異世界へ!

青樹加奈

本編

「異世界に行きたい!」


 親友Fが独り言のように言う。隣でビールを飲んでいた俺は、Fの様子にいつもの事かと思った。


「なあ、異世界に行ける機械作ってくれよ」


 俺は発明家だ。Fといつものパブで揚げたジャガイモを頬張っている。Fは最近離婚した。務めていた会社が倒産して、収入がなくなった途端に奥方は男を作って出ていったらしい。


「なにもかも捨てて、異世界に行ってしまいたい」

「異世界なあ。作ってみてもいいが、そもそも、異世界ってなんだ?」

「中世ヨーロッパ風の世界でよ。美女がわんさかいて、魔法が使えるんだ」

「そこで何をするんだ?」

「そりゃ、勇者となってだな。いや、魔法戦士の方がいいかな。それでもって、竜や魔王をやっつけるのさ」

「ようするに、RPGの世界か。だったら、ゲームをしてればいいじゃないか?」


 Fはわかってないなという顔で俺を見た。


「ゲームなんて、ヴァーチャルな世界じゃなく、リアルな冒険がしたいんだ。いいか、例えばだな、旅行に行く時、旅先の情報を集めるだろ。旅行会社のパンフレットの写真を見たりするわけだ。だけど、実際に行って見るとだな、これがまったく違う。写真と現実とでは雲泥の差があるだろう? ちがうか?」

「確かに」


 俺は揚げたジャガイモを一つ、口に放り込んだ。塩味が口に広がる。375mlのビール瓶に口をつけ、流し込んだ。炭酸が喉を落ちて行く。ビール会社が研究に研究を重ねた喉ごしのうまさだ。塩味とビール。ふと真夏の海辺を思い出す。そういえば、初めて泳ぎに連れて行ってくれたのも親友Fだったな。ふいに透明な波が足首を洗う感触がよみがえった。十歳で相対性理論を理解していた、いけ好かないガキを普通の子にしてくれたのは親友Fだった。


「よし、わかった。研究してみるよ」


 Fの願いを叶えてやりたい一心で俺は異世界を研究することにした。




 この宇宙には、銀河系だけでも2000億個の恒星があると言われている。銀河系のような島宇宙がさらに2000億。恒星の周りには惑星があるだろう。そんなこんなで考えれば、人が住める星はごまんとあるだろう。が、総てこの宇宙、つまり我々の住んでいる世界の物理法則に従っている。

 どう考えても、魔法は俺達の物理法則に反している。

 魔法が使える世界、すなわち、人間が持つエネルギーを大きく膨らませ、そのエネルギーを呪文や杖などによって一定の方向性を与えられ物理的に現実化出来る世界と位置付けていいだろう。

 だが、そんなことは我々の物理法則では出来ない。

 つまり、魔法が使える世界とは、我々とは異なった物理法則を持つ世界ということになる。

 とすると、多元宇宙説にのっとって魔法世界を探すのが論理的だろう。多元宇宙説というのは、この世界と平行してほんの少し違った世界があるという奴だ。

 俺はその理論に基づいて、魔法が使える世界を探す事にした。見つけなければそこに行く方法もわかるまい。

 というわけで、まず異次元探索ユニットを作った。この機械は多元宇宙を探索する機械だ。探索範囲は三次元的に考えた。時間軸をいれるとややこしくなる。

 私の作った機械は休み無く働いた。各次元毎に探索した結果をデーターベース化していく。

 やがて、チンという音がして探索範囲のデーターベースが出来上がった。

 私は「魔法」というキーワードで検索をかけた。魔法の概念は機械に教えてある。

 検索結果がモニターに表示される。かなりの数に登った。魔法さえ使えればいいというのではない。さらに人間が居住可能かどうか、絞り込む。中世ヨーロッパ風の世界というのも大事だ。

 あれやこれやで、条件にあった世界を見つけた。No.79741192の世界だ。

 俺は早速Fに連絡をした。Fは家を売って安アパートに引っ越していた。家を売った金は奥方への慰謝料に消えたらしい。今はビルの警備員の仕事をしている。

 そういえば、Fは昔から体を鍛えていたな。ボクシングや柔道、狩猟も趣味でやっていた。ナイフも銃も使える。彼ならどんな世界でもサバイバルに生きて行けるだろう。


「おい、あったぞ。おまえの条件にぴったりな世界が」


 Fは喜んでやってきた。俺は見つけた魔法世界をモニターに映し出して見せた。中世ヨーロッパ風の衣装を着た人々がうろうろとする中、いかにも魔法使い風の老人が呪文で岩を砕いている。


