成陵西高校の教室 6
「はぁはぁ……」
膝に手をつき、息を整える。恵子たちは、林の奥まで進むと、崩れ落ちていたコンクリート塀をよじ登り、住宅街へと逃げてきたのだ。
見慣れたいつもの景色になり、ようやく三人で顔を見合わす。
「女、だったな」
そう言ったのは、いち早く呼吸が戻ったいずみだ。さすが弓道部である。陸上や球技のように激しい運動ではないが、基礎体力がしっかりとしている。
「うん、巫女さんの格好してた」
続いて恵子が話す。
「ちょっとしか見えなかったけど、女の人で、こう頭の上ぐらいで髪結んでた。あたしらと同じくらいの歳じゃないかな」
「恵子、顔見られた?」
「たぶん。一瞬、目が合ったと思う」
「ヤバいな。兎我野に関係ある人物じゃなきゃ良いんだが」
奈津美はまだ息が荒れているようだった。
「とりあえず、もう少しここから離れない? また追ってきそうでこわいし」
「そうだな。奈津美、大丈夫か?」
「うん、大丈夫。いずみちゃんも恵子ちゃんも足速いねー。わたし、ぜんぜん走れなかったー」
三人は、下界方面へ高級住宅街の坂道を下っていた時だった。
「ヤダ、あの人なに?」
恵子が見た目の先には、男が立っていた。辺りはすっかり暗くなっていたが、高級住宅街だけあって、街灯がしっかりと整備されていたので男の容姿がハッキリと分かったのだ。
紺色のニット帽を被り、大きめのサングラス、口にはマスク。上下黒のスウェットを着ている。まるで、凶悪事件の犯人像、そっくりである。
男は恵子たちに身体の左側面を見せるような形で、一軒の豪邸を見上げていた。豪邸には明かりがなく、静まりかえっている。
「なんか、ヤバそうだな。急ごう」
三人は早歩きで、男の後ろを通り過ぎようとする。
しかし、四、五メートル程近づいたところで、男が顔だけをこちらに向けた。目が合った。実際にはサングラスをしているので、目が合ったかどうか分からないが。
遅れて身体も恵子たちに向いた。
「あ……」誰ともつかず声が漏れた。
男の右手には包丁が握られていた。しかもその包丁、刃にはねっとりと真っ赤に染まった液体がついていた。
「ヤバいよね」
前には逃げられない。ジリジリと後退りする。
すると、恵子たちの横を一台のタクシーが通り過ぎた。タクシーはそのまま男に向かって走って行き、なんの躊躇いもなく男の身体を突き抜けていった。
「え、今のってどういう――」
「お、おばけさん……」
奈津美が恵子の腕にぎゅっとしがみつく。
「嘘だろ。なんで、カメラもねぇのに視えんだよ……」
「と、とりあえず、逃げようか」
「だな。いくぞっ」
恵子たちは振り向き、再び走り出そうとしたのだが……。
「なっ……!」
「えっ」
振り向いた後ろにも、全身黒のスウェットの男がこちらに向かって歩いてきている。こちらの男は包丁は持っていない。
「二人組か」
「どうしよう。挟まれちゃった」
「恵子ちゃん、わたしたち殺されちゃう」
「恵子、カメラ持ってるか?」
「う、うん……」
「出して。……こうなったら立ち向かうしかねぇな。あいつらが幽霊なら、鍾馗眼で
恵子はいずみに言わるがままに、リュックサックから鍾馗眼を取り出し、ファインダー、ラジオのチューニングを素早く準備した。
男が様子に気づき走ってきた。
「ヤバい! はやく鍾馗神を出せ!」
「分かってる!」
恵子は、素早く男にピントを合わせた。一瞬躊躇ったが、すぐにシャッターボタンを押した。その瞬間、二眼レフカメラの下側のレンズから緑色の閃光が辺り一面をまぶしく照らした。
直後、レンズから霧のような煙のような緑の光が出てきて、人の形になった。いや、正確には“鍾馗神”の形になった。
踏切で兎我野と見た時以来の鍾馗神召還だ。霧の粒子が細かいのか、この前見た時よりもよりハッキリとその姿を確認することが出来る。
閻魔大王のような大きな目とふくよかな頬、長い髭を生やし、睨み付けるような形相。歴史の教科書で見たような中国の官人衣装に冠、長靴。腰には長い剣を携えている。
全身が緑色であること以外は、この前スマートフォンで調べた鍾馗神の姿そのままだ。
「で、でかいな」
二メートルはあるだろう。巨大な鍾馗神は、大きな足を、ドスンと一歩前に出した。
「ヌオォゥゥゥッ」と叫び声が聞こえた。手元のスピーカーからも聞こえたが、スピーカーを通さずにも直接声が聞こえた。
鍾馗神は、男を左手で軽々しくつまみ上げ、迷いなく握りつぶした。
「やった!」
男は黒く、真っ黒い塵となり粉々に舞った。ゆらりゆらりと舞った粉は、地面近くで急に速度を変え、恵子の持っているカメラの下のレンズへと吸い込まれていった。カメラに大きな抵抗が加わり、恵子は、倒れないよう必死に踏ん張る。
「恵子ちゃん、後ろからも来てる!」
後ろを見ると、包丁を持った男が迫ってきている。鍾馗神も男を捉えたらしく、ドスン、ドスンと身体の向きを変え、男を拾い上げようと身体を低くした。
「よし、そのままつぶせ!」
しかし鍾馗神は男を掴む前に、溶けるようにその場に緑の塵となり崩れていった。
「え……ちょっと、どういうこと?」
「壊れちゃったの?」
恵子がカメラのファインダーを覗く。
「恵子ちゃん、危ない!」
男は包丁を大きく振りかざし、飛びかかってきた。突然の出来事だった。
「くそっ!」
「きゃあっ!」
奈津美の悲鳴が響いた。
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