7.実は私は、

「………………どっわァァァあああああああああああああああいッッ!?!?!?!?」



 悲鳴なんだか雄叫びなんだか分からない絶叫と共に、良香の落下は止まった。


 …………叫んでいたのは良香ではない。彼女を横抱きで受け止めた張本人…………才加だった。


「馬鹿! 馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿あんた超馬鹿っっ!!!! なんでフライアウェイしてんのよあんた残機無限リスポーン持ってないでしょ馬鹿なの死ぬの!?」

「才加が受け止めてくれるって分かってたからだよ」

「~~~~~~~~~~~~ッ!!!! 馬鹿! 次やったら受け止めないかんね!!」


 ツンデレのようなことを言いながら――この少女が言うとツンデレというよりオカンみたいだが――才加は良香の頭に拳骨を落とす。


 ゴチン! と鈍い音がしたが、意外と剛腕無双EXブースト継続中の良香には大して効かず、逆に才加が拳を痛める羽目になった。


「…………この石頭ぁ……」

「怒って拳骨とか、センスが昭和だよなぁ…………」


 良香がしみじみと他人事のように言っていると、風のアルターで飛行しながら、志希の肩を借りたエルレシアもやってきた。


「お疲れ様でした。貴女ならやってくれるだろうと思っていましたわ」

「……エルレシアはこの展開を予見してたのか?」


 首を傾げると、エルレシアは首を横に振った。


「いえ。流石にそこまでは。…………まあ、万が一のときの保険ですわ。ああ言っておけば、良香さんなら警戒してくれると思って」

「お嬢様、仕留めきれなかったと知ったときはとても悔しそうにしておりましたものね」

「志希!」


 ぼそりと付け加えられた志希の言葉に、エルレシアは顔を真っ赤にする。それが面白くて、良香は思わず苦笑してしまった。


 そうこうしているうちに、四人は地上に降り立つ。


 破壊され、高熱に蹂躙された地表からは未だに湯気が立ち上っているが……しかし、今は穏やかな雰囲気に包まれていた。


 生命流転アモルファスについても、穴に残っているのは完全に黒い消し炭だけだ。


「お帰り。お疲れ様、良香」

「ただいま。助かったぜ、彩乃」


 才加から降りた良香と彩乃は、そう言って拳を打ちつける。


「………………彩乃がそんなことするなんて、ちょっと意外かも」

「まぁ、私も色々とあってな」


 その様子を見て驚く才加に、彩乃は笑いながら、少し照れくさそうにして、


「………………『感情豊かな私』は、意外と可愛かったしな」

「……は?」

「え?」

「…………」

「彩乃、それマジで言ってるのか……?」


 …………その一言に、全員が凍りついた。


 …………この女性は、つまり『無邪気だが野性的な狂気の笑みを浮かべて猛威を振るう少女』の姿を、『感情豊かだ』とだけ判断したのだというのか…………?


 伏線は、確かにあった。


 服屋にやってくるなり、場違いさに思考回路がショートを起こすような人間にまともなセンスが備わっているはずなんかなかった。


 だが、これほどとは…………!!


「…………彩乃、頑張ろう」

「ん?」

「俺だけじゃない。才加も、エルレシアも、志希もいる。これから一緒に、頑張っていこう」

「お、おう…………どうした急に」

「食事に関してだけじゃなく、美的センスもアレだったのは予想外だったけど、みんなで頑張れば何とかなるから!!」

「え!? ちょっと待て、みんながドン引きしてたのってそれか!? もしかして私の感覚ってそんなにズレて……、」


 慌てだす彩乃の次なる台詞は封殺して、良香達四人は勝手に互いの顔を見合わせて頷く。


 おーい、おーい、お――――い、と呼ぶ彩乃の声をスルーして、悲しみを乗り越えた戦士達は悲壮感を背負いながら、学院へと帰還したのだった――――。



   *



 勿論、良香達は大目玉をくらった。


 ただし、知恵ある妖魔の誕生を未然に防いだという功績、それから依頼の事実を知らなかったがゆえの善意といったことから、彼女達に与えられたペナルティは即日罰掃除だけで済んだ。


 話が進むのも早かったので、ひょっとすると学院側はこの展開を予見していたのかもしれないな――と彩乃が呟いていた。


 もしそうなら学院には予知能力のオリジンを持っている巫術師がいるんだろうなと良香は思う。ちっとも冗談になっていなくて笑えなかった。


「しっかし、まさか彩乃がプロの人間だったとはね~」


 トイレの中から、才加の声が響いてくる。


 即日罰掃除、その一……便所掃除中の才加だ。


 便所掃除担当を割り振られた才加は案の定ギャーギャーと不平不満を漏らしていたが、根は真面目らしくしっかりちゃんと掃除をこなしていた。


「ですから、わたくしの言った通りだったでしょう。わたくしの観察眼ときたら我ながら何でもお見通しなのではと慄いてしまいますわ」

「まったくです、お嬢様」

「毎度のことだけどこの人の自己賛美は大体事実だからなあ…………」


 ナルシストの気を見せるエルレシアだったが、実際のところ大体事実なので始末に負えない。その横で完全なるイエスマンに徹している志希は内心何を考えているのか分からないが、少なくとも良香としては認めざるを得なかった。


