2.体当たり学院島ツアー

 時刻は朝八時半。


 朝食を終えた一行は、高等部寮の中にある談話室に腰を落ち着けていた。


「さて、二人に話があります!」


 全員の注目を集めた才加は談話室に置かれた長机に手を突き、まるで議長のように高らかに言う。


 ちなみにその他のメンバーは、良香と彩乃が机を挟んだ才加の目の前、エルレシアと志希がそれぞれ才加の両脇という構えだ。


「話っていうのはぶっちゃけこの後の予定なんだけどね」


 この後の予定――――その響きには、これからやることが既に決まっているような含みがあった。というか、十中八九そうだった。良香はそんなこと全く聞いていないし、横に座る彩乃もリアクションからして初耳なのだろうが、才加達の中では既に決定事項なのだろう。


 まあ、良香も今日は暇だから別に良いのだが。


(……? あれ? 何か忘れてるような……)


 ふと首を傾げたくなった良香だったが、そんな小さな引っ掛かりを押し流してしまうように才加が続ける。月曜日提出の課題の件は順調に忘れられていた。


「実はあんた達が金曜日に外に出てる間に計画してたんだけどね――」


 才加はそこでフフフ……と意味深に笑う。どうやら相当肝入りらしいなぁ、なんて良香は呑気に思った。


「――お出かけ、しましょう!」

「……またぁ?」


 良香は思わずそんなことを言ってしまった。


 ……いや、彼女がそう思うのも無理はない。七時間にも及ぶサバイバル演習をやって、二日空けたと思ったら七五対二の死闘である。


 ブーストによる体力回復の恩恵もあって疲れは残っていないが、精神的なものは別。お出かけに行ったら『万象受け入れる生命流転ワールドアシミレイター』の残党が出てきましたとか、そういう展開になりそうなフラグはもうとことんへし折っておきたいのであった。


 だが、いきなり難色を示した良香の反応も想定通りというわけなのか、才加は全く挫けずにさらに続ける。


「フフフ、まあそう言うだろうと思ったわ。思ってたわよええ。あんた疲れてるもんね。そっちで何も言わない彩乃だって疲れてるだろうからわざわざ朝早くからフェリーに乗って遠出なんてしたくないって思ってるわよね。だがしかぁし!」


 才加はズビシィ! と良香と彩乃に指をつきつけ、


「あんた達忘れてんじゃないの!? そもそもこの学院のある人工島はデカい! なんせ周囲一〇キロもあるんだからね!」

「――――つまり、わざわざ船に乗ったりせずとも此処だけで見どころスポットがけっこうあるのではないか、ということですわ」


 演説に熱が入りすぎていまいち要領を得なくなってきた才加に代わって、エルレシアがクールで簡潔にまとめてくれた。良い所を奪われた才加はぶすっとしてしまう。


 そんな才加を宥める志希を横目に、彩乃が問いかける。


「なるほど。それでその見どころスポットというのは?」

「未定よ」

「昨日計画してたんじゃなかったのかよ!?」

「何よ、うっさいわね! いくつか候補はあんのよ、候補は!」


 そんな感じで、ギャーギャーと騒ぎが始まる。机越しにキャットファイトをおっぱじめた馬鹿二人を横目に、彩乃はまともに話が通じそうなエルレシアと志希を見た。するとエルレシアと志希はわざとらしい動きで目を逸らすことで応じる。


 すべてを悟った彩乃は、今も才加と机を挟んで掴み合っている良香の肩に手を置き、


「落ち着け良香。良いじゃないかこういうのも。案外リフレッシュするかもしれないぞ。根を詰め過ぎても良いことなんて一つもないわけだし…………」

「んー……まあ行くか」


 彩乃に言われて、良香もお出かけに同行することを決めた。才加は良香の出した答えに満足げな様子で頷き、


「じゃあそういうことで、みんな一旦部屋に戻って私服に着替えてね」


 なんてことを言った。


「………………私服? なぜ? ほわい?」


 私服……私服といえば、ついこの間清良に買ってもらったばかりだったが……当時は普通にノせられていた良香だったが、流石に寮に帰ってこれを自分が着るという明確なイメージを持てば恥ずかしさは蘇って来る。できれば着たくないというのが現在の心情だった。


 しかし才加は世界常識を語るような顔で、


「あんた、お出かけに行きますよって言って制服で行くヤツがこの世にいると思う?」

「でも、昔の漫画では海外へ行くにも学ランで……」

「漫画は漫画でしょうが! あたし達は今を生きる現実の女の子なの!」


 つまり拒否権はないらしかった。


 仕方なく才加の決定を受け入れた良香は、心の中でだけ思う。


(…………まさか、買ってきて早々にあの服を着る機会が来るとはなぁ……。姉ちゃんの先見の明も侮れないな)



