3.無計画という名の計画
バスに揺られることおよそ一〇分。
良香達は特に何か問題に見舞われることもなく、無事に北西部フェリー乗り場前まで到着した。
フェリー乗り場――と言っても沿岸に船の乗降場を作ったものではなく、オフィスビルが立ち並ぶ市街地の中に湾を作り、そこに乗降場を作っているという港湾――いわゆる『ポート』の形式をとっている。
良香がイメージしていたのは海岸線の中で一本細長い船着き場が伸びているだけの波止場や埠頭だったのだが、これはそれよりも幾分か近代的で工業的な雰囲気を感じさせる構造をしている。流石に都市化された北西部だな……と良香は良く分からない感心の仕方をしていた。
「……凄いな此処。川が流れてるぞ、人工島なのに」
バスから降りた良香は、次にそんなことに気付いた。
良香が指摘した通り、フェリー乗り場のある湾を視線だけで登って行くと川に繋がっていた。
いかに人工島でインフラが整備されているとはいえ、人間の生活は水に密接している。中心部に流れた雨水をどう処理するのかというのもそうだし、排水を流す為の設備も必要である。
そうした問題を解消する為に河川も整備されているという面もあった。尤も、問題を解消する必要があるからといって人工島に、しかも恒久的に水が流れている川を流すのは可能なのかといった疑問もあるにはあるのだが……実際に成り立ってしまっている以上、原理はともかく認めるしかない。
「此処の整備は五〇年前に当時の
そんな良香の圧倒されっぷりを見て、彩乃は適当そうに言い添えた。巫術が噛んでいます、と言われれば何故か納得してしまえる雰囲気が、この学院にはある。なんだか考えるのが馬鹿馬鹿しいなあと良香は投げやりに思った。
そんな良香の内心はさておき、この探索の仕切り役らしい才加はかるーく指揮を執る。
「この後はとりあえず、てきとーに川の流れに沿って歩いて行きましょうか。てきとーに」
「……てきとーに、ねぇ……」
相変わらずアバウトな探索計画にぶつくさ言いつつも、良香は口以外素直に身体を動かしていく。
「…………」
彩乃はそんな良香――ではなく才加の表情を横目で見ていたが、やがて二人が歩き出したのを見ると、その後ろについて歩き出した。
「ちなみに、この島を作る時に、その中継地点として整備してた小島が学院島の北西沖五〇〇メートルくらいにあるらしいんだけどね」
歩き始めると、才加はそんな話をしだした。怪訝な表情を浮かべる良香と対照的に、エルレシアと彩乃の表情がどこか呆れた色を滲ませる。
二人が呆れているので何となくどんな話かは想像がつく良香だったが、一応何の話かと残る志希の顔色を見る。しかし、志希の方は相変わらずのポーカーフェイスだった。
そもそも彼女が何かしらの感情をあらわにすることなんてあるのだろうか? それこそ良香には想像できない。
「実はそこ、出るらしいのよ」
「…………出る? 何がだよ」
「決まってんでしょ、幽霊が、よ」
その時、良香はエルレシアと彩乃の表情が変化した理由を悟った。これは、真面目に聞くのも馬鹿らしくなる類の与太話だ。
「…………ほう」
ただし、良香の表情はそんな印象とは裏腹に、ニヤリと不敵な笑みに歪む。
そういう与太話こそ、男の浪漫というものである。
「……あーあ、良香が乗っかってしまった」
「まあ、良香さんは好きそうな話ですしね。わたくしはただの思い込みだと思いますが」
「ったく、二人ともノリ悪いわねー。これだから現実主義者っていう人種は嫌だわ。……志希はどうよ?」
五人の中でもきっての現実主義者であるエルレシアと彩乃にすっぱりと切り捨てられた才加は、この中で一人無言を貫き通していた志希に水を向ける。
というか現実主義者という点では志希もわりとどっこいどっこいな気もすると良香は思うが、何故かメイドにこだわりを持っているという点でまだ浪漫を解する可能性があると判断したのかもしれない。
相変わらずの無表情を貫き通していた志希はやっぱり感情の抑揚が感じられない声色で、
「私は、ホラーが苦手です」
と信じられないことを口から放った。
「スプラッター映画などのビックリするタイプは大丈夫なのですが、不気味な雰囲気がじわじわと迫って来るようなあのプレッシャーはあまり得意ではありません」
「え、あの…………」
