8

  予定通り20分程で華灯はなあかり駅に到着する。この駅は文字通り華の形をした灯台がいくつも存在する。何でも昔、この辺りは花街だったらしく灯台も花街らしく【華】に沿って作られたとか。故にこの町はどこか大人の雰囲気をかもし出している。私は今更ながらこの場所を選んだ呉乃さんを少なからず恨む。制服姿だから余計に目立つのだ。恨み言を吐きながら改札を出るとすでに呉乃さんは来ていたのでほっとする。呉乃さんに案内されて駅から少し離れた喫茶店に入る事にした。中に入るとお客は私達しかいない。店内は明治、大正を思わせる純喫茶の感じで流れている音楽も趣味が良い、感動の目で店内を見ていると喉を鳴らしたような笑い声が聞こえた。正体は勿論、呉乃さん。

「随分熱心に見ていますが、こういうお店は初めてかな」

「はい、初めてです。でも凄く落ち着きます。何だかタイムスリップしたみたい」

「それは良かった。若い子にこういう店はどうかと思ったが喜んでいただいて何より。お昼まだでしょう、軽く食べながら話を伺いましょう」軽くはにかみながら席に座る。お昼という単語が出てきて急におなかが空いてきた。何とも都合の良い胃袋だろうか。注文を頼むとほどなくして頼んだ食事が運ばれてきた。私はオムライスとメロンジュース、呉乃さんはホットサンドと珈琲。向かい側に座って食事をする呉乃さんを盗み見る。じっくり顔を見るのは不躾と思いながらも観察を止められない。年齢は40代後半といった所だろう。目は少し切れ長だが恐い印象は余り与えない。鼻筋は通っており唇は薄い。髪の毛は若干白髪が目立つが不潔な感じはしない、つまりイケメンなのだ。この場合はオジメンと言うべきか。以前にも似たような事があった気がするがこの際、気にしない。何故私の周りは美男美女しかいないのだ。これでは私は只の引き立て役ではないか、解せぬ。心の中で愚痴りながら黙々とオムライスを食す。うん、中々美味しい。食べ終わる頃には心の愚痴りも収まっていた。

「さて、お腹も膨れた事だし本題にはいりましょう。不知火さん、桜ヶ丘駅に居たという事は東雲さんに会いに行っていたんでしょう」

駅名だけで私が何をしていたかお見通しというわけか。

「その通りです。学校に行ったのはいいものの、見事に質問攻めに遭いまして屋上に避難していたんです。事件の事を考えていたら詩音からメールがきて放課後会えないか。という内容だったのでこのまま学校にいても仕方ないと思いサボって詩音に会いに行ったんです」私は事実を証言する。

「ほほう、サボりはあまり関心しませんが、まあいいでしょう。それで東雲さんの家がある桜ヶ丘駅にいたんですな。それで何を話したんですか」

「最初のうちは現状報告です。マスコミがやっと落ち着いただの、クラスはまだ騒いでいるだの。その後、仏壇に手を合わせてそして指輪について聞いたんです。心当たりはないのかって。始めのうちは知らないって言っていました。そして私が冗談でSは詩音の事じゃないかって言ったんです。そしたらほんの少しだけど動揺していました」きっと私だから気付けた。他の人がみても分からないだろう、私は更に続ける。

「詩音はすぐに否定しましたよ。いくらファザコンでも娘に指輪を贈る父親なんていないって。確かに一般的に考えて無いです、有り得ない。でもあの父娘おやこは違う。以前、詩音と詩音のお父さんが一緒にいる所を見たことがあります。夏休みの終わり頃にあった花火大会です。あの雰囲気は父娘じゃなかった、あれは恋人同士じゃなきゃ出せない空間です。現に、私以外の人もあの2人を恋人同士として見ていました。指輪のSは詩音で間違いないと思います」私はテーブルに置いてあったメロンソーダを口に含む。爽やかな甘さが口一杯に広がっていく。顔を上げると呉乃さんの表情は硬い。

「不知火さんのおっしゃりたい事は判りました。その話が本当だとしたらイニシャルについては解決します。しかし、現実にあり得ますかね?父親と娘が恋人同士など。亡くなった東雲さんは35歳です、高校生と話が合うとはちょっと」