    *



 その後、寮の自室にて。


「…………なんだ…………これは…………」


 良香は持ち帰った服を開けてみて――昨日は疲れたので荷物を纏めるのは後にしていた――絶句していた。


 昨日は色々と清良の話術に流されていた良香だが、一晩たって冷静になってみてみると、この服の数々――あまりにも『可愛すぎる』とわかる。


 女装癖を持たない良香にとってはあまりにもハードルの高すぎる服の数々だ。ボーイッシュゴスロリとか何なの? 拷問なの? これにGOサイン出すとかオレは何考えてたの? などと思う良香である。


 その上――、


「なんッッで!! 結局バニースーツとかスク水とかメイド服とか体操服とか置いてあるんだよ!! 体操服はもう持ってるよ! 何でわざわざブルマなんだよ! しかもなんだこのばんそうこう(?)! もう服じゃねーじゃん!!」


 そんな風になってしまっている為、これを全部しまうとなると良香のタンス(一人一つ用意されており、かなり大きい)の中身はかなりカオスになってしまうだろう。あとこんな風に却下した服もしっかりしまわれているあたり、多分可愛い系の服も却下したところで同じ運命だったことは想像に難くないのだがそこは割愛する。


 そんな風に懊悩している良香に、彩乃はテキパキと身支度を整えながら冷たく言い放った。


「うるさいぞ良香、さっさと支度しろ」

「クッソ……オレに味方はいねーのか…………ッッッ」


 多分、答えは分かり切っている。



    *



 そんなこんなで午前九時一〇分。


「志希、そのでかい包み何?」

「皆様のお昼の為のお弁当です。朝のうちに用意しておきました」

「おお……本格的だなぁ…………」


 それぞれ支度を終えた五人(うち一人満身創痍)は高等部学生寮前に集まっていた。


 一応時間通りではあるのだが、そもそも良香は寮に戻って一〇分であらゆる支度を終えてしまっているのでその間ずっと暇だった。彩乃も何だかんだで化粧をしていたりで時間を使っていた為、良香としてはすっかり待ちくたびれた感じだ。


「しっかしあんた、人に恥じらいとか言うわりにホント化粧っ気ないわよねぇ……」

「のちのち端境様にもお化粧をお教えしましょうか」

「いや、要らないから……」


 良香は困ったように笑いながら志希の誘いを固辞し、不満そうに言う。


「っつか、化粧して意味あるのかよ? 此処って基本女しかいねーのに……」

「良香さん、確かに生徒や教員には女性しかいませんが……女性だけで運営できるほどこの学院は小さくありませんわよ? 街に出れば男性もいらっしゃいますし、それにそもそも化粧とは異性を惹きつける為だけのものではなくマナーの側面もあるのですわ」

「ま、マナー……」

「良香はスッピンでもそこそこだから普段は良いが、フォーマルな場ではそうもいかないぞ? 化粧は覚えておくに越したことはないな」

「このもち肌女めぇえ~~」

「ぐぎぎ、やめろよ才加……」


 嫉妬に駆られた才加を両手で放し、良香は溜息を一つ吐いた。それ以前にエルレシアも彩乃も志希も皆美少女なので、良香としては持ち上げられてもあんまり嬉しくない。


 というか、女としての価値基準で褒められても男の良香は大概こそばゆいだけである。


「はあ、もう良いよ。化粧はいずれ覚えるから……できれば覚えたくないけど……」


 というわけで、全員私服に着替えてきた、のだが……意外とみんな『かわいらしさ』みたいなものは重要視していないらしい。


 才加とエルレシアはスカートだが二人とも膝丈だし、可愛らしさよりも貞淑さを重視しているように見える(才加が貞淑とか片腹痛いと良香は思ったが、言ったらアイアンクローされるので思うだけにした)。しかも彩乃と志希に至ってはズボンだ。


 クールな二人には似合っているが、オシャレの幅の広さに良香は感嘆せざるを得ない。


「……そのくせ、格好はこの中で一番可愛いのにね」

「っ!」


 そう。


 実は、良香が一番気にしているのはそこだった。一応清良に買われた服の中でも一番大人しめなものを選んだのだが……それでも薄い赤(ピンクとは絶対認めたくない)を基調としたコーディネートは良香としてはちょっと受け入れがたい。


 しかもミニスカ。ミニスカである。制服のお蔭でスカートにはもう慣れた良香だったが、『制服』という『仕方なく着ている理由』のない自由な格好でスカートを穿くというのはまたちょっと違った心持だ。


