「雲神様の箱 名もなき王の進軍」解説

2020年1月23日に発売された『雲神様の箱』に続き、続巻の『雲神様の箱 名もなき王の進軍 』が、10月23日に発売されました。


『雲神様の箱』はカクヨムでは完結しており、『雲神様の箱 名もなき王の進軍 』に収録されているのは途中までですが、一番本にするのが怖かった部分でした。


『雲神様の箱』の舞台は古墳時代の日本です。

この時代のことは、研究者の皆様のお力でいろいろと分かってきているとはいえ、突き詰めると「タイムマシンがないと本当のところは分からない」というロマン溢れる時代でもあります。

その「こうだったかもね!」という、私が抱いていたロマンをたっぷり詰め込んで書いたのが『雲神様の箱』です。そのため、可能性の低い説や、証拠はないけどこうだったかもね、っていう想像もいろいろと混ぜています。

ですので、解説的なものを用意したいなと、書いてみます。

 


※以下、かなりのネタバレを含みます。気になる方はご注意ください。


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一番心配しているのが、馬飼についてです。

荒籠というキャラクターが登場しますが、この人物は『日本書紀』に登場します。

馬飼の長の荒籠が司っていた河内の牧にあたると思われる場所は、大阪府で発掘調査が済んでいます。


考古学的にいうと、『雲神様の箱』の中の馬飼像は若干間違っています。

「河内の牧にはどれだけの馬がいたのか」と、博物館でお伺いしたことがあります。答えは「わからない」ということでした。それは、「これからまた遺跡が発掘されるかもしれないから、わからない」というニュアンスかもしれません。

『日本書紀』にはかなりの頭数がいるような表現もあるのですが、遺跡のスペースをみると、牧で一度に育てられるのは150頭くらいではないか、という話も別で聞きました。


河内周辺の牧が栄えた後、馬飼と思われる一族は、長野県、群馬県へと移動していきます。群馬県の古代の馬のほうは、今年よく話題になりましたね。


また、それくらいの数しか馬がいないのであれば、戦闘用というよりは飾り馬として使われたであろう、というのが現在最有力の見方のようです。




ただ、いろんな説があります。

馬飼には「日本最古のスパイだった」とする見方もあります。道を熟知し、馬を使って遠方を行き来して情報を得て、その情報を主に渡した――という、どちらかといえば夢あふれるお話かもしれませんが、私はこちらに魅力を感じて、『雲神様の箱』に登場する馬飼の参考にしています。


「飾り馬だけでなく、戦闘用にも使っただろう」という説もあります。

もともと日本に馬がやってきたのは、朝鮮半島に戦争に出かけた時に、初めて出くわした騎馬軍を恐れて、自国にも騎馬軍を作ろうとしたからです。

また、その後に朝鮮半島で戦争が起きた時に、日本から馬を輸出しています。馬を思い通りに操るには調教が必要なので、戦闘用の調教もされていたのではないかなと、私は思っています。

継体天皇の御代にあたるとされる時代に馬が増えているため、「継体天皇は騎馬軍を組織して他を圧倒した」という、ロマンあふれるお話も聞いたことがあります。


すでに読んでくださった方はぴんと来ているでしょうが、『雲神様の箱』で使っているのはこちらの説です。

「可能性は低いかもしれないけれど、こうだったら面白いね」と推察されるほうの説で、考古学的に見れば「いまのところ確証はないが、そうではないとは言い切れない」というロマン溢れるほうの説です。

矢が刺さった馬の骨でも出土すれば、話が変わるでしょうけどね。


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また、話の中では秦氏のもとに馬がたくさんいたと書いていますが、そちらは私の想像で、記録は特にありません。(こちらについては、本の中でも少しだけ触れました)


秦氏は、調べてみると謎の一族なんですよね。

渡来人の一族なんですが、出自があやふやです。百済から来た一族という人も、新羅から来た一族という人もいます。

『雲神様の箱』2巻でも、最後まで本を探していて、その都度「百済」「新羅」を何度も書き換えました。

いくつも説がある中で、『雲神様の箱』の中では、「ひとつの血筋で集う一族ではなく、朝鮮半島からやってきたいろんな一族の集まり」という位置づけで書いています。


秦氏というと、酒や土木、機織り、耕作などに幅広く関わって、また、日本各地に居住エリアを持ち、後には日本最大の人口を誇るようになる一族です。

日本に渡ってきて「秦氏」を名乗った人の中には、馬の調教の知識を持つ人がいてもおかしくないのではないかな、というのが、私の想像です。

馬はみんなが喉から手が出るほど欲しかった時代です。


また、朝鮮半島からやってきた馬は、玄界灘を通って、北九州にたどりつき、そこから河内へと運ばれました。博物館でお話を伺ったところ、馬を運ぶためには、一艘の船に乗せる馬は1頭ずつ、しかも、馬は船上で眠ることができないので、昼間のみしか進めなかっただろう、とのお話でした。

