1
あの衝撃ともいえる入学式から1カ月は過ぎただろうか。始めの何日かはクラスの子は詩音に寄り付きもしなかったが、しかしヒトという生き物は恐怖心よりも好奇心が勝ってしまうらしい。最初は挨拶程度の会話、それを皮きりに徐々に会話が増え人が増え、今では他の子たちも詩音と会話を交わしたりするまでになった。尤も、詩音自身からは語りかけもしなければ話題も振らないのだが。基本彼女は一人、もしくは私といることが多い。その事に若干の優越感を感じるのは致し方ない。ふと隣にいる詩音を見ると彼女はトイレに入っていく女子生徒を鬱陶しそうに眺めていた。
「どうして今の女子たちは、たかがトイレに行くだけに団体でいくのかしら。理解に苦しむわ」愚痴をこぼしている最中であった。
「仕方ない、入学してまだ1カ月ちょっとだもん。みんなはぶられないように、輪の中から零れ落ちないように必死なのよ、私達と違ってね」詩音の愚痴に相槌を打ちながら私は彼女について思考を巡らしていた。たかが1カ月されど1カ月、共に行動していて彼女・東雲詩音について分かった否、気付いたことを発表しよう。容姿はこの間も述べたように美少女、そして優等生を絵に描いた生徒、しかし中身は良く言えば天邪鬼、悪く言えば皮肉屋といったところか。ヒトはこれをツンデレ、と呼ぶのだろうがそんな可愛いものじゃない。はっきり言って歩く批評家だ。成績は新入生代表なだけあって優秀。つまり見た目だけ取れば教師一同が
「その表情から察するに何か考え事かしら?」
「まあ、そんなところ、たいしたことじゃないから」まさか詩音の事をとは言えない。
「ふうん、私の事を見ていたからてっきり私の事かと思ったわ」にやり、という効果音がつきそうな笑顔でしかも端から答えは分かっているぞ。みたいな顔をされたら、見てしまったら私に残された選択肢は一つしかない。
「はあ、そうですよ。私、不知火尊は東雲詩音の事を考えていました!これで満足?」詩音は満足そうに頷いた。
「なに?詩音はエスパーなの。それとも私、顔に出ていた?」自慢ではないがこれでも隠し事は上手い質なのだ。
「いいえ、見事にポーカーフェイスを保っていたわ。単に私はそういう事を見破るのが得意なだけ」事もなげに告げる姿はさながらどこぞの名探偵を思わせる。
「まるで名探偵シャーロック・ホームズね」短く感想を述べる。
「じゃあ尊はワトスン君でもしてみる?」早速、助手役に誘われてしまった。
「生憎、推理力はさっぱりなの。ホームズ君」軽く相槌を打つ。中々良いテンポではないか。
「私はホームズよりモリアーティ教授の方が好みよ」推理なんぞ全くの専門外だがこれだけは言える。はっきりいって華の女子高生がする会話ではない。これではただの推理マニアの討論ではないか。このままでは永遠に推理討論になりかねないと思い私は話題を変えることにした。もっと女子高生らしい会話、もとい友達の会話を楽しみたい。
「もう少しで1カ月ぐらい経つけど好きな子とか出来た?」我ながらいい線の内容である。「そういう尊はどうなの?」
「こら、質問を質問で返さない。今尋問しているのは私ですよ、ホームズ君」この答えに彼女は呆れとも取れる笑顔で言う。
「だから私が好きなのはモリアーティ教授よ。残念だけどその質問にはノーコメントよ。ついでだから推理してあげる。貴女も好きな人なんていないでしょう」
「断言するねぇ。その根拠は?」この流れはヤバいと私の何かが告げている。何故なら背中には冷や汗、という物体が流れているから。そんな私を横目に詩音は得意げに言葉を放つ。
「そうね、強いて言うならこの1カ月貴女と行動を共にしたけれど、不知火尊という人物から恋愛特有の恋する乙女、的な表情は一切なかったからよ」自身満々に断言されてしまう。実際にその通りなのでもはやぐうの音も出ない。
「お見事、としか言えないけど一つだけ文句を言わせてくれ。私にだって恋する乙女の表情くらい出来るわ!」すっかり拗ねてしまった私をみて詩音はやれやれという感じでため息をひとつ落とす。
「拗ねないでよ。分かったわ、お詫びのしるしにさっきの質問に答えてあげる」
「ほんと!教えておしえて!」
「・・・さっきまで拗ねていたのにもう機嫌が直るなんて現金ねぇ」すぐに機嫌が直る、変わるのは私の得意分野だ。詩音は今度こそ呆れ顔になりながらも答えてくれた。
「・・・、好きな人ならいるわ」やっと女子高生っぽい話になってきて私は興奮を隠せない。
「どんな人なの?」
「そうね、最愛にして最哀のひと。とでも言っておくわ」彼女が表現した言葉の意味がよく分からない。ご丁寧に紙に書いてくれたがさっぱりだ。やはり推理方面は私の専門外のようだ。「よく意味が伝わらない、もう少しかみ砕いて言って」ちゃめっけを含ませてもう一度尋ねる。
「悪いけれど、この表現以外思いつかないの。でも、あえて違う言い方をしたら『最も近くて最も遠いひと』。これくらいの言葉しか浮かばないわ」詩音は諦めにも似た表情で肩を下げた。私としてはさらに謎が深まる一方だ。きっと分かりませんオーラが出ていたのだろう、さりげなくフォローされた。
「あまり深く考えなくていい。だってこれは恋愛と呼んでいいのか私自身にも分からないもの」そう言う詩音の顔は本当に自身でも分からないのだろう。僅かに眉間にしわが寄っている。せっかくの美人が台無しだ。とりあえず、東雲詩音について分かった事を追加する。彼女には『恋』と、読んでいいのか分からない恋愛を心に忍ばせている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます