第8話 王女級(クラス・プリンセス)
茉莉花は更衣室の前の廊下で、火煉と立ち話をしていた。
扉の向こうでは今、マリアが着替えているはずだ。火煉の話では、彼女の体には何かの傷跡があるらしい。そんなことは気にしないので話でもしながら一緒に着替えようと思ったのだが、あえなく断られてしまった。こういうのは周りではなく、本人の気持ちの問題なのだろう。
因みに、キルスティン女学園では登下校は必ず制服でと決められている。寮住まいで近いからと言ってジャージで帰ることは許されていない。
「辛勝でしたわ」
茉莉花は先の模擬戦を振り返ってつぶやく。
しかし、その口調に悔しさのようなものはなく、まるで素敵なものに出会ったかのように明るかった。実際、彼女の中で興奮が未だくすぶっているのを自身も感じていた。
「あの条件で辛勝だと、ちゃんとしたルールのもとで戦ったときにはもっと苦戦するわよ」
「どういう意味ですの?」
「あの子はまだすべてを出し切っていない。あなたもそうなのはわかっているけど、本気を出したマリアはもっと多彩な攻撃をしてくるわ」
別に茉莉花の気持ちに冷や水を浴びせたいわけではのないだろうが、火煉は警告のように真剣な口調でそう告げた。
「火煉先輩は彼女と公式に近いルールで戦ったと聞いています。結果はどうだったのでしょう?」
マリア自身はもうちょっとだったと言っていた。果たして、本当のところはどうだったのだろうか。疑うわけではないが、火煉本人からも感想を聞いてみたかった。
「あなたと一緒よ。辛勝。正直、次も勝てるという保証はどこにもないわ」
「……」
《
不意に、久瀬マリアという少女が何か得体のしれないもののように思えてきた。
研修制度など聞いたこともないキルスティンに、降って湧いたように突然やってきた研修生。しかも、その期間は未定という話だ。
そして、そのパンドラの匣を開けてみれば、いったいここで何を学ぶのかというほどの実力。
「火煉先輩。マリアは何ものなんですの?」
「外部からの研修生」
「では、いったいどこから連れてきたのでしょうか?」
「聞いてない? 私が街の演習場で見かけて、強引に引っ張ってきたのよ」
「……」
火煉の返事は淀みなく、そして、マリアの話とも合っていた。だからと言って嘘ではないとは言い切れない。綿密な打ち合わせをしていれば、これくらいの口裏を合わせることは十分にできる。無駄でももう少し問い質してみるべきだろうか……?
茉莉花が次手を決めかねていると、
「おまたせ……って、え?」
更衣室からマリアが出てきたのだが、ふたりの間に漂うただならぬ空気を感じてか、戸惑いの声をもらした。
茉莉花は改めて彼女を見る。
マリアはところどころレースのあしらわれた
「帰りましょうか、マリア」
同じ気持ちだったのか、火煉も微笑む。
「そうですね。……じゃあ、茉莉花様。ボクはここで」
「ええ。また明日、ですわ」
そうしてマリアは火煉と一緒に帰っていった。
その背中を見送り、茉莉花はマリアの素性などもうどうでもいいと思っていた。先の模擬戦で感じた興奮が再び目を覚ます。
彼女といれば自分は今より強くなれる――そんな気がするのだ。
図らずもそれは、火煉が感じたことと同じなのだが、当然茉莉花は知る由もない。
茉莉花との模擬戦から一週間ほどがたったある日の夕刻。
「南郷先生からの速報よ。マリアの位階が決まったわ」
学生寮の部屋でそろそろ食堂に行こうかと話していたところに、火煉の携帯端末にメールが届いたのだった。差出人は昴流のクラス担任の南郷だ。
あの戦いをきっかけにして、昴流は演習の授業にも参加していた。その回数、三回。さらに放課後の自主練にも騎技科の先生が見にきていたようで、それらを判断材料にしてついに位階の判定が下ったらしい。
「結果から言えば、
「火煉さんの期待には応えられなかったかぁ」
昴流は床でクッションの上にあぐらをかきつつ、天井を仰ぎ見た。
とは言え、それでも第二位の位階である。
「いえ、単に学校側としては外部からの研修生を
「なのかなぁ?」
昴流は首を傾げる。自分が女王級などというたいそうなものに相応しいと思っていないのだ。
しかし、南郷が言っているのならきっとそうなのだろう。あのにこりとも笑わない寡黙な女軍人の如き担任教師は、生真面目で公平な目を持っている。
「知ってる? マリアが学校で何て言われてるか」
「え、何それ怖い。僕、陰で何か言われてるの!?」
「ええ」
と、火煉はうなずき、笑みを見せる。
「それはね――」
それは女王級、八重垣茉莉花と互角の戦いを繰り広げ、あと一歩のところで及ばなかった久瀬マリアを評して囁かれる、彼女のみの位階。
「
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