第11話 Kの死

 その年の6月2日にKは死んだ。それは、あまりにも唐突に訪れた。

 報道によると、Kは死ぬ一週間前から自分の家を出て、都内のカプセルホテルを転々としていた。太一がKに会った日から3日後、警官が彼のアパートを訪ねた。その時点では、Kはまだ重要参考人の一人に過ぎなかったらしい。しかし、Kはその日から家に帰らなくなった。警察が無人のKの部屋に強制捜査を行い、重要な証拠品をいくつも発見した。かくしてKは、疑いようのない真犯人となった。

 6月2日の朝、捜査官たちが新橋駅近くのカプセルホテルを訪れた。ホテルからの通報に基づくものだ。Kは地上4階のトイレの窓から外へ脱出し、欄干をつたって下に降りた。その後Kは、なぜかJRの新橋駅に向かった。通勤客で溢れる改札を強硬突破して階段を駆け上がり、東海道線のホームに出た。

 おそらく、Kは人混みに紛れて逃げようとしていたのだと思う。朝8時の新橋駅東海道線ホームは、駅を降りて会社に向かう人や、山の手線や京浜東北線、それから地下鉄線に乗り換える人でごった返していた。Kは、その人の波を全力で走り抜けようとした。彼は厚い人の壁にぶちあたり、勢いあまって線路に落ちてしまった。その時点で怪我をしていただろう。そこへちょうど入ってきた上り電車から、Kは逃げることが出来なかった。

 世間を震撼させた事件は、Kの死によって呆気なく幕を閉じた。その日以降、何日もKの犯罪や彼の過去が報道され続けた。太一は呆然として、テレビに流れるKのニュースを見ていた。何しろ太一は、あの日何も言わずに帰ってから彼に会っていなかった。いきなり死んだと言われても、受け入れるのは無理だった。

 太一をさらに悲しくさせたのは、Kが小さいうちから実の妹に性的な、そしてサディスティックな暴力を振るっていたという報道だった。報道番組のキャスターたちは、それが稀代の犯罪者であるKの本質を露わす事実だと、執拗なまでに繰り返し指摘した。妹の身体には無数の傷が残っており、Kの両親たちはその事実に気づいていたという。しかし、Kの両親たちは児童相談所に報告するにとどめ、Kを少年院に入れるなどの根本的な対策を怠ったと、ほぼ全ての報道機関は断じていた。

 Kは確かに妹と上手くいっていない、嫌われていると言っていた。全部自分のせいだと言っていた。太一は、報道の全てを信用する気になれなかった。テレビに出演する解説者のように、インチキくさい心理分析をする気にはなれなかった。だが、妹との関係が、Kに大きな影響を与えていたことは間違いなかった。Kは、この世にハッとするほど美しいものがある、と言っていた。その一つが、実の妹だったのだろうか?。その一つが、少女を切り刻むことだったのだろうか?

 Kが死んだ日から、何度も太一の部屋に人が訪れた。何度も呼び鈴が鳴らされ、乱暴にドアがノックされた。しかし太一はその全てを無視した。どうせ、警察かマスコミだろう。そんな奴らとKについて話す気になれなかった。電話線は抜いてあったので、電話に煩わされずに済んだ。部屋の灯りを全て消し、布団をテレビに被せた。そうして太一は、Kを取り上げるニュース番組を探した。来る日も来る日も、彼の犯罪に関する報道を見続けた。早朝にコンビニに出かけ、新聞を数部購入してKの記事を探した。太一はKに会う代わりに、彼のニュースを追い続けていた。そのほとんどは同じ内容の繰り返しだった。

 しかしKが死んで2週間も経つと、彼を取り上げる報道はぱたりとなくなった。皆、彼に飽きてしまったようだった。

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