第7話 #2 模擬戦
昴流はちょうど誰もいなかった更衣室で手早くジャージに着替え、演習場へと戻った。
火煉が心配そうな表情で近づいてくる。
「本当にやるの? あの子が勝手に突っかかってきてるだけだから、別につき合わなくてもいいのよ?」
「ううん。やるよ」
せっかく《
昴流は茉莉花へと歩いていく。
「待たせたかな?」
「いえ、全然。心情的には待ち遠しかったくらいですけど」
「……」
他意はないのだろうが、どことなく怖くなる台詞だった。一方的な戦いにならなければいいが、と思う。
「じゃあ、さっそくはじめましょうか。……きて」
茉莉花は左手首のブレスレットに触れ、呼んだ。量子化による圧縮格納をしていた騎体が顕現する。
深紅の騎体だった。
想起させるイメージはまさしく騎士。それも高貴なものがドレスの上から甲冑をまとい、最前線で指揮を執る、姫騎士だ。
機能的でありながらも美しく飾った甲冑のようなフォルム。それを茉莉花が身にまとうと、ため息の出るような優美さだった。
空戦騎"ツヴァイハンダー"カスタム、『アウロラ』だ。
「さぁ、いこうか」
続けて、昴流も漆黒の騎体、『巴御前』を呼び寄せる。
「素敵な騎体ね」
「茉莉花様も」
先ほどまでの険のある表情はどこへやら、ふわりと笑みを見せる茉莉花に、昴流は内心で「あれ?」と思いつつ言葉を返した。
互いに後ろに下がり、十メートルほどの距離を開ける。
位置につくと、茉莉花は棒状のものを実体化させた。最初、槍かと思ったが、先端からビーム刃が飛び出した。形成されたのはみっつ。槍の穂先と片刃の斧、それに鉤爪。
さらに反対の手には、体の大部分が隠れてしまいそうな大型の盾。
「マリア、茉莉花のスタイルは――」
「ううん。言わなくていいよ。茉莉花様も僕のことは知らないだろうしね」
そばにきて言いかけた火煉を、昴流は言葉を重ねて制する。
火煉はため息をひとつ吐いてからその場を離れた。
「マリア」
茉莉花の声だった。
「模擬戦は、飛行はなしで接近戦のみ。もちろん、火器も禁止とします。よろしくて?」
「いいよ、それで」
うなずきながら昴流は、ビーム
(あと、魔術も禁止、と……)
これは気持ちで封じるしかない。
この『巴御前』は
「火煉先輩、合図をお願いできますか?」
「……わかったわ」
火煉は心なしか呆れたようにうなずくと、制服につけていた校章を外した。
「これが落ちたら試合開始よ」
異論のないふたりは何も言わず、無言をもって了承した。
火煉は深呼吸ひとつ分の間をおいて、
「Ready――」
校章を指で弾いた。
それは高く高く宙を舞い――そして、落下。床に落ちると硬質な金属音をかすかに響かせる。
同時、昴流と茉莉花は脚部のローラーを展開。欠片の躊躇いもなく突っ込み、次の瞬間には中央で衝突していた。
火煉との戦いでも開幕に同じことがあったが、あれは火煉が昴流の意表を突くためにやったことだ。しかし、今度は違う。何かの策ではない、純粋なる激突だ。
「ようやくマリアの実力がこの目で見られますわね」
間近で茉莉花は優雅に微笑む。
それは彼女がいつも周りに見せている笑みだった。
昴流はようやく察した。
「なるほど。ボクはころっと騙されたらしいね」
まだ茉莉花と知り合って日は浅いが、あんなふうに突っかかってくるのは彼女らしくないと思っていた。だが、それもどうやら昴流をこの場に引っ張り出すための演技だったらしい。彼女は単に昴流と戦ってみたかったのだ。
茉莉花は微笑みを崩さない。
そうしながら開幕直後の激突からの力比べは続いていた。
茉莉花の『アウロラ』は、見た目に反して強烈なパワーを持っているようだった。今のところ一見して力比べは拮抗しているが、少しずつ昴流が押されつつある。しかも、茉莉花のほうはまだ余裕があるのが見て取れる。『巴御前』では力負けは必至だ。
昴流はタイミングを計って一歩下がると、電光石火の二連撃を放つ。が、それは彼女の持つシールドによって防がれてしまった。
お返しとばかりにビームハルバードが横薙ぎに振られ、昴流は身をかがめてやり過ごした。頭上で重い風斬り音が鳴り、背筋が寒くなる。やはり『アウロラ』は優美なフォルムとは裏腹に、とんでもないパワーファイターのようだ。
「かわしましたか。では、これならどうです」
「っ!?」
繰り出される連撃。
薙ぎ、払い、斬り、突く。時には指運のみであえて無意味に旋回させ、タイミングをずらした上で、その遠心力を利用して襲い掛かってくる。
昴流はそれをレーザーエッジでしのぎなら、自分の認識を改めた。
最初、茉莉花はパワーファイターにありがちな一撃一撃が重い分、手数が少ないスタイルなのだと思っていた。だが、これはその予想を覆すような連続攻撃だった。騎体と武器の重さをまるで感じさせない流麗な動きだ。
『
「さすが茉莉花様……」
誰かがつぶやいた。
演習場の片隅で茉莉花が模擬戦の準備をはじめたときから、それに気づいた生徒から順々に手を止め――今やこの場にいる全員が固唾を飲んで見入っていた。
「あの子は防戦一方ね」
「ええ、完全に茉莉花様のペースだわ」
果たしてそうだろうか?
