5.ゲーム・チェンジャー
結局、良香達四人はバスでまた北西部フェリー乗り場前までやってきていた。
既に雨は降り始めており、大気中を伝播する関係上雨粒によって精度が鈍る学院の
「……つか、雨が降り始めたけどエルレシアの感知は大丈夫なのか?」
「ええ、心配要りませんわよ。咄嗟ならさておき、一つの対象をじっくりと感知でとらえる訳ですから。時間はかかりますが確実に感知できます」
心配そうに言う良香に、エルレシアは胸を張って答えた。
全員、最終的に変身するつもりなので傘は持ってきていない。雨に濡れて下着が透けた豊かな胸が突き上げられ、良香は黙って目を逸らした。そんな自分の服も濡れ透け状態なのだが、そこに気付かないのはご愛嬌だ。
「さて、では感知に入ります。まずは中継用の小島ですね――――」
集中する為か、エルレシアは俯いて目を瞑り、僅かに背中を丸める。これが彼女にとって一番集中しやすい姿勢というわけなのだろう。数十秒ほどそうしてじっとしていたエルレシアだったが――、
「!」
突然、ぱっと顔を上げた。
「発見しましたわ! やはり予想通り中継用の小島にいました! 冴えていますわね、志希!」
「出来れば、当たっていて欲しくはなかったのですが」
小島の幽霊の件をまだ根に持っているらしい志希はそう言ったが、そうと分かった以上行かないという選択肢はない。
居場所は分かった。
海を見据えた良香は気合を入れて呟く。
「――変身!」
彼女の掛け声と同時に、四人の装束が見る間に変化していく。
煙が立ち上るように、氷が張るように、暗がりが広がるように、火が燃え広がるように。
元あった学生服は消え失せ、代わりのピースを当てはめるように彼女達の戦闘服が現れ出ていく。――――そして、それらの変化が終わった後には四人の魔法少女が四者四様の衣装を身に纏って港湾に佇んでいた。
左右を見てそれを認めた良香は、堂々と見栄を切ってこう言った。
まるで、漫画の中のヒーローみたいに。
「行くぞ皆、彩乃を助けに!」
*
ヒールの音がそこに響き渡る。
もはや、戦闘は終結したと言っても過言ではなかった。
四〇人いた『本隊』の面々は既に二〇人にまで数を減らし、生き残りも最早人の形すら保てないほどにダメージを負っていた。
「……フム、七回か。毎回直撃の直前に全身を『泡立たせる』ことで断熱効果を狙ってくるとはな。正直侮っていたがなかなかどうして、君達もやるじゃないか」
辺りは完全な焼け野原と化していた。この島の本来の設備らしい通信基地周辺は、戦闘場所から距離があるということもあって無事だが――戦闘が行われていた小島の東側、半径五〇メートルに彼女と『本隊』以外の生命反応は一切存在していない。
彼女はそんな赤熱した大地の中心に、焼けながらにして佇んでいた。それが姿に反映されていないのは、焼かれながら高速で元の自分をロードしているからだろう。
『本隊』の面々も何度か地面を吸収して回復を試みたようだが、回復の前に地面の熱で体表組織が焼け死んでしまう為に能力を使えないでいた。
「どうやら、体表組織が焼けて変質するほどの温度の物体は取り込むことができないようだな。良いことを知った――尤も、あと一回で全滅だが」
そう呟き、彩乃は手の中にまた火球を作り出す。
『ぐゥ、が……ア…………』
――――――ヒトツニナレ。
その時…………唐突に、リーダー格の男だった
――――――ヒトツニナレ……『完全体』ニナレ……。
その声は、リーダー格の男だった
学院の一極体制による利権の歪みに対する義憤も。
そう言っておきながら本当は自分達が社会の一番美味しい部分に預かれないという不満を抱いていただけだったのも。
――そんなのは全部後付けの理由だ。本当に最初は…………、
『我々、は、わ、たし……は…………一つ……に…………なり…………たかっ…………』
そして。
『OOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOhhhh!!!!』
融合が、始まった。
残る二〇体の
「チィ……! 融合だと!? コイツら、そんなことをすれば元に戻れないと…………分かっていてもやるか。やれやれ、これだから野蛮人は嫌なんだ…………!」
彩乃は右腕を包み込む『煉獄』の炎を振るい、完全体となった
灼熱が辺りを包み込んだ、が――――。
幾度かのロードを経て彩乃が確認した
(コイツ……明らかに熱への耐性が上がっている。融合することで含有する
もちろん、それだけではなく大質量ゆえに先程から『煉獄』対策に行っていた気泡による断熱作戦がさらに大規模になったというのもあるのだろう。どちらにせよ、切り札だった『煉獄』が決定打たり得なくなったのは彩乃にとっては厳しい状況だ。
(とはいえ、依然周囲は灼熱地獄で回復は封じている。このまま消耗戦に持ち込めば問題なく勝てるし、仮に何らかの事情で硬直状態に陥っても、時間がかかれば不審に思った本島から援軍が来るだろう……。……問題は、これ以上ヤツのスペックが上がったりしないかだ)
