成陵西高校の教室 2


「なんなの、あの態度。マジむかつくんだけど」

 地下室の扉を閉めるなり、いずみは不満を漏らした。

「いずみちゃん、いずみちゃん、口が悪いよぉ……」

 わりぃ、と手で軽く示すが言葉を改める様子はない。三人は教室に向かって歩き出した。

「あの、のんびりとしたしゃべりが余計にむかつくんだよな」

「兎我野、なんだか怪しいね」

「あぁ、何もないわけない。絶対なんか隠してるって」

「ねぇ――」

 恵子はキョロキョロ周りを見渡し、小声で続けた。

「この前、優が言ってた神社に行ってみない? 兎我野を目撃したっていう。もしかしたらなんか分かるかも」

「おぉ。そうだな。本人から聞き出すよりも有益だな」

「よしっ、決まり! じゃあ、今日の放課後に行こう」

「ねぇ、いずみちゃん、幽霊の噂検証はどうするの?」

 奈津美が心配そうに尋ねる。

「あぁ。その件なんだけど。私、その手の噂話なんて、ひとつも知らないんだよな。恵子、なんか知らない?」

「えぇ。あたし? うーん……すぐには出てこないなぁ」

「んじゃ、考えておいて」

「ええっ!」

 恵子は反論したがいつものように聞き入れられなかった。


 放課後。恵子たちは優から教わった兎我野が寝泊まりをしているという「成陵御霊神社」に向かった。

 成陵御霊神社とは、西成陵にある比較的大きな神社である。正月には神社の参道に的屋が並び、初詣に行く人で賑わう。恵子も小さい頃に親に連れられて何度か行ったことのある神社だった。

 西成陵地区は、全体が小高い丘陵地帯となっており、成陵市を見下ろすように住宅が建っている。立地から高級住宅地としても有名な地域である。その西成陵の中央に位置する、小高い山の頂上付近に建っているのが成陵御霊神社だ。

 まだ完全に日が暮れない夕暮れ時、恵子たち三人は、高級住宅地を横一列になって歩いていた。

「ちょっと、みてよ。あの家。ベンツが二台も停まってる!」

 恵子はガレージに停まっている車を指さす。

「恵子ちゃん、みてみてー。この家、お姫様が住んでるみたいー」

 奈津美の指さすほうにはロマネスク様式の鉄の門構えだ。田園調布のような、ちょっとしたハリウッドセレブのような、そんな佇まいが続いている。

「この辺はうちらが一生働いても、住めないだろうねぇ」

「どのくらいなの?」

「億じゃない? 億」

「ひー」

 緩やかな坂を上り、頂上に近づく。ふと鼻にぽつりと冷たい水が落ちた。

「あれ? 雨?」

「あ。ほんとだ」

 奈津美が空を見上げると、夕暮れ時の空には厚い雨雲が覆い被さっていた。

「激しいの降ってきそうだね……。急ごう」

 恵子たちは早歩きで成陵御霊神社へ向かった。

 雨足は思ったよりも速く、すぐにサァーっと降り出してきた。

「たしか、この角が神社だよ」

 恵子たちは駆け足で住宅の角を曲がった。すると道路の右側の敷地に鬱蒼とした木々が現れた。閑静な住宅街にふさわしく、ただただ静かに茂っている。雨音までも木々に吸収されて静かに聞こえる。

 道路と樹木がある敷地の隔たりは石柱が垣根のように等間隔に立てられていて、石柱沿いをさらに進んでいくと、「成陵御霊神社」と彫られた標石が立っていた。

「ここ、だね」

 標石の横には、神社へと通じる大きな木造の随身門が立っていた。

「とりあえず、あそこで雨宿りしよう」

 恵子たちは随身門に駆け込んだ。

「いやぁ。結構濡れたね」

 髪の長い奈津美は、雨に濡れた髪が頬に張りついていた。三人は思い思いに身だしなみを整える。

 コンクリートで作られた随身門の基礎部分が、水滴に濡れて暗いグレーに染まっていく。

 木造立ての随身門には扉がついていなく、そのまま境内に入ることができる。随身門の左右の柱には弓矢と剣で武装した武士像が建っていた。

 ギロリと見開かれた目が恵子たちを睨んでいる。

「あ。わたし折りたたみ傘持ってた」

 そう言うと、奈津美がピンク地に黒のフリルがついた傘を取り出し、「ほらっ!」と見せた。

「あー。でもその大きさじゃ三人は入れないね」と恵子が残念そうに言うと、

「まぁ私も持ってるけどな。折りたたみ」

 奈津美に続けとばかりにいずみも鞄からひょこっと黒い無地の折りたたみ傘を出した。

「えー。なになに。持ってないのあたしだけ?」

「だな。さ、行こうか。奈津美行くよ」

 いずみは早速折りたたみ傘を開き、境内へ歩き出した。 

「あ、う、うん」

 次いで、奈津美もフェミニンな傘を開いた。

「恵子ちゃん、入る?」

 横にいた恵子に傘を差し出す。

「ありがとー。誰かさんと比べて奈津美は優しいなあっ!」

 わざと聞こえるように大きな声で言った。

「あー。誰かさんは優しくないからねー」

 同じく大きな声で返答があった。

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