宝神様の箱

藍十や日鷹など、男たちの物語です。

ふざけたタイトルからもお察しいただけるかと思いますが、ネタ回です。

特に文庫派の方は違和感があるかもしれませんが、深く考えずにお付き合いください!(ごくたまにこういうネタ的な話も書いております)

1巻、または、カクヨム版の1話を読んでおられたらネタバレなしで読めると思います。


***************************** 



 角鹿つぬがが宮の外に用があるというので、藍十あいとおも供をして出かけることになった。


 門を出て、土橋を通って水をたたえた堀を越え、宮の外へ。


 広々とした野原に草屋根の影をつくる家々を通り過ぎて、里の端へ。その向こうには、森がある。森にさしかかる間際の川辺で、角鹿が足を止めた。


「あれは?」


 角鹿の目が向いた先には、楠の大木があった。背の高い巨木で、楠ならではのふわんと良い香りが漂ってくる。


 その太い幹の奥、通りを歩く人の目から隠れるように、木の板がわずかに顔を出していた。


「見てきましょうか?」


 藍十が先駆をして幹の裏に回ると、地面を這う蛇のようにくねった根の窪みに、百合の花が一輪置いてある。木札は百合の花の真上にあった。


「この札のありかを示すのに置かれたような花ですね。――なにか書いてあります」


 木札は、蔓で巻かれつつうまいこと枝からさがっていた。


 人の顔の大きさくらいで、面が削られ、果実の濃い汁でなにやら描いてある。


「模様かな? 布か器に描く柄の稽古でもしたのかな」


「かしてみろ」


 藍十の手にあった木札が、角鹿の手に渡っていく。


 角鹿はそれを手に取ると、じっとうつむいてから、あたりを見回した。


「地図だろうか」


「地図? このあたりを描いたものでしょうか」


 「おそらく」と、角鹿の指が、木札の面に大きく描かれた波線をさしている。


「これは、そこの川の流れじゃないだろうか」


「あっ、たしかに。孤の描き方が川の曲がり方と同じですね」


「だとすれば――」


 角鹿は、さらに絵図を読みとこうとした。


 川の流域を示すようにくねる波線のそばには、短い線が十以上描かれていた。どれも上下に向かっていて、ほぼ同じ形。同じ形のものが多く群れている、ということは――。


「これは、木? ならば、森を指しているのだろうか。だとすれば、この絵図が知らせたいものは、ここだろう」


 角鹿の指が木札の面に触れる。短い線に囲まれた中にひときわ太い線があって、そばに「×」の印が付いていた。


「森の中で一番大きな木のうしろ、という意味かな」


「なんでしょうね。宝の地図ですかね」


「宝か。夢のある話だな。なら、藍十。どんな宝があるのだと思う? この地図はなにを示しているのだろうな」


「いい果実がなる木とか、あとは、猿酒さるざけの在り処とか、ですかね?」


 猿酒というのは、森の中で生まれる果実酒のことだ。


 木のうろや岩の窪みに、落ちたり鳥に運ばれたりしておのずと果物が溜まって、いつのまにかつくられる自然の酒だ。


「せっかくですし、いってみましょうか。用は済みましたし」


 では――と、二人で森へ向かうことになった。


 とはいえ、歩きはじめてから、藍十は隣を歩く角鹿の横顔をのぞきこんだ。


 角鹿は、とある国の王の血をひき、雄日子の従兄弟にもあたる男で、生まれも育ちも極上。


 藍十はもともと、角鹿の一族に仕える武人の家系の裔で、角鹿は、藍十がこの世に生を受けた瞬間ときから、守るべしと定められた貴い御子でもある。


 いまも角鹿は、湖国の若王、雄日子の側近をつとめている。役目も多岐に渡り、多忙な男のはずだ。


「角鹿様、すみません。よけいなお誘いをしたでしょうか。宮に戻りましょうか。お忙しいのでは――」


 藍十は気を利かせて詫びたが、角鹿は、もともと細い目をさらに細めて笑った。


「よい。私もその宝に興味がある」


「そうですか?」


 角鹿は頭が切れる男で、腹の中を表情や言葉に表すことがそう多くない。


 いまも、本当にその宝に興味があるのかわからない冷ややかな笑みを浮かべていたので、藍十はたずねた。


「では、角鹿様はなにが隠されていると思われますか? 角鹿様にとっての宝とは――」


「私にとっての、宝?」


 角鹿はさらに目を細めて笑ったが、その目は、なにも語ろうとしなかった。


 無言のうちに、藍十はこんな声を聞いた気がした。



 ――私が、そのようなろくでもない問いに答える、とでも?



