6.もう一人の釧灘彩乃

「…………は?」


 良香は思わず、素っ頓狂な声を上げていた。


 確かに――――目の前にいるのは彩乃の姿を……。だが、彩乃とは決定的に違っていた。


 その表情は、彩乃の理知的なものとは違い、野性的な感情に彩られている。


 それは、笑み。暴れ、そして壊すのが何より楽しいと言わんばかりの暴力的な喜悦に彩られた表情は、彩乃とは似ても似つかない。


 さらに、その服装。


 彼女の服装は彩乃の纏う黒いボディスーツではなかった。


 万象受け入れる生命流転ワールドアシミレイターが身に纏っていたものと同じ、黒のインナーにクリーム色の上着。彩乃をよく知らない人物であれば、一目で同一人物と認めることすらできなかっただろう。


 ただ、最も決定的に違っていたのは、表情や服装ではなかった。


 


 よく見るとそれは、彼女自身の身体と半ば同化しているようでもあった。


 つまり――――、


生命流転アモルファスが、彩乃の姿になった…………?」


 形を整えるだけなら、原理的には可能だろう。生命流転アモルファスは不定形だし、原則的に好きな形になることができる。


 だが、それならば色彩はなく透明になっていないとおかしい。にも拘らず、生命流転アモルファスは生身の彩乃に瓜二つの外見をしている。


(…………ひょっとして、万象受け入れる生命流転ワールドアシミレイターの肉体を再構成して、彩乃の身体として構築しているのか…………?)


 だとすれば、一応理屈としては説明できる。複数の妖魔遣いを統合した生命流転アモルファスは、妖魔でありながら人間の身体すら構築できるのだろう。それならば、人間時の肉体を自分の好きに構築できるのは道理だ。


 だが、意図が分からない。なりすましによる騙し討ちにしても色が違いすぎるからひっかかる要因にはなりえないし、同情を誘うにしてもその程度で揺さぶられるほど甘い人間は此処にはいない。


 では目立つ行動をすることで何らかの陽動を狙っているのか――? とその場の誰もが思った、ちょうどその時。


『…………あは』


 は、明確に笑みを浮かべた。


 妖魔に乗っ取られかけて理性を失った声でも、リーダー格の男だった個体の声でもない、完全に独立した、釧灘彩乃にどこか似ていて、しかし決定的に違う少女の声を。


『あはっ、あははははははっ! あぁー! やっと戻れたっ! 馬鹿だねぇわざわざわたしを元に戻してくれちゃってさぁ!』


 少女は喜ぶように、楽しむように、嘲るように、蔑むように笑った。『まあわたしがっていうのもあるんだけど』なんて付け加えて、さらに彼女が言う。


『しかも色々新しいものも追加してくれちゃったみたいだし……正直もう、「万象受け入れる生命流転ワールドアシミレイター」の目的なんてどうでも良いんだけどぉ……』


 彼女は天真爛漫そのものの笑みを浮かべながら、その整った顔に自らの指を突き入れる。


『でもどうやら、わたしの中にある「馬鹿どもの残留思念」には、まだ釧灘彩乃への執着心が残っているみたいなんだよねぇ…………』


 そして、笑みで吊り上がった口角を引き裂いて、その笑みを凄絶なものへと変えていく。自ら破壊した部位が、半透明のどろどろとしたアメーバと化していく。


 人間の姿をしているとはいえ、本質はアメーバなのだから変わったことをしているわけではない。そう分かっていても、人間の姿をした者の人間離れした笑みに、良香の心を戦慄が駆け巡る。


『――だから、ちょっとわたしのモノになってくれないかなぁ!?』


 風を斬る音が鳴る。


 ちょっと物を掴む程度の勢いで伸ばした彼女の腕が、猛烈な勢いで伸長した音だった。


 吹っ飛ばされた彩乃のことを捕えるように、触れれば最後、引きずり込まれるしかない『動く底なし沼』が彩乃に迫る。


「…………チッ、色々と水を差してくれたな」


 対して、彩乃は既にロードを終えていた。


 軽やかな足音と共に跳躍した彩乃は、逃げ場のない空中に躍り出たなと嘲笑わんばかりに追撃してくる生命流転アモルファスの魔手を、風のアルターによる加速で鮮やかに回避していく。