船でしか行けないところ以外では、陸路のほうが楽だったのではないかな。


『延喜式』などから水路と陸路で必要とする日数の研究がされているんですが、スピード的に見ても、陸路のほうが早いです。


ずっとひそかに調べていることなんですが、大陸からの船が着いた九州、または鳥取などの日本海側から、近畿地方にいたるまでの道筋を管理した一族がいたと思うんですよね。

馬だけでなく、古墳時代には、大型の石棺も南九州から運ばれてきています。こちらは船で運ばれたと実験が済んでいますが、それでも、長い道のりを苦労して運ぶ人たちを統括した誰かがいたと思っています。それが、誰なのかなぁ~と。


近畿から琵琶湖をとおって、日本海側の若狭にぬける道を統括したのは、おそらく和珥わに氏だろうと言われています。

他のルートにも、そういう人がいてしかるべきです。

それに、近畿~北陸ルートよりも、九州~近畿ルートをおさえるほうが、より重要なのではないかな。

継体天皇の時代には、ヤマト王権側と北九州の勢力での戦争が起きています。これは、百済と新羅の場外乱闘という説もありますが、とりあえず、近畿から九州までの海域には不穏分子もあったわけです。誰かは統括したはずです。


それを、『雲神様の箱』では秦氏に当てはめて書きました。

これは物語の進行上で、秦氏である可能性は高くないと思います。

九州方面との行き来が絡むなら、物部氏かもしれないです。物部氏についてもいろいろな説があると思いますが、私は、雄略天皇の頃に大王に仕えた物部氏は四国あたりの出身で、その前には北九州にいた、という説で『雲神様の箱』を書いています。

大伴氏かもしれませんね。

瀬戸内海を支配した海の民かもしれません。


ちなみに、話の中に登場した、飛鳥方面にある物部の武器庫は、石上神宮です。

武器の出し入れに関する記録があるので、古くは武器庫としても使われたという説があります。


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秦氏にあわせて、賀茂氏について。

賀茂氏の居館は雄日子に焼かれてしまいますが、賀茂氏に大変申し訳ないと思っています。

賀茂氏が某大王に逆らったという史実はなく、すべて私の想像です。

ただ、秦氏が勢力範囲を広げていった後、賀茂氏の支配エリアを圧迫していきます。

秦氏が栄えていくのが継体天皇の頃だったことから、継体天皇の擁立に協力した一族だったのではないかという説があり、そちらを『雲神様の箱』では参考にしています。

だから、賀茂でももしかしたら何かが起きたかも、という勝手な想像でストーリーに組み込みました。


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物語の中で書いた「時々、馬を集めて河内の牧につれていく習慣がある」というのも説の一つですが、どうなんでしょうね。

理由はわからないが、遠くの牧と牧を行き来して旅をさせたほうが繁殖しやすかったのでわざわざ旅をさせた――という例が中央アジアにあったそうで、河内の牧も馬たちの集合場所のように使ったのではないか、と本で読みました。

つまり、馬の骨が他ではあまり見つからないのかな。


物語の中の「秦氏のもとにいた馬のほとんどが雌馬」というのは、雄馬のほうが気性が荒く乗りこなすのが大変だそうで、こういうこともあったかもねという、これも「もしも」の世界です。

アラブの方法ですが、馬に不慣れな日本人にもこういうことがあったかな、と読んだことがあります。ただ、頭数がいないと実現できないことです。


馬の繁殖方法については、古墳時代から江戸時代までほとんど変わりなかったのではないかと、古代の馬についての講演会で聞きました。

江戸時代の牧では、オスもメスも一緒に放牧する自然繁殖がされていたそうです。


ただ、古墳時代の日本というのは、私はかなり国際交流が盛んだったと思っています。

朝鮮半島からは、王族も国家間の契約で派遣されてくる知識人や技術者も、戦火を避けて逃げてきた避難民も、たくさん日本にやってきた時代です。

当時の朝鮮半島には北方遊牧民系の人もいたでしょうし、これも私の「こうだったらいいな」という想像ですが、馬に詳しい遊牧民系の一族も、王権とは別口で少しは渡っていたのではないかなぁ~と。


