リシュ編:信念

 リシュが大声で叫んだ事に関して、オルドが申し訳なさそうに頭を下げながらお願いする。

「確かに自分勝手と思われても仕方がない。しかし拙者としてもこのチャンスを逃すわけにはいかぬ。納得して頂けないか?」

 その横ではクスネも『同意』と書かれた紙をリシュに見せながら頭を下げるという器用な事をしていた。ルーヴィッドはもちろん変わらず窓の外の風景を見ていた。

 リシュは現状を整理するために教卓に肘をついて頭を抱えながら少し考え始める。

 ルーヴィッドが言う事を聞かないというのは別にどうでもいい。問題はオルドとクスネの二人だ。オルドは代名詞でもある爆発魔法を使わないと言うし、クスネは相手を攻撃しないと言う。

 この二人の提案は当然受け付けたくはないのだが、クスネの提案はまだ受け付けられるレベルだった。そもそもクスネには魔法無効化マジックキャンセルという特質があるから、相手の魔法攻撃を無効化する防御の役割を考えていた。だから相手を攻撃しないという縛りは、リシュが考えていた作戦には大して影響がない。問題はオルドの方だ。オルドの爆発魔法はどの作戦でも必要だし、特に設置型の爆発魔法は地雷となって相手の動きを制限する事ができる。ルーヴィッドの機動力をサポートする役割としてオルドの爆発魔法は必須なのである。

「納得はできるけど、それを了承するわけにはいかないな」

 だからリシュはオルドの説得に時間を使う事に決めた。説得にはそんなに時間がかからないと思ったのも理由の一つだった。

 幸いな事に、オルドが爆発魔法を使わない理由は戦士としての実戦訓練をしたいからと分かっている。

「別の機会に俺が手合わせするから、模擬実戦中は爆発魔法を使ってくれないか?」

 実戦訓練は別にいつでもできるからとリシュは妥協案を提案した。

「その提案はありがたい。なれば拙者がここで意固地になる必要はないでござるな」

 オルドはその提案を笑顔で受け入れた。その笑顔でリシュはようやく安心できて、息を吐く。

「良かった。オルドの爆発魔法は必須だからな。これでなんとかなりそうだ」

 そのリシュの発言に、オルドは少し眉を曲げる。

「む、拙者の提案は飲まないのに、クスネ殿やルーヴィッド殿の提案を飲むのか?」

 その語気には不満の色が含まれていた。自分の要求は妥協されたのに、他の二人にはその妥協をしないという扱いの差に不満を持ったようだった。

「あ、ああ。だってクスネは元々防御に専念してもらおうと思ってたし、ルーヴィッドが俺の指示を聞かないのは想定済みだったから」

 リシュはそのオルドの不満げな語気に気付かず、そんなの当たり前だろと二人の要求は飲むことを説明した。するとオルドは先ほどの発言を撤回した。

「そういうことであれば話は別である。拙者は爆発魔法は使わぬ」

「はぁ!?」

 本日二度目の衝撃の声を出さざるを得なかった。その唐突な心変わりにリシュは焦る。

「何でだよ、さっき使うって言ったじゃねぇかよ」

「拙者が妥協するのであれば他の二人も同じように妥協してもらおう。部隊内で扱いに違いがあるのは納得頂けぬ。平等に扱って頂こうか」

 そう言ってオルドは腕を胸の前に組んでリシュに歯向かう。さっきの提案の時よりも、さらに確固たる信念が感じられる態度だった。

「一緒じゃないとダメとか子供かよ!?」

「どう受け取ってもらっても結構だが、部隊の人員に対する扱いに差があるというのは、看過できぬ問題でござる。拙者に爆発魔法を使わせたいと言うのであれば、二人にもそれ相応の妥協案を飲む様にしてもらおうか」

 二人、というかルーヴィッドを説得するのは無理に等しいとリシュはわかっているから、そのオルドの新しい要求は当然飲めない。

「いいのか、実戦訓練を手伝わないぞ?」

「構わぬ。その場合は模擬実戦で腕試しするまでだ」

 さっきの妥協案を蹴ってでも自分の意志を貫くオルドに、リシュは諦めるしかないと悟った。

(おいおいマジかよ……)

 リシュはまた振出しに戻ったことに軽く絶望を覚えた。今日の残り時間と明日の昼休みなどの時間を使ってクスネとルーヴィッドを説得できるか考えたが、やはりルーヴィッドが言う事を聞いてくれるとは思えなかった。リシュはルーヴィッドと戦って勝ったことがないし、今も勝てると思っていない。

 ルーヴィッドを説得できない以上は、オルドに爆発魔法を使わせることも出来ない。リシュは自分が考えてきた作戦が全て使えなくなった事にショックを受けた。

(くそ、こうなったら……)

 リシュは目の前にある机を両手でバンッと叩いて、気持ちを切り替えた。

「わかった。三人の要求を飲んだ上で新しく作戦を考えるから今日は解散!」

 そう言ってリシュは一目散に教室から出ていった。クスネとオルドはそれを目で追いかけるだけで、ルーヴィッドに至っては退屈な時間が終わったと言わんばかりに身体を伸ばしていた。

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