第9話 アンの構造
自分の研究室でのゴタゴタを終わらせた後、葵とアンは研究所にある解析室に来た。
実は葵の所属するこの研究所は日本でも五本の指に入るぐらいに優秀なので、使用可能な機材は世界トップクラスのものが多い。
普通ならそれらの最新機材は葛西に届け出を出して許可を貰い、尚且つ葛西がこの場にいないと使えない。だが、葛西は何時でも使っていいと葵に言い、セキュリティを解除できるカードキーを渡してきた。なので葵は、面倒な手続きなしで機材を使えるのだ。
「コネって便利だよなぁ。あるとないじゃ全然違う」
「ですが葵。それに頼り過ぎては自身の成長に繋がりません。程々にすべきです」
「分かってるって。それじゃアン、解析を始めるぞ」
「了解しました」
この解析室に来た目的は、アンの解析だ。
アンに使われている技術や素材。その他に何かあるのならそれの正体も知りたい。だが、それを知る為には最新鋭の機材を使う必要があるだろう。
アンは世界最高レベルの自動機械人形だ。葵がどんなに頑張ったってその秘密の一割だって知ることは出来ないだろう。だが、最新の機械の手を借りればどうだろだろうか。きっと何かしらの事実は見えるだろう。
「アン。まずはその台に寝そべってくれ。仰向けでな」
「了解しました」
アンは葵に言われて通りにベッドの形をした台に寝そべった。それを確認した葵は、いくつかの機材を同時に動かし、アンの解析作業に移る。
最新鋭の機材は優秀だ。現時点での最高レベルの科学で作られている以上、その性能が低い訳がない。そういった類の機械は複雑で操作しにくいというのが現実だが、葵は全ての最新機材を手足のように動かしていく。
それを可能にしたのは葵の才能だ。
葵が自身の才能を知ったのは五歳の時。その時、葵は特に何も思わなかった。だって葵は生まれた時からずっとその才能を使って生きて来たのだから。今更その才能の正体を知ったところで、何かが変わる訳じゃない。
そう。変わったのは葵ではなく、葵の周りにいた大人たちの方だったのだ。
大人たちは葵の才能を知ってすぐ、葵を機械だらけの家に押し込めた。そのせいで葵は長らくその中で生活することになったのだ。
葵はその家にたった一人で住んでいた。人と会えるのはその家から出して貰えた時のみだった為、葵は自由に外に出ることができず、遊び相手は家の中にあった大量の機械のみ。今思えば、あれはまさに軟禁だったと言えよう。
食材や機械、生活用品などは定期的に送られ、時には自動機械人形が送られてくることもあった。幸か不幸か。葵は幼少期から料理などの家事が出来たので、食材さえあれば一人でも生きることが出来たのだ。
そうやって暮らしていた間、葵は時に何も感じなかったし、何も思わなかった。だって当時の葵にとって必要なものは、人ではなかったから。
一週間に二、三回は誰かが来て、勉強を教えて貰ったり訓練を付けて貰ったりしていた。それは今も確かに葵の糧となっているので、その点だけは大人たちに感謝している。
「……結果が出たか」
解析結果が出た為に全ての機材の動きが止まる。葵は早速その解析結果に目を通した。
「……マジかよ」
そこには、葵の予想を超えた結果が出ていたのだった。
Material : Unknown
Technology : Unknown
Period : Unknown
Developer : Unknown
Weapon : None
Power : Food
Somatometry : Height―158cm Weight―85kg B―86 W―58 H―84
This is a Black Box Automaton
「ほとんどアンノウンじゃねぇか……」
アンノウンとはつまり、分からないということ。
この機材は対象を解析した結果と、ネットワークで繋がっているアメリカの研究所にある巨大な記憶装置にある無限に近い結果を照らし合わせ、最終的な解析結果を出す。
たとえば、この機材でリンゴを解析したとしよう。この機材は始めに赤外線や放射線、X線などを使って外部情報と内部情報を調べ上げ、その後でネットワークを伝って超巨大な記憶装置にアクセスし、解析した物体と同じ特徴を持つ物体を検索するのだ。すると、検索結果にはリンゴと出る。後は超巨大記憶装置に出たその結果をこの機材が受け取れば解析完了。目の前の物体がリンゴであると分かる。
ただ、解析した特徴を持つ物体が超巨大記憶装置に登録されていない場合には、アンノウンと出てしまう。
アンはまさしくそれだ。
素材も、技術も、作られた時代も、開発した企業も、開発した人間も分からない。分かったのは、武装が一つもないということ、動力が食べ物であるということ、身体データ、そして、アン自身がブラックボックであるということだ。