「この間も言いましたが呉乃さん、最近の女子は自分より一回り年上の男性と付き合うなんてザラですよ。実際に私の友達にも30歳の男性と付き合っていますし。あと話が合わないと言っていましたが、2人は親子なんです。合うに決まっています。それに詩音と詩音の亡くなったお母さん、雪乃さんとは瓜二つなんです。雪乃さんと詩音のお父さんが付き合い始めたのは中学の頃と言っていました。もしかしたら、詩音のお父さんは詩音の事を雪乃さんと思っているのかもしれません。あくまで可能性ですけど」しかし、私は何となくだがこの推理は当たっている気がしてならない。あの詩音の顔を見れば間違いない。

「娘としてではなく、妻と思って付き合っていたとしたら東雲春仁は娘に歪んだ愛情を向けていたとなる、しかしそんな風には全く見えかった。私の頭では理解できない。不知火さん、この話にはまだ続きがあるんでしょう?最後まで続けて下さい」頷いて私は話を続行する。

「話を戻します。否定された後、私は詩音の表情を伺うため刺激的な事を言いました。『自分の父親と付き合うなんて考えただけでゾッとする詩音の想い人は20歳ぐらいなんでしょう』って。そしたら顔色一つ変えずに肯定しました。普段の詩音だったら絶対に皮肉を交えて反論します。でも反論しなかった。反論どころかすごい表情で私を見ていました。視線で人を殺すってこの事かと思いましたよ私」いま思い出しても背筋がゾッとする。あの時の詩音は普通ではなかった。

「成程、不知火さんの話は大体理解しました。この話が本当だとすると、東雲春仁を殺害したのは娘の詩音という事になる。こう解釈していいんですよね」いざ言葉にされると心に突き刺さるものがある。真実を曲げることは出来ない。私は首を縦に振った。そして動機と殺害方法、指輪の謎について想像を交えながら呉乃さんに説明する。証拠など何一つないが呉乃さんは真剣に話を聞いてくれた。全てを話し終えたときには時刻は15時を回っていた。その間お客が1人も来なかったのはマスターの配慮なのだろう、表には【CLOSE】の札がぶら下がっている。呉乃さんが重く息を出す。

「これが真相ならあまりにも東雲詩音が可哀想だ。彼女もまた被害者なのかもしれない」

「あくまで可能性の話です。証拠は何もありません。でも、これが真実なら例えどんな理由があったとしても人が人を殺すなんて、絶対に在ってはならないんです」こぶしを強く握って感情を押し殺す。覚悟は出来ていた筈だった。でもいざ真実が目の前に現れるとこんなにも苦しい。呉乃さんの言う通り詩音が1番の被害者なのかもしれない、でも、それでも彼女のしたことは間違っている。

「この話を捜査本部にも話してみます。貴女の事は一切公言しません、約束します。非現実的な部分もありますが、恐らくこの線で進むでしょう。ご協力感謝します。今日は家でゆっくり休みなさい」駅の前で別れ私は家に帰った。どうやって帰ってきたのか記憶が曖昧だ。まだ帰宅時間でもないのに帰ってきた私を見て母は驚いていたが私をみて何かを察したのか、お説教はなかった。部屋着に着替えそのままベッドにダイブする。窓が開いているのかカーテンが波のように揺れている、まるで今の私の心みたいだ、心が揺れ動いていまとまらない。私の推理通りに捜査を進んだらきっと詩音に辿り着くであろう、いや詩音にしか行きつかない。だってこの事件は詩音無しでは成立しないのだから。凶器もまだ詩音が持っているだろう、おいそい捨てられるモノではない。いくら考えても詩音以外、犯人はいない。しかし、心の奥底でもう1人の私が叫んでいる。違う、お前の推理は間違っていると。そもそも私は詩音が犯人で無いことを立証したかった筈なのに。しかし行き着いた答えは全くの逆さ《さか》。私は親友を警察に売ったのだ。今の私は真実と友情の板挟み状態。そういえば、夏目漱石の『こころ』も板挟みの物語だったなぁと思い出した。あれは恋と友情の板挟みだったけれど。どうでもいいことを考えていたら眠くなってきた。少しでも捜査の進展を知りたいのに瞼は次第に下がっていく。夢に向かう中で推理が外れます様にと願いながら私は眠りに就いた。真相はもうすぐ暴かれる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る