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 事件は思ったより長引いた。発生から2週間近く経過し、警察に懸命な捜査にも拘わらず凶器はおろか容疑者も浮かび上がってこない。始めはマスコミ関係者も好奇の目を浮かべていたものの、祭り上げる容疑者が居ないとなると段々とこの事件から引き揚げていった。今となっては誰もこの事件に関して口を開かない、いや、忘れ去ったといってもいい。世間は何事もなかったように日常を連れてきたのだ。あれほど騒いでいた学校側も何とか日常を取り戻し、生徒や教師たちも学校生活を送っている。変わったのは詩音があまり学校に来なくなったぐらいだ。それを咎める人など誰もいない。寧ろ、心なしかほっとしている奴らもいるのだ。世間は案外冷たいんだな、と他人事のように感じた。詩音が学校に来ないときはクラスの視線は私に向かう。いつも一緒に居たので当たり前と云えばそうだが。ニュースでは断片的な事しか伝えられていない。もっと突っ込んだ所まで知りたい、しかし、本人に聞くには勇気がいる。そこで私が登場するわけだ。とりわけ、本物がくるまでの代理といった所だろう。私が登校してくるまでの間に色々な憶測が飛んでおり、次々と質問攻めにあったが、一切答えなかった。余りにもしつこいので私は鞄を持ったまま詩音と私だけの秘密基地に足を走らせた。屋上に着くと当たり前だが誰もいない。それをいいことに私は地べたに寝転がって空を見上げた。空は雲一つない、快晴。自分の胸の中もこれぐらい澄みきっていればいいのにと思う。私の頭には詩音の事と、先日電話越しで(独り言)を漏らした呉乃さんとの会話で一杯だった。

「もしもし、呉乃さんの携帯で間違いありませんか?不知火です。あれから捜査の方はどうです?ニュースは殆ど報道されなくなっているから気になってしまって」

「先日はご協力ありがとうございました。マスコミの方は箝口令かんこうれいを引いているのでその辺りは察して下さい。そちらも色々と大変でしょう、彼女は学校に来ていますか」こちらを気遣いながらも、さりげなく聞いてくるのが上手いなぁと感心してしまう。

「いえ、学校側から無理して来なくてもいいと言われているらしいので未だ登校はしていません。はっきり言ってまだ来ない方がいいと思っています。私が教室に入ると同時にクラスメイトから質問攻めに遭いました。友達の私ですら騒ぎになったから当事者が来たらどうなる事やら・・・。それで、捜査の進みはどうなんですか?」早速、問題に入ることにする。

「正直、難航しています。深夜ということもあり、目撃者が殆ど見つかっていないんです。それに加えて、凶器も見つかっていないことから長丁場ながちょうばになるのは間違いないですね」

「そうですか、ありきたりですけど恨みを持った人の犯行ではないんですか?」我ながら単純な考えと思ったが、人を殺害する理由に挙がる動機№1だ。しかしこれも空振りだったらしい。

「勿論、私達もその線は考えました。しかし、判ったことは東雲春仁という男は誰かに恨まれるような人間ではないという事。残っている線は通り魔の犯行ですな」

「詩音から聞いたんですけど、財布からはお金は取られていないと言っていました。もし通り魔や物取りの犯行なら、お金は取っていきますよね」私の指摘に呉乃さんは関心している様子が伺える。

「ほほう、不知火さんは頭の回転は速いとお見受けします。うちの蒼井にも見習って欲しいものです。金品が取られていない以上、物取りの犯行は薄い、だから難航しているんです。不知火さん、貴女はこの事件どう思われますか?」ここにきて初めて意見を求められたので些かびっくりしたが、少し間を置いて考えを述べた。

「・・・・・・、何となくなんですけど犯人は詩音のお父さんの近しい人だと思います。これも詩音から聞いたんですが、東雲さん、抵抗した跡がないって。それって東雲さん側から考えたら抵抗する必要がない、つまり顔見知りって事です。だから抵抗した跡がなかった。それに、祭壇でみたあの顔・・・」そこまで言って私は少し躊躇った。もしかしたら私の見間違いかもしれない、でもあの表情は。

「どうしました?まだ他に気付いたことがあるんでしょう。口にしたら少しはスッキリしますよ」流石は刑事、誘導尋問もお手の物だ。

「いや、大したことじゃないんです。もしかしたら私の見間違えの可能性が大きいです。・・・あの時は気付かなったけど、お通夜で東雲さんの顔を見た時、少しだけ違和感を覚えたんです。どう表現したらいいのか分からないですけど、何か、いきなり殺された割には穏やかな顔をしているなって。私の勝手な想像ですが普通、いきなり刺されたりしたら苦痛で顔が歪むんじゃないかなって。でも東雲さんの顔からはそういうものが一切感じられなかった。寧ろ、殺されるのを望んでいたのかもしれない。って、すみません。少しおしゃべりが過ぎました。今のは女子高生の譫言うわごとと受け取って下さい」電話越しから謝罪する。

