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 私は不知火さんと別れた後、すぐに所轄に戻り事件の発端と殺害理由を上司に報告した。返ってきた応えは却下の一言。当然だろう、余りにも現実離れしている。何よりこの話が真実ならマスコミ関係者が黙っていない。

「呉乃、お前正気か?そんな話、誰が信じる?仮に信じたとして、何で殺す必要がある」

上司のいう事は尤もだ。

「課長の言う通り、殺す必要はなかったと私も思います。しかし実際に彼女は父親を殺害しています。きっと男の私らには理解できんのでしょう、敢えて言うとすれば女心が殺害に走らせたとでも言っておきましょう」そう締めくくると盛大な溜息をつかれた。

「女心なぁ、それが一番しっくりする言葉だな。呉乃この話、信じていいんだな」

「信じるも何も、これが真実です。それ以上もそれ以下もありません」本音を言えば当たって欲しくないと思っている。これが真実なら悲惨な話である。そして誰よりも最初に真実に辿り着いてしまった不知火尊が余りにも可哀想だ。親友の無実を証明するつもりが逆に追い詰めてしまった、この事実は彼女たち2人の友情を引き裂く思うと正直やりきれない。しかし、自分は刑事だ。如何なる理由があろうと殺人犯を野放しにする訳にはいかない、そして不知火尊自身もそれを望んでいる。私は家宅捜索令状を貰いに行くため蒼井と共に裁判所に向かう。署を出ると空一面に星が輝いていた。

次の日、私達捜査一課は東雲詩音の自宅前に車を停めた。生憎今日の天気は雨、ガサ入れの時は決まって雨が降る。私は空を見上げ暫く雨に打たれる。そして蒼井達に指示を出す。「今からガサ入れに突入するが相手は未成年だ、手荒な真似は絶対にするな。以上」怪しまれないようにインターホンを鳴らす。

「はい、東雲です。どちら様でしょうか」

永禮ながれ署の呉乃です。何度もすみません、お話しいいですか」

「・・・・・・少々お待ちください」やや間があったが自宅に入れてくれる辺りまだ自分が疑われているとは思っていないと推定する。しかし、ドアの向こうから顔を出した東雲詩音を見てその考えは浅はかだと考え直さざるを得ない。その表情は全てを悟っているかの様な、やっと辿り着いたのかという様々な感情が混ざり合った表情。これが16歳の少女がする顔なのか。思わず後ずさりをしてしまう。圧巻されたのだ、20数年刑事をしてきた私が10代の少女に。

「何となく、来るんじゃないかって思っていました。外にいる刑事さん達もどうぞ」そう言い残し東雲詩音は家に入っていく。その姿にハッとし、他の捜査員らも中に入れる。小雨のせいか、こんなに静かな家宅捜査は初めて経験だ。捜査員らは手を休める事無く凶器と思われるナイフを捜索する。私は東雲詩音が変な行動に出ないように監視をする。お互い沈黙を保っていたが東雲詩音が静寂を破った。

「いつから、私を疑っていたんですか?これでも一応、驚いているんですよ。証拠なんて何一つ見つかっていないのに家宅捜査なんて聞いた事がない」私は話しかけられた事に少々驚きながらも彼女の疑問に応える。

「俺は最初から疑っていたよ。初めて君と会った時、違和感を覚えた。その時はさして気にしなかったが段々疑問が確信に変わっていった。どんな違和感かって?それは涙だ。身内が不幸にあった、ましてや殺されたともなると遺族は大抵、霊安室で泣き叫ぶ。勿論、例外もある。君の場合はただ呆然としていた。最初は何が起こったのか分からず混乱している様に見えたが違うだろう?君は判っていたんだ。何故自分がここに呼ばれたのか、だから調書の際も落ち着きを払っていた」一つ目の応えを述べ終える。隣からは鼻で笑った音が聞こえる。

「刑事さんは随分、空想を交えて話すのね。今の話はあくまで刑事さんの想像でしょう、はっきり言って聞く価値もなかったわ。私が聞きたいのはそんな事じゃない、私が刑事さんに聞きたいのは私が父を殺す動機よ。家にまで押しかけて来たんだから勿論、分かっているのよね」挑発するような物言いで私を見つめる彼女は話で聞いていた人物とは到底かけ離れている。これが本来の彼女なのだろう。皮肉屋で天邪鬼、不知火尊の言った通りだ。東雲詩音は2つの顔を持っている。私は不知火尊が話してくれた通りに言葉を紡ぐ。