「おい、やったな。やっぱりあるんだ。異世界が。で、ここにはどうやって行けるんだ」


 俺は、探すのに一生懸命で、実際に行く方法を考えていなかった。


「まさか、見るだけなんて言わないよな?」


 Fが皮肉そうに言う。


「すまん」


 Fはがっかりした様子で、ため息をついた。


「まあ、見つけただけでももうけもんだな。時々、見に来ていいか?」

「いいとも、いつでも、来てくれ」


 Fは時々やってきた。魔法使いが魔法を使う様子を楽しんで見ている。その横で俺は異世界へ行くゲートをコツコツ作っていた。もう少しで出来そうだ。


「おい、こいつら、戦争を始めるみたいだぞ。大丈夫かな?」


 No.79741192の世界には二つの勢力があるらしかった。魔法使いが必死になって戦争を回避しようとしているようだとFが教えてくれた。

 とうとうゲートが出来た。異世界とここをつなぐ門だ。親友Fに連絡する。Fは早速やってきた。


「すぐに行けるのか?」

「ああ、行けるとも!」


 俺達は抱き合って喜んだ。魔法世界だ。本物の冒険が待っている。だが、しかし、俺はこちらの世界にいなければいけない。何かあった時、こちら側に引き戻す人間が必要だ。


「さあ、行って来いよ。俺はこっちで、おまえをモニターしているからさ」


 Fが俺を見て、ちらりと悪いなという顔をした。


「取り敢えず、会社には有給届けをだしたよ。渋い顔をされたが、土日とあわせて五日は休める」

「そうか。だったら、スマホをもっていけ。ゲートから電波を飛ばすよ。魔法世界だ。おまえの生体エネルギーでスマホは動く筈だ」


 Fが俺に礼を言って、旅立って行った。

 俺はFが異世界で魔法使いに会いに行く様子をモニターで見ていた。Fの高揚した気分が伝わって来る。

 が、いきなり魔法使いの家が吹っ飛んだ。魔法使いの家を中心に虚無のような真っ黒な穴が広がって行く。


「まずい!」


 俺はアンカービームを発射した。ビームでFを保護、ゲートに引き戻した。Fがあちらのゲートの前で、「何するんだ」と喚いたが、世界が崩壊していくのを見た途端、青くなってこちらに戻って来た。


「な、なにが起きたんだ」


 俺は探査機に調査させた。


「……No.79741192の世界は何らかの魔法によって消滅したと思われます。魔法の残滓が暗黒空間に残っていますが、世界を構成していた総てが消滅しました」


 俺はモニターに映し出された魔法使いの老いて苦悩に満ちた顔を思い出していた。どこか思い詰めたような顔をしていた。


「あの魔法使い、戦争を止めるために一か八かの大きな魔法を使おうとして失敗したのかもしれんな。推測だが」


 Fはがっかりしたようにため息をついた。


「消えてしまったものは仕方ないな。残念だが……。他にはないのか? 似たような異世界は?」


 俺は二番目の候補にしていた世界、No.11583232のゲートを開いた。


「おい、なんだ、この世界は。真っ暗じゃないか?」


 俺はFの背中を押した。


「何するんだ!」


 Fの体が真っ暗な空間に浮かぶ。俺はゲートを閉めた。

 Fが暗闇で喚いてる。


「何も見えないじゃないか! 灯りをつけろ!」


 途端に世界が明るくなった。


「苦しい! 息が出来ない。空気をよこせ。大地と水」


 Fが喚く度に世界が出来て行く。


「おい、この世界はなんだ? 要求通りになるぞ」

「その世界は君が作るんだ。魔法の使える世界にしたかったら、七日の間に作れ。七日間ならおまえの望んだ世界になるぞ」

「なんだ? その七日っていうのは? 俺の有給休暇は五日しかないんだぞ!」

「だったら五日で作れ」


 Fは突貫工事で世界を作った。

 Fは大雑把な人間だったが、その方が良かったのだろう。ある程度作るとあとは自然にまかせた。

 五日目の夜、Fはゲートにやってきた。


「おまえに感謝するよ。素晴らしい世界だ」

「いや、作ったのはおまえだから」

「それでもだ。手付かずの世界を丸々一個くれた。ありがとうよ。俺はこっちで暮すよ」


 Fがそういうだろうと思っていた。こちらの世界でFは失意の人生を歩んでいる。妻に捨てられひとりぼっちだ。それなら、新しい世界で好きに生きて行った方がいいだろう。


「実はな、おまえに紹介したい人がいるんだ」


 ギリシャ風のローブをまとった若い女がこちらに向って歩いて来る。

 その顔を見て、俺ははっとした。

 彼女はそっくりだった、Fの別れた奥方に。


「おい、今度は捨てられるなよ」


 俺は冗談を飛ばした。


「ああ、大丈夫だ。蛇は作らなかったからな」


 Fがにやりと笑った。




(了)

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