「いえ、なんでもないです……」


 だから、藍十はこんなふうに思うしかなかった。


(お偉いさんっていうのは、寡黙だなぁ)


 主の雄日子も、似た類いの男だった。






 藍十と角鹿が通り過ぎた後、同じ場所を通りかかった男がいた。


 守り人の一人、日鷹ひたかだ。


「なにかあるな、なんだろ」


 楠の幹の裏に隠されるようにぶらさがる木札を見つけると、日鷹は木の根を越えて、奥に回ってみた。


「急にどうしたの?」


 連れが気にかけるので、見つけた木札を覗きこみながら、日鷹は相手をそばに呼び寄せた。


「こっちにきなよ。面白いものを見つけた。これ、なんだろう?」


 日鷹が連れていたのは、出会ったばかりの若い娘。色白で、目鼻立ちがととのった美しい娘で、明るい気性の世話好きだった。


「こっち」


 呼び寄せつつ、近寄ってきた娘の肩を抱く。


「ちょっと」と娘は照れくさがって腕をよかそうとしたが、日鷹とその娘は楠の幹の裏側に回っていて、ちょうど道側にいる人の目から姿が隠れたところだ。


 これ幸いと、日鷹は娘をさらに抱き寄せた。


「誰からも見られないって。そんなことより、これ、なんだろう」


 木札を手に取って娘に見せると、娘は興味深そうに面を覗きこんだ。


「絵図かしら? 川と、森? ×の印が描いてあるわね。なにかがあるのかしら。宝物とか?」


 娘は真剣に絵図を読み解いていたけれど、そのあいだ日鷹が見つめていたのは、うつむいた娘の顔だ。


(やっぱり美人だ。俺の目に狂いはなかった)


 たまたまさっき出会って、好みの顔立ちをした娘だったので、とくに用もないのに水場の在り処を尋ねて、そのままふらりと散策をしていたのだ。いまも、木札が気になったというよりは、二人きりになれる場所を見つけたから、口実にしただけ。


 娘のほうもまんざらでもなくついてきて、いまも誘われるままにそばにいる。


 雄日子の守り人たちには、ほかの武人よりもよい武具、よい服が与えられ、位もそれなりに高かった。高貴な武人に見えるせいか、おかげで戦の旅先では里の娘たちからよくもてた。日鷹も自分でそれを知っていたので、うまいこと役立てた。


 ひと時の恋遊びに、見知らぬ娘を付き合わせる負い目もまったくない。


(こき使われてんだから、こういう時くらい、いい目を見ないとなぁ)


「ねえ、日鷹。探しにいってみる? 宝の地図かもしれないわよ」


「いいね。どんな宝があるかな?」


「あなたは? 日鷹は、どんな宝だといいと思う?」


「俺は、麗しい乙女の笑顔が見られればそれでいいけどなぁ。きみと過ごすひと時がなによりの宝だね」


「戦だけじゃなくて、口もお上手なのね」


 娘がくすくす笑う。


 娘は冗談だと思ったらしいが、日鷹の本音だった。


(あるかどうかもわからないお宝より、散策の途中で、この子からちょっと抱きついてもらったほうがいいんじゃねえ?)


「じゃ、いこうか」


 娘をつれて森へ向かうことにしたが、日鷹はふと考えた。


(この子の名前、なんだっけ?)


 会ったばかりで、そういえば、名前もまだ覚えていなかった。





斯馬しば様、妙なものがあるのです」


 弟子につれられて、斯馬も里の外れへとやってきた。


「ここです。こちらなのですが――」


 弟子たちから斯馬が見せられたものは、素朴な木の札。なにやら、絵図らしき模様がある。


「これは……!」


 斯馬は、もとは飛鳥の大王おおきみに仕えていたまじない師。呪いも扱うが、大陸の書物を読み解く学者でもある。このような絵地図を読み解くことなど、朝飯前だ。


「おそらく、大切なものの在り処を示した地図だ。しかも、すぐそこだね。この里に残るなにかだろうか」


 この里に残る宝といえば、なんだろうか?