「いや、いや。そんな発想、私達では思いつきもしなかった。若い人は頭が柔軟ですな。いや、女性だからこそ分かったのかもしれない。しかし殺されるのを望んでいたか・・・」呉乃さんが何かブツブツ言っているがよく聞き取れない。

「あの、どうかしましたか?」何か失言したかと思いとっさに言葉を送る。少し間が空いたかと思いきや、呉乃さんは途端に話し出す。

「今からお話しする内容は、関係者にしか伝えていないのですが、不知火さんには特別に教えておきます。もしかしたらなにか閃いてくれるかもしれませんから。実は東雲さんの体内から結婚指輪が検出されたんです。イニシャルはS&H、心辺りありませんか?」

「S&Hですか、Yじゃなくて?Y&Hなら以前、詩音に見せてもらったことがあります。何でも、その指輪は雪乃さんと東雲さんを繋ぐ唯一のモノだから肌身離さず持っているって。そのイニシャル、本当にS&Hなんですか?」会った事はないが、詩音の話から察するに東雲さんは亡くなって15年近く経った今でも雪乃さんを愛しているのだと。その東雲さんが他の女性と交際なんて、と思っていると私の考えていることが分かったのだろう、呉乃さんが口を開いた。

「我々が聞いた話でも東雲春仁さんは愛妻家で有名だったそうです。しかし、いくら愛妻家だったとしても奥さんが亡くなって随分経っていますから、女性とお付き合いする可能性もあるかもしれません。この事件、不可解な事が多すぎる」呉乃さんの言う通りこの事件はどこもかしこもちぐはぐだ。例えるなら釦のかけ違いをしている感じに似ている。穴の隣に入れるべき釦があるのに間違った釦をかけた様な、そんな違和感。

「貴重な情報、ありがとうございます。私なりに考えています。気付いたことがあったらまたお電話します」そう伝え電話を切った。電話の内容を考えながら空を見上げると相変わらず雲一つない。

「指輪のイニシャルかぁ、Sって誰だろう」

空を眺めながら電話の回想を思い出しているとチャイムが鳴った。時計を見ると、一限目が始まる時間だ。授業に出るか迷ったが仮に授業を受けた所で頭には入らないだろう、それに教室に戻ったらまた質問攻めに遭うのは間違いない。そのままサボりを決め込む。

「指輪にイニシャルを入れるって事は東雲さんにとって大事な人だよね。はっきり言ってSで思い浮かぶの詩音ぐらいだよー」しかし、いくら大事でも流石に娘にお揃いの指輪は送らないだろう。指輪とは恋人に贈る品だ、娘にプレゼントするものじゃない。だが、指輪を飲み込んでまで存在を隠したかった人物はよっぽど東雲さんに愛されていると感じる。

「謎が深まるばかりだ。東雲さんの人物像が全く分からなくなってきた」さて、どうしたものかと溜息を吐くと携帯からメールの着信音が聞こえる、ディスプレイを見ると表示名は詩音。私は慌てて画面を開く。内容は【今日、学校が終わったら久しぶりに会わない?】と簡素なメールが受信されていた。私はしばらく考え返事を返す。【今から行く。場所教えて】この日、私は人生で初めて自主休校を決行した。

 学校を出て最寄りの駅へ向かい、電車で20分程揺られると桜ヶ丘駅の南口へ向かう。川に沿って15分程歩くと閑静な住宅街に入るとその中にあるクリーム色の家が見えてくる。これが詩音の自宅らしい。らしい、と言ったのは私自身、初めて詩音の家を訪問するからだ。周りの家と比べると一回り小さい気もするがそのおかげで家が分かったと言ってもいい。若干、緊張しながらもインターホンを鳴らす。

「はい、東雲です。どちら様でしょうか?」

「私だよ。詩音、久しぶり」

「いらっしゃい、玄関の鍵開けるから少し待ってて」外線が切れてすぐカチャリと開錠する音が聞こえた。扉が開くと詩音が顔をのぞかせている。少し周りをきょろきょろすると私に入るように促す。

「ようこそいらっしゃい。案外早く着いたね。迷うかと思った」

「駅から一直線だよ。流石の私でも迷子にならないよ。久しぶり、元気にしてた?」顔色を見るかぎり体調は悪くなそうだ。強いていえば隈が出来ていることぐらいだろう。詩音は疲れた顔で微笑む。