 …………とまあそんな感じで、罰掃除をしながらだったが彼女達の関係は特に変わっていなかった。


「…………いや本当に、今回は迷惑をかけてすまなかったな」


 モップで廊下を擦りながら、彩乃は頭を下げる。彼女も今は本来の大人の姿ではなく少女の姿に変わっており、学生服を身に纏い、しっかり罰掃除に精を出していた。


「まったくですわ」


 エルレシアは呆れたように言い、


「貴女が変に意地を張らずわたくしに助けを求めていればもっとスマートに終わりましたのに」


 溜息を吐くが、決してそれは彼女の言う『迷惑を掛けられたこと』に対するものではなかった。そもそも彼女達は、一連の事件を迷惑とは思っていない。そしてそれは、この場にいる全員が同じ気持ちだ。


「そういう訳で――順序が逆になってしまったが、君達に私の秘密を話そうと思う」


 彩乃は掃除の手を一旦止め、全員にそう言った。トイレ掃除で離脱していた才加が顔を出すと、彩乃は話を続ける。


 既にみんなが知っていることだったが、これを彼女の口から直接言うのはある種の礼儀のようなものだった。


「そこの良香は知っているが――私の身分は正確にはこの学院の生徒……ではない」


 自らの身を案じて、危険を顧みずやって来てくれた少女達に対する、最低限の礼儀。


「私の正式な身分は、支巫術師アテンダント。より正確には巫術学院付属巫術研究所の第三主任だ。発生した巫石クリスタルを回収する為に反応があった場所へ向かったところで妖魔の襲撃に遭い――そして、偶然そこに居合わせた良香が巫術の才能に目覚めた。だから、彼女を導く為に唯一面識のある私が付き添い役となった」


 それから、無言でいる全員を一人一人見つめるようにして、


「…………それが、『私』という人間の正体だ」

「出会って一週間も経っていない友人に『秘密』を教えるのは『不用心』なのではなくて?」

「だが、命を懸けて力になってくれた友人に何も教えないのは『不義理』だろう?」

「………………違いありませんわね」


 そう言って、二人は互いに笑い合う。そこに隔意など、どこにもなかった。


「……エルレシアはともかく、才加とかは『大人が混じるとかズルい~』とか言いそうなモンだと思ってたんだけどな」


 そんな二人を横目に、良香は何やら上機嫌そうな才加にそんなことを言った。対する才加は全く以て上機嫌そうに言い返す。


「そんな訳ないじゃない!」


 口調こそ心外です、という感じだったが、表情が完璧に笑顔なので逆に不気味である。理由が分からない良香に代わって、流石メイドを目指す者という感じで自分の持ち場を鮮やかに掃除してきた志希が答える。


「磯湖様は将来のコネクションのことを考えていらっしゃるのでしょう」


 情も何もない最悪の回答だったが。


「先ほど釧灘様は巫術学院付属巫術研究所の第三主任と仰っていました。なかなかのポストです。磯湖様は討巫術師ミストレス志望ですが、引退後のことも考えてそちらへの渡りもつけておきたいのでしょう」

「…………才加…………見直してたのに……」

「なっ、何よ悪い!? 今のご時世、討巫術師ミストレス だっていつまで続けられるか分からないんだし再就職先の幅を広げておくのは当然のことでしょ!? あたしは何も間違ってないわ! それに、別にそれだけで彩乃のこと受け入れたって訳じゃないんだし…………上機嫌な理由はアレだけど…………」

「…………分かってるよ」


 一応、自分の浅ましさは理解しているらしく段々と尻すぼみになっていく才加に、良香は笑いながら頷いた。


 最初から、分かっていたのは分かっていたのだ。この学院に彩乃が場数を踏んだ大人だからといって排斥するような生徒がいるはずないということくらい。たとえ彼女達にとって不条理な異物だとしても、その不条理を受け入れ、逆に利用し自分を高みに持って行く人材の集団が、この学院の生徒なのだから。


 良香も、分かってはいたのだ。


 これは、彼女の踏ん切りの問題。


 でも、もう良いんじゃないかと思う。彩乃すらも受け入れてみせた彼女達になら、それこそ万象受け入れる――ことだってできるのではないか。


「――――あのさ」


 意を決して、良香は皆に呼びかけた。


 四人の少女たちはみな一様にきょとんとして、声をかけた良香の方を見る。そんな彼女達の顔を見据えて、良香はゆっくりと口を――――、


 きーんこーんかーんこーん、と。


 開きかけたタイミングで、昼のチャイムが鳴る。学院の中なので、休日であっても時刻を伝える役目としてチャイムが鳴るのであった。


 そして、昼のチャイムが鳴ったということは即ち罰掃除の終焉、そして昼食の時間である。


「………………」

「何よ? 良香」

「…………いや、皆にありがとうって言いたくて……」


 絶好のタイミングで、タイミングを崩された。まあ一応これも本心ではあるのだが、本当に言いたかったことは言い出すことも出来ず。

『そんなこと気にすんじゃないわよ馬鹿!』とか『存分に感謝しなさい、良香さん』とか『お気になさらず』とか口々に笑いながら声をかける友人とか、何も言わずヘタレた事実をただニヤニヤ笑いながら察したルームメイトとかに引っ張られながら食堂へと向かっていく。


(…………まあ、これはまた今度で良いかな……)


 ……と。これって『男らしく』ないななんて自己ツッコミは封じて、良香は思うのだった。


 彼女(あるいは彼)のそこそこ幸せな女子校生活は、まだまだ続く。


                完

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【完結】剛腕無双の討巫術師(ミストレス) 家葉 テイク @afp

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