飯岡三丁目の交差点 2
「……奈津美もごめんね、なんか変なのに巻き込んじゃって」
文化部棟を出ると、日はすっかり沈み、空が月夜へと準備を進めていた。
恵子たちは「成陵西高前」バス停に向かって歩き始めた。例の交差点を検証しに行くことにしたのだ。
と言っても、いずみは部活動で参加できないため、事前調査といったところだ。
今日、恵子は自転車で登校したが、駐輪場に自転車を置いて奈津美と下校することにしたのである。
「ううん。わたしは平気だよ。いずみちゃんみたいに大会があるわけでもないし」
「そうだけど……なんか、ほら、怖いの嫌いじゃん、奈津美」
「ううん。怖いのは確かに嫌だけど、SFとかそういうのは小説で読んで好きだし。そういう世界にいるみたいだから楽しいよ」
「SFって……。まぁでもフツーじゃないよね」
「うん。それに、恵子ちゃんやいずみちゃんと一緒にいれるから、巻き込まれただなんて思ってないよ」
奈津美の寛容さにはいつも感心する。
「そっか、それなら良いんだけど。嫌だったら言ってね」
「うん、大丈夫」
奈津美は明るく恵子に笑顔を見せた。
「それよりも、どうして兎我野先生は恵子ちゃんにこんなことさせるのかしら」
「そうだよね。今回、たまたま奈津美たちが見つかっちゃって三人でってことになったけど、あの時、兎我野に見つからなかったら、あたし一人で、成仏の手伝いをすることになったってことだよね、きっと」
そもそも兎我野との出会いだって偶然だったはずだ。朝の通学途中にたまたま道に迷っていた兎我野に会ったのがはじまりだった。
もしあの時、兎我野に会わなかったら……。確かあの朝は自転車で行こうとしていたのをやめて、バス停に向かって歩いていたのだった。
あの朝、通学に自転車を選択していたら、今日はどんな日になっていたのだろう。
兎我野は恵子である必要があったのか、それとも恵子でなくても良かったのか。
周りが田んぼや畑ばかりのせいか、夕日が沈んで間もないのに、すっかりと暗くなっている。明るいものといえば、等間隔に灯った外灯と、点々と建っている田畑の持ち主の大きな一軒家から漏れてくる明かりぐらいだ。この先の住宅街までは、とても通学路とは言えないような道が続いている。
「この道、ほんと怖いよね」
「うん。いつもつい早足になっちゃう」
「見通しは良いから、変質者とかいたらすぐ分かりそうだけど、電灯少ないから心細いよね」
恵子は後ろを振り返った。数百メートル先に、暗い大きな建物が見える。この辺一帯で一番大きい施設だ。三階建ての成陵西高等学校。学舎は何も語ることなく、そこにずっしりと身を構えている。
一本道の先から、小さな光がこちらに向かってきた。
キー、コ。キー、コ。
車輪の軋む音を立てながら、恵子たちの横を男子生徒が乗った自転車が通り過ぎていった。
「ほんと、もっと電灯つけて欲しいよね」
ビニールハウス栽培の大きな畑を過ぎると、急に住宅展示場のように整備された道路とそれに隣接する家々が現れた。
外灯も、市が管理しているようなシルバーの柱にウルトラマンの眼のような道路照明灯でない。黒い柱に、幾何学模様が施されたデザイン性に優れた公衆街路灯へと変わった。
外灯の数が、言ってしまえば二倍となり、ここからバス停まではいくらか安心して歩ける歩道となった。
住宅街を五分ほど歩くと、国道と交わる交差点へ出た。その交差点の先に最寄りの「成陵西高前」というバス停があるのだ。バス停の名前の割りには少し離れすぎている。
「んっと、次のバスは……十分後だね。ちょうど行ったところだ」
恵子はバス停に貼られている時刻表を見た。屋根とベンチがあるだけの簡素なバス停であるが、平日の朝夕の通学時には、十分間隔でバスが止まるのだ。
その他の時間は二十分に一本程度の運行スケジュールとなるようだ。
「恵子ちゃん、どうする? バスの中からでも見えるけど、次のバス停で降りてみる?」
「んー」
奈津美の言う、花の置いてある電信柱は次のバス停「飯岡三丁目」を降りてすぐの横断歩道だそうだ。
一度、バスを降りて検証するのも良いが、検証は三人ですることになっており、今はいずみがいない点と、降りると帰るのにバス代がさらに掛かること――ちなみに恵子の家までは一八〇円、奈津美は駅まで二六〇円である――から、今日はバスに乗ったまま検証することにした。
奈津美と他愛もない世間話をしているうちに、バスがやってきた。路線バスの行き先名は「③尾原営業所経由成陵駅行き」と表示されている。尾原営業所とはバスの運行会社「成急バス」の営業所のことだ。
バス停の前で止まると、プシュッーっと油圧式の扉が開き、「成陵西高前ー。成陵西高前ー」と若い運転手がアナウンスした。
恵子と奈津美は後ろの扉からバスに乗り込み、整理券をとった。
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