両声類だった俺は、両性類にLvUPした

姫崎しう

第一章 鼓草

第1話

「会えない夜に嘆くより 会える時間を想い眠ろう」


 高校の音楽室での軽音楽部の練習風景。


 高校生バンドと言っても実力はプロ顔負けで、一糸乱れぬ演奏もそうだが、ボーカルの女の子の声が耳を惹く。


「会えない時間が不安でも 大きく首を振って笑おう」


 遠距離恋愛をしている女の子の気持ちを代弁している歌詞に合う、寂しくも明るくふるまおうとしている声だが、どこか楽しそうで、かと言って音を外れる事はない。


 表現力、歌唱力とも上の上で、何よりも歌うことを愛しているこの女の子が、俺自身だと言うのだから、俺は憧れずにはいられなかった。



     *



 高校への登校中に、「ゆう君おはよ」と聞き覚えのある声が聞こえたので足を止める。


 振り返った先には、面倒見が良さそうで、ふんわりとした雰囲気の美人がニコニコ笑いながらこちらを見ていた。


 パッチリと大きな目、白い肌には毛穴一つ見つからず、平均的な身長をもち、髪の毛が長く腰辺りで一つに結ばれている。


「おはよう、綺歩きほ


「ユメちゃんもおはよう。今日の部活どうなるかな?」


「どうって言われても、いつも通りだろ?」


「そうだよね」と笑う志原しはら綺歩きほは家が隣同士の幼馴染で、同じ軽音楽部のキーボードを担当している。


 当たり前ではあるが、家が隣、幼馴染、同じ部活と三拍子そろったところで、毎朝迎えに来てくれる事もなく、道が同じだから道中に度々会う。


 下駄箱に着いたところで綺歩が「それじゃあ、放課後にね」と手を振るが、校内、特に他の生徒から見られるような場所で目立つ行動はしないでほしい。


 ただでさえ容姿的にも綺歩――というか、軽音楽部のメンバー――は目立つのだ。


 羨望と嫉妬の合わさった視線を浴びて自分の教室に入ると「よう、遊馬ゆうま」と同じクラスの御崎みさき一誠いっせいが俺のところまでやってきた。


 一誠も軽音楽部のメンバーでドラムを担当している。


 やや暑苦しいが、ほどほどに筋肉がついていて顔も悪くなく、軽い性格も相まって女子にも男子にも友人が多いようなイケメン。


 男嫌いな部長が腕を認めて一緒に演奏しているだけあって、技術は折り紙付き。


 バンド唯一の男子と言っても過言ではない。


 軽音楽部員は、俺と一誠、綺歩と部長がそれぞれ同じクラスで、あと一つ下の一年生に二人いる。


 綺麗に二人ずつに分かれているが、正直こいつと一緒のクラスで本気でよかった。


 綺歩と同じクラスなら、からかわれる、変な噂がたつ等々、簡単に思いつくし、男嫌いの部長と部活以外であまり顔を合わせたくはない。


「綺歩嬢と登校とは、流石は幼馴染さんですな」


「綺歩とは道中会っただけだけどな。


 それはともかく、どうして綺歩と来た事知っているんだ?」


「どうしてもこうしても、綺歩嬢が男と親しげに歩いていたなんて騒いでいる奴がいたからな。遊馬以外ないだろ」


「ああ、なるほど」


 笑う一誠に対して、俺はため息の出る思いで納得する。


「だけど、同じ部活だってのに、まだ騒がれるなんて遊馬は目立たないよな」


「お前らが目立ち過ぎるからだろ。それに俺は別に目立たなくていい」


「オレとしてはお前がいない方が良かったんだけど」


「あのメンバーじゃハーレム展開は無理だろ」


「おっしゃる通りで」


 クックックと妖しい笑いを浮かべる。


「ところで、ユメユメは元気かい?」


『元気だよ』


「元気だってさ。まあ、俺が元気だから心配することも無いだろうけど」


 俺の返しに「違いねえ」と一誠が返したところで予鈴が鳴った。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 放課後、クラスメイトと話している一誠を置いて音楽室に向かう。