「これは、とある人からの助言を許にしてたてた仮説だ。先ずは君とお父さんとの関係だ。一般的に考えたら君たちは仲の良い親子だ、しかし、君たちは親子でありながらお互いの事を想い合っていたんじゃないか?恋愛的な意味で。東雲春仁さんの体内から出てきた指輪のイニシャル、Sは君のことだと私は思っている。どれだけ調べても東雲さんの周りにSのイニシャルが付く人は君しか居なかったからね」ここからが本題だ、と私は気合を入れ直す。

「殺害方法と動機だが、先ずは方法から話そう。殺害方法は至って単純だ。君は帰りの遅い父親を公園まで迎えに行った。あの公園を通った方が住宅街を抜けるより近い事が実証検分で分かっている。夜は灯もなく誰にも見つからない、あそこは2人に逢瀬の場所、という所かな」彼女は身動き一つしない。これも想定内なのだろう、構わず続ける。

「最初は普段通りだったはずだ。学校での出来事を語り、談笑し合う。しかしそこで想定外の事が起こる。これも想像に過ぎないが、お父さんは君の事を奥さんと間違えてしまったんじゃないか?霜月雪乃さんの写真を拝見したが流石の私も驚いた、君に瓜二つだ。君にとってお母さんの話はタブーの筈だ。幼い頃から君は自分の存在価値を探していた、周囲は君の事など見向きもしない。見ているのは君の中に在る雪乃さん。君を君として見ていたのは東雲春仁と友達の不知火尊さんだけだった」母親の名前を出した途端、彼女は顔を上げ私を睨んできた。その表情は怒りと苦しみを混ぜ合わしている。感情を抑えた声音で私に反論を返す。

「とある人で思い浮かぶのは1人しかいないけどこの際、その事は置いておくわ。確かに私は父の事が好きです。たった1人の肉親なんだから当然ですよ。それは亡くなった今でも変わらない。でもそれは家族愛であって恋愛じゃない。恋愛的な意味で愛し合っていた?何処からそんな妄想が出てくるのかしら」髪をかき上げながら不愉快そうに口を開く。

「確かにあの公園を通った方が近道です。私もそれは知っています。そして父の帰りが遅い時は公園まで迎えに行っていました。それも事実です。母に関してですが、確かに幼い頃は自分の存在価値が分からなかった。周りは私の事なんて見ていない、何時しか私は母を演じていました。子供の頃の話を嫌って程聞かされていたので演じるのは簡単でした。でも父にはばれていました。ぽろっと言った私の言葉で気付いたみたいでした。父に『ごめん』と謝られて以降、母を演じるのは止めました。刑事さんの言う通り、母の話は余り好きではありません。でもそれでも私を産んでくれた人です。母が居てくれたから今の私が存在するんです」正論に正論を重ねられた言葉に私は思わず苦虫を噛んだが、それも一瞬の内に消え去った。

「見つかりました‼凶器です!」蒼井の声で一つ目の真実が暴き出された。

 凶器と思われるナイフは刃渡り10cm程の代物。柄の部分に繊細な細工が施されており、一種の芸術品ともとれる。当たり前だが血液は拭き取られているが柄と鍔の間に微かだが血液が付着している。照合すれば被害者の者と一致するはずだ。私は東雲詩音に証拠を突きつける。

「やっと、証拠が出てきましたな」彼女は何も言わない。腕を組み直し壁にもたれ掛かる。

「詳しい事は署で伺います。ご同行していただきますね?」婦警に促され部屋を出ようとしたその時、玄関の方から聞きなれた声が聞こえる。声の主は今回のホームズといえる人物、不知火尊。走って来たのだろう、息がかなり荒れている。私は何故、ここに彼女がいるのか不思議でたまらない。

「家を出てすぐに詩音からメールが来たんです。【見つかちゃった。】って。どういう意味か分からなくて、でも嫌な予感がして。そしたら見事に予感が当たった」息を整えながら説明をする。だいぶ落ち着いたのか、彼女は東雲詩音の方に歩み寄り、そしてーパシン。乾いた音が辺り一面に響き渡る。音の正体は不知火尊が東雲詩音の頬を叩いたのだ。叩かれた本人もこれは予想外の出来事で目をパチクリさせている。かくいう、私達も驚いた。

「どうして殺した、なんて私は聞かない。聞きたくもない。でも一つだけ聞かせて。以前、愛し方が分からないって言っていたよね。これが詩音の愛し方だったの?」

「そうよ。十人十色、人によって好きな色が違えば性格も異なる。ましてや愛し方も人それぞれ、私にとっての愛し方はこうだったの」呟くと同時に空は雨から細雪に変わっている。通りで寒いわけだ。一つの事件が幕を閉じる。少女2人の心に大きな爪痕を残して。

  

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