思わず良香はしどろもどろになるが、志希の表情は変わらない。その無表情が却って自分を責めているような気さえしてくる良香である。
「なので、怪談系全般は信じないことにしています。この世に幽霊はいないと思わないと、精神的に落ち着きませんので」
「……す、すいません…………」
何故だか申し訳ない気持ちになって、良香と才加は二人して頭を下げた。
「いえ、お気になさらず」
「で、でもさでもさ。妖魔だって死んだ後もその身から出た
と、何とかフォローしてみようと試みた才加だったが、志希の無感動な眼差しが悲しみに揺れているような気がしてそれ以上言うのをやめた。おばけとか、怖い人は原理がどうであれ怖いのだ。理屈なんか関係ないのだ。
…………恐怖とは、浪漫に似ているのかもしれない。良香はそんなことを思った。
*
そんなこんなで三〇分。
「……そろそろ緑が増えてきたな」
彩乃は歩きながら辺りを見渡してそんなことを言う。
幽霊話で地雷を踏んだり乳話で地雷を踏まれたりしながらここまで歩いてきた五人だったが、ちょうどビルが立ち並び道路がコンクリートで舗装された『市街地』のエリアからは抜け、岩で組まれたような上り坂の道に差し掛かっていた。
流石に川の上流まで上って行くと山がちになってくるため、河口付近のようにビルを建てることはできない。というわけで、市街地の多い都市化された北西部の中にも一部ではこうした緑の多い地帯があるのだった。
いよいよ『北西部らしい』都市的な見どころスポットがありそうな感じではなくなってきた雰囲気を感じ、雲行きの怪しさを見て取った良香が問いかける。
「で、ここまで見どころスポット一つも行ってないんだけどさ。そもそも北西部ってどこが見どころなんだ?」
「んーとね、街の方に噴水のあるでっかい公園があって、時間でスプリンクラーみたいな水芸をやって日中はそこでできる虹が綺麗とか」
「そこもう通り過ぎただろ」
才加の人をなめくさった回答にこめかみをヒクヒクと震わせつつも、良香は仏のように広い心で穏やかなツッコミに徹する。しかし才加はさらに続けて、
「あとは、フェリー乗り場のところにある架け橋が、船が来ると持ち上がってそれが凄い豪快なんだって」
「だからそこもう通り過ぎただろって! 何でそこに行かなかったんだよ! オレは此処から先どうなってるのかって聞いてんだよ!!」
とうとう――というにはちょっと沸点が低いが――吼えた良香を、才加は犬でも宥めるような調子でどうどうと抑える。
「まーまー良いからちょっと山登ってみましょうよ。案外なんかあるかもしれないし。あたしこのへんの地理詳しくないけど」
「ダメじゃねーか!」
やっぱり憤慨する良香だったが、今更文句を言っても仕方がない為結局足だけはしっかりと前に進むのだった。
というか、先程からブーストを使用しているので疲れ自体はそんなにない。学院内はともすると大破壊を巻き起こしかねないアルターやオリジンは演習場以外では使用が原則禁止となっているが、ブーストに限っては節度を持ってという注意こそされているものの、実質的には自由に使用可能となっているのだ。
でなければブーストによる体力回復などが使えなくなってしまうので当然と言えば当然かもしれないが、それにしても色々と緩いなーと良香は思う。勿論、ブーストを使って悪さを起こすような生徒は此処にはいないのだろうし、余計にルールを制定しても身動きがとれなくなってしまうから設定していないというだけなのだろうが。
「大丈夫、わたくしはこの先の地理については少しだけ知っていますわ」
と、そこでエルレシアの救いの手が差し伸べられる。地理が分かるからといって事実が変わるわけではないのでもし見どころゼロだったら別に救いの手でも何でもないのだが、しかし何も分からないよりは幾分かマシだ。やはり天才エルレシアは凡骨才加とは一味違った。
「マジか、この先って何があるんだ?」
「学院ならではの物凄いものとか絶景はありませんわよ」
「絶望しかなかった!!」
しかし天才であろうと凡骨であろうと齎す結果は同じだった。
良香はあまりの事実に膝から崩れ落ちそうになった。というか、若干崩れ落ちていたが志希によっこいしょと支えられていた。
「端境様、此処で膝を突くとお召し物が汚れますよ」