 特に俺は早めに行かないと迷惑になるので、急いだのだけれど、音楽室には既に二人ほど部員がやってきていた。


「あ、先輩。こんにちは」


「遊馬先輩、こんにちは」


「こんにちは。さくらちゃんもつつみちゃんも早いな」


 同じことを言っているが、一人は本当に軽い挨拶程度で、もう一人は丁寧に頭まで下げる。


 最初に挨拶をしてくれた子が一年生、ベース担当の忠海ただみさくら


 綺歩と同じくらいの身長で、猫のような釣り目が印象に残る。


 ふわふわとしたセミロングの髪は柔らかい雰囲気で誰にでも敬語なのだが、時折見せる表情は小悪魔と言っても差支えない。


 むしろ、先輩に対しても毒舌を躊躇わない性格は、小悪魔どころではないが、曰く可愛いから可だと言う意見をよく聞く。


 もう一人が同じく一年の初春はつはるつつみ


 ギター担当で、バンド内では下手な部類に入るらしいが、それでも超高校級の腕を持っている。


 童顔で中学生、下手すると小学生にも見間違えられる彼女の身長は百五十センチほどで、それに合わせてその他いろいろな部分が小さい。


 でも、小さい体でギターを扱うアンバランスさに一部からとても人気だったりする。


 大きくクリクリとした垂れ目は小動物を思い起こさせる、軽音楽部の癒し。


「授業が早く終わりましたからね。やることも無かったですし、遊馬先輩と話せる機会と言うのもここ数日なかなかありませんでしたから」


「桜ちゃんにそう言って貰えるのは光栄だけど、別に俺と特別話したいことってないんだろ?」


「ありますけど、答えてくれそうにないですからね」


 桜ちゃんが悪戯っぽく笑う隣で、鼓ちゃんが困ったように桜ちゃんを見ている。


 さて、どうしたものかと思ったところで、ガラッと音楽室のドアが開く音がした。


「あら、貴方達早いわね」


稜子たかね先輩、こんにちは」


 桜ちゃんが、俺の背後にいる人物に挨拶をしたので、振り返り姿を確認する。


 百七十を超える身長で、スタイルがいい我が部の部長、志手原しではら稜子たかね


 スーっと高い鼻に、キリっとした釣り目で、男子だけに留まらず女子にまで、むしろ女子の方に人気があるカッコいい系美人。


 綺歩の友人で男と言うものを下に見る節があるが、ギターの腕は超一流で軽音楽部を校内一の知名度に押し上げた。


 男嫌いだが、実力があれば一緒に演奏することを許すあたり、音楽への情熱が感じられる。


 ただし、採点はかなり厳しい。


 稜子は俺を見つけ、煙たがるように話しかけてきた。


「ほら三原みばる、さっさとユメに替わってきなさい」


「はいはい」


 シッシと払いのけるしぐさをする稜子に下手に食い下がっても機嫌を損ねるだけなので、逃げるように音楽室後方から行ける音楽準備室に向かう。


『遊馬、もういいの?』


「稜子に小言を言われるのはこりごりだからな」


 頭の中で響く〝俺〟じゃない、〝わたし〟の声。


 きちんと返事はせずに、俺はバンドのボーカルであるユメと入れ替わった。


     *


「会えない夜に嘆くより


 会える時間を 想い馳せよう」


 部活が始まり、とりあえずメンバー全員で合わせて演奏する。


 それももうラスサビなのだけれど、相変わらず誰もミスはしないし、ユメは気持ちよさそうに歌う。


「私と貴方のゲームが始まる


 それが 私にとっての 一番の時間だから」


 最後のフレーズまで丁寧に歌い上げ、音楽室にギターの音が響き曲が終わる。


 全員が全員やりきったとお互いの顔を見合わせている中、稜子が肩にかけていたギターを背中側へとくるりと回し抱きついてきた。


 豊満な胸の感覚が俺を襲うが、少なからず嫉妬心も覚えてしまうのは俺のせいではない。


「やっぱりユメは最高ね。どこかの男とは大違い」


「わたしがそのどこかの男なんだよ?」


「でも、あいつそのものってわけじゃないんでしょ?」


 稜子がユメを離して、釣り目を細めて尋ねてくる。


「ううん。もともと一緒だったんだから、そのものって言っても差支えないと思うよ?


 あと説明したと思うけど、感覚共有しているから抱きついたりすると遊馬にもその胸の大きさ伝わるからね?」


 自分のものとは違うからか、ユメは恨めしそうに稜子の胸を見た。


 稜子は至極困った顔をして「そうなのよね」と腕を組む。


「ユメ先輩のは小さいですもんね。つつみんほどじゃないですけど」


 声がした先には桜ちゃんがいて、大きいとは言えないが形の良いそれを隠さずに、むしろ強調して悪戯っぽく笑う。


「桜ちゃん、いま、あたしは関係ないでしょ?」


「そうよね。おいで鼓ちゃん」


 桜ちゃんの言葉に頬をハムスターのように膨らませ、顔を朱に染めて怒る鼓ちゃんをユメが呼ぶ。


 トコトコと寄ってきた鼓ちゃんをユメは守るように抱きしめて頭を撫でるわけなのだが、先ほどもユメが言っていたように俺とユメの感覚は共有している。


 要するに女の子の柔らかさが直で伝わってくるのだ。


 相手が華奢だと言って馬鹿にしてはない。


 女の子と言うものは男とは一線を画すまでに柔らかいものなのだ。


『俺に伝わってるの忘れてやしないか?』


 鼓ちゃんの柔らかさを堪能し終わったのでユメに注意する。


 ユメが慌てて鼓ちゃんを離した。


「どうしたんですか?」


「ごめんね。遊馬に伝わってるの忘れてて」


 驚いた顔で尋ねる鼓ちゃんにユメが謝る。


 鼓ちゃんも先ほどの稜子のように困った顔をしたが、大きく首を振った。


「正直よく分かっていないんですけど、ユメ先輩は女の子なんですよね?」


「まあ、そうだね」


「それなら、大丈夫です」


 花が咲いたように笑う鼓ちゃんを、もう一度撫でまわしたいと思うのは俺自身の意思かそれともユメの意思か。


 まあ、俺がそう思ったってことは、殆どの場合ユメもそう思ったはずだが。


「それにしても、元が遊馬だとは思えないほどの美少女だよな」


 今度は一誠がそう言って、ユメの目を近い距離でじっと見つめる。


 男に見つめられたところで俺は嬉しくないし、恐らくユメも一誠に見つめられても困るだけだろう。


「その意見には同意だが、俺も見てるんだからユメ見つめんな」


 主導権の戻ってきた身体で一誠を叩く。


「ちぇ、もう十五分経ったか」


 一誠は悪びれずに憎まれ口を叩いて、ユメに合わせて屈んでいた身体を起こす。


 だいぶ慣れて、現状が当たり前のようにも感じるが、俺の中にユメが生まれてまだ数日ほどしかたっていなかった。

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