ブラックボックスというのは、機能は分かるが中身は分からない機械や機構のことである。たとえば、テレビやパソコンなどの機械は専門家以外の人間からすればブラックボックスだろう。だって多くの人間はテレビを使うが、テレビの構造や使われている部品を知らないのだから。まぁそれが普通ではあるが。
この機材は自動機械人形を解析する為に作られたものである。つまりこの機械がアンをブラックボックスと判断したということは、アンは何の為の自動機械人形であるのかは分からないが、自動機械人形であることは確かであるということになる。
「葵、終わりましたか?」
葵がアンの解析結果を見て必死な形相で色々と考えていると、葵のことが心配になったのか、アンが葵に声を掛けた。
「ああ。……だが、最後に一つだけやらせて欲しいことがある」
「了解しました」
「……まだ何も言ってねぇんだけど?」
「私が葵の頼みを断るなどありえませんから」
「……ありがとう。それじゃ、早速やらせて貰う」
葵は深呼吸を一つして、台に寝そべるアンに問うた。
「俺さ、お前の中を見たいんだが、どうすればいい?」
「私の中ですか? 分かりました。少し恥ずかしいですが、見せましょう」
アンは着ていた薄いピンクのセーターを脱ぎ出した。それによりアンの豊満なバストがあらわになるが、科学人形技師として集中している今の葵には卑猥な物には見えない。
この時、葵が考えていたのはアンが言った言葉についてだ。アンは確かに言った。「恥ずかしい」と。「恥ずかしい」と感じるということは、アンには確かな感情があるということ。今の今まではアンのあまりの外見的完成度が高すぎて霞んでいたが、感情のある自動機械人形も、おそらくは世界でアンだけだろう。
何故なら、自動機械人形に感情を持たせる技術も完成していないからだ。
「葵。準備は出来ました」
気が付けば、アンはセーター以外にも穿いていたミニスカートとハイソックスを脱いでいて、下着のみを付けた状態になっていた。流石に上下とも下着姿となったアンを目の前にすれば、いくら集中していたとしても動揺してしまう。
「こ、これは……なんだか俺も恥ずかしくなって来た」
「……私も中々に恥ずかしいので、できるだけ急いでお願いします」
いつもは常時無表情なアンだが、こういう時には顔が少し赤くなったりと、年頃の女の子のような一面を見せる。それは葵を極度に緊張させるには充分だった。
「じゃ、じゃぁ……や、やるぞ、アン」
「はい。まずは、ここを広げてください」
「こ、ここか?」
「んっ……はい。そうです。それでは、そこを広げたまま横方向に四回、縦方向に三回程なぞって下さい。左右上下はどちらでも構いません」
「こうかな……?」
「あんっ……! ん……あぅ……!」
葵が言われた通りにアンの体をなぞると、アンは色気のある声を漏らす。
「だ、大丈夫か!?」
「んっ……大丈夫です。続けてください。次は中心にある穴に指を突き入れてください」
葵の心臓はドクンドクンと鼓動を刻む。心なしか、自分の心臓が平常時の倍は動いているように思える。
「ああ……こうか?」
「んはぁっ!」
「ア、 アン!? 大丈夫なのか!?」
「は、はい。大丈夫です。それでは仕上げです。そこにある突起物を舐めてください」
「舐めんの!?」
「お忘れですか、葵。私は粘膜によりマスターと繋がります。故に、私の機能を使うのに必要な承認コードは葵の粘膜なのです」
葵はマスター認証の際にアンとキスをしたことを思い出した。
「……ああ、そういえばそうだったな。……それじゃ、舐めるぞ?」
「はい。お願いします」
葵はアンが指定した突起物を舐めた。
「んあっ、あ……はぁん……。葵、これにて完了です。背中の皮膚に縦線が入ったと思いますので、それをなぞってください」
葵が首筋にある突起物を舐めた瞬間、アンの背中の皮膚の中心に一本の縦線が入った。アンに言われた通りに葵がその線をなぞると、背中の皮膚の一部分が光となって消える。
「な、何が起きた!? 背中の皮膚はどこいったんだ!?」
「安心して下さい葵。メンテナンスの為に一時的に皮膚を格納しただけです。メンテナンスが終わり次第、元に戻せますので」
「そ、そうなのか……それならいいんだが……」
今のアンの背中は皮膚の一部(肩や首の辺りから縦十センチ横二十センチくらいの長方形型)がなくなったので、背中の機械部分が露呈している。
残っている背中の皮膚をよく見ると断面すらないので、まるで最初からそこに皮膚なんてなかったかのようだ。おそらく、これはアンの基本機能の一つなのだろう。
勿論、皮膚部分のみを転送する技術など葵は知らないし、そもそも物体を転送する技術すらまだ完成していないのだ。量子テレポートならば似たようなことができるのかもしれないが、あれは危険が多すぎてまだ使い物にならない。
だが、葵はもうアンのことを完全に理解できるとは思っていないし、ブラックボックスであるということも理解している。