こういう壮大なこともあったかもね、という夢の世界です。

でも、私にとっての古墳時代はこういう時代なのです。


『雲神様の箱』でも夢の世界として書いていて、たとえば、荒籠は渡来人の一族であるという設定ですが、彼に披露させる知識には遊牧民由来のものもあります。

替え馬もそうです。

ただ、替え馬というのは技術的にかなり難しいことで、特に2巻での方法は、忍者に風呂敷で空を飛ばせるようなことだと思っています。

現代人から見たら驚きの技術ももっていれば面白いな、という、これも私の夢の世界です。


ちなみに、話の中に登場する「砂煙」のくだりは『孫子』からです。

渡来人一族で賢い人という設定なので、そういう情報も知っていればいいな、と。


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あとは、書くとしたら、樟葉のことかな。


あちこちで書いてますが、雄日子のモデルは継体天皇です。

継体天皇は、湖国で生まれて、北陸で育ち、大阪の樟葉宮で即位します。

いろいろ調べましたが、『雲神様の箱』を書くきっかけの一つになった疑問がこれでした。


「なぜ、この大王が即位したのが樟葉だったのか」


わからないんです。

樟葉の地の利は、この大王の出自にとって最高です。

樟葉という場所が良かったからここで即位した――それは正解だと思います。

でも、どうして樟葉なのか?

この大王が即位する前には誰が支配してたの?

それがずっと疑問で、博物館に出かけるたびに質問してみたりもしたんですが、わからないままです。


樟葉は古くからの交通の要所で、『日本書紀』にも崇神天皇の頃に「久須波の渡」として登場します。「渡」は湊です。川の交差路だったので、船着き場があったのでしょう。

樟葉の地は、馬飼の荒籠が継体天皇に献上した、という説もあります。

樟葉には牧があったから――というのがその説の理由の一つらしいんですが、これも質問してみたんですが、その牧が確認できるのは平安時代以降で、牧を思わせる遺跡が見つかったわけではなく、馬に関する地名研究からそうだと考えられる、と伺いました。

もしかしたら、これから先に古い時代の牧の遺跡がその場所から見つかるかもしれません。でも、そうなったら、馬の頭数や使い方まで、古代の馬に関する考え方そのものが大きく変わってくる気がします。


わからないので、考えました。

断っておきますが、私は専門家ではなく、ただの古代史ファンです。

古代史ファンが想像した結果、ひとつの案として、『雲神様の箱』では茨田の一族の名を借りました。

茨田の一族は、仁徳天皇の時代に日本最古の堤防をつくる手伝いをしたとされる一族です。

この日本最古の堤防は、淀川の下流に農地を確保するために造られました。現在の茨田の地名が残るのも、新しく確保された後の農地のあたりです。

だから、もしかしたら、この一族はほかから現在の茨田に移ったかもしれないな――と、『雲神様の箱』では、樟葉から移動したと想定しました。

茨田の一族は継体天皇に妃を嫁がせているので、擁立にも関わったはずです。


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こんなところかな?

三嶋の一族のことも書きたいですが、この一族についてはそこまで想像を加えていないつもりなので、割愛します。とても長くなりました。


そもそも、『雲神様の箱』でメインに使っている「継体天皇はヤマト王権から大王になるように頼まれて即位したわけではなく、侵攻した」というのも説のひとつですが、最有力な説ではないはずです。

『日本書紀』では、大王になるように大伴金村から頼まれて、謙虚に引き受けていますから。


――と、この物語には、たくさんの少数派の説や妄想も混ぜて書いています。

こうだったかもな〜という、古代史ファンによるロマンの世界です。


ありえないこともたくさん書きました。

論文ではなくフィクションなので。

そして、「こうだったかもしれない」という古代ロマンを書くために、『雲神様の箱』にはファンタジー要素も多めに入れました。

ファンタジーにしたのは、嘘も混じってますよ、とお伝えするためです。

歴史物語にはなり得ない「もしも」の世界ですが、この時代にお詳しい方には「もしも」の世界を楽しんでもらえるように、興味のない方には古代日本の世界への入り口になれればいいな、と書き始めた物語です。


しかし、正しいのは専門家です。興味を持ってくださった方は、ぜひ博物館にお出かけになったり、関連書籍をお手にとったりしてみてください。

日本古代史は、詳しく知ると面白いところがたくさんあります。

すこしでも、私が大好きな世界をお裾分けできますように。

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