「しばらくはマスコミが賑わっていたけど、飽きたのかやっと静かになったわ。全く、ご近所迷惑よ、あんなの」よっぽど騒がしかったのだろう、詩音の顔から疲れ以外にも苛立ちの表情が伺える。

「それは災難だったね。でも、落ち着いたのなら何より。それにしてもこの辺り初めてきたけど、大きい家がたくさんあるんだね。まさか高級住宅街とか?」私は話題を住宅街に移す。

「え、ええ。そうよ。この辺りに住んでいる人達はお金持ちが多いかも。でも私の家は違うからね、見た通り他の家と違って簡素だし」「少なくとも、私の家より立派だから大丈夫。まあ、この話は置いといてお線香あげてもいい?」居間に通されるとお骨と共に位牌が仏壇に置かれていた。そこには位牌が3つ鎮座している。一つは父親の春仁さん、二つ目はお祖母さん、そして三つ目は母、雪乃さん。云い方は悪いが家族勢ぞろいだ。私は一人ひとり心を込めて手を合わせる。どうか、詩音を見守ってあげて下さいと。

「随分長い事手を合わせていたけど、私の家族と何を話していたの?」詩音がジュースを持ってきながらこちらに戻ってきた。

「まあ、色々。いつも詩音にいじめられて困っていますとか」

「いつ、私がいじめたって?寧ろ、勉強に関しては感謝状をもらったっていいぐらいよ」ジュースを飲みながらソファにもたれる。

「学校はどう?そろそろ登校を考えているんだけど行っても大丈夫そう?」私もジュースで喉を潤し、質問に応える。

「はっきり言ってもう少し時間を置いた方がいいかな。私が教室に入ると同時に質問の嵐にあったもん、詩音が来たら嵐以上になりそう。それが嫌で私サボって詩音の家に来たんだよ」ついでに休校理由も述べると詩音は溜息をこぼす。

「家に押し寄せてきたマスコミにも言える事だけど、なんでそっとしといてくれないのかしら。これじゃあ亡くなった父が可哀想だわ」怒りを爆発させないように強く唇を噛んでいる。その所為で血が出ている。私はそっとハンカチを差し出す。

「マスコミは面白可笑しく、クラスの皆は好奇心で聞きたいだけなんだよ。本当に何があったかを知りたい人なんてごく僅か、寂しいけどそれが現実。皆、3流小説が読みたいだけ」そう、これが現実なのだ、どんなに悲惨な事件が起きようとも数カ月もすれば世の中はまるで何事もなかったかのように風のように過ぎ去る。

「風と共に去るか・・・」ぼそりと詩音が呟く。

「何か言った?」

「いいえ、何でもないわ。それで、私に会うためだけにサボったわけじゃないでしょ。なにか聞きたいことがあるんでしょう、ワトスン君?」どうやら私の浅はかな考えは名探偵の前では通じないようだ。しかしばれているなら好都合、私は呉乃さんから聞いた話をそれとなく聞いてみる。

「ほら、電話で教えてくれたじゃない。体内から指輪が見つかったって。なんで指輪なんて飲み込んだのかなって」言い終わってからしまった、と気付く。確かこの情報、関係者しか知らないんだった。最初から墓穴を掘ってしまうとは、私のバカヤロウ。

「あれ?私その話したっけ。でも知っているという事はいつの間にか話していたのね。見つかった指輪、母との結婚指輪じゃなかったの。イニシャルが違った」そのまま話を続けてくれる辺り、どうやら勘違いをしているらしい。私としては大助かりなのでそのまま話を促す。

「結婚指輪じゃなかったの?それにイニシャルって?」既に知っている事だが知らないフリをする。知らないフリをするのは心苦しいが致し方ない、これも事件解決のためだ。

「前に話した事があると思うけど、私の父は母が亡くなっても結婚指輪を付けていたの。亡くなって15年経った今でも。指輪にはイニシャルY&Hとfoever love

【永遠の愛】という意味の英語を彫っていたの。でも、見つかった指輪にはS&Hと彫られていただけ。おかげで警察は父が他の女性と付き合っていたんじゃないかって。でも父が母以外の人と付き合うなんて考えられない」この様子だとSという人に心当たりはなさそうだが、それでも聞いてみる。

「私は詩音のお父さんと話した事はないけど、写真からでも誠実そうな人って分かるよ。詩音、本当に心当たりないの?もしかして詩音の事だったりして」完全に冗談のつもりで言ったのだ。しかし詩音の顔にほんのわずかだが動揺の色が見えた。そしていつも一緒にいた私がそれを見逃すはずがない。