『ウグ…………Ohhh……Ahhh…………これ……は……凄い…………ぞォ……!』
その声は、リーダー格の男だった個体の声だ。どうやら『本隊』の面々の意識は統合されたが、それを統括しているのはリーダー格の男だった個体のようだ。
『クク…………これ……で…………形成…………逆転…………だな…………』
これで万策尽きた訳では、勿論ない――だが、一切の予断を許さない状況まで戦況が盛り返されたのは、紛れもない事実だった。
ここからどう戦闘の流れを作っていくか――彩乃がそう思考を巡らせたちょうどその時。
空から、一人の少女が降って来た。
少女は迷うことなく融合した
「ぶっ飛べ、オラァア!!!!」
その頂点に、強烈な拳を突き立てる。
直後。
強烈な風圧と共に、歪な人型を保っていた融合
灼熱の大地に押し付けられた融合
「…………良香!? 何故ここに!?」
「へっ、良いタイミングだったろ?」
その少女――良香を見た彩乃は、大きく目を見開く。勿論彩乃も良香が自分を捜して動く可能性は考えていた。だからこそ、彼女をこの場に連れて来ないように此処に繋がる最重要ポイントは遮断してきたはずだった。
他の秘密に勘付かれようと、そこさえ押さえていれば一番守り通したい秘密は守ることが出来る。これが彩乃の機密管理法だ。今回も、情報も持たなければ感知も使えない良香は学院関係者に直接尋ねるしか方法がないはずだったが――――、
「…………そうか。エルレシア嬢、君か」
「ご名答。流石にわたくし達が言うまでもありませんでしたわね」
「お嬢様だけでなく、我々もいますが」
彩乃が頭上を見上げると、そこには風のアルターで浮かぶ才加と、その両肩に座るエルレシアと志希の姿があった。
それを見て、彩乃は静かに嘆息する。
「…………どうやら……私はよほど頭に血が上っていたらしいな……。考えてみれば当然のことなのに、ここに考えが至らないとは……」
「わたくし達の友情を見くびっていたのではなくて?」
「………………まぁ、それもあるかな」
「素直に認めたことに免じて、それについては許して差し上げましょう」
悪戯っぽく言うエルレシアに、彩乃は肩を竦めるしかなかった。
「…………っつか、カッコつけてるとこ悪いんだけどこの体勢いつまで続けんの……? あたしいい加減肩痛いんだけど。さっきまで両手で良香のこと掴んでたし……」
「もう少しの辛抱です。我慢なさい」
「へぇへぇ、ウチの女王様は家来の扱いがひでえや……」
軽口を叩く才加をよそに、良香は叩き潰した
もはや、
「…………私の姿を見ても驚かないということは、私の正体については既に勘付いているみたいだな」
「ああ……そうだよ。皆、お前のことを想って駆けつけてくれたんだ」
良香の言葉に、彩乃は思わず笑みをこぼした。
良香は勿論、騙していた三人についてもその時点で見捨てられても良いと思っていた彩乃だったが――これは言わない方が良いだろう。そんなことを言えば、四人に本気で怒られてしまうに違いない。
「有難いところだ。それにタイミングも良かった。だが――これ以上は良い。……これは私が済ませなくちゃいけない禊なんだ」
「…………何言ってんだよ?」
「コイツの、いやコイツらの目的は最初から私一人だった、ということだ。コイツらの目的の為には私のオリジンの能力が最適で、だから私を狙っていたんだ。銀行強盗の時も、…………君が巫術師に目覚めた時も」
「………………!!」
「分かるか、良香。……いや、…………」
彩乃はそう言って、自分と良香の周囲に炎のアルターを展開する。
おそらくは、防音。ただのそれだけで、平べったく地面に叩き潰されていた
だが、良香は肩の力を抜くことはできなかった。
目の前の女性の目を見て、気付いたのだ。彩乃を救う為には、
「……良雅君。君の人生は、私によって滅茶苦茶にされたようなものなんだよ」
彼女はそう言うと、視線を地面に落とす。
その強敵の名は、『自己嫌悪』。
「…………卑怯な言い方をしている自覚はある。君は優しいから、こういう言い方をすれば多分強くは出られないだろう。でも……、……すまない。本当に、申し訳ないことをした。……私の不注意のせいで、君の人生を永久に歪めてしまった。君にも、
彩乃は真面目腐った表情を浮かべて、ただそう言った。
瞬間、良香の脳裏にこれと同じ表情を浮かべた彩乃の姿がフラッシュバックした。彼女が浮かべるこの表情は――罪悪感に駆られている時の表情なのだ。
清良と相対した時、いつも彼女はこんな表情を浮かべていた。
当人たちがふざけ倒しているような状況でも、彩乃だけはどこか居心地が悪そうにしていた。
それは多分、清良が、あるいは清良が良香に向ける愛が、彩乃にとっては『良香を巫術師の道に引きずり込んだ』自分の罪を強く自覚させるからだろう。
(………………なんだ、それ)
良香は、心の中に怒りが湧き上がるのを感じた。だって、つまりそれは。
(オレ、こんなに思いつめてる彩乃の苦しみを欠片も分かってやれてなかったってのかよ!?)