 それどころか、すれ違いざまに火のアルターすら叩き込む余裕があった。が――、


『ん~っ効かないなあ!』


 全く無視して、生命流転アモルファスの腕はさらに彩乃を狙って突き進む。見てみると、生命流転アモルファスの腕の中には小さな気泡がびっしりと詰まっていた。体表面に泡を貼りつけていた『本隊』とは制御の精度が段違いだということだ。


「チッ、不定形というのは厄介だな!」


 地上を、空中を、まるでバウンドでもしているかのように縦横無尽に駆け巡る彩乃だったが、それでも包囲網からは逃れられない。


 徐々に、追い詰められていく。


「…………彩乃!」


 見かねた良香が、生命流転アモルファスの包囲網を殴り壊して突貫する。


 ドバァ! と、生命流転アモルファスの一部があっけなく蹴散らされ、塵と化した。


『……! キミのことも知ってるよ!』


 二人が合流しそうになったと見るや、生命流転アモルファスは一旦腕を戻して二人から距離を取る。


「…………おかしいな」


 そんな様子を見て、彩乃は顎に手を当てながら呟く。


生命流転アモルファスは焼き尽くしていたはず。仮に融合したにしても、あれほど大量のアメーバを運用することなんて――――」


 そこまで言った瞬間、ガボッ、と地面の一部が崩落する。


 それで、彩乃は全てを悟った。


「…………そうか…………!! 地面を『掘って』いたのか…………!」


 確かに、周囲の地面は灼熱で覆われていた。生命流転アモルファスの真下の地面もそれは例外ではなかったが、もし仮に『吸収能力』ではない単純な膂力で地面を掘っていたのならば。


 …………『成れの果て』になっており、物質的な硬さを持たない万象受け入れる生命流転ワールドアシミレイターには不可能な話だろう。


 だが、今目の前にいる生命流転アモルファスは見ての通り生身の肉体を構成することができる。


 巫素マナを強く帯びた肉体であれば、ブーストの要領で地面の掘削くらいは訳ないはずだ。


 あとは、地面を掘り進んで最後の火のアルターをやり過ごせば、死んだように見せかけて生存することはできる。


(…………しくじった……。最後に油断せず、『煉獄』で処理しておけば地面に隠れようと熱で殺せた…………いや、それではエルレシア達まで巻き込みかねない…………クソ、向こうの作戦勝ちか)


 自らの失敗を悔いる彩乃だが、プロたる彼女は自分のミスを悔いることはあっても、そこでいつまでも拘泥することはない。


「ッ、おい彩乃、これっていったいどういうことだ!? 生命流転アモルファスはさっきので焼き尽くしたんじゃなかったのかよ!?」

「おそらく、焼き尽くす直前に妖魔に人格を乗っ取られ、それによって取得した生身の肉体で地中に逃れていた。私が焼き尽くしたのはフェイクだ」


 しかも、あたりのものを吸収しているから彩乃が『煉獄』で消耗させた分は全て回復されてしまったとみるべきだろう。総体積トラック二〇台分……今は圧縮されているのか人間くらいのサイズをしているが、ちょっとしたビルくらいの体積を誇る妖魔だ。


「ヤツの言動から察するに……妖魔本来の人格とはいえ、妖魔らしい『知性のない行動』は期待できなさそうだ。おそらく元となった『万象受け入れる生命流転ワールドアシミレイター』の面々の『人間だった部分』を手中に収めているのだろう」


「つまり、どういうことだよ?」

「史上初、『知恵ある妖魔』の誕生ということだ。連中はまさしく歴史に名を残したな…………『とんでもない化け物を生み出した人類の汚点』として、だが」

『どうでもいいよ。だってどのみち、「人類」なんて全部わたしが一つにしちゃうし、ねぇ!』


 腕を伸ばして辺りの障害物を吸収していた生命流転アモルファスは、そう言って腕を伸ばす。良香が彩乃を抱えて伸ばされた腕を飛び退いて回避すると、その腕が勢いよく膨らみ、腕の先で無邪気な少女の身体が形成されていく。


「なんだあれ……!?」

「どうやら、自分の身体を自在に形成できるからああやって『移動』するのを覚えたのだろう。……ただでさえの超耐久に加えて、知性のある格闘か……。しかも良香以外は触れられたらその時点で即・詰みだ。おそらくはエルレシア嬢達もそれを察して降りてこないんだろうが……」


