成陵西高校の教室 5
「やっぱ、兎我野とこの神社はなんかつながりがありそうだね」
「だな」
いずみはスマートフォンのLEDライトをつけて、格子の隙間から中を覗き込む。
「中は……まぶしいな。ライトが反射しているようだ」
「ちょっと、みせて」
恵子も中を覗き込んだが、LEDライトの反射がひどくてまともに中が見れない。
「このカギ、開けられないかな?」
ひどく錆びた南京錠が掛かっている。たとえこの南京錠のカギがあったとしても、鍵穴に入らないのじゃないかと思うぐらい錆びていた。
南京錠を触ると、ざらざらと赤さびの感触があった。
「あっ」
ミシッという音が鳴った。
「ちょっ、恵子、あんた何してんの」
いずみのLEDライトが手元を照らす。恵子の手には、さっきまで戸に掛けられていた南京錠が握られていた。さらに白く朽ちた木片も持っていた。
「あ、あたしは、ちょっと触っただけだよ」
どうやら、格子の扉が腐っていたようで、軽く触れただけで、木材ごと取れてしまったようだ。
「カギ、取れちゃったね」
メルヘン奈津美が正気を取り戻したようで、恵子を覗き込む。
「みたいだね。これは開けるしかないよね」
ギィと軋む音を立てながら格子扉を開けた。
小さなコインロッカーほどの正方形のスペースの中央に、何かが納められている。恵子はゆっくりとそれを両手で取り出した。
その何かに触る瞬間、静電気のように手がしびれた気がした。
「なんだ、それ?」
金属のように重く冷たい。表面は少し錆がついたようにざらついている。
形は円形に近いが、周縁には花びらのようなものが八つ縁取られている。
いずみがLEDライトを照らすと激しく反射した。どうやら表面は鏡のようだ。鏡面はくすんでおり、ハッキリとした姿は映らない。ただ、少し磨いてやれば、綺麗な鏡になりそうだった。よく見ると鏡の部分がほんの少し欠けていた。
裏面は、なにやら彫刻が施されており、中央に花、その周りに鳥が飛んでいて、さらにその外辺には唐草模様が配置されている。
見るからに歴史的価値のありそうなものだ。
「これ、銅鏡だな」
「どうきょう?」
「あぁ、ちょっと貸してみ」
いずみは差していた傘と引き替えに、恵子から鏡を受け取る。
LEDライトを当てながら、表面や裏面を見ている。
「うん。やっぱ日本史の授業で出てきた」
「なんなの? これ?」
「古代中国に起源を持ち、日本に伝わった青銅製の鏡だ。近代に西洋よりガラスの鏡が伝わるまでは広く使われていたものなんだ」
「へぇ。でもなんで鏡なんかが祀られているの?」
「銅鏡ってのは、宗教や祭事用として使われていることが多くて、神社にあっても珍しくない。……しかし、本当に鏡なんだな、これ」
いずみは鏡面を観察している。
「どういうこと?」
「あぁ、教科書じゃ、こっちの柄面ばっかり載っているから、『鏡』って言われてもいまいちピンとこなかったんだよな。でもこうしてみると本当に鏡だってことが分かる。まぁ、ちょっと錆びてて映りは悪いが、少なくとも裏面よりも鏡らしい。ほら」
いずみは奈津美に鏡を渡した。奈津美は軽く表と裏を見たが、あまり興味がないらしく、
「いずみちゃんが日本史で良かったね。わたしたち世界史だから全然わからないよ」と言い、「ねー」と、恵子に同意を求めた。
いずみは驚いた様子で、
「銅鏡ぐらい聞いたことあるでしょ。中学んときにやったよ」と話す。
「んー。聞いたことあるような……ないような……」
恵子も奈津美も判然としないような返答をする。
「ほら、成陵稲荷山古墳群からも三角縁神獣鏡って銅鏡が出土したって小学生の時、博物館に行って見たよ……な?」
どうやら二人には共有されない体験談だったようでいずみの語尾が小さくなった。
「あたし、いずみみたいに歴史オタクじゃないから覚えてないやー」
恵子がケラケラと笑う。
「ちょ。オタクってなんだよ。一般常識だって」
二対一の民主主義にいずみは不満げだ。
いつの間にか雨がやんでいた。恵子と奈津美は傘を閉じた。
「そろそろ戻らないか? スマホ、ライトつけっぱで充電なくなりそうなんだ」いずみが提案する。
「じゃ、あたしのスマホ使おう。まだ兎我野との関連性も分からないし、もう少し調べてみようよ」
恵子は制服のポケットからスマートフォンを取り出した。
「同じところにあんま長くいたくないんだよ」
「どうして?」
既にLEDライトをつけた恵子が、思いっきりいずみに向かって照らした。
いずみはまぶしそうに手をかざしながら、
「誰かに見つかったら面倒だろう。ここ、立ち入り禁止の札があったし、それにあんた扉壊してるしさ」とお堂の扉を指差す。
「うう……」
「社務所に行って壊したこと謝るってなら話は別だが」
「それは……ちょっと」
「だろ」
「恵子ちゃん、謝りに行かないの?」
奈津美が不安そうに尋ねた。
「ええー。無理だよー。ていうか、ホントあたし触れただけで壊してないし」
「間違いなく、あんたが壊してたけどな」
「うぅ……もういい、今日は帰ろう」
これ以上、責められるのはごめんだとばかりに、退散しようとした。
「ねぇねぇ。写真だけでも撮っておくっていうのはどうかな? それで」
奈津美は恵子のスマホを指さす。
「それいいね。奈津美あったまいい」
えへへと奈津美は笑う。
恵子は早速、LEDライトをつけたまま、スマートフォンのカメラを起動した。
銅鏡を奈津美に持ってもらい、写真を撮る。
「はい、いいねー。そうそう」
奈津美は胸の下辺りに銅鏡を持ち、鏡面側を恵子に向けた。
「いいよ、いい画になってるよー。もう少し前に出してみようかー」
「えっと、こ、こう?」
「そうそう、いいよー。ちょっと裏見せてみようかー」
「こうですか?」
「いいね、いいね。かわいいよー」
「えへへ」
「じゃあ、今度は振り向いてごら――」
「グラビアか!」
いずみの見事なツッコミが入った。
「もう十分だろ。さっさと出るぞ」
銅鏡を元の場所に戻した。
いずみは来た道を戻ろうと振り返ったが、すぐに恵子たちを手で制した。
「まて」
「なに? どうしたの?」
「ライト消して」いずみは小声で素早く指示する。
「なになに?」
「しっ。足音が聞こえる」
耳を澄ます。
ガサ、ガサ、ジャリ。
確かに枝葉や小石を踏む音が聞こえる。しかも足音の主はこちらに向かってきているようだ。
「動物じゃ、なさそうだな」
ぴたりと音が止まる。すぐそこにいる気配がする。
お互い相手の出方を見計らっているかのように、動きが見えない。少しでも音を立てたら、襲いかかってくるのではないかと思うほどの緊張が走る。静かに呼吸をする。
ぎゅっ、と奈津美が二の腕を掴んできた。その反動で、足に力が入った。
ガサッ
大きな音を立ててしまった。
「やばっ」
「誰っ! 誰なの?」
闇の中から声が発せられた。
「逃げるぞっ!」
いずみの声を合図に、三人は林の奥の方に駆けだした。
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