第4話 #3 戦乙女

『Ready......GO!』


 審判ジャッジメントAIの流暢だが無機質な発音が試合の開始を告げた。


 久瀬マリアvs碓氷愛理

悪夢姫ナイトメア・マリア》vs《運命の三女神の過去ラケシス》。

 空戦騎"刀-Katana-"カスタム『巴御前』vs空戦騎"ウォーサイズ"カスタム『バルキリー』。


 試合開始と同時にふたりは騎体脚部のホイールを展開し。最大稼動で突っ込んだ。まるで申し合わせたかように。これぞ一騎打ちジョストの醍醐味だとでも言うように。その証拠に、ふたりの口許には笑みが浮かんでいる。強敵と相対したときに自然と浮かぶ喜悦の笑みだ。


 中世ヨーロッパの騎士たちの馬上槍試合なら騎乗槍ランスを構えていたところだだろう。だが、現代のそれである機槍戦トーナメントにおいては手にするのはレーザーエッジだ。


 二騎の機械仕掛けの騎士マシンナリィ・ナイトは中央で激しくぶつかり合い、鍔迫り合いにも似た力比べとなった。


 昴流は左右のレーザーエッジをクロスさせて押し込もうとし、対する愛理は右腕の一本のみ。にも拘らず力は拮抗している。


 不意に愛理が余らせていた左手にあるライフルの、その銃口の下からビーム刃が飛び出した。銃剣ベイオネットだ。それを下から上へと振り上げ、斬りつける。


「わあっ」


 咄嗟に昴流は相手の押し返してくる力を利用して、後ろへと離脱した。それまでいた座標をビーム刃が通過する。判断が遅れていれば、さっそく一撃もらっていたところだ。


 昴流はそのまま一度距離をあけることにした。


「おっと、逃がさないよ」


 愛理は振り抜いたビーム銃剣ベイオネット付きアサルトライフルを、今度は銃として構え、引鉄を引いた。

 光の尾を引きながら光弾の掃射が『巴御前』を襲う。


 昴流は、高速で後退しながら大きく左右に蛇行してそれを避ける。そうしつつ腰背部にマウントされているビーム洋弓銃アーバレスト『孔雀』を取り出し――撃つ。昴流の洋弓銃型ライフルには突撃銃のような連射性はないが、その代わりに引鉄を引くたびに五条のビームが扇状に発射される。


 だが、拡散ビームの広角射撃も、うまく見極めた愛理にかわされてしまう。


 ようやく一発ヒット。

 しかし、距離による威力の減衰でダメージはそれほどでもなかったようだ。


「……下がりすぎたか」


 ならば、と――昴流は脚部のホイールを収納し、腰を落として地を滑りながら制動をかける。そうして完全に止まると同時に、両肩部からビームを放った。

 肩部三連ビームディスチャージャーから放たれた、合わせて六条のビーム砲撃が『バルキリー』に襲いかかる。


「遠距離射撃は苦手かな? 追尾ホーミング性能に頼っていると……」


 愛理が不敵に笑う。


 次の瞬間、あやまたず命中するはずだったビームは『バルキリー』の騎体から逸れていってしまった。そのまま目標を見失ったかのようにあらぬ方向に向かうと、壁や天井、はるか後方の床などに着弾し、そこに施された対ビームコーティングによって霧散した。


「ビーム撹乱膜!? いや、ジャミングかっ」


 驚愕する昴流をよそに、愛理はビーム銃剣ベイオネット付きアサルトライフルを上腿部に引っ掛けると、腰背部にマウントしていたロングライフルに持ち替えた。右手で抱えて持ち、左手で支えて――撃ち込む。


 が、さすがに狙って撃つだけの芸のない射撃なので、これは昴流も悠々と回避した。


「なんというか、戦い易し倒し難し、だなぁ」


 困ったように苦笑する。


 正直な感想を言えば、今の攻防だけならば愛理が強敵だという印象はなかった。例えば、茉莉花と格闘戦でやり合えば一撃が致命傷になりかねない怖さがある。火煉と高機動戦にもつれ込んだら、追いつくのがやっとで一方的な展開になりそうな予感がある。


 だが、愛理からはそういったものを感じない。にも拘らず、どの距離で戦っても隙がないのだ。

 まさしく戦い易く倒し難い、だった。







 コントロールルーム――


「マリア、戸惑ってますわね」

「……でしょうね」


 最初の攻防を見た火煉と茉莉花が神妙に言葉を交わす。


 ふたりはコンソール前に座り、固唾を呑んで試合の行方を見守っていた。その後方には女教師、南郷良子もいる。


 火煉にはマリアが戸惑っているのが手に取るようにわかった。むりもない。愛理は、一見してわかりやすい得意距離レンジがないように見えて、そのくせ格闘戦、中距離射撃戦、遠距離砲撃戦、どんな場面でもおそろしく高水準で戦ってみせるのだ。


 基本に忠実な武装と高い戦闘能力で、どの距離でも戦えるオールラウンダー。それこそが愛理の駆る『バルキリー』という騎体なのだ。


「マリア、楽しんでいる場合ではないわよ。愛理にはまだ武器があるのだから」


 当然、それだけでキルスティン最強を名乗るまでになったわけではない。《運命の三女神の過去ラケシス》の代名詞とも言うべき兵装があるのだ。先のジャミング機能もその一環だ。うかうかしていると秘策を出せないまま、それに飲まれて終わってしまうかもしれない。


「それにしても……」


 と、火煉は思う。


 もともとバランス型である"ウォーサイズ"を、その特性を維持したままカスタマイズしたのが愛理の『バルキリー』だ。それ自体大きく間違っているとは思わないし、それで器用貧乏にならないのも彼女の才覚なのだろう。だが、騎士乗りナイトヘッドとしてランキングの上を目指すなら、得意とする戦い方を見つけ、それを伸ばすべきだ。トップランカーは必ずと言っていいほど何か一芸に秀でている。火煉も何度かそう提案していた。にも拘らず、愛理はよりいっそうそのオールラウンダーぶりに磨きがかかっているように見えた。


 彼女はいったいどこを目指しているのだろうか?


「現状で満足しているなら赦さないわ……」


 或いは、もう上を目指していないのだとしたら?


 火煉は唇を噛んだ。







「隙が、ないですね」


 昴流は素直な感想を口にする。


「そうカスタマイズしたからね。私はどの距離でも戦えるよ」


 その声を高感度センサーで拾って返す愛理は余裕の様子。


「電子戦はどうですか?」

「もちろん、と言いたいところだけど、私もさすがにそこまではね」

「でも、案外指揮管制能力は高そうですね。オールマイティに戦えることとあわせると、まるで指揮官騎だ」

「……」


 しかし、愛理は、今度は答えなかった。


 代わりに、右腕のレーザーエッジを伸ばす。……くる! 昴流も身構えた。


「さて、休憩は終わりだ。この私に勝つのだろう? やってみせてもらおうか」


 続けて再びホイールが回転をはじめ、『バルキリー』がローラーダッシュで間合いを詰めてくる。


 突撃チャージか? 

 いや、最大稼動ではない。


 ならばここからの戦形はいくつも考えられる。


「まずは……火の精霊サラマンダー


 愛理が言葉を発するとともに『バルキリー』の騎体背部から何かが射出された。


 飛行砲塔だ。

 数は二基。それぞれが二射し、合計四発のビームが『巴御前』を貫く。昴流は咄嗟に防御姿勢をとって威力を軽減させるが、無視できるようなダメージではない。


「ええいっ」


 慌てて『孔雀』をかまえ、狙いもそこそこに引鉄を引く。


 だが、


「……水の精霊ウンディーネ


 次の瞬間、『バルキリー』の前面に力場――対ビーム薄膜が展開した。新たに射出された四基の浮遊誘導子がそれを形成しているのだ。


 昴流から見た『バルキリー』は、まるで水の膜を通したかのように像が揺らいで見えた。


『孔雀』から放たれたビームは水の精霊ウンディーネによって急激に威力を減衰され、与えるダメージはほぼ皆無となった。


『バルキリー』が迫る。

 消滅しかけの対ビーム薄膜ウンディーネを通り抜ける様は、まるで水面みなもという扉を押し開けて現れたかのようだ。


 もう射撃武器を撃ち合うには近すぎる距離だ。昴流は『朱雀』を捨て、両の腕のレーザーエッジを伸ばした。


「いいのかい? 足もとに、ほら、地の精霊ノームが」

「えっ?」


 愛理の不気味な指摘と――直後の衝撃。


 昴流は己の足もとに視線を落とす。と、そこには『巴御前』の右脚部に巻きつく電磁ボーラがあった。まったく視認できなかったところを見るに、光学迷彩ステルス機能も付与されているのだろう。


 どうする?

 昴流は判断を迫られる。


 先にボーラを振りほどくべきか? このままでは錘を足につけているようなものだ。しかし、そうしたところで脚部の駆動系が麻痺していることには変わりない。ならば、不利を承知でこのまま愛理を迎え撃つか?


 だが、結果として判断するような時間はなかった。


「遅いっ」


 すでに愛理が、『バルキリー』が、目の前にいたからだ。


 繰り出される無数の突き。

 アサルトライフルの掃射並みの間断ない衝撃に、昴流は思わずたたらを踏む。


 そして、最後に、とどめとばかりに踏み込みを伴った渾身の刺突が昴流を襲った。あまりの威力に吹き飛ぶ。


「因みに、」


 愛理に追撃する様子はなく、勝ち誇った調子で語る。


「さっきのジャミングは風の精霊シルフの悪戯だよ」


 なるほど、と昴流は理解した。

 どうやら彼女の騎体は戦士などではなかったようだ。その名の通り、戦乙女。それも四体の精霊を従えた戦乙女だ。


「で、どうするのかな? これで終わりとか言うんじゃないだろうね?」


 愛理が勝者の貫禄をもってと問いかける。


 確かにここまでの戦いの勝者は彼女だろう。――ここまでは。ここからの勝者となるためには、やはり当初の予定通り『巴御前』の魔術騎として力が必要なようだ。


 騎体内部で魔術サーキット『ロジックエージェント』が静かに回りはじめる。


「まさか」

「そうこなくてはな」


 楽しげに応じる愛理は、おや、と何かに気づいたようにかたちのいい眉をかすかに動かした。マリアの目に好戦的な、炎にも似た光が宿ったのを見てとったのだ。


 しかし、彼女はその目を閉じ――、


 次の瞬間だった。

『巴御前』の前面、もっと正確に言えばマリアの眼前に、何かが現れた。


 まずは円。

 続けて、その中に奇妙な文様や記号。


 愛理は知らない。これが魔方陣と呼ばれるものだということを。


 魔方陣の中心に力が集まる。

 そして、


「これがボクの、隠し技です!」




 一ツ目巨人サイクロップス




 昴流が閉じていた目を開き、魔方陣を通して愛理を睨みつける。と同時、『衝撃』の概念が具現化されて撃ち出された。

 それはまるで巨大な目から放たれた眼光のようだった。


 巨人の眼光が戦乙女を撃ち抜く――。

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