 彩乃は軽く舌打ちし、


「マズイな…………早く片付けないと通信基地の方に被害が及ぶかもしれん」

「……? 通信基地? この小島にそんなのがあったのか? …………電気とかどうやって通ってるんだ?」

「さあな。地下に電線でも埋設してるんじゃないか? このあたりは海底も比較的浅いし、学院から海底を通しているんだろう」


 彩乃は適当そうに言い、


「学生時代、昨日の良香達と全く同じことを考えて探検したことがあってな。先生――理事長にしこたま怒られたが、お蔭で幽霊は出ないと分かった」


 なんて悪戯っぽく笑いつつ、続く生命流転アモルファスの攻撃を回避する。


 と、突如前触れもなく何かが落ちる音が聞こえた。それは、生命流転アモルファスの足元に小さな氷の粒が転がる音だった。


 そして――――生命流転アモルファス自身の足も凍りついている。


「確かにわたくしの技量を以てしても『アレ』を相手に接近戦を挑むのは少々分が悪い。ですが、だからといって何もできないわけではありませんでしてよ。――――とはいえ」

『…………なにこれ? もう、面倒臭いなぁ!』


 鈍い音を立てて生命流転アモルファスの凍りついた足がアメーバ様の組織に包まれ、そして粉々に砕かれていく。一秒と経たずに生命流転アモルファスの足は元通りに戻った。


「…………やはり焼け石に水ですわね」


 全く効いている様子のない生命流転アモルファスに、エルレシアは苦々しい表情で呟いた。確かに足は凍りついたが、人型の姿にビル一棟分の体積を『圧縮』している生命流転アモルファスはたとえ全身を凍りつかせようとしても後出しで組織を引き出してしまう。先にエルレシアが諸刃の剣に斬られて参ってしまうだろう。


「どうしたものかな。熱も駄目、冷気も駄目、おそらくは志希の切断も通用しないだろう。唯一効くのは強大な衝撃――剛腕無双EXブーストによる体組織の飛散だが、それも接近戦の危険を伴う…………」

「――わたくしにまだ策がありますわ!」


 手を出しあぐねていた良香と彩乃に、自信に満ち溢れた声が響く。それは、今しがた自分のオリジンが効かないと分かったエルレシアのものだった。


「…………正直なところ実用性に欠ける技なので封印しておりましたが、この局面では使えないこともないでしょう。……ただしこれを使えばわたくしはまず間違いなくスタミナが切れますが」


 エルレシアはそう言って、良香に目線を向ける。


「…………これで仕留めきれなかったときは、良香さん、貴女に任せましたわよ」

「な、何を……」

「なあに。貴女なら心配は要りませんわ。何せ、貴女はたとえ仲間による助力があったとしても、わたくしを退けた唯一の人間なのですから」



    *



 良香にそう言い残して、エルレシアを乗せた才加は一気に上空まで飛びあがった。


「…………ああ、怖すぎる……。作戦聞いてやりますって言っておいてなんだけど怖すぎる……こんな高くまで来て、感電したらどうすんのよマジ…………」

「心配要りませんわ。それより、足場の安定をお願いしますわね」


 そこそこ顔を青褪めさせている才加に言って、エルレシアは両手を天に掲げる。


 右手から莫大な炎が、そして左手から膨大な水が解放され、それらは空中で混ざり合って極大の水蒸気と化す。


「……この天気。僥倖でしたが、真の強者とは偶然すらも利用する者のことを言うのですわ」


 以前言っていたこととは全く逆の論理だったが、エルレシアは過去を振り返らない。


 ただ今を、これから先を掴みとる為に、全力で戦う。


 見ると、エルレシアの端正な顔は集中のあまり険しく歪んでおり、こめかみには血管が浮かび上がっている。火と水のアルターを高出力で放ち、しかもそれが減衰しないように巫素マナを送り込み続けているのだ。それは想像を絶する集中力を必要とするだろう。