 考えをめぐらすように、斯馬は、腕組みをして木の周りをぐるぐる回った。


「待てよ? この里の爺が、いにしえの昔に誉田別ほむたわけ様がこちらにお寄りになったと話していたな――だとすれば、かの偉大な大王おおきみが残したなにかが残ってはいないだろうか。いうならば、かの大王がここにいらした証だ。たとえば、大王が遊ばれた宴で使われた器や、盃や、お眠りになった木陰、座ったかもしれない岩、触ったかもしれない木、または……」


 斯馬は夢中になって歩き回るが、弟子たちは、師の姿に揃って唖然とした。


「あのぅ、斯馬様。触ったかもしれない木って、そんなに大事でしょうか――」


「いってしまえば、森の木すべてが『触ったかもしれない木』になるのではないでしょうか……」


 しかし、斯馬は真剣だ。


「こうしてはいられない。すぐにこの印の場所へいってみよう。見つからなければ、里の爺のもとへさらなる詳しい話を聞きにいこう。ありとあらゆる手を使ってこの宝を探さねばならぬ」






 斯馬が弟子につれられていくのを見て、牙王がおうも、その後を追ってきた。


「何事かあったのだろうか?」


 斯馬の一団があのように慌てて宮を出ていくのなら、なにか怪しいことでも起きたのだろうか?


 斯馬も牙王も、ともに呪い師だった。とはいえ、信じる神や扱う術の系統は違ったが。


 斯馬は大陸の知識にも詳しく、幼い頃から飛鳥の大王に仕えていたという話だが、牙王のほうは、とある国の端で生まれ育った。異端の術を扱う呪い師を師匠として、呪いを習いはしたが、みずから編み出した技も多く、気に入った呪いはどんなものでも使った。


 雄日子たちは牙王を邪術師と呼んだが、牙王も、そう呼ばれることに異論はなかった。正統ではないことは自分でもよくわかっていたし、そもそも、相手が牙王の術を「邪である」といえば邪なのだろう。


 牙王も、誰からなんと呼ばれようが気にするほうではなかった。その者が何者かを決めるのは、かならず他人なのだから。牙王は自由気ままに生きていた。


 里外れで天に向かってのびる立派な楠のそばへ向かってみると、牙王も木札を見つけた。手にとってみると、なにやら絵が描かれていた。


(絵図かな? ならば、出向いてみようか)


 なにかが隠されているのかも――とは思った。


 しかし、魂や精霊に精通して、それらとともに暮らす牙王としては、隠されているかもしれない宝よりも、そこに集うかもしれないめずらしい御霊みたまのほうに興味があった。


(宝とは、いわば欲の塊だ。欲が残る場所には強い意志や魂が残るだろう。さて、その欲ははげしいかな、それとも、醜いかな?)


 いざ、まいろうか。木札をもとの場所に戻そうとして、視線を落とす。


(待てよ? ここできいてしまおうか。ここにもあまたの精霊が集まっておる)


 牙王の目には、人の目には見えない精霊たちが見えている。


 風に乗って宙返りをしたり、飛び跳ねて寄ってきたり、いたずらをするように突っついてきたりと、この世のあらゆる場所にいる八百万やおよろず御霊みたまたちは、とても元気だ。


「やあ。この木札が示す意味を知る者は誰かおらんか。誰がいったい、この札をここにかけたのだろうか」


 目に見えぬ者たちに話しかけようとぼそぼそと唇を動かした後で、牙王は顔をあげ、真顔になった。


「――なんだと? では、つまり、この地図で示された宝とは……」






 牙王が去る頃、すでに日は傾いていた。


 西日を浴びて、里に充ちる光が色濃くなりはじめた頃、赤大あかおおもそこを通りかかった。


「なにかある――」


 赤大は楠の巨木の前で足をとめ、周りの気配を探った。


 あたりに人影はなかった。


 でも、この楠の周りだけ、様子がおかしいのだ。


 里の風景はいつもどおり和やかなのに、この楠の周りにだけ、異様な人の気配が残っている。


 違和感にさそわれるように幹の裏側に向かってみると、木札がかかっている。


 手に取って覗きこみ、赤大はそれを読み解いた。


 落書きじみた描き方をされていたが、絵図に間違いない。しかも、なにかの場所を示すような「×」の印がついている。


 宝の在り処を示す絵図――にも見えたが、赤大は、楠の周りに目を向けた。


(やはり――)


 この木の周りにだけ、奇妙な思惑が残っていた。大勢の人がここにつどい、なにかを思案した後のような気配だ。つまり――?


(罠か?)


