成陵御霊神社 5


「こんな時間に年頃の女の子を呼び出すなんて、いったい何考えてるんだー」

 時刻は十九時過ぎ。恵子たちは、この前と同じく、西成陵駅で降りて、高級住宅街の坂道を御霊神社目指して上っていく。

「しかも、あれだ。この時間っつーことは、下手すると幽霊が視えるってことだろ?」

「そっか。そうだね」

 空を見上げると、雲の隙間から月が煌々と輝いていた。

 この前、いずみが襲われた時、鍾馗眼から召還した鍾馗神が突然消えた。確かあの時、突然雨が降り出したのだ。月が隠れ、そのせいで鍾馗神が消えたのだろうか。

 ひょっとしたら、肉眼で幽霊が視えるようになったのも月が関係しているのかもしれない。

 そう思ったが、あの時、鍾馗神は消えたが、包丁男の幽霊の姿は雨の中でも視えていたことを思いだし、その考えはすぐに否定された。


「きゃっ」奈津美がいずみの影に隠れるようにしがみついた。

「どうした?」

「あれ、あれ……」

 奈津美は目で確認せずに、指だけある方向を指した。その先に目線を移すと、そこには切れかけの街灯がついた電柱があり、四十代ぐらいのスーツ姿の男が首を吊っていた。

 青白い顔をして、ぷらーん、ぷらーんと身体が左右に揺れている。

「マジか……似たようなの病院にもいたな……」

「ゆ、ゆうれいだよね」

 首つり男のまぶたがゆっくりと開かれる。

「恵子、それ以上視るな。気づかれる」

「う、うん」

 すると、突然、首を吊っている縄が切れた。そのまま男は地面にたたきつけられた。まるで熟れた果実が叩きつけられるような音がした。

 そして這うように、ゾンビのように、恵子たちに近づいてきた。呻き声も聞こえる。

「逃げるぞ!」

 三人は全速力でその場から駆け出した。いずみ、恵子、ちょっと遅れ気味で奈津美の順に走る。ギプスをしていてもいずみの運動能力は抜群だ。

「ヤバい! 右に曲がるぞ!」

 直進した方が神社には近いが、直進できない理由がすぐに分かった。

 この前いずみを襲った包丁男がまたいたのだ。気づかれる前に右へ曲がる。

 そのまま包丁男を迂回する形で御霊神社の随身門までやってきた。

「ハァハァ、ハァ……」

 膝に手をつきながら息を整える。

 随身門の左右の柱には弓矢と剣で武装した武士像が建っている。左右の武士像は、今にも動きだし襲ってきそうでもあるし、守ってくれそうでもある。鍾馗神とどこか似ていることもあり、何となく後者のような気もする。

「もうおばけさん、来ないかな」

 まだ息があがっている奈津美が尋ねた。

「――ええ。御霊神社の敷地内は安全だわ」

 突然、聞き慣れない声がした。三人が一斉に声のした方向を向く。

 そこには、腰に手を当て大股で仁王立ちしている武士像……ではなく巫女がいた。

 この前、いずみを助けてくれた少女だ。

「あ」

 思わず声が出た。

 少女はアップ気味に結んだポニーテールで、いずみよりも芯が強うそうな、鋭い目つきをしている。一般的な神社の巫女装束というよりも、コスプレ衣装に近い、いわゆる露出の多い巫女装束だ。しかし、そこには卑猥さや嗜好性はなく、戦闘服としてしっかりと着こなしているといった感じで、妙になじんでいた。

 年齢は同じくらいだろうか。少女の足下には、猫がすり寄っていた。

「あー、宮尾さんだ!」奈津美がぴょんぴょんと跳ね出す。

「宮尾さん?」

 恵子は巫女と目を合わしたが、「私ではない」と巫女は首を横に振った。

「宮尾さん。宮尾さん。みゃーおって鳴くから、宮尾さんなの」

 奈津美は猫に近寄り、しゃがみ込んだ。

「その子は、アテナ。宮尾じゃないわ」

 奈津美がきょとんと首をかしげ、

「……宮尾アテナちゃん?」と言った。

「いや。だから……」

 巫女は「はぁ」と小さくため息をつき、諦めたかのように「もういいわ。好きに呼んで」と付け加えた。

「それで。あなたは?」恵子が尋ねる。

「失礼ね。人に訊くより、まずあなた方が名乗ったらどうなの?」

「ご、ごめんなさい。そんなつもりじゃ……えっと、あたしは古道恵子。成陵西高二年生」

「同じく成陵西高二年の片瀬。片瀬いずみ。で、そこの子が――」

「いずみちゃんたちと同じクラスの高岡奈津美です。よろしくお願いします」ぺこりとお辞儀をした。

 巫女は一瞥すると、いずみの腕を顎で示し、

「怪我の具合はどう?」

「あぁ。全治三週間だ。この前はありがとな」

「えぇ、お構いなく。しかし、その腕だと、しばらく弓道も出来ないわね」

「なっ!?」

 いずみがあからさまに驚いている。こんな姿は珍しい。

「どうしていずみちゃんが弓道やっているの知っているの?」

「左手の平に出来ているそのタコ。弓道特有のものだから」

 鋭い洞察力。一体何者なのだろう。この前、いずみを助けた時の動きも優れた瞬発力があった。

「失礼。申し遅れたわ。私は佐藤香奈枝。北成陵高の二年よ」

 北成陵高校というと、恵子たちの高校よりも学力レベルが高い。

「ま、こんなところで話しても仕方ないわ。三笠じいも待っていることだし。こっちへ来て。案内するわ」

 そう言うと香奈枝はくるりと向きを変え、本殿のほうへスタスタと歩いて行った。

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