「生み出された大量の水蒸気は上空で冷やされ、既存の雲と合流し巨大な雨雲となる――」

「…………お嬢様、準備はできました」

「あたしも、いつでもすぐに逃げられるわよ」

「よろしい」


 全長一〇メートルはあろうかという細長い土のアルターの『槍』を持った志希と逃げ腰全開の才加に、エルレシアは満足げに頷く。


 エルレシアは運がいい。一人なら此処までの飛行も自分でやらなくてはいけなかったし、土の槍も自分で作らなくてはいけなかった。既存の雨雲を使うことでさらに余裕ができたし、何より『身を守る為の余裕』を作らなくてもよくなる。…………その分を、威力に回すことができた。


 既に疲労困憊だが、それを推してエルレシアがやろうとしていたのは……、


「…………そして、巨大な雨雲に急速に冷気を浴びさせれば、内部の雨粒は氷となり、固体同士の接触によって大量の静電気が一気に発生。然る後――――」


 エルレシアは獰猛な笑みを浮かべ、


「――――『雷雲』となるッ!!」


 彼女達の周囲を黒い闇が取り囲んだ。志希の快刀乱麻キルブラックだ。


「……あれ? アルターの槍とか斬れちゃわない?」

「切断するものは自在に選択できるのでご安心を。電気だけを断つことも可能ですので。……というか、そうでないとサバイバル演習でも危なくて使えませんし」

「志希!! 投げなさい!!」


 エルレシアの檄と同時に、志希は手に持ったアルターの槍を思い切り下に――正確には確認しておいた生命流転アモルファスの頭上に投げ落とす。


 そして、エルレシアは天にその両手を翳したまま、


「お見せしましょう、これがの―――――――――全身、全霊ッッ!!!!!!」


 そして。


『神雷』が、地上に振り下ろされた。



    *



 上空から細長い土のアルターによる『槍』が落ちてきたと思ったら、一瞬の出来事だった。


 まずあたりの景色全てが極大の雷光によって埋め尽くされ、その一瞬後に太鼓を叩いた音を数千倍まで増幅させたような爆音が響き渡る。


 …………近くに彩乃がいたのは、幸いだっただろう。


 彼女は空に『槍』が見えた時点で即座に自分達を土のアルターで囲んでいた。


 そうしていなければ――――


『A…………GA………………』


 今頃、目の前で消し炭になりかけている生命流転アモルファスよろしく、焼け死んでいただろうから。


 感電させることによるダメージ。確かに、それならいくら気泡を混ぜ込んだとしても『感電』するのだから無意味だ。


 巫素マナの濃度が高まって強化されると言っても、それはあくまで多少の話である。全身くまなく、大量の電流を流されればいかに妖魔とはいえ一たまりもない。


 確実に、仕留めた。


 彩乃は味方ながら、エルレシアの発想力に感服していたが――――、


「彩乃、頼んだ!!」


 良香は、電流が流れ終わるや否や彩乃の展開したアース用のドームを破壊し、一目散に駆けだしてしまう。


 ……………………あの一瞬を目撃したのは、良香だけだ。


 槍が地面に突き刺さり、アース用のドームが視界を覆う、その一瞬前。


 剛腕無双EXブーストによって強化された常識外れの視力は、大雨の中で確かに『それ』を見て取っていた。



 生命流転アモルファスが、自分の一部を切り離して、空高く投擲していたのを。



 このまま行けば、逃げ切られる。そうすれば全ての消耗は回復されてしまう。それだけは、避けなくてはならない。


 …………だが、良香が最大の力を発揮するには、誰かの力が必要だ。


 もう生命流転アモルファスの残骸は殆ど塵と化してしまっているし、エルレシア達は空の上だ。


 彩乃しか、頼れるのはいない。


 説明している暇はない。そんなことをしているうちに、生命流転アモルファスはもう決して追いつけないところまで逃げ切ってしまう。


 ただ、それが果たして、彩乃に伝わるか。理詰めで考える『プロ』である彼女が、ド素人の良香の判断を…………信頼してくれるのか。


「――――任せろ、良香!!」


 …………しかし、彩乃は何も聞かず、ただ腕に炎を灯した。


「火よ、この身を喰らい、思う存分――燃えろッ!!」


 略式の、適当な詠唱ではあったが…………それでも、彩乃の腕に強烈な炎が宿る。そして、その炎は迷うことなく良香に浴びせられる。


 直後。