 赤大あかおおは、湖国の若王、雄日子の守りをになう武人軍のおさであり、守り人の長だ。


 雄日子には味方も多いが、敵も多い。それだけ、敵側が主を怖がっているからだ。屈服の証の貢物をねだる使者や、ひそかに命を狙う刺客が雄日子のもとを訪れることも、そうめずらしくはなかった。


(雄日子様を狙う者が残したものか?)


 ならば、この木の周りに残る異様な気配にも納得がいく。


 赤大は土に膝をつき、地面に這いつくばった。


 地面に足跡が残っていた。


 思ったとおり、足跡は何人分もあって、揃ってすべてが、赤大が見つけた木札のあたりへ向かっている。ここへやってきた者がすべて、あの木札の場所へ向かったのだ。


 いったいなぜ、この木の周りに人が集まったのだろうか?

 あの木札にはどんな意味があるのだ?

 祈りのため?

 たとえば、描かれたものは絵図に似せた故郷の神の絵であるとか?

 もしくは、なにかの支度だろうか。


 ばらばらにたどり着いた賊が、落ち合う場所を知らせ合うような――我々が使う草文字に似たものかもしれない?


 髪が地面につくほど伏せて、土に残った足跡を読み解いた。


 足は大きく、男のものだ。しかも、踏み込み方の具合から、武人の稽古を積んだ者がいるとわかる。


(里者ではないな。やはり、雄日子様を襲いにきた賊か?)


 丹念に調べるが、奇妙な歩き方をしている足跡もある。武人にしては歩幅が狭く、早足でぐるぐると木の周りを歩いている風だ。


窺見うかみ? 先に潜んでいた者だろうか。ひそかに里者に化けていた?)


 もうひとつ別の足跡を見つけて、赤大は頭をかかえた。


 どう見ても男のものには見えない、娘の足跡があった。


(娘? いや、雄日子様のもとにはセイレンもいるわけだし、セイレンと同じく戦に精通した娘が敵方にいても不思議ではないが――どういうことだ? 武人が数人いて、窺見らしきせっかちな男もいて、娘もまじっていて、すべてが、この怪しい木札に集って、絵図を見ている……?)


 じわじわと膝を立て立ちあがりつつ、赤大は考えをめぐらせた。


(雄日子様を狙う、刺客の一団か?)


 男も女も、窺見をこう何人も忍びこませるなど、ただ事ではない。


 ここまで念を入れるからには、それなりの手柄を立てて故郷へ帰るつもりだろう。


(娘の窺見なら、侍女に扮して宮にまぎれこんだ者でもいただろうか? そうであれば、宮の事情は筒抜けだと覚悟したほうがいい)


 これは、急いで仕留めなければいけない。


 動くなら、すぐだ。――捕えろ。いそげ。


 




「この森の中で一番大きな木といえば、これですかね、角鹿つぬが様」


 森を散策してから、藍十あいとお角鹿つぬがは、はじめに目をつけたけやきの大木のもとに戻ってくることになった。


 ふたりで欅を見上げるものの、背の高い立派な木という以外は、ふつうの木だった。


「あの絵図じゃ、木の奥側に×の印がありましたよね。でも、それっぽいものはなにもないなぁ」


「それっぽいものというのは猿酒か? 木の実か? つまり、あの絵図が示したのは、おまえが目星をつけた類いの物ではないのかもしれないな」


「そうですけど――まぁ、帰りましょうか。それとも、まだ探してみますか?」


 いい暇つぶしになりましたね、と藍十が角鹿に笑いかけた時だ。


 角鹿が「きなさい」と身を翻す。


 すたすたと歩くと、角鹿はすこし離れた木陰に身をひそめた。


 藍十も倣って、そばに立つ木の幹に身を隠しながら、小声でたずねた。


「角鹿様、いったい――」


「誰かがきた」


「誰かがって――あ!」


 藍十もとっさに木陰に身をひっこめた。


 森の中をやってくるのは、男と娘の二人組だ。男のほうは、守り人仲間の日鷹ひたか。娘のほうは見たことがなかった。


「日鷹のやつ――、またかよ」


 出かけた先のほうぼうで美女を口説いてまわるのは、日鷹の悪いくせだ。


 うぶな娘たちをおまえの道楽で傷つけてまわるんじゃねえよ!――と、日鷹に説教をする役目が藍十に回るのもいつものことだが、とはいえ、相手の乙女と仲良くしているところに出ていくほどには、藍十も無粋ではない。


(あとでとっちめてやる……)