目の前で苦しんでいた友達を、みすみす苦しませ続けていたということだから。
「――――彩乃」
彩乃の肩を、良香は掴む。
多分、ただ彼女を許すだけでは彼女は救われない。
彼女は良香の心根を理解し、事情を説明して謝れば許されると知っていて、許されたがっているのにそう思っている自分のことを嫌悪している。だから、『お前の気に病んでいることなんてちっぽけなことだ。全部許すよ』なんて良香が言ったところでそれは何の解決にもならない。
なら、良香が言うべきことは。
「オレは、今の自分が不幸とは思ってねー」
彼女に対し許しを与えるという――副次的に『罪』の存在を認めてしまうことではなく。
「そりゃ、確かに女になっちまったのはびっくりしたけどさ。才加にエルレシアに志希に、――彩乃に、色んなヤツらと友達になれた。キツイことはいっぱいあるけど、それも含めてオレにとっちゃ財産なんだよ。……だから、そんな財産まで『間違ったことだった』なんて切り捨てないでくれ」
彼女の行いを、それによって生まれた『良い結果』を、しっかりと認めさせること。色々と問題が起きているのは否定できないし、良香が不利益を被っているのは紛れもない事実だ。だが、事実はそれだけではない。そのことを、彩乃に認めさせる。
「………………、」
「もし、それでもお前が自分のことを許せないってんならさ」
そして良香は、『男らしい』不敵な笑みを浮かべてこう付け加えた。
「俺が、お前のことを引っ張っていくよ」
何となく、良香は分かっていた。
思えば、そこに辿り着くだけのヒントは既に用意されていたのかもしれない。
彼女が青春時代から既に栄養食品を好んでいた理由。
普通の業界では無名な彩乃が研究者界隈で有名だった理由。
今も頭のイカれたマッドサイエンティストが彩乃のことを求めている理由。
君にも
つまり――――彼女自身も、今の良香と同じ、いや、今の良香よりよっぽど酷い人生を送っていたのだ。そして、彼女自身そんな自分の人生を『不幸せ』だと思っている。
もちろん彼女の人生にだって『良いこと』はあっただろう。救われたりもしただろう。だからこそ、彼女は前向きに生きていられる。
――でも、それはあくまで『不幸中の幸い』でしかないのだ。不幸なことの中でせめてもの救いがあったからといって、胸を張って『幸せな人生だ』なんて言えるものではない。
まして、『その経験』は他人に押し付けたくないものだった。だからこそ、同じ人生の焼き直しをさせかねない良香に対し罪悪感を抱いているのだ。
そこに、良香の赦しは――究極的には関係ない。良香が許しても、彩乃は自分で自分を責め続ける。彼女はそんな自縄自縛の『煉獄』に、自らを置いているのだ。
だから、
「とりあえずそんなことは忘れて、ふと振り返った時お前がお前の人生を認められるくらいに――――『良いこと』を積み重ねていけばいいだろ」
良香は『自分を許せ』とは言わなかった。代わりに、彩乃が良香に押し付けてしまったと思い込んでいる人生も、そんなに悪いものではないと……そう思えるようになろうと言ったのだった。
「…………きっと、アイツらも一緒だしさ」
彼女達を包む業火は、いつしか消えていた。
ぽつり、と彩乃の目元に雨粒が落ちる。頬を伝う滴が単なる雨粒なのか、別の何かなのか、良香には分からないが――――答えとしては、それで充分だった。
「秘密の内緒話は終わりまして?」
「ああ。すっかり待たせたな」
「話している最中に妖魔の完全消滅を確認しておきました。どうかご安心を」
「重い……何でもいいからさっさと終わらして……」
相変わらずな三人の台詞に、良香と彩乃は二人して顔を見合わせた。
「…………私が私の人生を認められるくらいに、『良いこと』を積み重ねて行けば良い、か」
そして、彩乃は空を仰いだ。業火は消え、ぽつりぽつりという雨が焦土と化した地上を少しずつ冷やしていく。殆ど焼け石に水といった様子だが――――でも、いずれはこの熱も冷えるのだろう。
「……私に、できるかね。もう少女って若さでもないが」
「一人で不安なら、俺が協力するよ。才加もエルレシアも志希だっている。……それに、時間もたっぷり三年間だぜ」
「………………そう、だな」
そうして、彩乃はふわりと笑う。
初めて見る、彩乃の優しい笑みだった。
――――そして、次の瞬間には真横に吹っ飛ばされた。
「…………は?」
目の前で彩乃が吹っ飛んで行ったのを間近に見た良香は、驚愕の余りその場から動けなかった。
いや、良香が驚愕したのは、突如彩乃が吹っ飛ばされたから――だけではない。
彩乃を吹っ飛ばした、その張本人。その容姿に驚愕したのだ。
――――そこには、もう一人の釧灘彩乃がいたのだから。
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