 ドッッッッ!!!!! と、周囲の雨粒の落下方向が一気に逆転した。


「…………やれやれ、一般人だったらこれだけで鼓膜が破れているところだったな」


 巫術師である彩乃は、そんな友人の後姿を見送っていた。



   *



『ぐぅぅ~~、あぶな…………』


 勢いよく上昇しながら、彩乃の姿をした無邪気な少女――――生命流転アモルファスは、これでもかというほど怯えていた。


 エルレシアの『神雷』だ。


 いかに巫術師とはいえ、天候すら味方につけるなど常軌を逸している。万象受け入れる生命流転ワールドアシミレイターは所詮小物なので、そのデータが全てでないことも生命流転アモルファスは承知しているが…………それにしたって、あれは規格外だ。


 雨、というロケーションも災いした。


 視界が悪い上に、地面はびしょ濡れだ。あの状況で電撃攻撃など、回避できるはずもなかった。


 だが、戦いのセンスではこちらが一枚上手だ。


 一瞬前に『本体』を投擲することに成功したから、全滅はしていない。人間一人分くらいの体積しか残っていないが、それについてはいくらでも補填が利く。心配は要らない。


『まさか、ここまで追い詰められるとは…………』


 唯一のプロである彩乃は生命流転アモルファスとの相性最悪、良香に関しては要注意だがド素人だったし、他の三人もたかが学院の生徒だと思っていたが……とんでもない。


 生徒であっても、プロの卵。彼女は、人間らしい知性で人間らしい感情を排して、素直に自分の非を認めていた。


 だが、これで学んだ。


 油断や慢心はない。次に釧灘彩乃を狙う時は、万全の準備を整えて挑める。


『フフ……待ってて、』

「いいや、待ちきれないな」

『!?』


 ………………だが、生命流転アモルファスはそんな自分の想定がまだまだ甘かったことを思い知らされた。


 地上から、超高速で肉薄した常識外れの筋力馬鹿EXブーストの少女によって。


『な…………まさか追撃!? いくら巫術師でも、この高さから自由落下して無事でいられるはずが…………!』

「心配要らねーよ、今頃友達思いのお節介焼きが口でぶつくさ言いながらもナイスキャッチの準備中だ」


 狼狽する生命流転アモルファスの逃げ場を奪うように、良香はピシャリと遮る。


『…………フ』


 そんな良香に、生命流転アモルファスは笑みを見せた。


『でも、やっぱり甘いね! どうせわたしにトドメを刺そうって考えなんだろうけど……下手に殴ろうものなら、その時点で分離してわたしは自分を分ける! キミに決定打は――、』

「違うな」


 しかし、良香はさらにその言葉を遮った。


 それどころか、生命流転アモルファスのことを掴んで、彼女の前に回り込む。


 体勢的には、彼女の上に覆いかぶさって、地上を見るような形だ。


「…………知っているか」


 良香は、徐にそんなことを言い出す。


「この島には通信施設があって、その電力は学院島から供給されているんだと。まぁそんな事情があるから一般生徒は入れなくて、そのせいで幽霊の噂なんてのが出ているくらいなんだけど」

『何を…………、』

「じゃあ、?」


 それは、会話と言うよりも、最後通告のようなものだった。策の開陳。トリックの種明かし。つまり――――終わった結果の報告。


『まさか……、』

「そうだよ、地中だ。もしかして気付かなかったか? お前、意外とギリギリの綱渡りをしていたんだぞ。お前が彩乃の炎から逃れた時に掘った穴、大分深かったからな」


 そして、その穴は未だに残っている。


 電力を供給する為のパイプラインが露出しかけている、穴が。


『まさか、そんな! やめろ! わたしにッ、そんなァァァああああああああッッ!!』

「もう、遅せーよ」


 ガッ、と。良香は生命流転アモルファスの首根っこを掴む。


『おおお、やめ、やめろおおおおおおォォォおおおおおおOOOOOOOOOOOHHHH!!!!!!』

になるんだったら、もう少し落ち着きが欲しいところだったな」


 最後に、良香はそう言って。


「それじゃ、全然タイプじゃねー」


 生命流転アモルファスを、地面の大穴へと投げつけた。



 直後。


 信じられないほどの白光が、あたりに散った。

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