成陵御霊神社 6


 香奈枝に案内され、通された部屋は、畳が敷かれただけのだだっ広い広間だった。十畳ほどの和室で、部屋の隅にはテーブルと和座椅子が片付けられていた。

 座布団が出され、その上に座る。座布団横の小さなお盆の上にお茶が置かれた。

 恵子たちと向かい合うように香奈枝も座った。アテナも香奈枝の横の座布団に座り、毛繕いを始めている。香奈枝の右隣には座布団が二枚用意されていた。

「三笠じい、もうすぐ来るわ」

 香奈枝の説明によると、三笠じいとは、ここ御霊神社の宮司だそうだ。

 まもなく奥の襖から、初老の男性が部屋に入ってきた。歳は七十後半か、八十くらいだ。

 紫色の紋付き袴で、腰は曲がっていなく、身長は恵子ほどに小柄だ。

「待たせたな」

「ううん、大丈夫よ」

「ほれ。足崩して楽にしなさい」

 三人とも正座して座っているのを見てそう言った。


「さて。何から話そうかのう」

 一通り自己紹介が終わってから、三笠宮司が言った。

 彼が顎に蓄えた白ひげをいじって考えていると、

「兎我野は? この神社に出入りしてるんだろ。一体何者なんだ?」といずみが切り出してきた。

 いずみは早々に足を崩し、あぐらを組んで座っていた。

 三笠宮司の右隣の座布団は恐らく兎我野の席だろう。彼が昼間に「ここに来い」と指定してきたのだ。

「兎我野先生は研究者よ。成陵地区の風俗学者――」

 三笠宮司は香奈枝の説明を手で制す。

「先生のことについては本人が来てから話してもらう」

 皆自然と、誰も座っていない座布団を見る。

「そうじゃ」彼は髭いじりを突然止めた。

「鍾馗神堂の扉を壊したのは君たちじゃな?」

 ドキッとした。姿勢よく座っているつもりだったが、さらに背筋がまっすぐになった気がする。

「あっ……ご、ごめんなさい」

「やっぱりあなたたちだったのね。そのせいで大変なことになってるんだから」

 香奈枝は睨むように三人を見た。大変なこととはなんだろうか。

「香奈枝ちゃん、そんな怒らんでもよかろう。彼女たちが壊さなくとも、あの扉とカギじゃいずれにせよ壊されとったわ」

「まぁ、そうだけど……」

「そんな、気にするな」

 香奈枝は納得していないようだったが、三笠宮司は恵子たちに向けてにっこりと笑った。

「あ、あの……扉の修理代、わたしたちが払います」

 奈津美が申し訳なさそうに言った。

「大丈夫じゃ、大丈夫じゃ。神社の修繕費用で事足りるからのう」

「で、でも……」

「大丈夫じゃ。神社の周りがな、高級住宅なもんで、町内会からの修繕費用が多いんじゃよ。扉のひとつやふたつすぐに直せる」

「……そうよね。こんなことなら、もっと頑丈な扉に替えておくべきだったわ」

 香奈枝が心底後悔しているように肩を落とした。

「あ、あの、やっぱり修理代出しましょうか……」

「ううん。扉は割とどーでもいいわ。それよりも中にあった鍾馗鏡が盗まれたのが問題なの」

「ショウキキョウ?」

「えぇ、あなたたちも見たでしょ?」

「銅鏡のことか」いずみが答える。

「えぇ。それよ。それが鍾馗鏡」

「ここからはわしが話そう」

 香奈枝の話を引き継ぐように三笠宮司は鍾馗鏡について話し始めた。

「鍾馗之神像鏡。またの名を草花双凰八稜鏡、そして通称、鍾馗鏡。平安時代後期に作られた青銅製の鏡じゃ」

「えっ、そんな古いものなんですか」

「そうよ。あなたたちのせいで歴史的価値あるものが盗まれたの」

「香奈枝ちゃん。変なこと言う出ない」

 香奈枝は「はぁい」と短い返事をすると、ぷいっと横を向いた。三笠宮司は話を続けた。

「重要文化財となっておる瑞花双凰八稜鏡は知っておるか?」

 恵子は、いずみと奈津美を見たが、二人とも首を横に振った。

「ふっ」香奈枝が鼻で嗤った。

「これ」三笠宮司が再度、香奈枝に注意をする。

「瑞花双凰八稜鏡は東京国立博物館に所蔵されている銅鏡なんじゃ。平安時代、だいたい十一~十二世紀ごろのものとされ、表面は鏡で、裏面には模様が施されておる。外形が八稜形になっており、その一つ一つが花弁状になっているのじゃ。中央には二個の瑞花と二羽の鳳凰が描かれておる。草花双凰八稜鏡、つまり鍾馗鏡はこの瑞花双凰八稜鏡を模したのではないかと言われておるじゃ」

「あるいは、瑞花双凰八稜鏡が鍾馗鏡を模した、か」

 香奈枝が付け足した。

「そうじゃな。その前後関係は不明であるが、模様、形はよく似ておるということじゃ。ただ、瑞花双凰八稜鏡を含め、平安時代の銅鏡は白銅鏡が多いのじゃが、鍾馗鏡は平安時代以前から使われている青銅製の鏡なのじゃよ」

 日本史選択のいずみには話が分かりやすいのか、相づちを打ちながら聞いていた。

「そうじゃ。もう一つ、鍾馗鏡に似ておるものがある」

「それは?」恵子が尋ねた。

「八卦鏡じゃ。知っておるか?」

 恵子、いずみ、奈津美は再び顔を見合わし、三人とも首を横に振った。

「悪い気を跳ね返し、良い気を取り入れるという風水アイテムの一つじゃ。正八角形の盤で、真ん中には鏡が埋め込まれておる。八卦鏡を玄関や特定方角の場所に置くことで威力を発揮するというわれておる。これも形と言い、その役割と言い、鍾馗鏡に似ておるのじゃよ。まぁ、頭の片隅にでも留めておくと良い」

 三笠宮司は話を続けた。

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