5

 あの災難とも地獄ともいえる課題を終わらせた私は残り少ない夏休みをどう過ごそうか考えをひねらせていた。

「夏休みもあと4日か。あっけなかったなぁ」思い返せば夏休みの始めは短期のバイトに明け暮れ、中頃は課題に追われ、極めつけは例の感想文。あれには本当に参った。詩音の手前、あんな風に言い切ったが終わったのは日付が変わる手前。云わずもなが、読んでいる途中で眠ってしまったのだ。おかげでもう一回読む破目になり文章に苦戦しながらも、何とか母親から出されたミッションをクリアした次第。考えてみると夏休みらしい事を何もしていないことに今更ながら気付いてしまった。このまま夏休みが過ぎるのは女子高生のプライドが許せない。どうしたものかと携帯をいじっていると、花火大会の広告が目に入ってきた。日付を見ると今日、何と良いタイミングだろうか。早速、詩音に電話をかけ始める。

「もしもし、詩音。いま電話大丈夫?」

「電話に出ている時点で大丈夫よ。電話をしてきたという事は課題終わったのね、おめでとう」

「ありがとう。何とか無事に終わらしたよ。ギリギリだったけどね。それはそうと、今日の夜、空いてる?近くで花火大会があるんだけど一緒に行かない?」答えは勿論イエス、と疑っていなかった私は詩音の返事に些か驚いた。

「悪いんだけど、その花火大会に一緒に行く人は前から決まっているの。折角誘ってくれたのにごめんね」電話越しからでも分かるぐらい申し訳ない気持ちが伝わってきたので逆にこちらの方が申し訳なくなってくる。

「気にしないで、当日に聞いた私も悪かったし。それにしても驚いた。詩音、私以外に友達いたんだね」つい本音が出てしまったのは致し方ない。

「ひどい言いぐさね。先にいうけれど友達と呼べる人は尊以外いないわ。今日一緒に花火を見に行くのはハルさんよ」ぶっきらぼうに言いながらもきっと照れているのだろう、口調がいつもより早い。私以外に友達がいない発言に嬉しくもなったが私を興奮させたのは後者のセリフだ。たしか、ハルさんと言ったな。

「ハルさんって、詩音の好きな人だよね。一緒に行くってことは、もしかしてデート⁉いいなー。羨ましい!両想いだったんだね、おめでとう!」矢継ぎ早に言葉を並べる私を詩音は遮るようにして言葉を放つ。

「妄想の途中で悪いんだけど、告白はしていないから両想いかどうかは不明なの。あと、デートじゃない。花火を見に行くだけ」デートではないと主張しているが、誰が聞いてもデートにしか聞こえない。しかしこれ以上冷やかしたら電話を切られそうなので話題を変えることにする。

「はいはい、分かった。それで、折角の花火大会なんだから勿論、浴衣だよね。寧ろ、浴衣じゃなかったら怒る」花火と言えば浴衣と言い切る私に詩音は声を低くしながら言う。

「一応持っているけど、着ないといけないの?ハルさんにも同じこと言われたんだけど」この様子だと詩音は浴衣を着たくないらしい。確かに涼しそうに見えて浴衣は着ると暑いのだ。おまけに普段着慣れてないので着崩れもする。はっきりいってデメリットの方が多い服装である。

「まあ、デメリットの方がだいぶ多いけどね。でも、ハルさんだって着てほしいと思ってるよ。誰だって好きな子の浴衣姿、見たいに決まってるもん」男子の心の声を代弁する。

「・・・・・・

、考えとく」だいぶ間が空いた気がするが多分大丈夫だろう。普段は的外れな推理を披露する私だが今日は的中するはずだ。詩音は必ず浴衣を着る、という推理にもならない推理を。

午後19時を回った所だろうか、私は花火会場に来ている。勿論1人ではない。かといって友達とでもない、4つ上の兄、咲耶さくや。愛称は咲兄さくにい。大学2回生で遠方の大学に一人暮らしをしている為、夏休みの間帰省しているのだ。

「何が悲しくて輝かしい青春の1ページを咲兄と過ごさなきゃいけないんだ。解せぬ」

「そのセリフそのままお前に返す。何が悲しくて、妹と花火大会に行かないといけないんだ。出来れば可愛い女の子と行きたかった」

「咲兄、そんな夢物語を言ったらもっと虚しくなるよ。それに可愛い女の子なら目の前にいるじゃないか」

「黙れ。あまりふざけた事言うと、何も奢らねえぞ」

「申し訳ありませんでした、咲耶お兄様。どうぞ無一文の私に何か恵んで下され」

「うむ、苦しゅうない」祭囃子まつりばやしをBGMにしながら軽口をたたく。咲兄にかき氷を買ってもらいながら出店を物色していると中学時代の友人に遭遇、しかも彼氏付き。少し談笑して咲兄の所に戻るとニヤニヤしながら出迎えられた。

