第16話
「さて、せっかく集まったし次の校内ライブの事でも話しましょうか」
「ユメちゃんのお披露目だっけ?」
「そうよ綺歩。これでアタシ達のバンドもほぼ完成ってところよね」
「ほぼ……ですか?」
「鼓ちゃん、どうしたの?」
「あ、いえ。何でもないです」
遅めの昼ごはん食べるためにファミレスにやってきて、一息ついたところで、稜子が部長らしく話を始めた。
稜子の言葉に反応した鼓ちゃんが、何故だか元気がない。
ユメが気が付いて声を掛けたが、鼓ちゃんは取り繕うように笑顔を作った。
「実はもう日程だけは決めているのよ」
「さすが稜子嬢。仕事が早いと言うか、唐突と言うか」
「桜たちが入部してから一週間くらいで「明日ライブやるわよ」って言っていましたし」
「今回はちゃんと間を開けているわよ」
拗ねたような稜子に、一誠が少し驚いて「ほお」と声を出す。
「次のライブは再来週の日曜日。場所はいつものように音楽室。
掲示板への張り紙は一週間前から認められているから綺歩よろしくね」
「うん、任せて」
「ライブって毎回当日に呼びかけるわけじゃなかったんですね」
綺歩が頷く隣で桜ちゃんが感心したような声を出す。
桜ちゃんが言うとおり、一年生のお披露目ライブの時には稜子はその前日にライブがあることを伝え、次の日の昼休みに放送と呼びかけを行った。
突然の呼びかけだったが、音楽室がいっぱいになるほどには人が集まりライブは成功のうちに終わった。
そのライブで歌っていたのは俺だが、まあ、目立たなかったというか何というか。
「前は宣伝なんかも積極的にやっていたんだけどな。たぶん今それをやると音楽室に収まりきれないんだよ」
「それはそれは贅沢な悩みですね」
「全部志手原嬢のおかげで、志手原嬢のせいなんだけどな。
ただみんだってその恩恵を受けているわけよ」
「せいって何よ、せいって」
一誠の発言に稜子が噛みつく。話が逸れはじめてしまった為か綺歩が軌道修正を始めた。
「ところで、時間はどうするの?
日曜だけど流石に丸一日ってわけじゃないよね?」
「音楽室を使える時間が十時から十七時だから十四時から二時間くらいかしら。
どれくらい集まるかにもよるけれど、早めに宣伝もできるわけだから音楽室に入りきらないことを仮定して一時間を二回って考えた方がいいわよね」
「いっそ整理券とかも作ってもいいのかもね。日曜日に学校に来て入れなかったって言うのは申し訳ないし」
「体育館とか借りられないのかい? 志手っち」
「無理ね。運動部が部活しているもの。それに、毎回体育館でやっていたら文化祭の時の特別感がなくなっちゃうじゃない」
「そりゃ、仰る通りで」
特別感云々は置いておいて、一部活の為にわざわざ他の部活にまで影響は与えられないだろうなとは思う。
今の時期と言えば運動部三年生は最後の大会のための練習をしているだろうし。
だから軽音部が体育館で演奏できるのは年に四回ほど。
文化祭の発表とその後夜祭、新歓ライブ、最後に卒業式後の追い出しライブ。
最後に関しては文化祭で有名になったから当時の三年生に頼まれてやったものではあるが。
後は何処からか稜子が学外でのライブを入れてくる。
話すことのできない俺が去年の事を思い出していると「あの」と鼓ちゃんの声が聞こえてきた。
「ライブの映像を教室のテレビで放送出来たら、もっと色んな人に見てもらえるんじゃないかなって思うんですけど」
「なかなか面白そうね。放送部に知り合いもいるし頼んでみようかしら」
「前もってどれくらいの人が来るか知りたいところだよね。
音楽室に入りきれるくらいだったら、放送が無駄になっちゃうから」
「その辺も放送部に頼めばいいんじゃないかしら。
確かリクエストボックスなんてあったと思うから、隣にライブに来たい人はここに学年と名前を、みたいなのを作ってね」
「ところで先輩、そんな事って勝手に決めちゃってもいいものなんですか?」
「流石、ただみん。目の付けどころが違うが、稜子を甘く見ちゃいけない。やると決めたらやる女だからね」
「ねえ、御崎。それは褒めているのよね」
「もちろんさ、志手原姫」
からかうような一誠の言葉に、稜子は眉を顰めたがそれ以上何も言う事はなかった。
ユメが話していないのは途中から歌っているから。
歌っていて話に入れないと言うよりも、歌う事に集中していて話半分にしか聞いていないと言ったところ。
俺も大してこういった話には入っていなかったから特に違和感はないんだけれど。
「桜達のバンドって何か名前とかあるんですか?」
桜ちゃんの一言で稜子に視線が集まる。聞いたことなかったなそんな事。
「ないわよ」
「そうなんですか?」
「今までは仮にで組んでいたバンドだからね。
そろそろ決めてもいいのかもしれないけど、もう少し様子見かしら」
「様子見って言うよりも、ライブをする名目を増やしたいだけだよね」
綺歩が呆れたように言うのに対して稜子が清々しい位の笑顔で「当り前じゃない」と返す。
ユメ加入で一回、バンド名が決まって一回と。「仮に組んでいた」に関しては俺がいたから事実なのだろうが。
