成陵西高校の教室 8
翌日。いずみは学校を休んだ。あの後、三人は病院へと行ったのだった。幸い、いずみの怪我は命に別状はなかった。しかし、全治三週間と、相当深い傷を負ってしまった。
医者は刃物による傷であることをすぐに見抜いた。幽霊に襲われたなどと言えず、「どこでやったのか?」と訊かれても三人とも曖昧に返事をしていたので、相当怪しまれた。
しかし、いずみが弓道の弓が当たったと言ってようやく納得していたようだった。
――弓道。そう、今月末には弓道の大会が控えているのだった。いずみは優勝候補になるぐらい腕の良い選手なのだ。しかし、今回の怪我で、優勝はおろか、大会にだって参加できなくなってしまったのだ。
あたしのせいで……。恵子は朝からずっと考えていた。
あたしがもっと早く鍾馗神を召喚してれば。そうじゃない、あの日、神社になんか行かなければ……。ううん、そもそもこんな変なことに首突っ込まなければ良かったんだ。いずみや奈津美を巻き込んで、終いには怪我までさせて、大会にも出られなくなってしまったんだ。毎日、朝練していることを知っていた。ストイックな彼女は遅い時間まで、練習しているのも知っていた。
あたしのせいで、彼女の大切な人生を奪ってしまったんだ……。
「――子、恵子ってばぁ」
「あ、う、うん」
「大丈夫ぅ?」
見ると、目の前には本庄優が髪の毛をくりくりと指でいじりながら立っていた。
「ごめん。聞いてなかった。なに?」
「だーかーらぁー、日本史のノート取ったから、いずみのとこ行くなら一緒に渡してー」
「あ、うん。ありがとう」
本庄優は「優ってば優しいー」とかなんとか言って去って行った。
「――子ちゃん、恵子ちゃん?」
「あ、う、うん」
「大丈夫?」
見ると、目の前には奈津美が眉を八の字にして困り顔で立っていた。
「ごめん。聞いてなかった。なに?」
さっきも同じような受け答えをしたな、と感じる。
「まだ……、ここにいるの?」
「え?」
奈津美が黒板の上の時計に目を向ける。時刻は十八時を過ぎていた。教室には、恵子と奈津美だけだった。一体、いつの間にこんなに時間が過ぎたのだろう。今日一日の出来事がまったく思い出せない。
「いずみちゃんが心配なのは分かるけど、恵子ちゃんが悪いわけじゃないし、そんなに落ち込まないで」
「ううん。あたしが悪いんだよー。今日、ずっと考えてた。いずみ、大会が近くて毎日大変なの知っているのに、幽霊探しだなんて変なことに巻き込んじゃって」
「ううん、それは兎我野先生のお手伝いだから仕方ないよ」
「仕方なくないよ。奈津美だって、怖いの苦手なのに、付き合わせちゃってるし」
「わたしは、みんなといて楽しいから、少しくらい怖くても大丈夫だよ」
「自分勝手だよね、あたし。相手のことも考えられず、周りに迷惑ばっかりかけてる」
「そんなことないよ」
「ううん。そんなことあるよ。いずみも怒ってるみたいだし……」
「どうして?」
「昨日、直接謝ろうと思ったんだけど、タイミング逃しちゃって……それで、夜ラインで謝ったんだけど、既読スルーになっちゃった。だから、たぶん怒ってるんだと思う」
「それなら大丈夫。わたしも昨日いずみちゃんにラインしたけど、まだお返事来てないよ」
「奈津美にも返事が来ないだなんて、やっぱり、落ち込んでるのかもしれない」
奈津美のフォローが、かえって恵子を不安にさせた。
「ごめんね、奈津美。今日はひとりにさせて」
「恵子ちゃん……」
「奈津美にも散々振り回しちゃってごめんなさい」
恵子は、奈津美を直視できずにうつむいてしまった。
「恵子ちゃん、わたしは……」
その先の言葉がなく、沈黙が訪れる。
「わかった。今日は先に帰るね。恵子ちゃんもあまり考え込まないでね」
「うん……」
奈津美は教室から出る際に、心配そうに八の字眉にしては振り向き、また少し歩いては、心配そうに振り向きながらを繰り返して去って行った。
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