星の森、降る降る (2)
月のない晩の満天の星。夜空はとても綺麗だった。
ただ、雄日子が眺めにきた流れ星は、なかなか降らなかった。
二人で寝転んで夜空を眺めていたが、雄日子がぽつりといった。
「――飽きたな」
「あなたって、そういうところがあるよね。気長に見えるけど、じつはそうでもないよね」
セイレンは愚痴をいいつつ、ぱっと顔を輝かせた。
「そうだよね、飽きたよね。奇遇だね、わたしははじめからとっくに飽きてるよ。もういいじゃないかよ、帰ろうよ。館で寝ようよ」
「いいや、せっかくおまえが館をつくってくれたんだ。ここで眠ってみたい」
「ここにいたら、わたしは眠れないんだよぉ――」
宮の外にいるせいで、寝ずの番につく守り人はセイレンただ一人なのだ。館に戻れば、話をつけさえすれば藍十や赤大が後役を代わってくれるだろうが。
夜空を眺めるために、寝床は野原寄りに移していた。
寝転んだふたりにも、
ときおり吹く強い風は、木が遮ってくれた。その都度さらさらと鳴る葉擦れの音は、川辺で耳にする澄んだ水音にも似る。青味を帯びた星明かりのもとで過ごす夜は、爽やかだった。
夜の森の気配に浸るように、雄日子は一度目をとじた。
「でも、ここで過ごすのを僕は気に入った。なら、話でもしようか」
雄日子は頬杖をついてごろりと身体の向きをかえて、寝転んだままセイレンを向いた。
「心地のよい場所にいると、考えごとも深まっていく。いまも、僕は新しいことを思いついた。僕が思いついた話を聞いてくれるか? こんな話だ」
と、雄日子は、淡々と話しはじめた。
「あるところに、蛇がいた。大きくもなく小さくもなく、どこにでもいるふつうの蛇だ。その蛇には子どもが三匹いた。一番うえの子蛇の名はカカセオで、二番目の子蛇の名はウハバミ、三番目の子蛇の名はオロチ。カカセオにはさらに子蛇が三匹いた。上の子蛇の名はカカ、二番目の子蛇の名はヲカバミ、三番目の子蛇の名はホウヅキ。さて、ここまでで蛇は何匹いたかな? それから、カカにも子蛇が三匹いて、一番上の子蛇の名はミズチ、二番目の子蛇はカガチ、三番目の子蛇は――」
大勢を導く男なので、どんなたいそうな考えごとをしたのかと、はじめのうちはじっと聞き入っていたのだが。
なぜか、蛇の名をつらつらと口にするだけだ。
「あのぅ――なんの考えごと?」
「つまらないから、おまえが眠くなる話でもしようかと」
「どういうこと?」
「わざと面白くない話をして、もくろみどおりにおまえが目の前で寝てくれたら面白いかな、と」
「はあ?」
思わずセイレンは、半身を起こした。
星を見るのに飽きたからと、目の前にいるその男は、人をからかって遊ぼうとしているのだ。
かっとなって、セイレンは文句をいった。
「なんて奴! そんな手にひっかかるわけないじゃないかよ」
「そうか。すまなかった」
雄日子はあっさり詫びた。でも、セイレンの苛立ちはおさまらなかった。
「負けるもんか。わたしが面白くない話をして、あなたを眠らせてやる」
「それは困るな」
「やだよ。やられたんだもん。やり返すよ」
「仕方ない。なら、お手柔らかに頼む」
雄日子はさっきからずっと同じ調子だ。星明かりをやんわりと浴びたまま、くすくす笑っていた。
ようし、いまに見てろよ。あっというまに寝かせてやるからな。
セイレンは、そばで寝転ぶ雄日子の笑顔を見つめて、「いくぞ?」と、にやりと笑った。
「あるところに、魚がいた。ふつうの魚で、焼いて食べると美味しい。魚の名は一彦で、子どもの魚が三匹いて、上から順に、二彦、三彦、四彦。二彦にも子どもの魚が三匹いて、ええと、二、三、四ときたから、五彦、六彦、七彦。二彦にも子どもの魚が三匹いて、ええと、七まできたから、八彦、九彦……」
「二彦が出てきたのが三度目だ。二彦は、五彦と六彦と七彦の親だったろう?」
雄日子がくっくっと笑っている。
セイレンは真剣に指を折って数えていたところだったので、大声で文句をいった。
「じゃまするなよ! どこまで数えたかわかんなくなったじゃないかよ!」
雄日子はまだ笑っていた。息をつまらせたように肩を震えさせている。
話しかけても、雄日子は肩を揺らすだけで、しばらく答えなかった。
「なにがそんなにおかしいんだよ。魚の名前をいっただけだよ」
「名づけ方がへたすぎて――」
「は? へた?」
「焼いた魚が美味しいのも、じつにいいことだ」
「なんだよ、なにがそんなに――」
「おまえといると面白い。ああ、笑った」
雄日子は、夜風を吸い込むような深呼吸をした。
ひと騒ぎしてからもう一度空を仰ぐと、ふしぎなことに、飽きたと話していた時よりも星がきらめいて見える。
セイレンは目をごしごしとこすった。
「夜が更けたからかな。星の光が強くなったような――」
美しい星空だ。
とはいえ、雄日子が眺めにきた流れ星はまだ降らなかったし、星の動きはもともとゆっくりだ。
眺めているうちに、まぶたはだんだんとろんとさがってくる。
ついに、ふわあ――とあくびが出た。
雄日子が、セイレンに顔を向けた。
「眠ればいいよ。僕が起きているから、星が降ったら起こそうか」
「そんなわけにはいかないよ。わたしは、あなたの寝ずの番をしにきてるんだよ?」
「前役と後役に分けるだけだ。おまえは先に休んで、星が降ったあとに後役として起きて、守ってくれればいい」
「役を分けるって、あなたと? あなたが寝ずの番をするっていうの?」
雄日子は主だ。湖国の若王で、いまや、湖国だけでなく多くの国の人が、この男に仕えている。その男と寝ずの番を分けあうなど、ありえないことだ。
「いやだ。だって、藍十や日鷹だったら、こういう時にあなたに役をまかせて眠らないだろ?」
「大丈夫。あのふたりも、きっと寝るよ」
「うそつき!」
さすがに、付き合いが長くなってくるとわかる。
雄日子はセイレンを寝かせようとしていた。
しかも、子どもにでもかまうような扱いだ。
「絶対にいやだ。一回しくじってるんだもん。しないよ、居眠りなんか」
「お役目熱心なのは、ありがたいことだ」
雄日子は苦笑して、それ以上はいわなかった。
なら、話でもしようか――ということになった。
「それにしても、おまえは本当に星に興味がないのだな。流れ星がたくさん降るといったら、幼な子だったら目をきらめかせそうだが」
「それはね、わたしが幼な子じゃないからだな」
セイレンは雄日子を睨みつつ答えた。
「いまも子ども扱いをしたでしょう? そうやっていつもわたしをからかうよね?」
文句をいっても、雄日子はいつもの調子だ。
「気づかれたか」
そういって、悪びれもせずに笑っている。
「幼な子ではなくても、流れ星は見たいと思うものではないのかな。僕も、その星が見たいと思ってここにいるわけだが」
「だって――さっきもいったけど、星を見たってお腹はいっぱいにならないじゃないかよ。よく眠って早起きして、狩場にでも出かけて獣を狩ったほうが、腹がふくれて幸せになるよ」
「おまえがいうことはわかる」
ふうん、と、雄日子は話を続けた。
「流れ星は見たことがあるのか?」
「あるよ。雨みたいに星が降るやつでしょ?」
何度かは、セイレンも流れ星を見たことがあった。
「見ようと思って見たわけじゃなくて、たまたま外に出たら星が流れてたんだ。べつに、めずらしいものじゃないでしょ? ただ星が降るだけだよ」
はじめて流れ星を見たのは、セイレンが七つだったか、八つだったか、子どもの頃だ。
夜中に外に出て空を見上げたら、いくつもいくつも星が降ってくるので、見つけた時、幼いセイレンは驚いた。
はじめは腰を抜かしかけたけれど、里の人たちが「流れ星だ」と噂をしているのを聞いて、いいことを知ったと、セイレンは家に駆け戻ったのだった。
●参考文献「蛇 日本の蛇信仰」(著:吉野裕子、講談社学術文庫)
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【書籍情報】
6月15日に、書籍版『雲神様の箱』の3巻が角川文庫から発売します。
今回もかなり改稿しています。
なんと、文庫巻末には「書き下ろし」と記載されてました。改稿したから?
web版との違いをお手元でお楽しみいただければ嬉しいです。
https://www.kadokawa.co.jp/product/322102000823/
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最新情報はTwitterにて!
円堂 豆子:@endo5151 (https://twitter.com/endo5151)
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