 ため息をついていると、日鷹と娘は身を寄せ合いながらやってきて、宝の話をした。


「あっ、あの木ではないかしら。宝物ってなんでしょうね」


「宝ねえ。見つからなくてもべつにいいけどね。きみとこうやって二人になれたし」


 と、甘ったるい口説き文句もきこえてくる。


(あいつ、よく真顔であんなこと言えるな……)


 藍十は尊敬した。


 どうせ、その娘とはついさっき会ったばかりのくせに。


 とはいえ、必死に隠れた。


 状況的には、逢瀬の覗き見である。偶然とはいえ、じつは隠れて覗いていた、とは知られたくないものである。


 日鷹と娘の甘ったるいやり取りを聞きながら幹の陰で息をひそめていたが、そのうち日鷹の声も慌てはじめた。


「――誰かくる? 隠れよう」


 日鷹は急に娘の手を引いて、藍十が隠れた木の隣に駆けこんできた。


 日鷹のほうも、やってくる誰かから身を隠そうと木の裏にひそんだところで、藍十と目が合った。


 日鷹は、のけぞった。


「藍十、なんでおまえが――」


 さらに、藍十が隠れた奥の木陰には、角鹿もいるのだ。


「角鹿様?」


 日鷹は目を白黒とさせるが、一緒につれてきた娘ごと木の陰に隠れるように、身を縮めた。


 森の向こうから、徒党を組んでやってくる気配があった。


「あれだ! あの木だ」


 小走りでやってくるのは、弟子をひきつれた斯馬しばだった。


「まちがいない、いにしえの宝があるのはここだ」


 藍十たちも目印にした欅の巨木を見つけると、斯馬はかがんだり、樹冠を仰いだりして調べものを始める。


「斯馬様、ここに本当になにかが残されているのでしょうか」


「ああ。はた目には珍しくなかろうが、大切なものだ。まことの宝とはそのようなものだ。きっとこのあたりに――」


 斯馬は、巨木の周りをせわしなく歩き回るが、そのうち斯馬も「あ!」と声をあげて、弟子たちを木陰に呼んだ。


「誰かがくる。隠れよう」


「誰かとは――しかし、なぜ隠れるのですか」


 斯馬たちが駆けこんだ先も、藍十たちが逃げこんだ先の木々の並び。


 木の裏側に回ってはじめて、「あっ!」と斯馬は目をまるくした。


「藍十に日鷹、それに角鹿様――? なぜこんなところに……」


 とはいえ、藍十のほうは、驚かれるのも二回目だ。


「まあ、いろいろあって」


 ため息をついた。


 斯馬の次にやってきたのも、徒党を組んだ一団だった。


 えもいえぬ気配をたずさえていて、じゃっ、じゃっと足音が揃い、かちゃり、かちゃりと金音が森に響きはじめた。


(この音は――)


 ぞっとして、藍十は音が近づいてくる方角を木陰からそうっと覗いてみる。


 そこには、軍がいた。


 剣を腰に佩いた武人の集団で、手にはかがり火をもっていた。


 先頭で指揮をとったのは、武人の長であり守り人の長でもある、赤大あかおお


 やってくると、赤大は闇の気配を帯びはじめた夕暮れの森を見回して、大声をあげた。


「何者かの気配があるな。――やはり、あれは罠だったか。隠れているのはわかっている。出てこい。そこにいるのは誰だ!」


 そこいるのは誰だ――と脅されたものの、隠れているのは、藍十、角鹿、日鷹、その逢瀬の相手の里の乙女、斯馬と、弟子たち――赤大から隠れるように木陰に潜んだのはすべて、知り合いだった。


(これは、どうすれば――)


 藍十は悩んだ。


 違う違う、勘違いだ!と、へらへら笑って出ていけばいいのだろうか。


 それとも、じつは本当に賊が出て赤大が追い詰めているところで、運悪く同じ森に隠れてしまったのだろうか。もしもそうなら、いま出ていったら、赤大の追撃を邪魔することになる。


 とはいえ、どうするべきだ――。


 息をのんで様子をうかがうが、赤大の声は、しだいに殺気を帯びていく。軍の長として、賊を追い詰める時の声になった。


 そこに潜んだのは、藍十や日鷹、角鹿たちだったのだが。


「女もいるな? 答えろ、女。宮に潜んでなにを探っていた? 雄日子様のなにを調べようとしたのだ?」


 女、と訊かれると、日鷹がぎょっと目をみひらいた。


 日鷹はまだ、見知らぬ乙女と寄り添って木陰にいた。


「この子のこと? 違うって、なにも探ってなんか――。俺が声をかけて一緒にいただけで……」


 日鷹は小声で「違う、違う」と手を振っている。


 日鷹の慌てっぷりに、藍十は、ざまあみろと思ったが。


「まだ出てこないか。逃げられるとでも思っているのか?」


 赤大は、ついに剣を抜いた。


 剣の切っ先をちらつかせながら、賊が潜んでいると目星をつけた森の木々――じつは、藍十たちが隠れた木陰――を、いたぶるように睨み、ゆっくりと近づいて間合いを詰めてくる。