こうやってアンの中を見ようと機械部分を露呈させたのは、アンを詳しく知る為である。最新鋭の機材を使っても分からなかったので、葵は最終手段である自分の才能を頼ることに決めたのだ。
「アン。こっからは俺が動いていいって言うまで動かないでくれ。そして俺が何を言ったとしても、何を質問したとしても、俺がお前の名前を呼ぶまで喋るな。いいか?」
「はい。了解しました」
「オーケー。……それじゃ、『会話』を始める」
葵はアンの背中の機械部品に触れて目をつぶった。
「……お前は、誰だ? ……じゃぁ、お前はどこで生まれた? いつ生まれた? ……分かった。質問を変えよう。お前はどんなところで生まれた?」
葵は次々に質問を投げ掛けていく。はたからみれば今の葵は独り言を言っているだけに見えるだろう。それが一般人の感想だろう。
だが、これでいい。
葵の才能の正体……それは、手で触れた機械と『会話』できるということ。
これだけ聞けば百人中百人の人間が何を言っているのか理解できずに頭を抱えるだろう。無機物との会話なんておおよそ理解できるものではない。
だが、葵にはそれができるのだ。
幼少期に大人たちが葵に行った実験の一つにこんなものがある。
葵の目の前にいくつかの機械部品が置かれ、それがいつ、何のパーツとして使われていたのかを目隠ししたまま触って答えろと言われた。無論、目隠ししたままそれを答えられる人間など、人生をそれらのパーツに懸けた専門家ぐらいのものだろう。
しかし葵は全てのパーツがどんな機械の部品であったのかを完璧に答え、いつ使われ始めて、いつその役目を終えたのかすらも秒単位で当てて見せた。
更に葵がその部品たちの製造元や単価などを答えたことで、大人たちは葵の才能が本物であると再確認し、それを有効利用しようと企て始めたのだろう。それが過去に起きた出来事だ。
葵のこの才能は、機械の記憶のようなものに問い掛けることで、その機械が見て聞いた事実を客観的にだが知ることができるというもの。
だからこそ、アンのパーツに色々と聞くことによって、アンを作った人物、アンに使われている技術、その他のアンについての何か知らの情報を得られるかもしれない。
そして約一時間後。
「ふぅ……アン。もう動いてもいいし、しゃべってもいいぞ」
「……了解しました葵。何やらお疲れのようですね」
「まあ、お前の背中にあるほとんどのパーツと話したからな。疲れた」
「葵。先程も疑問に思ったのですが、一体何と『会話』していたのですか? ここには私とあなたしかいないと思ったのですが」
「ん? ああ……お前には言っても大丈夫か。俺は今、お前を構成してるパーツの一部と会話したんだよ」
「……パーツと会話?」
「理解できねぇかもしれねぇが、それが現実であり俺が今やったことだ。それでお前のことが何か分かると思ったんだけどなぁ」
「つまり、結果は……」
「ああ。出なかった。いや、出たには出たんだが……またしても俺の常識外のことが出て来たんだよなぁ。もうどんなことがあっても驚かねぇとか思ってたのに」
「一体、何が分かったのですか?」
「……お前を構成するパーツたちと話した時、そいつらの言っていることがまったく理解できなかった。それはお前のパーツたちが難しいことを言っているとかじゃない。単純な言語の問題だ」
葵が『会話を』する時、言語に着目したことは一度としてなかった。何故なら、どの国のパーツであろうとひとしく日本語に聞こえたからだ。アメリカのパーツだろうとフランスのパーツだろうと中国のパーツだろうとだろうと、全て日本語での会話が可能だった。
その葵が理解できなかったとなると、考えられる可能性はかなりの暴論となる。
「……お前、もしかして異世界から来たりとかした? それとも、お前って実は機械じゃないのか?」
「? すみません。葵が何を言っているのかよく理解できませんでした。もう一度お願いします」
「……いや、ゴメン。流石にこれは暴論だった。今のはなしだ。でも、何でアンのパーツの言葉が分からなかったんだ……? おかしいなぁ」
だが、分からないものは仕方がない。今回は諦めるしかないだろう。
「一応、一つだけ分かったことはあるが……」
「何が分かったのですか?」
「お前の開発コードでもあるDEMってのがデウス・エキス・マキナの略だってこと。これって何だ?」
「機械仕掛けの神という意味ですね」
「機械仕掛けの神……それとアンの関係? ……んまぁ今はいいや。よく分かんねぇし。帰るか、アン」
「了解しました葵。ではまず私の皮膚パーツを元に戻して頂けますでしょうか?」
「……またアレやんの?」
「はい」
そして葵はアンの首筋をもう一度いじりつつ、最後にその白い首筋を舐めた。時折漏れるアンの声が妙に艶めかしかった為、かなり緊張しながら作業したのをよく覚えている。
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