星の森、降る降る (1)
セイレンと雄日子の物語です。
二人の関係性は、ストーリーが進むごとに少しずつ変わっていきますが、2巻の後、または、カクヨム版の2話が終わった後くらいの設定になります。
そのあたりまでのネタバレを含みますので、気になる方は本編を読んでからお読みになることをオススメします。
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星が降ったよ――と、
それはそれは美しい、雨のように降る星だという。
「今宵は朔の日か。月のない晩なら、星はさらによく見えるだろう。見たいな」
雄日子がそういうので、「なら、供を」と、星見の守りを探すことになった。
とはいえ、樟葉の宮はいまや大賑わいだ。
戦を終えたばかりで、湖国からやってきた兵で溢れかえり、軍の
「夜通しの守りか。
「あいつは無理だよ、おやっさん。船着き場にくわしいからって、湊を整えるのにずっと出払ってるし」
「
「
「なら、おまえは――」
「だよなぁ。わかったよ。おれがお仕えするよ」
「だが、おまえも田に出かけていたな。水路の整備はどうなった?」
「まだだよ。でも、湊と宮ほど人がかかわってるわけじゃないし、手伝ってくれてる
赤大と
そのうち、二人の顔が、揃って「あっ」とセイレンを向くことになる。
「いた――なにもしてない奴がいた!」
「セイレン、おまえ、ひまそうだな」
そういうわけで、その晩の寝ずの番は、セイレンが任されることになった。
船着き場が整えられていったり、兵が寝泊まりをする家が建っていったりと、
丸太を運んだり家を建てたりするのに、兵たちは驚くほど慣れていた。ほんのわずかな命令をききさえすれば、示し合わせたように働く姿は、熟練、卓越という言葉が似合った。
すこしでも役に――と、セイレンも輪に入って手伝いたかったけれど、男たちがするように、館を建てる
もっといえば、男たちが話している言葉もよくわからなかった。
「
「
ただでさえ知らない言葉をみんなが早口で話すので、
数日経ってみて、セイレンが編み出した手伝い方といえば、邪魔にならないように隅っこにいることくらいだった。
「いいよ。雄日子の寝ずの番くらい、やるよ」
悔しいが、引き受けるほかはないというものだ。事実、セイレンはひまだった。
「雄日子様は宮の外に出ての星見をお望みなんだっけ? セイレン一人で平気かな」
藍十は心配したが、赤大は苦笑した。
「あの石をちらつかせれば、誰もこの子に近寄らないのではないか?」
あの石というのは、〈雲神様の箱〉のことだ。
もともとセイレンは湖国軍にたったひとりでいた娘で、よく目立った。
あの娘はふしぎな雲を吹くのだと、噂もすぐに広まって、樟葉の武人や里者たちの中には、出くわすなり「あの娘だ……」とぎくりとして、足をとめる者もすくなくなかった。目が合えば眠らされるぞ――と、脅えられることもあった。
当のセイレンは、べつだん気にならなかったけれど。
その人たちが脅えるようなまねをするつもりなどなかったので、間違ったことをいっているなぁと、それだけだ。
(わたしを嫌いな人のことなら、わたしもたぶん嫌いにしかなれないもの)
誰かが近くにいないと不安になるほど人恋しいわけでもないし、わざわざ近づかなければいいだけのことだ。藍十や赤大や、寄りたい人のところに寄っていればよいのである。
それに、故郷の里にいた時は、もっといやな目つきで睨んでくる人ばかりと暮らしていた。その頃とくらべれば、いまの暮らしは楽ちんすぎるくらいだ。
――ほら、やっぱり。あの里を出てきてよかったんだよ。
セイレンは、胸の底からそう思っていた。
日が傾きはじめた頃、雄日子と二人で宮を出ることになった。
「おまえが星見の守りを引き受けてくれたのか。ありがとう」
「みんなが忙しかったから。あなたはひまなの?」
セイレンは、雄日子をじろじろと見た。
この男こそ忙しい身で、星を見にいきたいなどと、道楽に耽る時間があるはずがないが。
「気晴らしにな。みんなが動きはじめたからだ。僕が忙しいのはたいてい誰よりも先で、ほかが忙しくなると落ち着くのだよ」
「ふうん?」
この男はいつも難しい言い方をする。いっていることがわかるような、わからないような――それも、いつものことだ。
出かける先は、宮からすこし離れた森のそば。
兵たちが野宿をする野原のそばだが、人が行き来したり飲み食いをしたりするあたりからはほどよく離れて、静かに過ごせる場所だった。
「いい野原だ。一晩過ごす宿にするなら、支度をしなければいけないね。では、頼むよ」
「はあ?」
雄日子という若王が一晩過ごせるように、二人は大荷物をかかえてやってきた。
ただしくいうと、大荷物をかかえたのはセイレンで、雄日子も自分で荷を運ぶといいはったが、門を出るなり駆け寄ってきた兵たちの手に取られてしまい、結局大荷物は、セイレンと、集まってきた兵たちの手で運ばれた。
寝具の
運んできたものを使えるようにするのにも、一苦労だ。
「布も用意されているな。これを敷いて居場所にしようか。セイレン、おまえはほかの荷ほどきをしてくれ」
「なんでわたしが。星を見たいっていったのはあなたでしょ? それくらい自分でやれば――」
セイレンは文句をいったけれど、雄日子は機嫌を損ねるそぶりもなく、にこりと笑った。
「そうか? 藍十だったらやってくれると思うが」
「な……」
藍十は、世話になっている先達だ。
その男がすすんでやるはずのことを、「できない」というわけにはいかないというものだ。
「わかったよ、世話くらいしてやるよ!」
とはいえ、やるべきことは多かった。
なにしろ若王のためのもので、どれもこれもが豪華だ。野宿をするというよりは、森での宴を支度するようだった。
「なんでわたしが――外で寝たいならそのへんに寝転がればいいじゃないかよ。なんでこんなにたくさんの物を――」
食べ物は
「水なんか、喉が渇いたら小川か井戸まで歩いていって手ですくって飲めばいいんだよ。食べ物だって、一晩くらいそのへんのものでしのげばいいじゃないかよ。なんでこんなに贅沢なものを……」
ぶつぶつと文句をいいながら働くセイレンを、雄日子はくすくす笑って眺めていた。
「だいぶん仕上がってきたかな。つぎは火の支度だな。セイレン、薪を集めてきてくれ」
「それもわたしがやるのかよ? 今日はあったかいから火なんか焚かなくても……」
「日鷹だったらやってくれると思うが」
「またそれかよ、そういっておけばわたしがやるとでも――」
「そうか? でも、赤大だったら――」
「わかったよ!」
鼻息荒くいって雄日子のそばを離れたセイレンは、大股で森を歩き回っては薪を集めた。
土の上にころがったちょうどいい大きさの枝を拾い集めて、火付けに都合のいい枯れた苔や落ち葉、ついでに見つけたよい香りがする木の枝に、虫よけによさそうな強い香りを放つ木の枝まで。
薪にするには大きすぎる枝も、落ちているのを見つけて拾ってきた。
たっぷり抱えてもどり、寝床のそばに枝の山をつくる。
大きな枝は、手に取ったまま背後に立つ木に登った。人の頭の背の高さにのびる枝に、拾ってきた枝を渡して蔓で縛れば、木の枝を使った
集めてきた小枝を抱えてもう一度木を登り、組んだばかりの梁に並べれば、屋根ができた。
樹上のセイレンの手仕事を、雄日子は木陰から見上げて褒めた。
「うまいものだな」
「これくらい、簡単だよ。暮らしてた家はわたしが自分で直してたもん。冬の前にはしっかり丈夫にしておかないと、あとで泣くことになるからね」
「家を建てられるのか」
「土雲流ならね」
「湖国の家とはなにが違うのだ?」
「なにがって、まるで違うと思うよ?」
セイレンは、雄日子の頭上で枝にまたがったまま首を傾げた。
「しいていえば、大きな木と、草屋根と、草壁がないこと? あなたたちが使う草は、うちの里には生えてなかったから」
「
屋根をつくりはじめてからというもの、セイレンの手はとまらなかった。
「そこの枝も屋根になりそうだ――待てよ? 枝を組まなくても、
森の木々にからみつくように茂る蔦の蔓を切ってくると、枝にからませて真下へと垂らす。
緑の葉の帷がいくつもさがって、雄日子の寝場所になる木陰は、木々の宮殿のように複雑に飾られていった。
せわしなく働くセイレンを雄日子は笑って眺めていたが、さすがにとめた。
「そろそろやめようか。このまま続けたら、宮よりも豪華な仮宿ができてしまう」
「え? でも、もうすこし手をいれたら木の上に床が仕上がって、枝の上で寝られるかも……」
「それは楽しそうだ。でも、つぎにしよう。星が出てきた」
「――あれ。そういえば、星を見にきたんだっけ」
セイレンも、目を空に向けた。
家づくりに夢中になって、すっかり頭から抜け落ちていた。
いまや、セイレンたちの仮宿は、木々と緑で飾られた東屋のように仕上がった。
幾重にも垂れた蔦の葉の隙間から、夕空が見えている。暗くなりはじめた東の空には、一番星が輝いていた。
「もうすぐ二番星も出るだろうね。夕餉にしよう」
月のない朔の晩で、小さな粒のような星明かりまでが、天のあちこちでまたたく星夜だ。雲も、影すらなかった。
背にした森には、葛の葉がそこかしこに群れていて、夜風が葉を揺らすたびにさらさらと鳴る。涼しい音色だった。
「あらためてみると、本当に
雄日子の足元には焚き火ができていた。セイレンが家づくりに夢中になっているあいだに、火を起こしていたらしい。
セイレンが木の上からおりてくる頃には、敷物の上には蓮の葉も並んでいた。
星明かりを浴びて淡い光を漂わせる蓮の葉は、貴人の宴の場でもつかわれる極上の器だ。
優美な孤を描いた大きな葉には、湖国の若王のためにと、近くの里女が捧げた食べ物が盛られていた。
「
水草のひとつで、ぷるんとした食感と独特なのど越しがなんともいえないのだ。
「もう
「なかったね。
セイレンはぶるっと身震いした。
故郷の里にある大きな池といえば、山頂にある山魚様の湖だ。
「
「ふうん。どんなふうに食べるんだ?」
「同じだよ。落ち葉で焼いて蒸したり、煮たり、焼いたり。あ、でも、うちの里じゃ薬草を料理にもよく使うから、食べ物はもっと辛いし、酸っぱいし、苦いよ」
「――どんな味なんだろう。まったく想像がつかない」
雄日子は笑った。
さすがは若王のための食事で、菓子にと、干した果実までついていた。
甘い食べ物は最高の贅沢。
ふだんは食べることができない贅沢品を一緒にいただくことになって、セイレンは満面の笑みを浮かべて、口の中から消えていく甘味をいとおしむようにつぶやいた。
「あぁ、おいしかった……」
「おまえのおかげで寝床も整ったし、腹ごしらえもできた。あとは、夜通し起きているだけだ」
「――忘れてた、星を見るんだっけ」
贅沢な食事にありついて、幸せな気分に浸っていたので、このまま寝転んでくつろぎたい気分だったのだが。
役目を思い出すなり暗い気持ちになって、うっかり本音が出た。
「いいじゃないかよ、星なんか。もう寝ようよ――って、あぁ、どうせ寝れないのか。あなたを夜通し守らなくちゃいけないんだった」
セイレンは夜空を振り仰いだ。
「星かぁ。星なんか見ても、お腹がふくれないと思うけどなぁ」
空はすでに暗くなり、天でまたたく無数の星々が青白い光を降らせている。
雄日子の手が、からっぽになった蓮の葉をよかして場所を空けはじめる。空いた敷物の上にあおむけに寝転んで、夜空を見上げた。
「たしかにそうだ。星を眺めたいなど、ただの道楽だ。でも、見事なものを見たと里者の噂をきいたから、僕も見てみたいと思った。見たことがないものはどんなものでも見てみたい性分で――」
「おいしいものをたくさん食べさせてもらったからなぁ。仕方ないか、ちゃんと付き合うよ」
渋々と、セイレンも雄日子の隣に寝転んだ。
隣り合って夜空を見上げるセイレンの横顔を覗くように、雄日子が顔を傾けた。
「星の話をしていた奴の話によると、星が降るのは夜遅い時間らしい。起きていられるかな?」
「起きてるよ。だって、わたしは夜通しあなたを守るためにここにいるんだし。そもそも、星になんか興味ないよ。わたしはただ、あなたを守りにきたんだよ」
真顔でいうと、雄日子は「ふうん?」と、からかうように笑った。
「でも、たしか前に、僕を守るといいつつあくびをして、寝入ってしまったことが――」
「あれはしくじった。今夜は絶対に大丈夫」
セイレンはむっと顔をしかめた。
でも、雄日子はといえば、セイレンがしかめっ面をするのを待ち構えていたふうに笑った。
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「雲神様の箱」では、古墳時代までに種子や骨などが確認されている食材、及び、伝来の時期が飛鳥時代以降とわかっているものを除いて奈良時代の「万葉集」などに登場する食べ物も参考にしています。食材は今と違っても、きっとグルメだったろうなぁと想像しつつ。
●参考文献「食の万葉集」(著:廣野 卓、中公新書)
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【書籍情報】
6月15日に、書籍版『雲神様の箱』の3巻が角川文庫から発売になります。
書影も公開されました。
今回の表紙も素晴らしくてうっとりです。
ぜひお手にとってじっくりご覧になってください。
https://www.kadokawa.co.jp/product/322102000823/
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最新情報はTwitterにて!
円堂 豆子:@endo5151 (https://twitter.com/endo5151)
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