面影を追う
蓮見蓮
序章
「十人十色、人によって好きな色が違えば性格も異なる。ましてや愛し方も人それぞれ、私にとっての愛し方はこうだったの」細雪が降る中で『彼女』は独り言のように呟いた。いや、実際には私や『彼女』を逮捕しに来た刑事たちにも聞こえるぐらいの音量だ。私が『彼』対して行ったのは殺人ではない、愛情表現なのだと。だが、周囲からして見ればこの現場は殺人容疑で逮捕され掛かっている現場にしか見えない。警察が居て犯人がいる『彼女』の言葉を理解できる人間はきっと第三者である私だけだろう。だが理解こそ出来ても私は納得も共感もそして、共有も出来ないだろう。例え十年、二十年経っても私はきっと納得しないのだろう。刑事が彼女に何かを伝えている、これから署に連行するのだ。それを私はただ見送る事しか出来ない。私に出来ることは彼女に起こった出来事を嘘偽りなく語ることぐらいだ。これは『彼女』と私と『彼女』が愛した、愛した故に起きてしまった、起こしてしまった悲劇であり、喜劇のお話だ。
私こと
「暖かい日差しの中、芽吹き始めた草花までもが私達を祝福しているかのように感じられる今日のよき日、私達新入生350名は この月乃宮高校に入学することとなりました。『高校入学』という一歩は、私達が今まで経験したどのスタートよりも期待と希望、同時に大きな不安と緊張も含まれた一歩だと思っております。義務教育からの解放、それは、自由に進む道を選べるようになることだと思うと同時に、自分の選択一つ一つに今まで以上に大きな責任が伴います。私達新入生一同は、この新たな仲間達と共に本校の名そして自分自身に恥じぬよう、この学校で卒業を迎えるまでの3年間の日々を精一杯悔いの無いよう過ごすことをここに誓います。」ここまでは普通の祝辞。しかし次の瞬間、彼女はこう述べたのだ。
「この暖かくも生温い高校3年間を有意義に、堕落していく生徒を見届けたいと思っております。新入生代表、東雲詩音」彼女は校長の目の前で淡々と澄ました顔で、凛とした声で爆弾を落としのだ。彼女は一礼し祭壇から降りて行った。その後は想像通りというか生徒らは勿論、教諭ひいては保護者らもまるで時が止まったかのようにシン・・・となっていたのだが、これまた次の瞬間、騒ぎ出したのは言うまでもない。周りが騒めいている中、私の耳には騒音など聞こえていなかった。頭の中は彼女、東雲詩音でいっぱいだったのだから。思わず、「あの子、面白い」そう呟いた私の声はきっと騒音にかき消され誰にも聞こえてはいないだろう。彼女一人を除いて。何とか騒ぎを収集した教師に連れられて教室1‐Aに入った。そして一番に視界に写ったのは騒ぎを起こした人物、東雲詩音だ。どうやら先に入室していたらしい。周りの子たちはヒソヒソ何か言っていたが私の感想は『なんてラッキー!』である。普段は神など信じないがこの時ばかりは神様とやらを信じてやろうではないか。私は早速、件の人物・東雲に声を掛けることにした。
「さっきの挨拶、あれは本音?それともそう読むように書いてあったの?」少し冗談を混ぜて思った事を音に乗せた。
「いいえ、渡された手紙には書かれてなかったわ。どうやらみんな緊張している様だったから少し笑わせただけよ」さらに、
「さっきの貴女でしょう?私を見て面白いと言ったの」彼女は私の顔を見てそう答えた。どうやら気付いていたらしい。流石は新入生代表、抜け目がない。
「笑わせた?私の勝手なイメージだけど貴女そんなタイプには見えないよ」私は思っていた返答と違っていたので更に言葉を加えた。
「そう?私、周囲を和ませるの得意なのだけど」今度は少し可笑しそうに笑いながら答えてくれた。
「っぷ、あははは!」私はその答えがなんだか面白くて笑ってしまった。だって優等生を絵に描いた様な少女が祝辞で爆弾を落とし、ましてや真顔で生徒の緊張を解きました、なんて言われたら笑わずにはいられないだろう。仮に大衆が冷ややかな目で見ても私はきっと笑っているだろう。
「私の名は不知火尊。尊って呼んで。貴女といたらきっと退屈しなくて済みそうよ、東雲詩音さん?」私は笑顔で自己紹介をした。
「私の名前は、どうやら言わなくてもよさそうね、これからよろしくね。尊ちゃん」と、少し意地の悪い笑顔で言われてしまう。まさかちゃん付けで呼ばれるとは。4月8日月曜日。私、不知火尊と東雲詩音は目出度くも、衝撃的で刺激的な一日が閉じたのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます