第4話 #2 試合前(2)
場所は戻って、キルスティン女学園の学生寮。
碓氷愛理は二階にある自室の窓から、つれだって寮を出ていく火煉とマリアを見ていた。
「さて、じゃあ、私も行くとしようか」
ジャージに身を包み、出かける準備を整えながらも、こうやって彼女たちと意図的に出ていくタイミングをずらしたのは、こんなところから早々に顔を合わせても居心地が悪かろうと思ってのことだった。
「マリア姫との試合かナ?」
後ろからそう問うのは愛理のルームメイトにして、キルスティン女学園の生徒会長、六花=ヴァシュタールだ。彼女は中東の小国からの留学生で、褐色の肌に、愛理と同じくショートの髪はややくすんだ金色で少しウェーブがかかっている。総じてエキゾチックな容姿だ。
「そう。いつかはと思っていたけど、まさかこんな早く機会が巡ってくるとはね」
「こんなことなら『フレイの剣』を完成させておくんだったネェ」
「いいさ。完成が早いにこしたことはないが、あれはどの道、
『フレイの剣』は、愛理と六花が共同で製作している、愛理の
だが、愛理は特に完成を急ぐつもりはなかった。先にも述べたが、仮に完成していたとしても校内の大会や、ましてやただの模擬戦で使うつもりはない。披露するのは
「そんなこと言って。ただ単にカレンに言われたことがショックでヘコんでただけのくせに」
「ぅ……」
図星という名の星が頭に落ちてきて、愛理は小さくうめいた。
六花の言う通りだった。
あの日、火煉に思わぬ指弾を受け――思い悩んでいる間に『フレイの剣』の完成を逃してしまったのだ。
「それが、まぁ、今はずいぶんとゴキゲンだ」
「そうかな? まぁ、強い
愛理は嘘は言っていない。
ただ、彼女自身自覚していない部分があるだけだ。
あの日、教室を訪ねてきた久瀬マリアに、愛理なら屋上にいるだろうと六花はおしえてやった。その直後だ。どこか吹っ切れたように上機嫌で愛理が教室に戻ってきたのは。聞けばマリアと
実は愛理の機嫌は、目もとのタトゥーシールに表れることを、ルームメイト三年目の六花は知っている。あの日帰ってから今日まで、連日お気に入りのシールを貼っているし、今日に至っては左右に大小の星がワンセットずつ。最高に機嫌がいいときのものだ。
尤も、それは『勝負シール』と同じ意味であり、それだけこれからの試合にかける意気込みを窺わせるものでもあるのだが。六花はマリアに同情を禁じえなかった。
「彼女は強いらしいね」
愛理は嬉しそうに言う。
聞くところによれば、火煉、茉莉花と互角に渡り合ったとか。学校側から与えられた位階は
しかも、マリア自身は自分に勝ってみせると豪語してのけた。
そんな彼女とこれから槍を突き合せようというのだ。
(しかも、彼女は何か隠している……)
碓氷愛理は恐ろしく直感のはたらく少女で、それは往々にしてことの本質を見抜く。その彼女の直感が告げているのだ。久瀬マリアは何かを隠してる、と。その正体はまだわからないが、彼女に秘密があることは確信している。今回の非公開試合もきっとそれによるものだろう。
「だったら、なおさら『フレイの剣』があったほうがよかったんじゃないカナ?」
「しつこいぞ、六花。あれはこんなところで使うものじゃない。あれがなくとも私は勝つ。なぜなら私はキルスティン最強の
現に火煉、茉莉花と幾度となく模擬戦を繰り返してきたが、愛理が勝ち越している。当然、『フレイの剣』などない状態でだ。マリアは彼女たちと同等の実力をもっているようだが、所詮はそれだけでしかない。ならば、そのマリアに愛理が負ける道理はないのだ。
「……行ってくる」
愛理はスポーツバッグを拾い上げると、それを肩に引っ掛け――まるでここではないどこか遠くを見据えたような顔をして、部屋を出ていった。
六花はそれを見送り、肩をすくめる。
「キミはこの戦いで何を得るんだろうね?」
そして、その表情を真剣なものに変えると、
「或いは……ヘタをしたら、何か大事なものを失うかもしれないよ?」
そして、午後六時五十分。
キルスティン女学園の
そこに役者が一堂に会していた。
一般的な女性用の
茉莉花は、いちおう立会人という立場なので、どちらの側にも寄らず、中立的な立ち位置。
そして、少し離れた壁際には、昴流や茉莉花の担任教師、南郷良子がもたれて立っていた。着ているのは仕立てがいいにしても単なるパンツスーツのはずなのだが、この女軍人のような麗人にかかると、まるで軍服のようだ。
彼女は、火煉が
