飯岡三丁目の交差点 5
「恵子に頼まれてた兎我野の素行調査したよぉ」
優は身体をくねくねと動かしながら恵子の前の席に座って話してきた。
いつだったか兎我野について本庄優に尋ねていたのだった。
「えっとねぇ、兎我野は結婚もしてないし、カノジョもいなそうだよぉ」
「ひとり暮らしってこと?」
兎我野のプライベートについては一切分からない。前に本人に聞いたことがあったが、はぐらかされてしまっている。
彼が何者なのか知る上で、プライベートな情報が得られればと思ったのだ。
「気になるぅ? やっぱり恋する乙女は気になるよねぇ?」
約一名、完全に勘違いしているようだが。
「う、うん。恋じゃないんだけど、ね」
「また、またぁ~。優に嘘ついても意味ないぞぉー。この、このぉ~」
人差し指で恵子の二の腕を突いてきた。一度信じてしまったら、誤解を解くのはなかなか大変そうだ。本庄優の情報に信頼性が欠けるのは、この根拠のない憶測が大きくついて回るからだろうと改めて思った。
「ひとり暮らしはひとり暮らしなんだけどぉー」
「なに? 彼女候補でも連れ込んでるとか?」
「やだ、恵子。そんなんじゃないよぉー。えっち」
「え。そんな変なこと言ってないよ」
とんだとばっちりである。
「週に何回かはぁー、神社で寝泊まりしてるみたいなのー」
「ん、え? 神社?」
「そうなのぉー、神社ぁー」
まるで予想していない単語が飛び出した。
「どういうこと? ホームレスなの?」
「ううん、おうちはちゃんとあるよぉ~。ひとり暮らし」
「じゃあ、なんで神社なんかに?」
「んー。優もどうしてかは分からないけどぉ……。あ。きっと巫女さんと禁断の恋に落ちたんだよぉっ!」
優は寸分の揺らぎのない自信に満ちた顔で恵子を見つめる。これだ、これ。この自信が本庄優の情報の信頼性低下を招いているのだ。
「そ、そうかなぁ?」
「恵子、負けちゃうよぉ!」
「う、うん……」
「優は恵子を応援してるぞっ!」
「――って話」
恵子は、優から聞いた情報をいずみと奈津美に話した。
「神社に仕える巫女さんと恋だなんて。しかもその神社に泊まるだなんて、罰当たりね」
「うん。大丈夫、奈津美。たぶん兎我野は巫女と恋人関係になんてないって」
恵子が横でうんうんとうなずく。
「え? だって優ちゃんが……」
「その部分は優の想像だろうな。根拠なし。それより何故、神社に寝泊まりしてるのかってのが気になるよね」
「え? 巫女さんがいるからじゃなくて?」
「奈津美。巫女さんは一旦忘れようかー」
いずみが棒読みのように言った。
「幽霊とか心霊とかっていうとフツーはお寺が関係してそうだけど、神社もあるよね。陰陽師とかの悪霊退治って神社だよね」
「あぁ。陰陽師は神社じゃないけどな。とにかく今回の幽霊騒動の一件に関わってそうだよな。まあ根拠はないが、少なくとも巫女との恋愛事情よりかは関連性がありそうだ」
「だよね。今度、探りに行こう」
「そうだな。兎我野について何か分かるかもしれないしな」
いずみにしては珍しく、恵子の意見に反対しなかった。兎我野に弱みを握られている分、有利になるような情報を掴んでおきたいのだろう。
「それと――、昨日言ってたバイク事故の件、ネットで検索したらニュース記事が出てた。場所的にこれじゃないか?」
いずみはスマートフォンを差し出す。
記事によると、事故は今から九年前の六月十六日に起こっていた。木曜日の十五時過ぎ。ちょうど飯岡小学校の児童が下校している時間帯だった。『飯岡三丁目』バス停前の交差点も通学路のひとつで、小学三年生の男子児童二人が交差点を横断中だった。
見通しの良いバイパスの交差点。整然と並ぶ車。男子児童たちは手を上げて横断し終えるまさにその瞬間。停まっている車の脇を、猛スピードで駆けていく大型バイク。その先には男子児童。
目撃者の証言によると、まるで物のように宙に飛んでいた、と言う。バイクの運転手は宙に投げ出され、直進中のトラックと衝突、男子児童もバイクとの衝突で宙を舞った。男子児童のひとりはその場で即死。バイク運転手も病院に運ばれたがその後死亡。残りの男子児童も重傷を追った。
「恵子?」
「……あ、ごめん」
しばらく何も言えなかった。
「大丈夫か?」
「ん。ちょっとぼうっとしてた」
ニュース記事を読んで、事故現場を想像したら、あまりにもひどい事故で、言葉を失っていた。
「ドラッグ常習犯だったようだよ、コイツ」
いずみは顎でスマートフォンの画面を示す。画面には容疑者として、バイク運転手の顔写真が掲載されていた。
「ひどい……」奈津美も声を漏らす。
「あたしがこの前見たのは、きっとこの男の子なんだと思う」
「あぁ、そうだろうな」
「じゃあ、子泣き婆さんって言うのは、この子のお母さん?」
「ババアっていうから母親かどうかは分からんな。まぁ本人にでも会って聞いてみるか」
「え? 会えるの?」
「たぶんな。今でも花が手入れされてるってことは、それは恐らく、噂で言われている子亡き婆がやってるってことだろ」
「いずみちゃん、子亡きお婆さんの電話番号知っているの?」
「知らんよ」
「じゃあ、どうやって?」
「奈津美、今日は何日だ?」
「え? 今日は六月十三日だよ」
「……あ! そっか」恵子は人差し指を奈津美に向ける。
「え? なになに?」
「九年前の事故が六月十六日で、今日が六月十三日。あと三日で事故があった六月十六日ってことだよね、いずみ?」
「そう。三日後の六月十六日で事故から十年目になる。毎月、花を替えているなら、命日に来ないわけがない。だから十六日にあの交差点に行けば会える可能性があるってこと」
「なるほどー。さすが、いずみちゃん!」
しかしすぐに疑問が湧いた。
「ん? でも時間帯は?」
「事故ったのが十五時過ぎって書いてるからそのくらいの時間にくるんじゃないか?」
「なるほど。十六日なら日曜日だし、子亡き婆が仕事をしてても休みの可能性が高いってことね」
「そういうこと。ついでに私らも休みだから、十五時に現場に行けるってこと。……といってもババアが正確に何時に来るかは分からないから、前後どこかで長居する必要はあるだろうな」
「そうよね」
「ま、ちょうど良い場所もあることだし」
「どこ? なんかあったっけ?」
恵子は思い出せずに首をかしげる。
「交差点の向かいにトマトバーガーズがあるだろ」
「あ! たしかに」
「そ。恵子いつだったか、クイーントマトバーガーおごってくれるって言ってたよね?」
「う。い、言ったっけかなぁー」
「へぇー。良いんだよ、私行かないまでだから」
「あぁ! すみません、すみません、いずみ様ぁ! おごります。この恵子めにおごらせてくださいーっ」
「よしよし」いずみはにやりと笑った。
奈津美もほほえましそうに「なかよしさん」と呟いた。
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