悪の場合、警察が銀行に辿り着いた時には強盗は既に全員逃げた後で、人質は全員殺されているという可能性だってあるだろう。


(だからこそ、できるならば自分たちで何とかしないと……)


 だが、まだだ。まだ仕掛けるタイミングじゃない。

 必要なのは一度の行動で強盗全員を無力化すること。普通に考えればそれは不可能だろうが、葵には武器がある。

 ただ、それでも七人は少し厳しいだろう。


(あと一人でも味方がいればな……)


 あと一人、強盗を三、四人倒せる人間があと一人でもいればこの状況はどうにでもできた。


(まぁ、ない物ねだりしたったしょうがねぇか)


 今必要なのは待つこと。仕掛けるタイミングを見逃さないことだろう。その時の為、葵は強盗たちと自分の位置を再度確かめた。

 銀行員たちに銃を向けている強盗が二人。人質に銃を向けているのが二人。正面口に二人と、その反対側にある非常口に一人いる。

 強盗たち銀行に入ってきた瞬間に銀行員の一人が緊急ボタンを押したらしく、正面口には現在シャッターが下りていた。なので、外から銀行の中を見ることはできないだろう。

 葵の近くにいるのは正面口にいる二人と、人質に銃を向けている二人だ。銀行員に銃を向けている二人からは距離があり、非常口の一人との距離が一番遠い。


(どうするべきだ……?)


 葵が色々と脳内でシミュレーションをしていると、アンが驚きくべき情報を口にした。


「葵。誰かがこの建物に近づいているようです」

「……マジか?」

「私のレーダーに狂いはありません。その人物はどうやらこの建物を観察しているようです。先程からこの建物をグルグルと回っていますから」

「……何やってんだそいつ?」

「分かりません。ですが、その人物はこの建物に突入しようとしています。突入まで五秒、四……」

「え? ちょ、マジ……」

「三、二……」

(やべっ! 準備しなきゃ……!)

「一、ゼロ」


 アンがゼロと言った瞬間、裏口から銀行に突入する黒い影が見えた。

 その影は目にも止まらぬスピードで非常口付近に立つ強盗の一人を殴り飛ばし、そのまま銀行員に機関銃を向ける強盗たちの元へ駆けていく。

 葵はその影を確認したのと同時に、隠し持っていた拳銃を取り出して右手に持ち、人質に機関銃を向ける銀行たちの左右の手首を撃ち抜いた後、正面口に立つ二人の強盗に狙いを定めた。

 葵が銃を撃った一瞬後に黒い影は銀行員に銃を向ける二人の強盗を殴り飛ばし、葵は正面口に立つ二人の強盗の手首を撃ち抜く。

 結果、たったの数秒で強盗たちは再起不能となったのだった。


「ふぅー」


葵は安全が確保されたことを確認すると、溜め息を吐いて銃をしまう。


「お疲れ様でした葵。お見事です」

「ああ。でも、途中で突入して来たあの黒い影は一体……」


 葵が黒い影を探し始めたが、探すまでもなく、その影は葵の目の前に来ていた。


「何やってんの! 逃げるわよアンタたち!!」

「「え?」」


 葵とアンが不思議そうに首を傾げた瞬間、黒い影――黒いフード付きの半袖パーカーを着た少女は葵とアンの二人を担ぎ、ものすごいスピードで銀行の裏口から脱出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る