実際、焦りを覚えはじめていたのは茉莉花のほうだった。防戦一方ということは、つまりひたすら猛攻をしのいでいるということに他ならない。彼女の中に、ここまで長く『
「ボク、耳はいいんで」
茉莉花の焦りを読んだかのように、昴流はそう口にして笑みを見せる。
「耳?」
「そう。だから、こんなこともできる」
「!? そんな……」
茉莉花が驚くのもむりはない。あろうことか昴流は目を閉じたのだった。だが、それでも彼女が繰り出す猛攻を防いでいる。
これは八極拳においては『聴勁』と呼ばれる技術だった。
実際には昴流が言ったような耳で聴く力ではなく、目に見えないものを感じる力である。第一段階としては、触れた相手の力の流れを感じること。そこから次の行動を読むことができる。次の段階になると、触れずとも気配や勁を感じることができるようになる。これができれば背後からの攻撃すら避けることが可能だろう。
昴流は今、茉莉花の攻撃を捌き、しのいでいるが、実際には彼女自身に触れているわけではない。あくまでも武器や
最終的に達人は、相手の感情まで読むのだと言われている。
昴流が閉じていた目を開いた。
それを皮切りに変化が生まれる。相変わらず茉莉花の猛攻をしのぎ続け――それどころか、今度は逆にわずかな隙を突いてレーザーエッジで斬りつけてくるのだ。
「『
そうはさせまいと茉莉花も連携の回転速度を上げる。互いに防御よりも攻撃に重きを置いたことで被弾が増え、次第に状況は斬撃の浴びせ合いの様相を呈してきた。
「すごい……」
周囲でため息まじりのつぶやきがもれる。
『巴御前』のレーザーエッジは左右で二本。一方の『アウロラ』はビームハルバード『
しかし、受けるダメージが違った。防御力では『アウロラ』に軍配が上がる。最終的に受けるダメージは『巴御前』のほうが大きいだろう。
「さぁ、どうしますの? このまま続けていたら、わたくしの勝ちですわよ」
この状況の終着点が見えたからか、やや余裕を取り戻した茉莉花が問いかける。
無論、わかっているのは昴流も同じだ。
「そうだね。……じゃあ、こういうのはどうだろう?」
昴流は繰り出された大振りの一撃を、受けると見せかけて寸前で回避した。
超重兵器で宙を切った茉莉花に隙ができ――そこにすかさず昴流が踏み込んだ。まるで茉莉花が小さく丸まった昴流を抱きとめるかのようなかたちになる。
「飛び込まれた!? ですが、こんな密着状態で何ができるというのです」
確かに間合いの広い武器を持つ相手には、その間合いの中に飛び込むのが常道だ。だが、それにしても昴流は踏み込みすぎだった。これでは茉莉花の『
それでも昴流はさらり言ってのける。
「あるさ。……こういうのが」
「ああっ!?」
次の瞬間、茉莉花の『アウロラ』が吹き飛んでいた。――零距離、無挙動の打撃、『暗勁』による肘撃だ。
「くっ」
「えっ?」
不意に引っ張られるような感覚があった。
見れば『巴御前』の脇腹に、『アウロラ』のビームハルバード『
「はあああぁぁぁ!!!」
「わわわわっ」
打撃のダメージにその美しい相貌を苦しげに歪めながらも、力の限りに引き寄せ、そのまま回転運動へと移行。一回転したところで跳び上がり、
落下の勢いを利用して、昴流を床に叩きつけた。
「かはっ!」
背中から落ちた昴流は、あまりの衝撃に肺の中の空気をすべて吐き出した。一瞬息が止まる。
ままならぬ呼吸に喘ぎながらも、それでもどうにか立ち上がると――そこには茉莉花が待ち構えていた。無論、手にはビームハルバード『
「まずっ……」
しかし、もう遅かった。
再びハルバードによる無限の猛攻が、昴流を襲う。
薙ぎ、
払い、
斬り、
突く。
多彩な変化と派生を持つ連続攻撃も、昴流にかわす余裕も防ぐ力も残っていないとなればもはや意味はなかった。後は昴流が倒れるまで止まることはない。
そして、最後はシールドチャージだった。
大盾を前にかざした茉莉花の強烈な
「スパイク! 撃ちます!」
「うわあああっ!」
そこから飛び出した無数のスパイクが『巴御前』を吹き飛ばした。
辛うじて空中で姿勢を立て直し、両足で着地して地に転がるような無様は避けたが――そこまでだった。立っているだけの余力はなく、膝をつくと同時、ダメージ超過で騎体が解除された。実体を失った『巴御前』が光の粒子となって飛び散る。
勝敗は決した。
茉莉花の勝利だった。
演習場に静寂が満ちる。誰もが言葉を失くしていた。
「あの茉莉花様が、あんな戦い方を……」
だから、誰かのつぶやきは我知らずのもの。
そう。昴流は当然のこと、キルスティン女学園の誰もがこんな姿の茉莉花を見たことがなかった。彼女は泥臭くなりがちな格闘戦を主としながらも、いつも姫のように優美に、騎士の如く凛々しく、姫騎士『アウロラ』を駆って戦ってきた。それがまるで命の削り合いのような戦いを繰り広げ、それを制して勝利した後も言葉を発せないくらいに息を切らしている。
初めて見る八重垣茉莉花だった。
「でも、きれい……」
「うん……」
しかし、その姿もまた、この場に居合わせた生徒たちを魅了したのだった。
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