「だから、各自考えておいて。今は目の前のライブに集中しないといけないけれど」
だとしたら俺はライブに集中しなくていいから何か適当に考えてみるかとも思ったが、俺のネーミングセンスと言えば「遊馬」を「ユメ」レベル。
昔もう一つ名前を考えたことがあったな、と思い出したくない事を思い出したので考えるのを止めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ファミレスから出て少し歩いたところに制服を扱うお店はあった。
こういう店と言うのは学校から指定を受けているらしく、様々な中学校や高校の指定制服あると言った内容の紙が入口に貼られている。
中に入ると、ブレザーだったりセーラーだったり、見たことのない量の制服に出迎えられた。
俺は中高と学ランで高校に上がる時は新しく制服を買わずにボタンと校章を変えただけなので覚えていないが、中学で買った時にはもしかしたらこれと同じ量の制服を見たことがあるかもしれない。
『ユメ覚えているか?』
「遊馬が覚えていないことは覚えていないよ。中学入学のために制服買った時の話でしょ?」
『まあ、そうだよな』
ユメが生まれるまでの記憶は共有していのだから俺が覚えていないことをユメが覚えていなくて当然なのだが、もしかしないか、と考えてしまう。
話は変わるが、ユメと俺と二人いてもテストが楽になるなんてことはない。
俺が退屈だと思う授業はユメも退屈だし、俺が楽しいと思う授業はユメも楽しい。
巡先輩が言っていたことが本当なら恐らく学力も俺とユメ全く同じになるのだろうから、ユメを使ってズルをするなんて事は出来ないし、するつもりもない。
「いらっしゃい」
制服の群れの向こう、カウンターの中で恰幅のいい中年女性が怪訝そうな顔でこちらに声をかける。
「こんにちは。すいません、この子の制服を作って欲しいんです」
躊躇なく話す桜ちゃんに、女性は驚いたような顔をして「桜ちゃんかい」と声を出した。
桜ちゃんにこの子と言われるとはなんだか屈辱的な感じもするが、実際ユメと桜ちゃんを見比べると桜ちゃんの方が大人っぽいからなと妙に納得してしまう。
「お久しぶりです」
「今日はどうしたんだい?」
「この子、桜と同じ学校の子なんですけど、お姉さんの制服お下がりだったのがどうしても嫌だったらしくて、新しいのが欲しいんです」
「それはいいんだけど……お金はあるのかい? 制服だからやっぱりそこそこの値段はするよ?」
「確かこれくらいでしたよね」
桜ちゃんがカウンターにお金を出し、女性が驚いたので桜ちゃんが続ける。
「新しい制服が欲しいってあの子が頑張って貯めたんですよ。貯金もいくらかあったらしいですけどね」
「へえ、珍しい子もいたもんだね。じゃあ、採寸するからこっちに来てくれるかい」
「あ、はい」
するすると出てくる桜ちゃんの嘘に、もはや感心すら覚えていた所で声を掛けられたからか、ユメが生返事をして女性について行く。
制服の採寸は何故こんなところまでやるのだろうかと思うほどいろんな所を計る。例えば、肘から指の先までの長さとか。
次に女性が持ってきたセーラー服を着せられて、今度は細部の長さを確認。
その間十五分のリミットを迎えないようにユメが歌を歌っていたので、途中女性に「そんなに楽しみかい?」と声をかけられてしまった。
「これで大きい制服とはおさらばできると思うと嬉しくて」
「お姉さんは大きかったんだねえ」
「そうですね……百七十センチくらいはありますから」
「ほお、それは大きいね」
『なあ、ユメ。俺は女じゃないんだが』
身長を言った辺りでユメが言っているのが俺だと分かったので一応抗議したところ、ユメがクスクスと笑う。
「まあ、こんなものかい。三十分くらいで長さを合わせてくるからちょっと待っておいてくれ」
「わかりました」
ユメが返事をしたのを聞いて女性がカウンターのさらに後ろに消えて行った。
「ユメ先輩お疲れ様です」
「この子じゃないんだね」
「怒らないで下さいよ。桜と同級生って事にした方が何かと楽だと思っただけなんですから。
それとも、先輩は桜に「ユメユメ」とか呼ばれたいですか?」
「別に怒ってはいないんだけど、よくあんなに嘘が出てきたね」
「今日までずっとシミュレーションしていましたから。言いましたよね、夢を叶える為に全力を尽くすって」
「そっか」
桜ちゃんの夢とやらが気になって仕方ないのだが、訊いても間違いなく答えてくれないだろうから――とユメも思っているのか――ユメは桜ちゃんの方をまっすぐに見て「桜ちゃん、今日はありがとう」と笑顔を作った。
「な、何言っているんですか。今日は桜がやりたかったからやったんです。ユメ先輩に感謝されることなんてないんです」
予想外に慌ててそう言った桜ちゃんが可愛くて、ユメの口から「ふふ」と笑みがこぼれた。
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