「…………」

「あーごめんごめん恥ずかしがらないの」


 自分の格好を思い出して無言で顔を赤らめスカートの裾を握りしめる良香の様子を目ざとく発見した才加は、そう言って良香を宥める。なんかもう手慣れた扱いみたいになっているのが逆に良香としては情けなかった。


「さて、ではそろそろ出発しますわよ」


 なんだかんだとぐだぐだしていたが、エルレシアの一声で全員が彼女を注目する。ただ、良香はまだ肝心なことを聞いていなかった。


「で、結局どこに行くんだ?」


 歩きながら、良香は三人に尋ねた。


 神楽巫術学院のある島――通称『学院島』は、ちょうど関東地方の東側、太平洋に浮かぶ菱形の人工島だ。


 島の海岸線を全て繋ぎ合わせた長さはおよそ一〇キロ。学院を運営する為の都市機能と巫術師訓練の為の自然の二面性を持つ。


 彼女達が今いる寮や校舎、浴場や教務棟の集中している『中央施設』は文字通り島の中央に存在し、彼女達が鎬を削った笑哀混合する選定の森トライアルガーデンは島の東側を占めている。


 北側には本州へ向かう為のフェリー乗り場やヘリポートなどがあり、此処が学院の主な移動手段になっているほか、インフラが集中しているのでこうした場所の周辺には生徒以外の教員や事務員が生活する為の施設が集中している。


 そうした関係上、学院島は『中央施設』を境に北西半分は栄えた都市のようになっていて、逆に南東半分は人の手の入っていない原生林のようになっているのだった。もっとも、もちろん人工島である以上実際には全て人間の手によってつくられているのだが。


 一応『見どころスポットへ行く』ということなので別にどこに行くとかが決められているわけではないのだが、それでも『北西に行くか南東に行くか』でその探検の趣は大きく変わる。というか北西に行く場合は市街探索になるが、南東に行く場合は本当の意味での『探検』になってしまう。


 それゆえの良香の疑問に、


「今回行くのは勿論北西側でーす! 虫とか嫌でーす!」


 才加が明るく答えた。確かに南東部は原生林のような環境を意図的に作っている関係上虫が多い。あのサバイバル演習でも、エルレシア戦のあと三〇分おきくらいに才加の『ぎゃあああああ――っ!!』という色気もへったくれもない悲鳴が響いていたくらいだった。


「北西部か……こっからバスでどのくらいだっけ?」

「おおよそ一〇分と言ったところですね。北西部フェリー乗り場前で降りる予定です」

「バスで一〇分か……」


 秘書のようにテキパキと今後の予定を話していく志希に、良香はぼんやりと呟いた。そのぼんやり加減を怪訝に思ったのか、エルレシアと才加の二人が反応する。


「何か問題でもありまして?」

「おトイレ行くなら待つわよ」

「そんなんじゃねーよ! ただ、バスで一〇分もかかるとかホントに学院っていうより一つの街なんだなって思っただけだよ!」

「あー」


 慌てて付け加える良香。才加は得心がいったように頷き、


「こんだけ大規模な学院だからね。インフラも整備しないといけない、そのインフラを動かす為の人が暮らせる場所も用意しなくちゃいけない……ってやってたら、いつの間にか『城下町』が出来てたらしいわよ」


 城下町、と言われて良香は改めて自分達のいる高等部寮、そしてその向こうにある学院の校舎群を見てみる。大きな校舎群の向こうにそびえる高層ビルの教務棟は、言われてみれば確かにヨーロッパの城のようでもある。城下町というのもまんざら間違っていないかもしれなかった。


「それで、向こうに着いたらその後はどうするんだ?」

「てきとーに散策よ」

「てきとーな予定だな」


 肝心の予定がアバウトすぎるのだった。お出かけの時は出かける時に前もってやることを決めてから動く計画派の良香としては、特に決まってないけど適当にやりまーすというノリは非常に心配……なのだが、意外にもこの場にはそんな気持ちを共有する者は一人もいないらしい。


「ま、そんな厳密に予定を組んでも仕方がないだろう。ちょうどバスも来たことだし――」


 と、宥める彩乃の言う通りに良香達の前にバスがやってくる。


「……詳しい予定は、バスの中で立てれば良いんじゃないか?」

「…………大丈夫かほんとに」


 心配そうに言う良香だったが、一番初めにバスに乗り込んでいるあたり、彼女もまたそれなりにこの探索を楽しんでいるようだった。


 尤も、本人にその自覚はなさそうだが。

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