ただ、気のせいでなければ、先ほどから南郷は昴流のことを見ているように思えた。そこまであからさまではないものの、もとより目つきが鋭いせいか、こちらに注視した際には突き刺さるような視線を感じるのだ。昴流がこのキルスティンにきて以降、公式ルールに則るかたちで実力を示すのはこれが初めてだ。彼女は早くも今からそれを見極めようとしているのかもしれない。
不意に愛理が手を差し出してきた。
「今日はどうかよろしく頼むよ」
どうやら握手のようだ。
昴流は素直にそれに応じる。
「こちらこそ」
「……余裕ね」
口をはさむのは火煉だった。
「自分のほうが強い。胸を貸してやるって気持ちが透けて見えるようよ」
「おや、そうかい? この前、火煉に言われたからね、そういうのは表に出さないようにしていたんだが」
「っ! 愛理、あなたは――」
「火煉さん」
だが、今にも食ってかかりそうな火煉を、昴流が呼び止めた。愛理だけに向き合ったまま声と掌で火煉を制し、続ける。
「これはボクと愛理先輩の試合だから」
「……そうね」
おとなしく引き下がる火煉。
気づいたのだ。昴流がもうこちらを見ていないことに。愛理しか見ていないことに。
確かにこの場に彼を引っ張り出したのは火煉だ。だが、ひとたびここに立てばひとりの
「でも、」
と、昴流。
「ボクも火煉さんと同じ気持ちです。……戦いもせずに自分のほうが強いと思わないことです。この試合、ボクが勝ちますよ」
「怖い怖い。マリア姫は怖いな」
しかし、愛理は動じた様子もなく、おどけた調子で肩をすくめてみせる。
「怖いから君が何を隠しているか、先に教えてもらえないだろうか」
「すぐにわかりますよ」
むしろ逆に牽制をしてくるくらいだった。
「では、ふたりとも、そろそろ準備をお願いいたします」
これまで黙っていた茉莉花が促す。普段穏やかに話し、これまでいくつもの
昴流と愛理は互いの顔を見てうなずき合い、同時にブレスレットに触れた。
「さぁ、いこうか」
「こい」
ブレスレットから光の粒子があふれ出す。それは量子化されて圧縮格納されていた情報であり、それぞれふたりの体を覆うと、
昴流はいつも通り。漆黒の騎体――愛騎『巴御前』。
一方、愛理は――、
それ蒼色の騎体だった。
そして、意外にも目を惹くような特徴がなかった。火煉の『グラキエス』のようにスピードを追求した細身の騎体でもなければ、茉莉花の『アウロラ』のような格闘戦に特化した重装甲の騎体でもない。よく言えば、バランスの取れた騎体だ。
想起するイメージは、戦士。
それも戦うために生まれた歴戦の勇者といった佇まいだ。
(ベースは、"ウォーサイズ"、かな?)
昴流はその外見から予想する。
確かにその通りだった。空戦騎"ウォーサイズ"のカスタム騎。愛理はこれを『バルキリー』と名づけている。数々の試合や大会をこれで戦い続けてきた、彼女の愛騎だ。
「では、所定の位置に」
今度は火煉が指示した。
二騎の騎体は、それぞれを脚部からホイールを出して、
他方、火煉、茉莉花、南郷の三人は近くのドアからその中へと這入った。
そこは簡易のコントロールルームだった。
すでに電源の入っていたコンソールを火煉が操作すると、まずは正面の壁がスクリーンになる。それを通して『バルキリー』と『巴御前』が所定の位置――中央で百メートルほどの距離を開けて相対しているのを見てとると、次にマイクの電源を入れた。
「判定は
『了解』
『わかった』
ふたりからの返事が重なる。
「では、三分後に試合開始よ」
その三分で昴流と愛理は戦闘態勢を整える。
昴流は拡散ビーム
そして、愛理のほうはというと、まずは左手にライフル型の携行兵器。それから腰背部に細身ながらも長砲身のロングライフルがマウントされている。おそらく標準装備であるレーザーエッジはよほどの理由がない限りわざわざ削ったりはしないだろうから、ここでも大きな特徴のない基本に忠実な装備一式と言える。
(何かまだ隠しているのか、それとも……)
とりあえず、何が出てきてもいいように、心構えだけはしておく。
昴流は火煉という情報源がありながら、予備知識は仕入れていなかった。逆に愛理は情報をかき集めているかもしれないので、必ずしもそれがフェアとは言えないのだが、これが彼のスタンスなのだ。
尤も、今回に関しては昴流が奥の手を出す気が満々なので、そのあたりの負い目があったのかもしれない。
やがて、
『試合開始三十秒前です』
『Lance of Peace』
「「 I promise. 」」
昴流と愛理が声を合わせて返答した。
宣誓はなされた。
時が刻々と刻まれ――これまでの二分三十秒よりも長い三十秒が流れる。
『Ready......GO!』
ついに《
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