「他の友達は彼氏と来ているのにお前は彼氏どころか、友達もいないのか、可哀想に。今日は兄ちゃんが何でも買ってやるよ」傍から見れば妹想いの兄に見えるが腹の中では絶対爆笑しているに違いない。伊達に15年も咲兄の妹をしているのだ、たいていの事は考えなくても分かる。それが兄妹というものだ。私は心の中で兄を罵りながら言葉通りたかる事にした。

「流石、咲兄。太っ腹!じゃあお言葉に甘えて焼きそばとリンゴ飴、ラムネにあと、チョコバナナ買ってもらおうかな」私の注文を聞いて、しまった、みたいな顔をしているがそんな事知ったことではない。自分の言葉には責任を持て。という笑顔を咲兄に送り渋々注文の品を買いにいく背中にざまあみろ、と思いながら私は花火が始まるまで辺りを適当に散策し始めた。ある程度見て回ったがどこをみても出店とカップルだらけだ。世の中リア充ばかりか、こん畜生。段々不貞腐れながら歩いていると人ごみの間を縫って歩いているカップルを発見。見たことのある顔かと思いきや、なんと詩音ではないか。そう云えば詩音に断られたから咲兄と来たんだと今更ながら思い出した。私は1割の罪悪感、9割の好奇心を胸に抱きながら詩音を観察するためにそっと近づいた。きっとハルさんに説得されたのだろう、恰好は浴衣だ。柄は白地に色とりどりの花が咲き散っていて帯は濃紺、髪の毛はアップにしていて簪が付いている。普段から大人っぽいのに更にそこに色気も加わり、とても高校生1年生には見えない。詩音ばかりに目がいっていたのでハルさんに視線を変えることに。歳は20代後半から30代前半といった所か。少し日焼けした肌にきりっとした眉、目は少し垂れ目で可愛らしい印象を受けるが口元は分厚い。要するに、イケメンである。それもかなりの。誰が見ても美男美女カップルだ。その証拠に周りの人たちもチラチラ見ている。しかし、そんなものは視界に入っていないのか気にする様子もなくじゃれ合っている。完璧に2人の世界が出来上がっている。あんな幸せそうな詩音の顔、初めてだ。挨拶ぐらいしようと思っていたが以前、あまり会えないと言っていたから久しぶりの逢瀬のはずだ、邪魔者は撤退するに限る。私は元居た場所に戻ることにした。そろそろ咲兄も帰ってきているだろう。戻ると案の定、咲兄は両手に焼きそばやリンゴ飴を持って立っていた。その顔は不機嫌絶好調を表している。

「尊!お前どこに行ってたんだよ。人に買わせるだけ買わせておいて何処かにいくだなんて。俺、すっごい恥ずかしかったんだからな!」

「ごめん、ごめん。ちょっとトイレにいったら混んでてさ。でもおかげで良いモノ見ちゃった」

「ふうん、初恋の奴にでも会ったのか。そんな事より早く食べな。もうちょっとで花火始まっちまうぞ」さして興味などないのか、咲兄は私に買ったものとは別にはし巻きを食べている。仮に初恋の人に会ったら私は今頃咲兄の所には戻ってきていない。戦利品を食べていると空からドーン!という音と花火特有の火薬の臭いが辺りに広がった。思わず空を見上げると、夜空の上に色とりどりの花火が舞い上がっている。

「綺麗だねぇ」独り言のつもりだったのだが隣から返事が返ってきた。

「そうだな、たまには大きな花火も悪くないな。昔はよく家でしてたけど、最近はしなくなったからな」そういえば小さい頃、家の庭で家族揃って花火をしていたな。私が中学に上がってからはしていないはず。