 赤大が進むと軍勢もついてくるので、じゃっ、じゃっと砂を踏む足音が響いた。


 武人たちの足どりは多少乱暴だったので、斯馬が青ざめた。


「違うのだ、赤大様。ここにはいにしえの宝が眠っているはずで――そのように踏み荒らしては――あぁ……!」


 斯馬は斯馬でなにかを思い悩んだらしく、卒倒しそうだった。


 正直、出ていくに出ていけない状況だ。


 幹の裏に隠れた者同士で「どうする?」「どうする?」と目配せをかわしているうちに、ついに赤大は業を煮やして、部下に命じた。


「火をつけろ。燻し出せ」


 火の力を使って、逃げ場を失わせるつもりだ。思いどおりの向きに煙を充ちさせて、赤大が待ち構える場所へ賊を追い込もうと――。


「げっ」と、思わず藍十の口から悲鳴がでた。


 赤大は本気だ。本気で、森に潜む連中を根こそぎ捕えるつもりだ。


 さすがに、もう無理だ。このまま隠れていたら、うっかり殺されかねない。


 藍十は木陰から飛びだした。


「待って、おやっさん。おれだから」


「藍十?」


 赤大が目をまるくする。


 森の木々の陰から、いまこそとばかりに隠れていた面々がつぎつぎと顔を出す。


 何事もなかったかのような無表情の角鹿に、知らんぷりをして作り笑いを浮かべる日鷹と、すっかり青ざめて日鷹にしがみつく若い娘、いまだ何事が起きたのかと驚いている斯馬と、弟子たち。


 ぞろぞろ出ていくと、赤大はひどいしかめっ面をした。






 みんな、誤解だった。


 こうこうこういうわけで――と、事情を話し終わる頃には、すっかり夜になっていた。


 宮に戻ると、セイレンが怒っていた。


 藍十だけでなく、日鷹も赤大もみんな森にいて、宮に残ったのがセイレンだけになり、ずっと主を守る任をになうはめになったからだ。


「昼からずっといなかったよね。みんなでどこにいってたんだよ?」


「いろいろあってな――」


 妙な気疲れをして、詳しく話す気にもなれず、藍十はため息をついた。


 そういえば、あの絵図で示された場所にあったものは、里の若者から娘へと贈られた妻問いの宝だったのだそうだ。


 牙王がおうが木札のそばに充ちた気配から読み取ったそうで、こう話していた。


『その宝なら、すでにあそこにはありませんよ。娘の手に渡っているようでした。それにきっと、その若夫婦のほかには宝にはなりようがないものですよ』


 くたびれて、ため息がとまらないまま、藍十は独り言をいった。


「宝かぁ。人によって、なにが宝と感じるかは違うものだなぁ」


「宝?」


「そういや、角鹿様が思う宝物って、なんだったんだろう? 聞きそびれちまった」


 『角鹿様にとっての宝とは――』と、昼間にたずねたが、結局答えてもらえなかった。


 もう一度たずねたとしても、「私が、そのようなろくでもない問いに答えるとでも?」と、冷ややかな目で一蹴されるだろうが。


 藍十は、思い出し笑いをした。





                fin.



*****************************

お題「セイレン以外が」「宝の地図を見つける」話にて書かせていただきました。

「お宝だと思いこんで他のみんなには内緒で探すのですが、見つけたものは……?!」というリクエストでした。

アンケートにご参加くださった方、リクエストをくださった方、ありがとうございました!

それぞれのお宝を想像しながら書くのが楽しかったです。(お宝と思わなかった人もいましたが…)


次の話ではいつもの雰囲気に戻ります。

しばらくお待ちください。


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【書籍情報】

6月15日に、書籍版『雲神様の箱』の3巻が角川文庫から発売になります。

今回もかなり改稿しています。

web版との違いをお手元でお楽しみいただければ嬉しいです。

https://www.kadokawa.co.jp/product/322102000823/


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最新情報はTwitterにて!

円堂 豆子:@endo5151 (https://twitter.com/endo5151)

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