飯岡三丁目の交差点 9


 『子亡き婆』という都市伝説のような噂は、やはり噂でしかなく、実際には息子を亡くした普通の母親だったのだ。そして十年間幽霊として彷徨っていた息子も、母親の話を直接聞くことで、未練を晴らすことが出来たようだった。

 あの時、息子の言った「ありがとう」は、「いつもありがとう」だったかもしれないし「今までありがとう」だったかもしれない。

 とにかく、母と息子が目には見えないけど、通じ合った瞬間だったのだと思う。

 翌朝、いずみからグループSNSにメッセージが入っていた。

 あの後、家に帰ってインターネットで調べた数値を教えてくれた。いずみによると昨年の県内の交通事故による死亡者数が一八〇人で、全国六位の死者数だそうだ。横断中の事故が最も多く、二輪車の死亡事故は二四パーセントを占めているということだった。

 ――少しでもあんな事故がなくなってくれれば――

 本当にそう思う。


「続いてのニュースは、こちら。先日発生したコンビニ強盗事件では――」

 テレビではいつものニュース番組がやっていて、キッチンには弁当用のウィンナーを焼いている母の弘子がいる。

 恵子もいつも通り、制服に着替え、キッチンテーブルでロールパンを囓る。

「ねぇー、お母さん」

「なに?」

「あのさ。あたしが、もし突然居なくなったら、お母さん悲しむ?」

 何を思ったのか、そう聞いてみたくなった。

 弘子は一瞬、フライパンを動かす手を止めて、恵子を見た。

 だが、すぐに料理を再開し、

「当たり前でしょ。あんたは朝から辛気くさいねー、まったく。なんかあったの?」といつもの調子で聞いてくる。

「ううん、何でもない。ちょっと聞いてみただけ」

「そう。ま、お母さんに言いたくないなら、いずみちゃんに相談するんだよ」

「うん、大丈夫。母親って良いなって思っただけ」

 恵子はテレビの占いカウントダウンを見ながら、後ろにいる母に向かって言った。

「なによ、あんた。変な娘ね」

 直接見なかったが、照れているような母の姿を想像した。母親は偉大だ。

「ほいじゃ、行ってきまーす」

 母の弁当を持って、学校へ向かった。



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