ラスク編:総評の受け方
「それじゃあこれから第一回目の総評を始める。まずは勝った方の、ラスクから始める」
「はい」
リシュとの戦いに危なげなく勝利したラスクが大きな声ではっきりと返事をする。
総合模擬実戦。
リシュやラスクたちが通う軍事防衛総術学校で行っている、実戦を想定したチーム方式での戦闘訓練の事である。
そもそもこの学校は、来るべき魔物の侵攻に備えて、魔術と武術の両方から戦力を増強するのを目的としている学校である。しかし実際の軍隊として働くことになった時に、上司との意思疎通ができない、部下である兵士たちが自分勝手に行動するなどの指揮系統の乱れの問題が発生し、社会的な問題として取り上げられるようになった。その影響を受けて、近年では指揮官を育成する教育システムを導入した。その教育システムの一つがこの総合模擬実戦なのである。
生徒は入学時からまず指揮官候補生と兵士候補生に別れている。その名の通り、指揮を執る側と指揮を受け取る側であり、生徒数は一対三の割合となっている。これは総合模擬実戦を四人一組で行うためである。指揮官候補生一人、兵士候補生三人の四人一組である。
その四人対四人で所定のフィールド内で一時間戦って勝敗を競うのが、総合模擬実戦なのである。フィールド内は特殊な電子的システムが作動していて、実際に肉体的にダメージが残らない様に安全に配慮された設計となっている。攻撃を受けた時のダメージもデータ化されていて、それが一定値を超えるとフィールドから強制的に除外されるのである。
月曜日と火曜日に指揮官候補生は兵士候補生から三人を選んでチームを組む。水曜日と木曜日にチームでミーティングや訓練をして、金曜日が実戦当日となる。実戦が終わった後は総評として、担任からその週の取り組みに関して評価をもらう。そのために二年一組の指揮官候補生である六人は今この教室に集まっているのである。
「三人生き残りで勝利か、まあ及第点だな」
カナン先生が戦闘記録が記されている紙を見ながらラスクに質問する。
「ココアが脱落しないように立ち回ることは出来たんじゃないか?」
ラスクチームとリシュチームの戦闘終盤、既にリシュチームはルーヴィッドとクスネの二人が脱落していた。そして残っているリシュとオルドは、ショコラとココアの二人と戦っていた。ココアの発動した光線型の魔法をオルドが受け止めている内に、リシュがココアを倒した。しかしそれは囮で、ココアの魔法を受け止めて身動きの取れないオルドと、ココアを倒したことで油断したリシュの二人をショコラが倒して決着となっていた。
「はっきり言って、囮を使った戦い方は感心しないぞ?」
カナン先生が気迫を込めてラスクを見据える。これがもし実戦ならココアは死んでいるんだぞと叱りつけるような語気だった。
「僕も囮を使うのは反対です。しかし勝利のためにそういう作戦指揮を執る指揮官もいると思います。その指揮官の元でココアが戦う事になった時の事を考えて、練習しておこうと思ったのです」
「上手い囮のやり方か?」
「上手く生き残る囮のやり方です」
「結果的にココアはやられてるが?」
「そこはリシュが上手だったと言う事で。前日の練習では上手く立ち回っていました」
「ふむ……」
ラスクとのやり取りで最初の怒気はかなり収まっていた。ラスクが実戦を全く意識していないとすれば叱るところだったが、ちゃんと実戦を考えた上での作戦だったので、怒りが収まっていたのである。
「メンバーの先を見越してるなら文句はないさ。来週もその調子で頑張りな」
「はい!」
ラスクは担任からの評価が上々だったことに安心して大きな声で返事をする。しかし総評はまだ始まったばかりとすぐに気を引き締め直す。
「次は勝利結果的にミセシーだな」
「はい」
ラスクの右隣に立っていた銀髪の女子生徒が返事をする。女子の中では少し高めの身長ですらっと伸びた手足が、同年代にしてはかなり大人っぽい印象を与える。さらに光を浴びて輝く銀色の髪が彼女の美しさを際立たせている。ラスクは相変わらずキリッとしててかっこいいなと思いながら二人のやり取りに集中する。
「四対一で時間切れ。残ってたのはカイか……」
ラスクは幼なじみの一人の名前が出て少し嬉しくなった。
(さすがカイだな、結構厳しい戦いになるって言ってたのに最後まで生き残ったか)
「うーん……」
先生が少しバツが悪そうに髪をかき上げる。
指揮官候補生に求められるのはもちろん勝利だし、四人全員が生き残った上で相手を全員倒すのが最高の勝利である。それ以外の勝利に関しては必ず反省点を作るのが、先生としての義務だと彼女は考えていた。
しかしこのミセシーとホーリーという女性指揮官同士の戦いは少し普段の模擬実戦とは違っていたのである。ミセシーの対戦相手であるホーリーが『こちらからは攻撃を仕掛けない』というルールを加えたからである。ホーリー側の勝利条件は敵も味方も全員残っている状態での時間切れだったからである。
防御に専念しているホーリー側陣営を、上手く立ち回って三人倒したのだから、ミセシーに関しては正直反省させる部分がほとんどない。カイという男子生徒を最後まで倒せなかったのも、彼自身の実力に依るもので決してミセシーに非はない。
だから先生は悩んでいた。ミセシーに対してどう評価をつけようかと。しかし他の生徒もいるし、何よりこの後も総評をしなければいけないのだからここで時間を取るわけにもいかなかったので、一つだけ質問をすることにした。
「仮に時間切れがなかったとして、カイを倒すことは可能だったか?」
カナンはもちろんミセシーに対して質問したのだが、ラスクはミセシーが率いていたメンバーを思い返しながら自分なりの答えを頭の中に思い浮かべる。その答えが思い浮かんだ時とほぼ同じタイミングで、ミセシーが答える。
「無理です。機動力で差があり過ぎました。何より実戦を視野に入れるなら、カイが私たちに攻撃してこない保証はありません。無理に攻めてこちらがやられる可能性の方が高かったです」
ミセシーと同意見で、そしてカナン先生が満足そうに頷いたのを見て、ラスクは自分が問題に正解した時のように喜んだ。
「ちゃんと実戦の事を考えているなら問題ない。その調子で頑張れ」
「はい、ありがとうございます」
先生とのやり取りを終えてお辞儀をするミセシー。そういったわずかな動作の中にも気品さが見えるなとラスクは感心していた。
その後も総評は続いて、ラスクは他の人の総評もしっかりと聞きながら、自分ならどうするかとあれこれ考えていた。
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