「ありがとう…………」
もう頑張ってもなんもないと分かってしまった良香はげんなりとして、
「なーあー、もう下りようぜーなんもないなら登る必要もねーだろーなーあー」
「もう、こらえ性のないヤツねあんたは。別に絶景とかなくてもいーじゃん山に登ったっていう事実だけでも大切な思い出よ」
「そんな綺麗事は要らねーの! オレはもう目に見える結果が欲しくてしかたねーの!!」
なんだかんだみんなで行動しているので無計画によるぐだぐだ進行は我慢していた良香だったが、その先にあるものが何の成果も得られないただの苦行と分かれば話は別だ。ちゃんと足を動かしつつも、良香はもうあらゆるやる気が削ぎ落された顔をする。
そんな良香に才加は溜息を吐いて、
「目に見える結果って――――――たとえばこんな感じの?」
そう、悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。
そして、草木が風になびく静かなざわめきが、良香の耳にゆっくりと入り込んできた。
「これ、は…………」
ただし、その光景を構成しているのは草木の緑ではない。溢れんばかりの桃色が、良香の視界いっぱいに広がっていた。
「桜の木よ。この山の上には学院島唯一の自然公園があってね、この季節は桜がいっぱいで綺麗なのよ。もっとも、満開は三月末だから花見のピークは過ぎちゃってるけどね」
「だからこそ、人のいない『穴場』となった場所でこの桜を貸切できるのですが」
掛け値なしの絶景をバックに、才加と志希が言う。しかし、良香は桜から目を離せずにいた。
「いや、これ……。…………エルレシア、さっき絶景なんてないって……」
「ええ。ですから学院ならではの物凄いものや絶景はありませんわよ、と言いました。桜なら学院の外でも見ようと思えばいくらでも見られるでしょう?」
「………………。…………あ゛あ゛ァァああああああああああああああああああ!!!!」
思い切りハメられたことを悟った良香は、力の限り叫んで頭を抱えた。考えてみれば最初からおかしかったのだ。
才加はともかくエルレシアと志希は休日当てもなくぶらぶら歩くようなタイプには見えないし、『休日ぶらぶらします』なんてアバウトな予定を立てることを『計画』なんて言わない。最初から此処まで計画しての行動だったのだ。
志希のお弁当にしても、歩き通しになるのを見越して大量に作った――なんて心のどこかで納得していた良香だったが、花見に備えたと考えれば筋が通る。
というか、重箱の包みなんか完全にお花見仕様である。何故気付かなかった、と学院の不条理に慣れて当たり前な発想が出てこなかった自分の迂闊さを呪った。いや、それ以上に喜んでいるが。
彩乃が何も言わなかったのはこのせいだろう。彼女はこの学院の卒業生だから当然桜のことも知っている。だが、だからといって知っているそぶりを見せれば良香にまでそれが伝播して台無しになっているから知らないフリをするしかなかったのだ。
ぐおおおお…………と良香がいっぱい食わされた悔しさと、あとサプライズの喜びに打ち震えていると、才加が照れたように言う。
「明日から天気がちょっと怪しくなるっていう話だったし、今日しかないかなって思って。ちょっと急だったけど、そこんとこは許してよね」
「おおぅ、そんなの、もう…………」
「ああ。十分嬉しいサプライズだよ」
良香はフルフルと震えながら、彩乃は珍しくにこやかに微笑みながら、才加に言い返す。そんな二人を見て安心したのか、才加は二人の横を通り過ぎながら言う。
「まだ演習のお疲れ様会とかやってなかったしさ。それにあんた達、金曜日めっちゃ大変だったんでしょ?」
次にエルレシアが二人の横を通り過ぎ、
「ブーストでは精神的疲労は癒せませんので、フラワーセラピー……という訳ではありませんが、花見をしながら談笑すれば心の疲れもしっかり癒えるはずですわ」
そして最後に、志希が通り過ぎ、
「お弁当の準備はできていますので、今日は此処でお花見としましょう」
三人の少女たちは、そう言ってさっさと自然公園へと入って行く。
良香は力強く頷いて、彼女達の後を追って自然公園へと入って行くのだった。
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