「ねぇ、咲兄。家に帰る途中にコンビニあったよね?花火買って家でやろう」

「奇遇だな。俺も同じことを考えていた。言い出しっぺはお前なんだから花火はお前が買えよ」仕方ない、散々買ってもらったから今度は私が出すとしよう。

「そうと決まれば膳は急げだ咲兄。早く家に帰って皆で花火しよう!」私は上に咲いていいる花火に見向きもせず走り出した。

「って、おい!まったく、中身は全然成長してないな。待て尊!」やや呆れながらも私を追いかける咲兄も心なしか楽しそうだ。こうして私達、不知火兄妹はコンビニでありったけの花火を買い両親に軽く説教を受けながらも数年ぶりの家族花火を楽しんだ。今頃、詩音もハルさんと一緒に楽しんでいるであろう。

数日後、長い夏休みも終わりを迎え気だるさを残しながらも登校すると既に教室には詩音が座っていた。

「おはよう、詩音。相変わらず来るの早いね。どうだった夏休み?」

「おはよう、尊。貴女も相変わらずチャイムギリギリに来るの、変わらないわね」いつものように言葉を交わし、始業式が始まるので体育館に行くよう教師に促された。1時間ほどで始業式は終り、私は教室に戻りながらこの間の花火大会の事を思い出した。

「そういえば、この前の花火会場で詩音、見かけたよ。浴衣だったね。遠くからだったけどすぐに分かったよ。隣にいた人がハルさん?」うきうき、ニヤニヤしながらイエスの答えを待ち構えていたのに詩音の答えは想像以上の斜め上であった。

「見ていたの。期待を裏切る様で悪いけど、隣にいたの父よ」

「・・・・・・、っは?ちちって、お父さんの事?」

「それ以外ないじゃない」

「いや、いや、いや!遠くからだったけど、隣にいた男の人、めっちゃ若かったよ!詩音のお父さん何歳なの?」それぐらい若かったのだ。あの時、詩音の隣にいた男性は。

「確か・・・、今年で35歳だったかしら。うちの両親、学生結婚だから。私が生まれた時、父は丁度20歳だったわ」

35歳、通りで若いはずだ。それじゃ見間違えてもおかしくはない。冷静にあの日の事を思い出してみる。云われてみれば、目元が似ている気もするが。しかし、あの雰囲気はどう見ても恋人たちが出すそれだ。

「ハルさんと行くんじゃなかったの?」当初の予定では詩音は想い人、ハルさんと行くはずだった。そう言うと詩音は少し困った顔をした。

「その予定だったんだけど、急に仕事が入ったらしくて。その代りと言っちゃなんだけど、久しぶりに仕事が休みだった父と花火を見に行ったの」

「そうだったの。それは残念だったね。それにしてもお父さんと行くなんて詩音、もしかしてファザコン?」ちょっとおふざけ感覚で言ったつもりだったのだが、さも当然の様に宣言された。

「父一人、子一人だもの。ファザコンになって当然じゃない」その言葉は詩音だからこそ言えるセリフであった。そうだ、彼女には肉親と呼べる人は父親しかいないのだ。私はハッと気付きすぐさま謝った。

「茶化してごめん。そうだよね、別に普通だよね。私だって花火大会、お兄ちゃんと行ったし。家族なんだから当たり前だよね」務めて明るく言ったつもりだったのがどうやら私は墓穴を掘ったらしい。

「いや、私の家はともかく、一般家庭は小さな子どもがいるなら一緒に行くだろうけど、この歳で、ましてや兄弟で行くのは、それは只のブラコンね」励ましたつもりがまさかこんな風に返ってくるとは。

「えっ?私、ブラコンなの?」

「知らないわよ。でも、今までの話を聞く限り、ブラコンのしつはあるわよ」

「まじか」今まで考えた事もなかった。確かに私は小さい頃は咲兄にべったりだった。それはもう、両親が呆れるほどには。しかしそれも小学生の高学年辺りからは落ち着き、中学に上がるころには兄離れしていたはずだ。

ウンウン悩んでいると、クスッと笑い声が聞こえた。云わずもなが、詩音である。

「ちょっと、笑わないでよ。こっちは真剣に考えているのに。詩音があんなこと言うから今、こんなにも悩んでいるのに」

「ふふ、ごめんなさい。でも、ブラコンでもいいじゃい。お兄さんの事、嫌いじゃないんでしょう」

「嫌いじゃないよ、だってたった2人の兄妹だもん。嫌いになるはずがない」この世界で2人だけの兄妹なのだ、喧嘩はたまにあるけど嫌いになる程ではない。次に日には仲直りだ。

「それでいいのよ。ほら、答えはいつもすぐ近くに、そしてシンプルでしょう」どうやら私は簡単な国語の、感情の問題をいつの間にか出されていたらしい。少し釈然としないが私たちは教室に戻る事に専念する。

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