「あれ、もしかして当たっちゃった?」

「なにふざけた事言っているの、どこの世界に娘に指輪なんかあげる父親がいるの。いくら私がファザコンだからといって指輪はあり得ない」至極当たり前の事を言っているのは分かる。私だってその意見には賛成だ、もし私がお父さんからそんなものを貰った日には即刻、ゴミ箱かドブ川にでも投げ捨てるだろう。しかし、東雲父娘おやこは違う。あの日、花火大会で見かけた2人は父娘には見えなかった、遠目からでも分かるぐらい恋人同士だった。しかし今ここで言った所で意味はない、どうしよう。考えを巡らしてトリップしていると肩を揺さぶられた。

「ちょっと、どうしたの。急にだんまりして。まさか、私と父が恋人同士なんて言わないわよね」

「まさか、流石にないでしょ。だって自分のお父さんだよ、考えるだけでゾッとする。それに詩音の想い人は20歳ぐらいなんでしょう。歳が離れすぎているじゃん」私は敢えて刺激する言葉を選んだ。何かしらのアクションを見せるかと思っての行動だ。しかし詩音は何も見せなかった。顔色一つ、表情さえ変わらず「尊の言う通り、私の想い人は別にいるわ」と言った。それが背筋も凍りそうな程恐かったなんて誰にも言えない。

コチ、コチと時計の音が聞こえる。腕時計を見たら11時辺り。喉がごくりと鳴る。思っていたより緊張していたらしい、喉が渇いて仕方ない。私は詩音から目を離さずジュースに手を伸ばしたがコップの中はあいにく空っぽ。

「詩音、悪いんだけどジュースもう一杯くれない?喉が渇いちゃった」

「あら、気付かなくてごめんなさい。すぐに持ってくるわね」コップを持って詩音は台所に向かう。それを目で送りながら緊張の息を思いっ切り吐いた。

「あの目はヤバかったな、視線で殺されるかと思ったわ」それぐらい顔に出ていた、いや顔というより目、だろうか。私を見つめる視線が物凄かった。何というか、鬼の形相。いや違う、あれは・・・・・・推理中の頭に詩音がこちらに向かっている足音が追加される。

このままではさっきの二の舞を踏むと思い、思考を切り替える。いち早く機嫌、気分、思考の切り替えは私の特技である。

「はい、どうぞ。さっきと同じものでいい?」

「全然OK、ありがとう。あー生き返った」

もう一度腕時計を見直して私は帰り支度を始める、あくまでもさりげなく。

「もうこんな時間か。私そろそろ帰るよ」

「どうせならお昼ご飯食べていけばいいのに。まさか学校に戻るの?」

「流石に学校には戻らないよ。かといって、家に戻るわけのもいかないけどね。まあ適当に時間つぶすよ。初のサボりだもん、楽しんでくる」少し不自然だっただろうか。詩音を見るとその顔は呆れていた。良かった、普段通りのやり取りだ。

「全くのんきね。サボるのはいいけど、見つからないようにね。後々めんどうよ」

「分かってる。学校付近には行かないよ。詩音も気を付けて」玄関まで見送ってもらい私は駅の方に歩き出した。駅に着くと電車に乗る前に電話をかける。頼むから電話に出ておくれ。祈りが届いたのか、5コールほどで相手は出た。

「もしもし、呉乃です。不知火さんこんな時間にどうしたんですか、まだ授業中でしょう」

「こんにちは呉乃さん。学校は自主休校しました。今お時間取れますか?出来れば電話じゃなくて会ってお話がしたいのですが」電話越しから微かに話し声が聞こえる、外にいるのだろうか。

「なにやら閃いたようですな、判りました。今どちらにおられますか?そちらに向かいすので」

「いえ、私がそちらに行きます。私、いま桜ヶ丘駅にいるんです。場所さえ教えていただいたら電車でいきますので。出来れば学校から遠い所を希望します」最後の方は語尾が小さくなってしまったのは許していただきたい。何を隠そう、私は絶賛サボり中なのだから。呉乃さんが小さく笑っているのが聞こえる。

「ははっ、判りました。では間をとって華灯はなあかり駅にしましょう。そこなら不知火さんがいる駅からも学校からも離れているので見つかる事はないでしょう」線路図をみると確かに桜ヶ丘駅からも私の学校がある場所からも離れている。内緒話にはうってつけの場所だ。

「分かりました。華灯駅ですね。今から電車に乗るので20分ぐらいで着くと思います。着いたらまたお電話します」電話を切って私は電車に乗り込んだ。

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